マニエリストQのストゥディオーロ其の十二

プシケの憂鬱
マニエリストQ ●400字詰約88枚程の物語です。感想などいただければ幸いです。



 休日の夕暮れ。
 濡れ縁。
 ごろ寝。
 縁先を頬をふくらませた猫が横柄に横切っていく。ぶんぶんもがく哀れな蝉の羽音が猫の口の中から聞こえた。そやつは食べる気もないくせに、生きた蝉を口いっぱいに頬張り、こちらには一瞥もくれずにゆうゆうと植込みの奥へともぐりこんでいく。それを追って、非難でも浴びせるかのような唐突で激しい蝉時雨が降る。
 ひと夏にどれほどの蝉が腐蝕し、乾涸び、その屍骸を淤泥に溶かして消えていくのだろうか。人とはただのひとりで数えられるものではないが、その呆気なさが似ていると、蝉に人を擬えて思ってみる。思うが、それは杳々と繁る森の梢から夏の陽に黒く蔭った土塊へと墜落する蝉の姿を、ただ凝眸しているだけの無気力にすぎなかった。
 本は書棚や机上や部屋のあちこち、差しこまれていたり、立てかけてあったり、積み重なっていたりする。その背にも腹にも黴臭い灰色の埃を纏いつ蘇生する気配も、意志すらもない。まるで黒い眼窟を晒した髑髏だ。ごろごろ、ごろごろ、転がっている。たまにその頁を陽に晒してはみるが、虚ろに枯れた脳味噌が薄い羽羚のようにかさかさと頼りなく啼くだけだ。所在なく縁側に立ち、茜色に暮れる夕空を漫然と眺めていたり、庭を通り過ぎていく野良猫をかまってみたり。あるいは、ただうろうろと畳の縁を四角く辿ってみたりもする。日常は変哲なく過ぎていき、いつでも安穏な日々を迎えはするが、瑞々しく豊饒に射す陽に反し、からだも何もかも、私のすべては微熱を帯びて気怠い。
 滑空する一羽の黒い影が、梢を飛び離れたうかつな蝉を無情に呑みこむ。

 窓のない部屋のフランチェスコ・メディチ。
 重く暗いカーテンを下ろした部屋に隠るエル・グレコ。
 ボマルツォの聖なる森で遊ぶヴィチーノ・オルシーニ。
 錬金術に憑かれた美少年イル・パルミジァニーノ。
 隠し部屋の梯子を昇るヤコポ・ダ・ポントルモ。

 怠慢な学生と怠惰な助教授の、おざなりないつもの講義が終える。昼下がりの戸外は茹だるような暑熱に窒息していた。講義が終えても誰ひとり冷房の効いた講堂を早急に去ろうとはしない。私はいつまでも騒がしくたむろする学生たちを、教壇に両肘をつきながら煙草をふかして見上げていた。
 巨大な講義室と夥しい数の学生たち。退屈な美術史の講義をまともに聴くデザイン科の学生など涓埃でしかなかった。質疑にくるものはひとりとしていない。なので、私は気楽だ。凝った講義などしなくてもよかったし、週に三、四度、とおりいっぺんの講義で時間をやり過ごせばそれでよかった。時々は助手室に入りこみ、若い助手を相手に無意味な駄弁で時間を費やしたりもした。著作物は一冊あって、毎年大量に入学してくる学生たちが読みもしない教科書として購入していた。私は美術大学に巣食う、怠惰な不良学者なのだった。

 ――○月○日。暑いだけ。
 どうしてなんだろう。いつもつらい。母はわたしの病気をすべてそのせいにする。だとしたら簡単なのに。でも、それは違う――。

 一時間もすれば茜色に染まるのか、午後の関東平野は十八階の窓外に渺茫と遠く広がり、あらゆるものを強引に詰めこんだ白いゴム風船の膨脹のように、灼熱に白む雑多で不安定な風景だった。
 水の跳ねる音がバスルームから聞こえた。翔子がシャワーを浴びている。洋梨の果肉をなぞるように、幾筋もの湯が流れ落ちる翔子の華奢な裸身。そのまだ青いが爽やかな匂いを放つ果肉を、私は幾度か齧っては呑みこんでいた。その都度、異なる諸味に感美をくりかえした。けれど、それら快感の底部には、泥土のような朦朧とした危疑が、いつも澱んでいたように思う。ねっとりと、容易に掬えぬ水飴のように、まじりあうたびに粘度を上げて白濁していく危うい感覚。繋留する孤帆の紐が波に揉まれるたびに頑に結ばれていくような、それは開き緩む喜悦とは反するものだった。
