Qnovel_04
 


   
 

 国鉄駅から大学に向かう上水縁の長い道を、ある作家が情死した溝河はぼくたちにいつもある種の昂揚をもたらすのだが、梶とぼくは美大生がよくするように絵についての高邁な意見を交わしながらたびたび歩いた。道すがら〈夢のカリフォルニアドリーム〉を小さな声で歌うのが梶の癖で、歌い終わるとその歌についての嘘話を必ず喋りだすのも癖だった。梶とぼくのつきあいは、ある日の夕方に梶がぼくのアパートを訪ねてきたことからだった。互いに見知っていた顔だったが、声を交わすほどの仲ではなかったから、ぼくは梶の突然の来訪に戸惑いを感じた。そのころは少しでも見知った大学仲間の家を、けして仲間といえるような仲ではなかったけれど、その日の飯にありつくためにだけ訪ね歩く人間がいたから、はじめ梶もそうなのだろうとぼくは憶測した。時間的にも夕飯時になっていたので、それはほぼ正しい憶測といえた。それに、梶は海苔玉のふりかけを一袋持参していて、その小袋の端を摘んでしゃかしゃかと音を立てながらこれ見よがしに話すのである。不幸にも米が少しあったので、ぼくはしかたなく飯を炊き、梶はそのふりかけをぼくは残り少ないマヨネーズを掛け、二人しておかずのない夕飯を済ませた。話の内容といえば赤面したくなるような、あまりにも直球な梶の質問がつづくだけで、それはつまり梶はぼくを馬鹿にしていたことになるのだが、きみはどんな絵を描きたいのか、きみは将来どんな作家になりたいのか、きみは現代美術をどう思うか等々、常套質問にこちらも直球で答えたなら、さらに見下されることになりかねないので、まあね、とぼくは曖昧な返答を繰り返した。一昔前のグループサウンズのような、色白に整った梶の顔には、質問の答を少しも欲しがっていないことがありありと出ていたし、まともに答えようとしないぼくに不満をあらわすようなことも梶はしなかった。それでぼくが、きみはどうなの、と梶に聞き返したら、まあね、と梶は言ったので、二人は、まあね、を箸の合間に言い合いながら貧弱な食事をしたのだった。
 それからたびたび、梶は大学の帰りにぼくのアパートに寄ってはなにをするでなく、時間を潰しては駅近くの自分のアパートへ帰るということを繰り返した。ぼくのアパートに居る時間が少しずつ長くなっていくと、そのうち部屋のがらくたやマグカップや中身がとっくに無くなっていたインスタントコーヒーの空き瓶、絞りきってしまった絵の具のチューブなどを卓袱台にもっともらしくセッティングして、鉛筆デッサンをはじめるようになった。きみも描けよとすすめられたので、ぼくも梶とともに静物デッサンをやるようになった。それから間もなく、梶は自分のアパートには帰らなくなり、ぼくたちの同棲がはじまったというわけなのだ。
 梶が火炎瓶の恋人と関係をもったのは、ぼくたち同棲者がその日の金もないのにアルバイトもせず、満足な食事にありつけなくなってからのことだ。梶はぼくとクラスが違っていたが、ぼくとクラスの同じだった火炎瓶の恋人が何か些細な用件でぼくのアパートに寄ったときに、梶がすかさず飯をたかったのだと思う。それはぼくら貧困に喘ぐ画学生にとって、まんまとしでかした賞賛に値する行為で羨ましくもあったのだが、反面、汚い奴だという嫉妬まじりの評価も少しはあった。ぼくにしてみれば、その恋人からティーパックや煙草や食料をいただいてくれる梶は、ぼくの〈女〉と同様に好都合で便利な存在なのだった。



 ぼくと梶の同棲のはじまりは貧しい食事によるものからだったが、ぼくたちは美大生らしくもっともらしい同棲の意義を見出していた。それは互いの顔をデッサンすることだった。ぼくはどちらかというと気配りを必要としない鏡を見ながらの自画像デッサンが好みなのだったが、ぼくは梶のするに合わせた。理由は知らなかったが、そのころ火炎瓶の恋人の物資が途絶えていたので、煙草にするかティーパックにするか協議のすえ、煙草は仲間が訪れるごとに山になった灰皿のしけもくを煙管で喫めばいいとティーパックを買い、二人してそれを飲みながら互いの顔を見つめあってすごした。しかし、せっかくぼくたちが見出したそれは、浅はかな意味付け的でっちあげの運命として、永くはつづかなかった。梶は静物デッサンすらやめてしまい、過去に観た映画のストーリーを毎日ぼくに語り聞かせるようになっていた。さらに、一人で物思いにふける時間がだんだんに増えて、ぼくの問いかける反応にも暫しの時間がかかるようになっていた。それに梶の話はいつも話だけなのだった。なにかをやってみようかと滔々と話すのではあるが、いざ行動の段になると、梶の腰はいっこうに持ち上がることがなかった。梶は夢想家にすぎなかった。同棲生活がひと月も過ぎたころに、梶の性格がわかったような気がした。結論を先に言うと、梶の性格は、ぼくと同じであったということだ。
 ぼくたちの同棲生活は、はじまったときと同様に、二人がともにすごす時間を脆弱な歯茎の歯が痛みなく抜け落ちるようにして減少していった。その理由は、梶はぼくのところでは食べれなかったからだ。ぼくは〈女〉に食べさせてもらっていたし、梶の食い扶持についての責任がぼくにははじめからなかったからだ。それに、ぼくたちには痛みそのものがなかったのだと思う。梶もぼくも本当の痛みというものを知らなかった。それがぼくたちの共通した性格なのだとぼくはわかったのだ。梶とぼくは自分の都合しか考えていなかった。貧困のなかで食べることにありつくことと、高額だった画材を難なく手に入れることしか頭になかったのだ。地方から来た学生、特に女子はそれなりの生活をしていたが、ぼくたちはほとんど水面下に没しようとする廃船のように、ぎりぎりかすかすの生活だった。梶の家庭事情は知らないが、梶の青白くくすんだ顔を見ていればおのずとわかることだった。永くはつづかなかった互いの顔のデッサンをするうちに、それは厭でも見えてくるのだ。しかたない、しかたない、と互いの無気力な顔は語り合い、絵に熱中するなにかを見失うか、すでに消失し、美大生であるという惰性のみで日々をすごしていたのだ。梶もぼくも親の反対を押し切って美大生になっていたから、月々幾ばくかの小さな金を送ってもらえるだけでぼくたちは納得するしかなかった。その金は二人ともほとんど部屋代で消えていたが、だからといってアルバイトを計画的にすることはなかった。そこがぼくたちの共通点なのであり、ぼくらは怠慢なたかり学生そのものなのだった。
 梶がぼくに見切りをつけて火炎瓶の恋人のマンションに行きはじめたのは、そういった事情のうえであった。梶としては画学生としてのパトロンをつかまえたことになり、勿論、ぼくにも店長というパトロンがいたのだから、同棲生活の解消は二人にとって痛みになるはずがなかったのだ。それに火炎瓶事件は本物の活動学生の起こした事件ではなかった。というのは、あの事件は美大生特有の気まぐれな悪戯にすぎなかったわけで、火炎瓶の恋人はそのときまだ本物の活動学生ではなかった。そんなことだから、事件はあっさり風化してしまい、火炎瓶の恋人は警察に眼をつけられるようなことがなかったので、梶と恋人は〈一般学生〉としてのうのうと生きていられたのだった。

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