Pontormo 文学のすべてがターゲット!書く=・232221201918171615141312111098754321



書評屋姉妹店店長・未卯

           
森羅万象
書く人のための文芸事情

書評屋姉妹店 第3回 「心理描写と冷静な視点」

 最近一人暮らしのせいで住民票とか印鑑証明書とかシャチハタとか家電品とかにめっきり詳しくなったところで第三回、オープンです。大型GWは引越しの準備で、寝たり本屋で(インテリアの本を)立ち読みしたりお菓子作りに励んだりしながら終えてしまいました。非常に残念です。もっとオシャレに映画を見たあとカフェで語り合ったりしたかったのに、今見たい映画が名探偵コナンであんまりオシャレではないので没。ナルニアに多大なる期待を寄せて、スウィングガールズに大爆笑をするのでした。
 ということで、今回は映画の話です。嘘です。でもちょっと絡みます。もしかして男はつらいよとか持ってくるのかと思われたあなた、結果は恐らくあと1000字後に明かされるので男はつらいよに遺憾なく思いを馳せながら、今回は第五回学生作者限定テーマ付き1000字小説バトルより、左右田紗葵さんの『さよならユニコーン』です。また1000字なのは作者さんが私と同い年だからだったり、単純に1000字が読みやすいからだったり、それだけだと色々問題があるので他にも内部事情があると嘘をついてみたりするからです。訳の分からない序章はこのへんにしておいて、早速本題へ。
 ユニコーンが処女好きというのはどこかの稽古版で初めて知ったばかりで、それをこの歳で知っていながら小粋なタイトルにしてしまった作者さんには頭が上がりませんが、つまり、そういう話なのです。セックスをしたことを主人公は冷静な視点で回想し、相手の男性と家までの道を歩く。今回注目したいのは二点で、まずは前の文にも書いた「冷静な視点」、それから「緊張状態の心理」なのです。この作品の一番凄いところは、ストーリーが目の前にあるような現実感であり、それは「片付いた部屋」であったり、或いは「狙っている」という言葉に反応してしまう主人公だったり、外が暗いかどうかを気にしてしまうところだったり。適当な想像で済ませてしまったら恐らく分からないところにまで、きっちりと視点が行き届いている。これは、どういう効果を生み出すのでしょうか。
 注目ポイント二つ目にあたる「緊張状態の心理」、なのです。タイトルにもあるとおり主人公は初めてのセックスを経験したわけですが、本文を見て分かるように非常に動揺しています。そういう状況を目の前にして、人間はどう動くか。それを上手く描写したのが本作と言えます。「するのかな」という予想は、相手の態度から分かってしまうものですが、それを感じたとき、主人公はそれを感じたことを悟られたくない、取り乱したくない、という心理状態になったようです。それゆえの行動が「親に挨拶をする」ことだったり、テレビがついているかどうかを気にしてしまったり、お茶の種類まで舌で確認しようとすることだったりするわけです。ここまで視点が行き届いていることを、単に「作者の力量」だけで片付けてしまっていいでしょうか。心理描写が細かいということは、どういうことなのでしょう。
 自分の精神状態を知っている。これは、鈍感で感情の平らな人は出来ないと思われます。何故なら感情が揺らぎにくい人生を送ると、身体の弱い方が食べ物ひとつにも敏感だったり、ちょっとした体調の変化も見逃さなかったりするように、自分の感情というものを常に気にするようになるからです。喜怒哀楽の激しい人は、ちょっと厭なことがあると、「ああ、これから鬱になるな」なんて思い、防衛体制に入るものです。
 心理描写が細かいということは、日ごろから自分の精神状態に気を配っていなくては出来ないことです。恐らく作者さんは割と喜怒哀楽が激しく、それが原因で望まぬ不幸を買ってしまい、更に精神状態に敏感になってしまわれたような一面もあるのではないでしょうか。特に今回注目ポイントでもある緊張状態については見事な描写ですので、作者さん自身、入学式や体育祭など、大きなイベントに緊張してしまい、それを周囲に軽々しく「緊張しちゃって」なんて言えずに平静を装ってしまうタイプではないかな、と推測します。