 翔子の日記帳をバッグにもどし、裸のからだをホテルのベッドによこたえて無機質な天井を見つめていたら、いつしか寝入っていた。束の間のうたた寝だったのか、気がつくと、濡れた肌の翔子がベッドの上で端正に座していた。白くて細い朽縄のような指が私の下半身を弄んでいる。摘んだり眇めたりしている。
「面白いか」
「どうなってるのかなって……これ、寝てても大きくなるのね」
 翔子の薄い唇から小馬鹿にしたような虚笑が小さく漏れた。
「今日はいいよ」
「どうして?」
 翔子は訝し気な素振りで少し口を尖らせた。
 私は鼻先で笑うと、いつまでも遊んでいる翔子の手を少し乱暴に払いのけた。起こしたからだが怠い。
 翔子はそれいじょう咎める気もないのだろう、濡れた髪をバスタオルで拭いはじめた。上気し薄紅色に染まった十八歳の小さな乳房に、こまかい水滴が浮いていた。

 うなだれた後頭部をシャワーの湯が打ち、幾筋もの水滴が顔面を流れて首筋から胸へと落ちていく。タイルに落ちる水がこまかくはじけている。
 翔子の日記を盗み読みしたのは今日で五度目だ。出逢ったその日から読んでいるのだから、翔子との情事は今日で五度目になるということか。抱いてみてはじめて翔子が高校生であることを知った。細いからだをベージュ色のブラウスとグレーのタイトスカートでまとめた姿は、少なくとも二十歳前後に見えた。ましてショットバーの薄暗い止まり木で澄ましてカクテルなど呑んでいたのでは、私でなくても高校生だとは思えなかっただろう。
 あの日は朝から雨だった。大学での午後の講義とちょっとした雑務を終えて帰路についた私は、七時を回ったころ八王子駅前の雑踏のなかにいた。蒸した熱帯夜に食欲をなくしていたし、家にもどっても何があるではない。近くで軽くやってから帰ろうと、途中で客引きの黒服が煩くつきまとったりしたが、数分ほど歩いたところで古びたビルの二階に小さなバーを見つけた。十脚程度の止まり木と、銀髪のバーテンダーがカウンターの薄灯りのなかにひとりいるだけの店だった。学生相手の店が多いこの辺りとしては、ずいぶんおちついた店だった。
 止まり木の半脚ほどがまばらに埋まっていた。私はバーテンダーの視線にさり気なく誘導され、左右の客に挟まれる恰好で止まり木に着いた。ひっそりと、人の仕種の音だけが微かに聞けた。ひとり客ばかりなのか、話し声もない。私はバーボンのロックをちびりちびりやりながら、ねっとりとした鬱陶しい気分から少しずつ解き放されていった。
 ほんの少しのつもりが、それからだいぶグラスをあけた。気がついてみると、止まり木にとまっていたのは私と左隣の女客だけだった。女は細い指をカクテルグラスにからめ、思いだしたように時折り、水色の液体を嘗めている。そのたびに、女の口からつきでたふくよかな桃色の舌を、私は目の端で捉えていた。肩が触れそうな距離にいて、仔猫がミルクを嘗めるように、若い女がはしたなく舌の先を見せている。舌がのびるたびに、その白い襟首も長くのびた。じゅうぶんにいやらしいうなじだった。私は女の舌とその奥をもっと覗いてみたいという欲望に駆られた。
 私はカクテルをやらなかったので、その涼し気な液体が何であるのかわからなかった。それは飲物なのかと疑問に思うほど爽やかな水色をしていた。たしかに、私は酔っていた。けれども、酩酊の端で女の在りかを意識していたのも事実だった。
「それ、なんというカクテルなの?」
「ホワイトラム。ブルーキュラソー。パイナップルジュース。ココナッツミルク。で、これがパイナップル、これがミントの葉」
 しなやかにたわめた指先をグラスに向けて女が言った。
「つまり……ブルーハワイアン」
 細めた目が微笑んでいる。それが翔子だった。
 翔子が高校生であったことにうしろめたさを覚えているのではない。むしろ、翔子がまだ学生で、それも高校生であることを知ったとき、少なからず昂揚したものだった。歳に似あわない静かな物腰と、おっとりとした表情が私を惹きつけた。私は翔子が高校生であるのを承知でつきあいはじめたのだった。
