Qnovel_03
 


   
 

 初夏の、男四人の鍋に、何ら理由も意味もない持ちよりの食事は量の多寡だけが重大であり、具の内容に苦情を言いあえる立場でぼくたちはなかったから、四畳半の真中に置いた折畳みテーブルの上で煮えたぎる鍋はごちそうと言えた。ぎらぎらしたゼラチン状の脂を浮かせてぐつぐつ煮音を立てながら小刻みに揺れているチキンの腿一本が、これはアパートの大家が肉屋である一人がただでもらったのだが、ぼくたち四人の眼に豪勢に映っていた。一人は鍋の味付けにこだわり、一人は薄切りにしたトマトをフライパンで焼き、一人はそれらをただ見つめ、ぼくは汚れた灰皿からまだ吸えそうな煙草を選り分けて、どこからか手に入れた柄の長い煙管でそれを喫みつつ、鍋ができあがるのを待っていた。せめてもと、全員の出費で買った安いウイスキーボトルが一本、部屋の隅に大切に置かれてあった。
 鍋の中のニンニクが蕩けはじめると、その臭いが狭い部屋に満ちてぼくたちの食欲を十分に刺激した。鍋は完成に近づきつつあった。それからほどなくしてぼくたちは臭い酒で鍋をやった。鴉が小動物の死骸をつつくようにして、均等な分量に分けあったチキンを慎ましく食べた。あとでおじやにしようと鍋のスープをのこし、ぼくたちはできるだけ飲む時間をながびかせるために、ウイスキーを大量の水道水で割りながらちびちびとやった。ひさしぶりの馳走と酒に、それぞれの快感を味わいつつ、ぼくの選り分けたしけもくをも楽しみに、闘争の会話などまったくする者がなく時間は過ぎた。ぼくたち全員は〈一般学生〉なのだった。
 開け放した二階の窓に、すでに夜が満ちていた。十一時を過ぎたころ、アパートの前を駆ける数人の足音が聞こえた。誰かがマラソンでもしているのだろうとぼくたちは思った。それから十分ほど経って、けたたましいサイレン音とともに消防自動車とパトロールカーがアパートの前を走り抜けた。アパートの廊下に出て様子をうかがうと、大学の辺りに小さな炎が立ち昇っているのが見えた。それから数分もしないうちに火の気が消え、消防自動車が半鐘を鳴らしてひきあげはじめた。ぼくたちも部屋にもどりふたたび飲んだ。

 すると突然、激しく動き回る猛烈な光がぼくたちの部屋を照らした。その光の動き具合はサーチライトにちがいない。と思う間もなく、荒々しい靴音がアパートの階段と廊下に響き、瞬く間に華奢なドアが蹴開けられ、重装備の屈強な警察官数人がぼくたちの部屋に雪崩れこんできた。ぼくたちは驚きと、突然の理解不能な出来事のために、立ち上がることさえできないでいたのだが、一人ずつ順序よく警察官の見事な警棒捌きにより、アルコールを含んだ血飛沫を狭い部屋に捲き散らしながら畳の上に倒れていった。ぼくはそのとき、朦朧とした意識で、口の開いていた布袋が警察官たちに踏みにじられ、中に入っていた絵の具のチューブが爆発するのを見ていた。紙に掃けば透明で鮮やかな筈の潰し出されたスカーレッレーキは、ぼくたちの捲き散らした血と同じ色だった。けれど、どろどろした絵の具で溢れた布袋は、洗えば美しいスカーレッレーキの色に染まるのだろうか。それともぼくたちの体内から放出した血がいつかどす黒く変色するように、このトイレットペーパー二巻きがいっしょに入っている袋は、やはり真黒になるのだろうか。鼻先に火薬のようなきな臭い匂いを感じながら、ぼくは意識を失っていった。

 翌日の早朝、まだ学生の登校がはじまる前、一人は前歯を失い、一人は顎を切り、一人はふいに襲った警棒を避けようとふせいだ手の指を一本折り、ぼくは左の瞼にざっくり口を開けた傷を負わされ、みんなでぼくのアパートに帰った。ぼくたちの取調べは一晩中行なわれたのだったが取調べは四人別々の部屋で行なわれたため、互いに仲間の状況について詳しくは知らないのだった。取調べの警察官に散々脅されたあと(就職先にまで来てヘルメットをちらつかせながら厭がらせをされたという元活動学生の話をぼくたちは知っていた)、不親切なまにあわせの手当てを受け、揃って警察から解放されたときには、みんな疲れ果ててしまって無口にならざるを得なかった。ぼくたちの共通点は、自分がいったい何を取り調べられているのかまるで理解できないでいたことだった。知り得たことは、ぼくたちの大学の校門に火炎瓶が投げつけられたということだ。なので、ぼくたちはそれぞれの傷に鈍重な痛みと小心に怖れを抱きながら、その原因である大学の校門を見物することにしたのだった。大学の分厚い校門は堅牢であったから、その半分が黒い煤で被われてはいたが、少しも燃えてはいなかった。ぼくたちは校門の前に並びながらほとんど放心状態でそれを眺めていたのだったが、やがて警備員と警察官によって追い立てられ、野良犬のように頭をうなだれてとぼとぼとアパートへとひきかえした。そのときのぼくたちの尻尾は、あの白内障に冒された眼で狭い檻の中を徘徊している老犬の尾のように、股の下にみすぼらしく丸まっていたと思う。あとから知ったことだが、校門に投げつけられた火炎瓶は三本だったそうだ。そのうちの一本は、鍋をやった仲間の一人の恋人が投げつけたものであったらしい。が、その一人もまた、恋人の計画をまったく知らなかった〈一般学生〉なのだった。その一人とは、梶でありぼくの同棲者である。

小説「どこでもなく、いつでもなく」の著作権は
テキスト:マニエリストQ 、写真:ペリ館に属します