| . | 森羅万象
読書虫のための文芸事情
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【左槙子さんの場合】筒井康隆著『私説博物誌』(新潮文庫)
 筒井康隆著『私説博物誌』(新潮文庫)
| | 話せば長くなるのでお覚悟召されよ。だけど期待は禁物なのだ。 槙子の生まれ育った横須賀の図書館は山の上に建っていて、図書館前の公園からゆるゆると下った崖下に幼い槙子の暮らす家があった。庭先から遊び場の裏山を這い登るとそのまま図書館だったので、あれが公共物だという感覚がないまま幼い日をすごした。図書館のお気に入りのお兄さんを指名しては本を読み聞かせてもらい、顔パスで本の持ち帰りも出来ていた。小学校の低学年頃のある日、一人の女性職員に持ち帰りを見咎められ 「本、持って帰っちゃ駄目。お米の通帳を持って、ちゃんと手続きにいらっしゃい」 と言われ、猛烈に悔しくて、わ〜わ〜泣いて帰って母に訴えた。どう見ても図書館の言い分が正しいと、今になればわかるのだが 「まあ、そんなこと誰が言ったの」 と母は槙子の憤りに共感的態度だったので、親子共々マークされていたかもしれない。そんなこんなの環境だったので、いつ頃何を読んだとか、強烈な目覚め経験といわれて、ちょっとだけ困っている。人生におけるあらゆる目覚めのほとんどすべてにいろんな本が関わっている。恋愛も学業も仕事も芸術も躁も鬱も病気も結婚も妊娠もPTAもみ〜〜んな本に影響されてる。あほかいな? そんな槙子の幼心にガツンと残って忘れられないのがこの一冊、高学年になればいっぱしの読書通のつもりだったし、本には出鱈目も嘘もいっぱい書いてあって、読んでも読んでも、真実なんて、どこにもない、と知ってたはずだったのに、ああ、なんと小さなこのあたしよ、と、自己の小ささに目覚めたとでもいえばいいのか、いいえただひたすらに恥の告白?ま、いいやどっちでも、10代の槙子がひたすら可愛いってお話ですのさ。いや〜めでたい。 いいわけをたったひとこと言わせてもらえば、たぶん私説博物誌の私説という語の意味がわかってなかったんだと思う。ま、もう一つ言わせてもらえば、筒井康隆についても、何も知らなかった。児童書から文庫本へ、ただそれだけでえらくなったような気分だった。ファーブル昆虫記やルナールの博物誌、未知なる生き物の生態を教えてくれるのも本だったから。 『川のほとりで野営する探検隊のテントから夜間に隊員が暗い川へと引きずり込まれていく。大きなワニは隊員を後ろから羽交い絞めにし、後ろ足と尾で立ち上がりピョンピョンと跳ねながらさらって行く』(だいたいこんな話だった。と、記憶からの記述です)。 全く素晴らしい本だ、と思った。とにかく面白くて夢中になった。すべて実話と信じ込んだ。 どういうきっかけか忘れたが、義兄にそのワニの話をしたところ「絶対に嘘だ」と否定され 「いいや、立派な本に書いてあった、本当の話だ」 とがんばるも 「誰の本だ?」 「筒井康隆って有名で立派な人のだ」 あの時の義兄のかみ殺した笑い顔がいまも心に焼きついている 「筒井康隆ぁ? じゃぁ嘘に決まっている」 思い出すだに無垢な私のかわいらしさばかり際立ち、ぎゃっと叫んで記憶の箱にフタを閉めたくなるではないか。 この文を書きはじめて、ちょっと懐かしく、書棚を探したが、ずらっとそろった筒井康隆の文庫の中に、どういうわけかこの1冊が見当たらない。どこいっちゃったのか、そもそもそんな作品本当にあったんだっけ? ちょっと不安になってきた。 目覚めたところでまた新たなる誤解と勘違い、トラウマは多い程人生は愉快なのだよね。たぶん。
08/1/9/左槙子 お次はどなた!? |
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