 日記帳は、カジュアルなバッグであったり、時にはスクール鞄にいれて、必ず翔子の傍にあった。バッグの口から覗いていた日記帳の端に何気なく手をのばしたのが切っかけだった。日記帳といってもそれはただの大学ノートで、〈梯子〉と妙な表題が細い筆跡で記されていたが、それらしい内容をどの日付のページにも見つけることができなかった。日記が私に読まれていることを、翔子は知っていたのだろうか。肌身離さず携えている日記帳が翔子にとって大切なものであるのは間違いないが、それにしてはずいぶんとずぼらな気がした。まるで読んでほしいと言わんばかりの杜撰な扱いではないか。それは漠然とした思いだったが、三十六歳の私にとって、日記とは秘密そのものという概念しか持ち得ていなかったからだと思う。もうひとつ気になったことは、翔子のバッグに睡眠薬らしいものが潜んでいたことだった。
「聞いてみたいな」
 窓際で裸のまま、黄昏れる風景を眺めていた翔子が、ぽつりと呟いた。
「なにを?」
 私は翔子の背後に立って濡れた頭髪を拭っていた。
「先生の講義」
「いいよ。だけど、翔子は西洋美術史なんかに興味があるのかい」
「十六世紀に興味があるの。とくに後期のイタリアに」
「ルネサンス以降、マニエリスムか……」
 そこにどんな翔子の興味があるのかと頭の中で探ってみたが、何も見出すことができなかった。私はまともに考えようとはしなかったのだ。怠惰な学生たちを思いだして、その気が失せてしまったからだ。翔子とて、私が美大で美術史を教えていると知っていたのだから、たんなるリップサービスに過ぎなかったはずだ。それでも翔子は、
「いつ?」と真顔で訊いた。
「それじゃ、水曜日の午後、一時ごろにここにおいで」
 夏休みだというのに、単位を落とした学生のための補習講義があった。講義に出席すれば落第を免除されることになっていたので、何人かの学生が渋々やってくるのだろう。翔子には講義室の隅におとなしく座っていてもらえば、質問などする学生はいないのだろうから、一時間ほどの講義はあっという間に終えてしまうはずだ。
 部屋を引き払ったあと、ホテルのバーで私は軽く呑み、翔子は簡単な食事をとった。七時近く、私は額に滲む汗を感じながら、「母がうるさい、うるさい」と言い残して駅の雑踏に紛れていく翔子の細い背をぼんやりと見送ったが、中途半端だった酒が所在なく、呑みなおすために手ごろな店を探して夜の街をうろついた。家にもどってもひとり何をするでなく、これといったさしあたっての仕事もない。しいて言えば印税目当ての二冊目の執筆があったが、その気になれないでいた。翔子と逢った日はいつもそうだ。何もしたくなくなる。意味知れぬ虚脱感に必ず囚われる。それだけのことならさしたことはないのだが、その虚脱感に一抹の危疑が附随していることを少々気にしていた。高校生との情事にうしろめたさを覚えるほど私は生真面目ではない。もっとべつのものだ。掴みどころのない不安感はどこからくるのか。その正体は何なのか。まさか多感な時期の少女に感化されたとでもいうのだろうか。思わず苦笑を漏らしたら、すれちがった中年女が眉間に皺を寄せてよけていった。

 猛烈な暑熱は苛立つことさえ諦めさせる。
無辺の空に崇大な入道雲が漂々としていくつもあった。沸騰した陽が街を射り、鋪石の照りかえしが糸遊となって風景を歪めた。炎々、白熱、焦沙、焦土。ばかげた熱で全身に汗が噴いていた。タクシーをつかうべきだったとJRの駅に降り立ってから後悔したが、そのときすでに全身が汗にまみれていた。
 翔子との待合せ時間までにはだいぶ間があったから、ホテルに着いたらまずシャワーを浴びよう、それからよく冷えたビールを呑む。そうこうしているうちに翔子がおっとりとした表情でやってくるだろう。講義は四時から五時の一時間限りだ。タクシーをつかえばホテルを三時過ぎに出てじゅうぶん間にあう。それまでの時間を翔子との情事で過ごせばいい。そんなことを思いながらロビーで部屋のキーを受けとり、エレベーターで十八階に昇った。
