とん、と素っ気ない小さな音を発して、女の頚が切断した。 頸は宙で一回転し、それでも足りず半回転追加して、かねてより丁重に用意されていた赤銅色の鉢の中に、すっぽと気持ちよく収まった。鉢の縁から一束の黄金色の毛髪が覗き、薔薇色の鮮血がたちまち鉢から溢れた。葡萄色に染まった断頭台の床板が執行人の動作で軋むのか、鉢の中の血がぴとぴとと揺れている。十月十六日、一人の美しい女の頚が、胴から離れた――。 「今夜も鍋ですね」 小さなペズリー模様を配したガウンの紐を結び直しながら、真弐掌凸はぐずぐず煮立った鍋を見降ろして言った。チョコレート色のガウンの下に何の花だか藍色の花を散りばめた淡い水色の半袖パジャマが覗き、その水色は油絵具の香が匂うような、山嶺の遥か彼方に千切れ雲が浮く神々の住む空の色に似ていた――老眼鏡が白く曇って、掌凸はまるで平泳ぎでもするかのように鍋の湯気を掻きわけた。ガウンの袖から萎びた二の腕が剥き出して情けない。 「先生……」 煮立った具に春菊を盛り終えて小皿にタレを調合しながら、白い割烹着姿の女が半膝で嗜めるように言った。語尾が軽く上がっている。 「お食事の時は眼鏡をお外しになってくださいな」 「おお、これはいかん。またやってしまった。粗忽は歳になっても治りませんね。粗忽と年齢の函数と題して論文を書きますか。ところが遺書になってしまったりして。ねえどうだい菊さん」 と言って掌凸は独りニヤニヤしながら半煮えの春菊を食した。問われた菊さんは鼻先でふんと微妙に笑っただけだ。 「春菊は煮詰まってはよろしくない。さっと熱い湯に湯がいてさっと食う。おお、このかぼすのタレはまた最高ですね」 満足至極に掌凸は春菊を食す。鍋は音を立てて煮立っている。 「先生。慌てて食べてはいけません。口の中を火傷しますよ」 菊さんは新たな春菊を鍋に盛りつけている。 「そおです。慌ててはいけない。口の中を火傷すると、べろんと薄皮が剥けます。皮は白く濁ってこれが意外と厚い。血が出ないのが不思議です。春菊と薄皮と題した随筆を書こうかね」 菊さんは今度は鼻にも掛けず鹿十し、空いた皿を持って書斎を出ていった。その後ろ姿が実に官能的だと、掌凸は悦に入る。今宵の春菊も立派に官能的だ。湯の中で鮮やかな緑の色に泳いでいる。掌凸は恵みの神に感謝の意を捧げ、ぺろりと舌を出して官能を食べた。戸外には清々しい寒気が漂い、書斎の縦長の木枠の窓に、青く浮いた月が映っていた。 滑った妖光がぬるりと天に向かって昇ると、浜木綿の葉が騒いだ。海と雲の透き間に幾つかの白い帆がたゆたう。一閃、重い光が流れて鮮紅が宙に舞う。続いて、ずさりと鈍い音と伴に、白砂に男の頚が落ちる。半顔を砂に埋め、見開いた眼に乱れ解けた髷がずるりと落ち掛ける。白花の香強く、血の忌まわしき匂いを消す――。 まにしょうとつ。意味ありげで不思議なその名は、勿論、本名ではない。ペンネームである。本名を明かせば余りに平々凡々で白けてしまうから、この際やめておく。平凡な名前の持ち主に限って妙ちくりんな名前を気取るものだ。宮武外骨などという凄い名前の人がいたが、この人は実質がちゃんと伴っていたので許されるし、改名ではあるが本名だ。真弐掌凸の場合はどうかと訊かれると、菊さん辺りが先生はご立派なお人柄ですよと一応の返事はしているが、掌凸が時々学会のようなものに顔を出しても、周囲の大家ごとき人々は掌凸を歯牙にも掛けない。先日ちょっとしたサロンに顔を出して、たまたま新聞社の経済記者と話になった。掌凸は得々と持説を語って悦に入っている。その途中、先生ところで最近の首切りについてどうお感じですかと記者が訊いた。そこで先生はちょっと引っかかったが、まあいいかとまた得々と持説について語った。そのうち記者はしきりに首を傾げ、ついには業を煮やして別の先生に矛先を変えてしまった。あたりまえである。記者は近頃の企業のリストラについて意見を求めていたので、中世の断頭台や時代劇の切腹の話など、気持ち悪くて堪らない。誰が真剣に聞くものか。 そんな風だから、掌凸は学会では異端である。異端と云うと聞こえがいいが、単に偏屈な爺で仲間外れなだけである。だから大好きな鍋も山盛りの春菊が精々のご馳走で、菊さんの月々の賄手当も微々だ。つまり、真弐掌凸は貧乏学者そのものなのであった。 刑罰と拷問の歴史研究が掌凸のライフワークである。