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【大日如来座像】 1193年(建久4年)栃木県足利市の仏堂に安置されたと伝えられている仏像。鎌倉時代の仏師運慶の作品とみられる。2008年3月18日、ニューヨークの競売商クリスティーズで競売に掛けられ、日本の大手百貨店三越が1280万ドル(約12億7000万円、手数料除く)で落札。クリスティーズによれば、日本の美術品としては過去最高、仏像としても世界最高の金額だという。後日、落札者は、信者数約84万人、東京都立川市に総本部を置く宗教法人・真如苑(しんにょえん)と分かった。
【白檀】(びゃくだんsandalwood) 香道で香木といえば沈香(じんこう)のことであるが、沈香はたかないと香りが出ないが、白檀は木そのものが甘味のある芳香を発し、仏像などの美術工芸材としても貴重で沈香にならぶ高価な香木。マレー諸島からインドに分布している常緑高木。
【谷崎の秘密】 明治44年11月中央公論に掲載された谷崎潤一郎の『秘密』。筆の生活の第一歩を踏み出した記念の作品と、谷崎みずからが解説している。「その頃私は或る気紛れな考えから、今迄自分の身のまわりを裏んで居た賑やかな雰囲気を遠ざかって、いろいろの関係で交際を続けて居た男や女の圏内から、ひそかに逃れ出ようと思い、方々と適当な隠れ家を捜し求めた揚句、浅草の松葉町辺に真言宗*の寺のあるのを見附けて、ようよう其処の庫裡の一と間を借り受けることになった。」『秘密』冒頭部分である。 (*真言宗=高野山を開いた空海が祖。真言呪法の加持力で即身成仏を期す宗派で、大日如来像を本尊とし、護摩、念誦などの真言秘法を行なう)


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| マニエリストQの梯子部屋ストゥディオーロ其の十八*連載小説■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ steps4【資産家】
さすがにボッティチェリの春が贋作として闇のマーケットでさばけるはずもない。模作として楽しむか、依頼主が宗教家ということから、あるいはなにかのモニュメントにするのかもしれない。それにしては高価な買物とも思えるが、ニューヨークのオークションで三越デパートが落札した運慶の大日如来座像が約十三億円、それも顧客の依頼だというのだから、資産家にとって数千万円などいくらでもないのだろう。
種村は画商ではない。五十代もなかばになろうかとしている自由人だ。そして種村自身もまた資産家であった。その資産家つながりが真弐の紹介となっていた。もちろん贋作依頼費の一部は種村の懐にころびこむ。そのことで画商といえないこともないが、種村にとって真弐の紹介はたまたまのことにすぎなかった。 その種村の趣味のひとつとして美術評論がある。ところが、書きあげた論文を出版社に売りこむことも、知りあいの編集者に読ませるようなことも、種村はしなかった。せいぜいが気まぐれなアマチュアとしてSNSに発表するくらいで、それはなにものにも干渉されない優雅な趣味だといえた。テーマがイタリア美術であったから、取材旅行と称しては年に幾度かイタリアに渡り、一年ちかく滞在することもまれではなかった。独り身では負担になるものがなにもない。気の向くままの日々だった。
白檀の香りが微かに漂う畳を敷きつめただけの十畳ほどの和室にただひとつ、姿見が鈍い寂光を呑みこんでひっそりと立っている。その光の少し先に黒縮緬をガウンのように素肌に羽織った種村が立っていた。光の影を落とした窪んだ眼に種村の眼光は見つからない。けれども、光はまたそれに逆らおうとでもするのか、顔面の深い皺を際立たせていた。 種村は目を閉じると左の掌で顔を覆った。掌はまるでスキャンでもするかのように、からだの凹凸をたしかめながらゆっくりと下へ降りていく。鼻先、唇、喉仏、そしてはだけた広く薄い胸へと。 まるで谷崎の秘密のようだ……種村はひとりごちた。自分も化粧をして夜の街を徘徊してみようか。退屈しのぎには一興ではないか。とはいうものの、化けるための長襦袢も腰巻もお高祖頭巾も、ましてや化粧道具のあるはずがない。しょせん思いつきの戯れにすぎないのだった。 鏡の前を離れた種村は仁王立ちで障子に手をかけた。障子は音もなく滑り左右にゆるりと大きく開いた。冷たい外気が肌をつき刺すものの、種村の火照るからだにとってそれはただ、戯れの妄想を払拭する痛さでしかなかった。 闇のなかに雪で真っ白に化粧した庭があった。そこだけが浮いているかのように、庭は蒼い月光にさえざえと輝いていた。  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■  |