 部屋に入るとすぐに服をベッドの上に脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。全身に染みた酒精やら、滑った体液やら、分泌した老廃物やらが、熱い湯とともに流れた。さっぱりし、腰に巻いたバスタオルひとつで冷えたビールをベッドの上で呑んでいたら、講義が面倒になりだした。補習講義がなければあえて翔子を大学につれていく気などなかった。高校生の翔子が私の美術史に何を求めているのか見当がつかなかったし、退屈するだろうことは目に見えているのだ。大学を覗いてみたいという好奇心に過ぎないのだろう――などと思いながらも、翔子が聴きたいと言った十六世紀後半について思いを巡らせ、今日の補習講義はマニエリスムにしようと決めているのだった。怠惰な学生にくらべ、聴きたい講義がマニエリスムだと言う翔子の積極さがうれしかったのかも知れない。翔子に逢った日は無気力になってしまう私であったが、自分の専門に少しでも興味を抱いてくれる人間がいることに素直に喜べたし、うっちゃっているようで、まだまだ残されている学徒としての気性が刺激されて楽しくもあった。マニエリスムのどこに翔子の求めるものがあるのか、推理のような遊技性もあった。そうなると面倒な補習講義も少しは興味あるものに思えてくる。翔子の反応も楽しめる。
 そうこうしていたらノックの音がして、思っていたとおり、白のワンピース姿と、おっとりした翔子の顔が現れた。
「暑かっただろう。シャワーでも浴びたら」
「時間はだいじょうぶ?」
 下腹部の辺りに両手で携えたベージュ色の小振りなハンドバッグが翔子には少しおとなぶっているように見えた。翔子の歳を知っていたのでそう感じたのだろうが、見知らぬ他人ならそうは見えないのかも知れない。おっとりとした表情でその目を細められたならば、知らぬうちに魅せられてしまう得体の知れない不思議な魅力が、翔子にあった。実際、出逢ったその日に、私は翔子から離れられなくなっていたのだから。
「講義は四時からだ」
「やめとく……」
 今日は日記を読めないな。
 一時間ほどベッドの中で過ごし、だいぶ早い時間であったが大学に行くことにしてホテルを出た。私たちはホテルの前のタクシーで大学に向かった。市街地を抜けると、殺風景で退屈な午後の風景が窓外にいつまでもつづいた。翔子ははじめて大学の構内に入るのだろう。少しは緊張しているのではと、行儀よくシートに凭れている翔子の横顔を窺ったが、翔子は目を細めた漠然とした笑顔で澄ましていた。理由もなく少々気落ちした気分になったが、自分は翔子に何を期待しているのかと照れくさい思いになった。はしゃいでいるのは私ではないか。ふっと思わず息を漏らしたら、「どうしたの?」と、まるで子供につきそう母親のごとく訊かれてしまった。こらえきれず声を出して笑ったら、「楽しそうね」と返ってきた。
「どうしてだろう。翔子のせいなのはわかっているんだけれど」
「わたしのせいなのね」
「そう。翔子のせいで楽しい」
「よかったわね」
 軽くあしらわれた。
 大学の正門前でタクシーを降り、守衛に身分証明書を提示して構内に入った。夏休みの構内はコンクリートの塊に囲まれた城塞のように静まりかえっていた。乾いたキャンパスには人影もなく、遠方には閉じた学食が見えた。彫刻科の学生たちの中途半端な習作が幾体も白い石の肌を午後の強い陽に晒していた。その脇を通り抜けて、私たちは真黒な蔭に覆われた学舎のなかに入っていった。内部には助手室や研究室があったから、この夏休みにも誰かしら来ているのだろう。冷房が効いていて涼しかった。
「喉が渇いただろう」
 私は備え付けの小さな冷蔵庫から缶珈琲をとりだして翔子に手渡した。翔子は狭い教授室で黒皮製のソファーに浅く腰を掛けていた。書棚に雑然と差しこまれている美術書の背を興味深く眺めている。その間、私は講義のためにパソコンを立ち上げてプリントをかけていた。プリンタの規則的な機械音が小さく鳴っている。
「本当に先生だったのね」
 翔子がからかった。
「うそだと思ったのか」
 翔子の隣に座りながら私は言った。
「インチキくさいもの。奥さんもいないし」
「奥さんがいないとインチキなのかい」
