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森羅万象
読書虫のための文芸事情
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【MAOさんの場合】椎名誠著『わしらはあやしい探検隊』(角川文庫)

▲『わしらはあやしい探検隊』の表紙写真が見つからないので写真は『あやしい探検隊焚火発見伝』椎名 誠 ・林 政明著(小学館文庫)です。
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| 読んで目覚めた本はいくらもあるけれども、自分が文章を書く側に回る契機、ということであれば椎名誠だろう。後付けの解説になるが、筆者は椎名の、世に言う「昭和軽薄体」ブームにかなり遅れて乗っかったクチである。
厳格な家庭(仮)に育った筆者にとって『わしらは怪しい探検隊』(角川文庫)のシリーズの衝撃は大きなものだった。生活観に溢れた生々しいサバイバルが魅力なのであるが、それよりもむしろ、筆者にとっての印象は「ああ、これでいいんじゃん」という安堵であった。椎名の自伝『自走式漂流記』(新潮文庫)あたりを読むと、原稿二五〇枚を書くのに、会社の休みを利用して二週間で一気に書いたってあったろうか。文章のライブ感、いわゆる疾走感がこれだけの魅力を醸し出すのであるから(当時の筆者はそこまで考えなかっただろうけれども)、ああ、これやろう。と硬く決意したのである。
筆者が実際に文章を書き始めたのは高校に入って同人誌を始めてからで、それまではJR主宰の怪しい探検隊合宿ツアーに潜って体力増強や見聞を広めるのに邁進していた気がする。高校の同人誌でも、書いていたのは概ね日記やエッセイだったりして、あまり小説ではパッとしなかったように覚えている。
一方、小説においては何が「目覚め」だったかは今一つピンとこない。椎名小説の追っかけから谷崎、澁澤、皆モノにならず、えーとなんじゃいな。結局は筆者、小説を読んでいない。嘘、バンリック嘘吐イタ、読んでる。でも、決してモノになってはいない。通過しただけ、風を通しただけ。影響、目覚めという意味では柳瀬尚紀や殿山泰司、山口椿のエッセイ、拙作を御読みいただいた読者諸氏はお察しかと思うが、忘れちゃ不可ないのが落語。加えて古文、江戸戯作だのを抓むように読んでござい。……ということは、日本語におけるリズム感を重視している。枕草子、源氏物語、読者も高校の古典でやったろうけれども、別に清少納言の感性なんざ平成日本では目新しくもなんでもねえし、結局なんで古典をやるかったら、日本人のメンタリティーとして、千年近く生き残ってきた日本語のリズムがここにありますよ、ということなのだろうな。『声に出して読みたい日本語』「日本語であそぼ」「正蔵襲名」佳い。みんな佳い。
文学は、執筆は苦悩だという御仁も多かろうと思うが、日本語で疾走できたらこれほどの悦びは無い。成丈、粋に施りたいものなのだが。
05/3/19/MAO
お次は大覚アキラさんです→
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