 それにしても、矛盾していると思いませんか。感情が起伏しているときに、自分で自分を冷静に分析だなんて、経験のない方は「そんなこと出来るはずがない」なんて思ってしまうかもしれません。そう、今回のテーマでもあり、注目ポイント一つ目でもある「冷静な視点」です。
 冷静な視点とそうでない視点の両方からストーリーを見たひとつの小説があります。江国香織氏・辻仁成氏著の『冷静と情熱のあいだ(角川書店・平成11年)』です。映画化までされたこの大ヒット作は、ひとつの恋愛の視点の違いを非常に明らかに描写しているという点でも、評価に値する作品だと思います。粗筋を紹介すると、主人公は順正とあおいのふたり。同じ大学の留学生として出会い、強い愛情で愛し合っていた二人は、あおいが内緒で中絶をしたことを順正に知られてしまってから、関係が崩れだします。順正は冷たい言葉を怒鳴りながら吐き捨て、それに傷ついたあおいは何も言わずに順正から離れる。その後、お互い新しい恋人と幸せな生活を送るが、何かが足りないような気がしてならない……。順正もあおいも、作中の端から端までお互いを思っていますが(特にあおいの想い方は無言の中に激しい愛情があるような感じで、非常に情熱的な印象があります)、二人が自分や周囲を見つめる視点には、明らかな違いがあります。情熱的であるはずのあおいは、驚くほどに冷静に自分自身や自分の恋愛、更には自分の恋人までも分析するのです。順正の次の恋人であるマーヴを「完璧」「ふくらはぎが素敵」だと分析し、順正のことを「私の人生のなかの、けっして消えないとんでもないなにかだ」なんてさらっと言ってしまう。逆に順正は、自分のことを全く分析出来ていません。「あおいのことがいまだに忘れられない」と泣き言を言ってみたり、「ぼくは記憶を抹殺できるだろうか」なんて過去に対して取り乱してみたり、恋人の芽美に対してもあおいとの相違点にばかり気を取られていて、芽美そのものを分析するには至っていません。つまり、そういうことなのです。冷静な視点というのは感情に左右されるものではなく、むしろ感情の起伏が激しいからこそ呼び覚まされるものである、とも言えるのではないでしょうか。気持ちの揺れを何年も経験すれば、いくらなんでも嫌気が差します。そこで防衛本能が身についてゆき、感情が高ぶったときでもふと我に返って自分を客観視できる。つまり、「冷静な視点」で自分を見られる。これが、『冷静と情熱のあいだRosso』と、『さよならユニコーン』の共通点なのです。今までの私の読書経験から、どうやらこの視点は女性作家に多いように思われますが、ジェンダーに引っかかりそうなので軽く触れる程度にして、これ以上は言及しません。しかし、ふと突拍子もない瞬間に、自分のことを呆れるくらい客観視してしまうという体験は、女性なら割と誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。自分の恋愛なのにまるで他人の恋愛みたいに思えてしまったり、ふと相手のことをどうして好きになったのか、顔や性格から細かく分析してしまったり。こんな風に自分の恋愛さえも分析し、他人の恋愛のように扱えるからこそ、女性作家の恋愛小説は売れるのかもしれません。
 私的見解ですが、小説は主人公になりきって感情のまま突っ走るよりも、一度足を止めて主人公以外の動きにも目を留めた方がぐんと分かりやすく、面白くなると思います。男性の方も女性の方も、少し意識して、この「冷静な視点」で自分を見つめてみてはいかがでしょうか。それがもしも執筆の手助けになれば、私のとしても幸せの限りです。

05/5/10/MEW



 
写真左より▲辻 仁成『冷静と情熱のあいだ―Blu』( 角川文庫)
江國 香織『冷静と情熱のあいだ―Rosso』( 角川文庫)



ご意見・感想はPontormo雑談掲示板でどうぞ。
                                              

Get Flash Player

当Webサイトは FLASH PLAYER の最新バージョンを必要とします。

             
Pontormo
◆掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転写複写及び掲載を禁止します。
◆作品の著作権は各作者に帰属します
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合があります