「そう。ひとりだったらいつでも隠れることができる」
 不思議な言葉だった。
「どういう意味?」
「さあね……」
 翔子は細めた目で笑った。
 この娘は本当に高校生なのだろうかと疑わしくなった。それとも、私は十八という歳を侮っているのだろうか。母は……そうだ、母は十八で私を産んだのだった。
「蝉が啼いてる」
 珍しくもない蝉の啼き声に、翔子はうれしそうに笑んだ。
「先生。時間です」
 本来なら助手の手を借りるような講義ではなかったが、気をきかせた若い助手が半開きのドアーに顔半分覗きこむようにして声をかけてくれた。名簿を手渡し、先に出席をとっておくこととスライドのセッティングを頼んだ。プリントした資料、ホッチキス、そしてスライド用のポジフィルムをいれた小箱を携えると、翔子に目配せして教授室を出た。
 講義室は大学のなかで最も小さな講義室だった。それでも伽藍とした雰囲気は特別講義の気分を免れず閑散としていた。教壇と聴講席の段差もない。翔子を適当な席に着かせ、まばらな学生を前方に寄せ集めた。煙草でも喫みながらやろうよと、私も学生たちの間に座った。学生のひとりがブリキ製の灰皿を手渡してくれた。ここに来た学生はそれだけですでに落第を免れている。もっとも、欠席した学生だって落第にする気などなかった。彼等の本分は創ることにあるのだから。
 プリントした資料をホッチキスで閉じて学生たちに回した。全員にいきわたったところで講義をはじめた。
「それは十六世紀後半のイタリア美術についての簡単な資料だ。ざっとした解説をしてあるので、思いついたら読んでおくように」
 学生たちの間に軽い笑いが起きた。退屈な講義など短時間にこしたことがない。それは私も学生たちも同じ気持ちなのだ。メモなどとる必要はないと前置きし、講義室の灯りを消させ、すぐに本題に入った。
「十六世紀後半とバロック期に挟まれた短い時期をマニエリスムと呼んでいる。ミケランジェロもダビンチも、だからマニエリストと呼ぶことができる。一般にはルネサンスと大雑把に扱われているが――」
 イタリアの歴史的背景。宗教的事情。主だった人物の解説。とおりいっぺんの講義はいつもと変わりない。私も学生たちも煙草を喫みながらやった。ペットボトルの水を飲みながら聴いている学生もいた。こういう雰囲気は嫌いでない。誰に語りかけているのかピンとこない大講義室で、学生たちを見上げながらの講義は性にあわなかった。酒でも呑みながらなら、もっといいだろうに。こんな気分は珍しい。翔子がいたからだとわかっていた。目の端に翔子の姿が絶えず映っていた。
たったひとりでもマニエリスムに興味を抱いてくれればいいのだ。それには言葉よりも作品の鑑賞だった。共鳴する何かをひとつでも発見できれば好きになれる。私が翔子の不可思議を好きになったように。
 さきほどの助手が、用意していたスクリーンにマニエリスムと呼ばれている代表的な作品を映した。私はそれにひとつずつコメントをつけた。パルミジァニーノの凸面鏡の自画像からはじまって、ティントレット、ダビンチ、ミケランジェロ、アルチンボルド、ポントルモ、変わり種のアタナシウス・キルヒャーと、ボマルツォの聖なる森。途中、マニエリスムの脈略を受継ぐダリやキリコ、そしてデザイン科の学生に人気のマグリットを挟み、ラストはグレコでスライドを終えた。マニエリストと呼ばれる作家のほんの一部の作品であった。これに文学の、たとえば、国や時期的な違いがあるが、セルバンテスやドイツのノバァーリス、あのシェイクスピアなどをもちだせば、講義は延々とつづいてしまう。極言すると、マニエリスムは全芸術に、全歴史に顕現していると言えるのだった。
「すまんが、灯りをつけてくれないか」
 学生のひとりが席を立った。スライドのファンが回転する小さな音が鳴っている。学生たちは少しでも興味をもってくれただろうか。私はポジフィルムを小箱に整理しながら思った。が、案の定、暫く待っても質問は誰からも出てこない。ならばこれまでかと思っていたら、
「よろしいでしょうか」
