Qnovel_01
 
 

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コパンに   
 
 


 ぼくは女を殺して生きていた。女は、ぼくの猥らな手で、幾度となく死んだ。とりのこされたぼくは、視力を失った檻の中の老犬のように、闇莫とした陋狭な鉄窓の中を、乾いた四隅にぶつかりながら、滑稽な姿でぐるぐると歩き回っている。夜になれば微睡む眠りの中で、絵の具のチューブから絞り出したスカーレッレーキの赤い色を全身に塗り、真赤に染まった掌を微かな陽に晒しては、その華奢な指の肉に白い骨を薄く透かして見つめている。それは女を殺した罪過の骨だ。緋色に輝く體は、まるで皮膚が裏返り、蕩ける赤いゼリーに被われたかのようで、ゼリーはゆっくりと流れてペニスの先端に鬱聚する。それはいずれ、足下の地皮に滴り落ち、退屈で凡庸な黒い立体の汚痕となる。どこでもない場所、いつでもない時。ここがぼくの〈庭〉なのだ。けれど、そこに復活の成算はなにもない。儀式の徴候すらもない――かつて、女を殺すことが、ぼくの生活だった。
 機械油と、宙に漂う鉄粉と、ベルトのゴムと、湿気を帯びた古い建材と、曇硝子を抜ける僅かな乳白色の光を綯い交ぜに、絶え間なく機械音に撹拌される午後の工場の匂い。産まれたときから嗅いでいただろう鉄錆の匂い。きっとぼくは機械油で産湯を浸かったのだ。體中に機械油が染みていて、ためしに掌を指先で圧さえてみれば、赤く濁った油がふつふつと、止めどなく涌きあがってくるにちがいない。
 街工場でさえすでに新型の旋盤だというのに、実習室の旋盤はいまだにベルト式だった。天井にぶら下がる木製の動力棒は、まるで他人の話を盗み聞きする装置を考案したキルヒャーの仕掛けのようで、その稚拙さが滑稽だ。それでも、ぼくの旋盤は力強くぶんぶんと唸っている。鉄棒が鈍い唸り声を発して猛烈な速度で回転している。おまけに刃が当たる切削部分に白煙まで上げ、薄皮を剥ぐように、切子の渦を巻きながら錆びた鉄を削っている。素肌に跳ねる細かい切子の粒子が、針を刺すように熱い。直径三センチ、長さ三十センチ。新しい鉄がすべてあらわれるまで、あと五センチだった……突然、刃が鉄棒を噛んだ。ガツンと鈍い音を立て、旋盤の回転が止まった。瞬間、鉄の破片が頬を鋭く掠め飛び、背後でなにかに衝突する甲高い金属音がした。白煙の中に二つに折れた鉄棒があった――けれどもそのことは、はじめからの、ぼくの予感が現実になっただけのことだった。工業高校に入学してただちに機械に興味のないことを知った。三年間の出席日数は半分、機械に関する勉強は一切せず、不登校の半分を家で画集の頁を捲って過ごした。それにもかかわらず、厄介者が追い払われるようなかたちで高校を卒業したぼくは、鋳物工や旋盤工や車のセールスマンになるよりも、自分は絵を描くのだと、一年間浪人して私立の美術大学に進んだ。まともにいけば来春卒業だが、それはできたらのことなのだった。
 ぼくの右の頬にはカッターナイフでやられたような傷跡がある。もちろんそれは厭々通った工業高校での実習に失敗した昔の傷で、いまでは糸を這わせたような細い傷跡になっている。傷はなぜか梅雨を過ぎたころ少し痒くなる。その痒みで、もう夏なんだと感じるようにもなった。そしていま、頬の傷は少し痒い。