幾冊かの著書もあるが、誰がこんなの好き好んで読むものかと思えるのだが、存外これが法学や宗教学にとっては可成り重要な位置を占めている。あながち掌凸を奇人扱いばかりに出来ないのだ。結構、眼のつけどころがシャープな掌凸なのである。だからといってテレビのコマーシャルに使えるイメージではないので、やはり貧乏に変わりない。「違いがわかる男の首切り」なんてテレビでやったら、売れるものも売れなくなってしまうだろう。一時は某有名大学の教授職にあったものの、派閥だ紛争だとごたごたが続き、阿呆らしくなってさっさと退いてしまった。今ではさがない一学者稼業に気楽三昧、斬られた首の数を気侭に数えて生きているのだった。 菊さんは近頃流行の人材バンクから派遣された家政婦だったが、通いが面倒だと、いつの間にか住み込みになっていた。暫くしてから人材バンクを辞めてフリーの家政婦となり、掌凸の細々とした生活の面倒をみるようになっていた。というよりも、不憫そうな掌凸に同情して、自発的な好意で面倒をみるようになった、と云ったほうが正しいだろう。今どき奇特な人柄の菊さんなのだった。おまけに、菊さんはグラマーだ。そこが掌凸のお気にいりでもある。菊さんはいつも和服姿で家事賄をこなしている。掌凸は時々その後ろ姿を見てはポーっとのぼせ上がっている。意外と高く腰の線が流れ、和服にぴったりと吸いついたふくよかな腰肉が、掌凸を官能に導いてくれるのだ。爺でもこのくらいの感性は、はたまた美学は有しているのである。掌凸は豪語する。 「きみい、何だね、バイア何とかというのが人気らしいが、僕はあんなものは使わん。春菊をたっぷり食したほうがよっぽどましだ。春の菊。いい響だ。イマジネーションがある。バイア何とかを使う人はこの想像力を訓練する必要がある。僕は春菊一本だわさあ。カッカッカア」。 けれども、菊さんには謎が多い。まず年齢不詳。三十歳半ばを過ぎてはいるのだろうが確かなことは解らない。更に身内親族不明。家族を持っているのだろうか。独身なのだろうか。子供はいるのだろうか。菊さんはそれらのことを今まで一切語ったことがない。掌凸も菊さんの私事には拘わらない。菊さんは菊さんであって何者でもない。それが掌凸の菊さん観であった。例え菊さんに御主人がいようと子供がいようと、掌凸には眼の前にいる菊さんが菊さんの全てなのである。 春菊鍋の食事を終えると、掌凸はいつものように書斎の窓から射す月光の下で中世の刑罰と拷問に関する学問を始めた。スタンドの小さな灯りがあるだけで書斎は薄暗い。書斎といっても、家はこの一部屋と隣に六畳のキッチンがあるだけだ。菊さんはキッチンを自分の部屋として使っていた。書斎の広さは十畳。先程の鍋を食べたスペースが空いているだけで、他は山と積もった書物で埋っている。それでは掌凸はどこに寝るのだろうかと他人事ながら気になる。心配御無用。掌凸は高い天井から吊されたハンモックを愛用しているのだ。積み上げた書物を踏台にして、ひょいとハンモックに寝転がる。その技はとても爺には見えない軽業で、これが掌凸の唯一の体操だった。でもたまには寝呆けて書物の上に転がり落ちることもある。 今夜の学問は魔女狩りにまつわる悪魔学についてだった。それはヨーロッパのキリスト教圏の学問で、日本のことではない。日本には元来、魔はあっても、悪魔の概念はないらしい。だから掌凸は魔女大全『魔女を打つ槌』を今夜のテキストに、深々と更けていく夜長を学問に没頭した。『魔女を打つ槌』はシュプレンガーとクラーマーというドイツドミニコ会士の編んだ魔女弾劾必携之書で、魔女についてのことは当然、その裁判の方法まで事細かに書かれたものなのだった。 掌凸は大好きな学問に熱中すると冴える脳に反比例して催眠術にかかったような状態になる。熱中→夢中→忘我。つまり夢の中の人となるのだ。だからといって学問が疎かになるわけではない。掌凸は世間では奇人変人の評を頂いているが、実は頭脳明晰このうえなく、行く行くはノーベル賞を取るだろうと御幼少のみぎりに噂されたものである。大抵は御幼少の限りで、掌凸も御多分に漏れず、限りであったのだが。そして掌凸は、今夜も暗黒の扉を開き、夢の内側へと散策に出かけるのだった。
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