 学生たちの塊から少し離れた席で声がした。透き通った、はっきりとした声だった。学生たちはいっせいに翔子に振り向いていた。一瞬の隙をつかれて私は戸惑った。
「梯子のお話を聞かせていただきたいのですが」
 追いうちをかけるように翔子は言った。
 にわかに翔子の日記帳の表題が脳裡に蘇った。〈梯子〉。どうして私はそこに気づかなかったのか。ティントレットと並び称されたキリストの十字架降下を描いたヤコポ・ダ・ポントルモ。昇り梯子の隠れ部屋。翔子の聞きたかったのは、このことだったのか。講義のなかで軽く流したにすぎなかった最大のマニエリストの謎……。
「先生はポントルモの梯子についてどうお考えですか」
 どこまでも気どった翔子の物言いに腹立たしくなった。まして、それについて話すには、少なくともここにいる学生でポントルモの梯子について知識のあるものはいないのだろうから、ポントルモをもっと詳細に語らねばならなくなる。翔子にそこまでの知識があったのなら、ふたりでいるときにどうして聞こうとしなかったのか。翔子は私を意地悪くからかっているのだろうか。〈梯子〉は私にとって簡単に語れることではない。いや、今の私に語る資格はないのだ。怠惰であった私の、それが正直な答であった。
「ポントルモはよほど繊細だったのだろう。作品が完全に仕上がるまで、途中の工程を弟子にも見せなかったというから……ポントルモについてはヴァザーリが書いているから、それを読んでみるといい。それとみんなにも薦めておきたいのは、ホッケのマニエリスム美術の著作だ。種村季弘先生と矢川澄子先生の共訳で迷宮の世界と題して出ている。ぜひ読んでほしい」
 誤魔化しなのは明らかだ。それは翔子だけが覚れた私の逃げだ。
「ありがとうございました」
 だから、翔子はひきさがった。さりげなく、あっさりと、丁寧に。そして、生意気に。
「今日はこれまでにしよう。プリントを読んでおくように」
 ふたりだけになった講義室は、ひっそりと静まりかえっていた。天井がずいぶんと高く感じる。翔子が遠くで微笑んでいた。私は最後の一本になった煙草をゆったりとふかした。すると、席を立った翔子が私の前に来て小さな声で言った。
「ごめんね」
「どうして謝るんだ。なかなか鋭い質問だった。ポントルモの梯子こそマニエリストの象徴とも言えることだからね」
「でも、先生は怒ってる……」
「あきれているだけだ」
 いつ、どこで、翔子はマニエリスムを学んだのだろう。高校程度の教科書では、マニエリスムは素通りに近い。大雑把なルネサンスの授業ですまされてしまうだろう。本人がよほどの興味をもたないかぎり、美術史において、それはないにひとしい。ましてポントルモの梯子に遭遇する機会は、恐らく零なのだから。
「退屈しただろう」
「そんなことない。おもしろかったよ。先生、素敵だった」
「少しは見なおしたか」
「まあね」
 翔子は私に顔を寄せると小馬鹿にしたようなウインクをひとつした。
「先生、いいですか!」
 講義室のドアのところで助手が素頓狂に叫んだ。スライドのスクリーンをかたづけてしまいたかったのだろう。
「田中くん。君、このあとの予定は」
「はあ……なにもありませんが」
「それじゃ、いっしょに飯でも食ぺよう」

 戸外に射す強い陽に平屋のなかは黒い蔭で充塞していた。眼前のパソコン画面が暗闇にポッカリと口を開いたように、晧月のごとく光を放っている。窓硝子の向こうに常葉木の林が見えた。夏風が木々の頭をかすめて梢が揺れている。騒々と鳴る音が聞こえてくるようだ。時折り、熱気の上昇を煽るかのように、間欠的な蝉時雨が起きた。その都度、私はキーボードを叩く手を休め、窓外に目をやっては背を座椅子に凭れて惚けた。
 三年前、私の父は丘の上の家は何かと不便だからといって、名義を私に譲ると母と伴に八王子の市街地に移ってしまった。以来、私はひとりでここに住んでいる。日々のこまかなことや食事の支度は、一日置きにやってくる家政婦の老婆が面倒をみてくれた。私はこの家が好きだ。平屋であることが何よりよかった。縁側に立てば甲府方面の山の連なりが眺望できたし、高い空に浮遊する雲のうつろいを楽しむことができた。何も手につかない日には、茜に染まっていく空と山の峰をいつまでも眺めて過ごした。