 キャンパスの西のはずれに、白っぽい木造の二階建がある。建物正面の手摺りのついたステップを昇って二階のフロアーに入ると、そこは広々とした学生食堂になっている。入学したばかりのころは、美大生の気分を味わうために仲間と四六時中、安いコーヒーを啜って無駄話をしていた。大きな窓硝子から外のキャンパスを無為に眺めてすごしていた。いまは、その安いコーヒーを飲む金すらなかったので、誰かの奢りがなければ入ることがない。
 その建物の裏手に、粗雑でいかにも急拵えな犬小屋が、建物に寄せかけられるような具合で置かれていた。そこに、学食に勤めている誰かしらが面倒をみているのだろう、黒い老犬が飼われていた。
 老犬は学食の残飯を与えられて、夜になれば置き去られていた。どんなに夜啼きや遠吠えをしても、大学の広大な敷地内で誰一人に顧みられることなく、まして通りすがりの人間などあり得ないのだから、かまってもらうこともなかった。ひたすら孤独な夜をやりすごしてきたにちがいない。
ぼくはその老いた犬が、牡なのか牝なのかも知らない。檻に閉じこめられたままの犬に、はたして性の区別が必要なのか疑問だし、それを問うことなんて滑稽だと思えたからだ。それよりも、老犬がいつでも独りでいることに、興味があった。老犬の孤独は夜だけではないだろう。老犬が人間の顔に出逢えるのは、日に一度の食餌を与えられる朝か、学食が閉じたあとの遅い午後の瞬間だけなのだ。
 建物の裏手はつまらない空地になっていて、キャンパスを抜けてまでここにやってくる学生は滅多にいない。昼間のキャンパスから風に乗って流れてくる学生たちの声を聴くことだけが、老犬の生活なのだった。耳はまだ大丈夫なようだが、はたしてそれもどうなのか明白ではない。
 強い陽で生じた建物の翳りで、檻の中は昼も暗く黒かった。その闇のなかで、閃光のように鋭い眼光を體の中心として放っていたならば、黒い中型犬はその存在を確かなものとして誇示できたのかもしれない。けれど、見開いたまま眠る白濁した瞳孔にいつか光を喪失していた老犬にとって、見るべき事物はすでに何もある筈がない。すべてが曖昧な闇なのだった。
 ぼくは老犬の生死を確認するためにだけ、時折り思い出してはここにやってくる。生きている老犬を見るためにではない。なぜなら死んでいたほうが老犬の生活において〈動き〉があったと思えるからだ。それはぼく自身の生活が動いていないことを相対的に自覚することでもあったが、ぼくの生活の真偽はぼく自身の裡で、眼前の檻の暗闇のように、これもまた曖昧だ。ぼくは漠として生きていた。
 見おろした檻の中に、いつものように、闇にまぎれた老犬がいた。閉ざされた狭いスペースの中を黙々と徘徊している。鼻面を檻の鉄柵にぶつけては一歩後退し、ぐるぐると堂々巡りをしている。ぼくはただそれを見つめているだけだ。無目的にひたすら回転している牡か牝かわからない老いてみすぼらしい一匹の犬が眼球に映っているだけだ。無目的? それは違うだろう。脚が萎えないように運動をしているのだ。腹がこなれて便もよくなる。日に一度の餌もうまくなるだろう。退屈凌ぎにもなる。疲労すれば孤独な夜を難なく眠りにつくことができる。翌日までぐっすりだ。目的を持っていないのはぼくなのではないか。それは、どこへ行ってしまったかわからないだけなのか、もともとなかったのか。
 ふいに歩みを止めた老犬がこちらを見上げて動かなくなった。視力を失うことで體の中心を喪失した犬の表情をぼくには見抜けないように、犬もぼくを見てはいない筈だ。ぼくたちは互いに向かいあいながら、互いになにも見ることなく、そうやって永い時間をやりすごした。ぼくたちは互いに見えない同類として、昼間の闇のなかで見つめあっていたのだ。
 キャンパスの灼熱をともなった一陣の風が、ぼくたちの體を通過して建物に隣接した林の中へと潜りこんでいった。そのとき、老犬が再び回転をはじめた。瞬間、老犬の鼻先が微かに蠢くのをぼくは見た。本当は見えていたのではないか。老犬は同類としてのぼくを、〈匂い〉で見ていたのではないだろうか。同類としての匂いとはつまり、閉じこめられた貪詰まりの匂いということだ。老犬の徘徊は、いつまでも終わることがなかった。

 
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