 2008.3.6〜 (C)マニエリストQ

Memorandum

【タトゥー】(Tattoo) 刺青・入墨・文身・黥面文身・ほりもの・和彫り・洋彫り。江戸時代には葛飾北斎や歌川国芳たちの絵が人気で、火消しや仕事師、職人から一般庶民にまで流行した。現在ではアメリカン・タトゥ−の人気が若者の間に広がっている。山羊はアートとしてのタトゥーを和彫りで施す現代彫師。 | マニエリストQの梯子部屋ストゥディオーロ其の十八*連載小説■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ steps1【彫師】
ODってなに、とパソコンの画面を見つめたまま麗美は山羊にたずねた。床にまきちらしたタトゥープランを描いたデッサンの一枚を手にして、さあ知らない、検索したら、とめんどうそうに山羊は答えた。部屋の隅に置かれたベッドのうえに麗美の制服と下着がぬぎすてられている。寝乱れたシーツの端からは山羊のものらしいズボンの裾がのぞいていた。雪が降った翌日の午後、麗美は女子高の授業をとちゅうでぬけだして、彫師の山羊が九階の部屋に住む乃木坂のマンションにきていた。麗美が部屋に着くと、いつもながらすぐにふたりは暖房のきいた十二畳のワンルームのベッドで抱きあった。それが終えると麗美の裸の背をなぞるように指を這わせ、いつ彫らせてくれるのかなあとつぶやく山羊も、いつものことだった。タトゥーに興味はあるがまだその気になれないというのが麗美のいまの気持ちで、山羊に気をもたせているつもりでもあったのだろう。窓の外ではこまかい雪がまた降りはじめていた。 ヤフーで検索するとウィキペディアが見つかった。麗美は山羊にも聞かせるように声をだして読んだ。 オーバードーズとは、生体をそこなう薬品やドラッグなど化学物質の多量または集中的な摂取によっておこる深刻な症状。時には死亡することもある薬の多量摂取を意味する。またオーバードーズは薬物依存や薬の売買による不法入手の犯罪をひきおこすなどの問題になっている。…… まあそんなところだよ、と山羊がつまらなそうにいった。知ってるくせにと麗美は唇をとがらせた。山羊がODのことを知らぬはずはなかった。タトゥーを施す山羊の客のなかに、OD患者がなんにんかいたからだ。麗美はSNSに書きこまれた日記でODの文字を見たのだった。 「このデッサンなんてどうかな」 麗美の関心事を無視して山羊がさしだしたデッサンには、山猫の仮面で顔を隠したふたりの裸女が、しなをつくったしぐさで立っていた。背景には画面いっぱいの唐草模様が迷路のようにひろがっている。 「仮面舞踏会ね。こんなのどこに彫るの」 「麗美のお尻」 山羊はその長い腕をしならせて麗美のちいさな裸の尻を平手でぴしゃりとたたいた。白い肌にたたかれたあとが淡い桃色の手形になった。 「ぜったいにいいよ。いい色だ」 「サディストだわ」 そういって麗美は、ふたたび勃起している山羊を華奢な掌でにぎりしめた。 雪は降りつづくだろうか、ずっと降っておおきな雪だるまができるくらいつもればいいのに。麗美は山羊を愛撫しながら思った。この人はやさしいけれどわたしを本気で愛してなんかいない。十六歳のわたしの皮膚に針を刺したいだけだ。時間をかけていくどもいくども鋭い針先を私の肌の奥にいれたいのだ。きっと、ひとつずつの針穴から滲みでるわたしの血をよせあつめ、まるで赤い果汁でもあるかのように、蜥蜴みたいな粘液質の長い舌で飲みこむのだ。サディスティックなロリータコンプレックス。わたしはいつか睡眠薬で眠らされ、唐草模様の仮面舞踏会をお尻に刺されてしまうのかもしれない。それを思うと山羊のことが少し気味悪く感じた。けれど、べつのところで、針が刺さりつづけるあいだは山羊のそばにいられるのだからと、どうせなら彫られる絵はできるだけ複雑なものがいいという思いもあった。ただ複雑なだけではだめで、慎重に計算しなければくみたてられない、時間のかかるものがいい。それには唐草模様がうってつけなのかもしれず、精緻に編みあげられた模様は迷路そのもで、迷路は複雑な高等計算がなくては描けない迷宮でもあるから。そのように、ダ・ビンチもアラベスクを描いているのだから、と。 山羊がいつものようにしてほしいと眉間をよせた眼で懇願していた。それからまもなく、麗美の小さな桃色の唇から白い蜜がこぼれた。自分の頭をやさしく撫でる山羊を、麗美は小犬のような眼で見上げていた。  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■  |