 翔子はどうしているだろう。
 田中をまじえて食事をした補習講義の日から十日が過ぎていた。あれから翔子からの連絡はない。こちらから翔子の携帯電話に連絡を入れてもよかったが、いつも翔子のほうからあるのだからと、ぐずぐずに過ぎて今日になっていた。
 私は今、殊勝にも二冊目の著作にとりかかっている。たわいないが、翔子の〈梯子〉発言に私自身の長年にわたる漠然としたわだかまりを曵きずりだされてしまったのだ。私が西洋美術史を専攻したきっかけは、学生たちにも薦めたグスタフ・ルネ・ホッケの著作でマニエリスムを知ったことからだった。工業高校三年の夏休みに、たまたま入った古本屋で何気なく手にした本がホッケであった。モノクロで小さなものだったが、挿しこまれたマニエリスムの絵は私を驚かせた。それがパルミジァニーノや昇り梯子のポントルモの絵だった。以来、私はマニエリスムに憑かれてしまったのだ。馴染めない工業高校をサボりにサボって、ぎりぎりの出席日数で何とか卒業すると、私は父親の猛烈な反対をおしきり、一浪までして大学に進んだ。専攻したのが美術史であった。美術史で飯が食えるかと散々窘められたが、学費を出すことには厭わなかった父だから、それなりに許してはいたのだろう。今では私が教授になることを楽しみに、母とふたりのんびりと暮らしている。けれど、その私は今、怠惰であった。おざなりに生きていた。ポントルモの梯子に私自身の梯子を見出そうとした激しい思いはいつか薄らぎ、悶々としたわだかまりとなって今にあった。翔子の日記に記された〈梯子〉に曖昧な興味を抱いたにすぎず、何ら思いつくことができなくなっていたほどに。
 午後一時を過ぎて軽い昼食をとっていたら、パソコンの傍らに置いてあった携帯電話が鳴った。
「病院の電話なの……お見舞いにきてくれる?」
 唐突な、少し震える、翔子の遠い声。
「どうしたんだ」
「切ったの」
 ……これだったのか。
 曖昧な不安感と漠然とした抛擲感。翔子のハンドバッグに潜んでいた睡眠薬と、日記に記されていた「わたしの病気」――執念深く、狂おしく、執拗に、私の疎い脳に、蝉時雨が洪水のように降った。
 玄関先でクラクションがひとつ鳴った。電話で呼びつけたハイヤーだった。途中だったネクタイを慌てて絞める。飲み残していた冷めた珈琲を干す。倦怠と憂鬱が脳に渦を巻き、それはまるでからみあった巴蛇が、頭蓋骨いっぱいに混乱と困惑の無数の卵を産みつけているかのようだった。錯綜する唐草のように、私の思考は縺れた。
 無秩序な脳を乗せた黒塗りのハイヤーは、真夏の陽を喰らってどこまでも走りつづけた。
 そこは森のなかの黴びた病棟だった。玄関が鉄扉のひとつ奥にある隔離病棟。つまり、精神病棟。空豁とした敷地に何度も継ぎたされた病棟群の、狭く黒ずんだ迷路のような廊下の、最も奥深い位置、六階の端の小さな部屋に、翔子はいた。ベッドの端に腰掛けて、いつもと変わらぬ細めた微笑む目で。
「似あわないでしょ」
 翔子は前肩の辺りを華奢な指で摘んでみせた。ジャージの水色がその白い肌に悲痛なほど素直に馴染んでいる。翔子は澆季し、菲薄し、まるで運動会の小学生のように縮小していた。
 翔子の入院ははじめてではなかった。翔子との関係を適当に告げたにも関わらず、受付の女はお喋りで、それで、翔子の入院が今回で四度目であること、手首に傷をつけたのは二度目であること、短期入院であることを知った。今日で一週間が経っているという。あの日から三日目に翔子は手首を切っていたのだ。強度の不眠症による神経衰弱というのが一応の病名だったが、それは違うと、静かに笑んでいる眼前の翔子を見つめて、私は漠然と思った。
 翔子の横に腰掛けた。細い肩が私の腕に微かに触れて、少し痩せたかなと感じた。褐色に煤けたコンクリートの壁面に、こまかい罅が幾筋も走っている。ベッド以外に何もない室だった。
「きっと本気じゃないのね。いつも……」
「家の人は?」
「母が午前中にきてくれた。でも、すぐに帰ったわ。もう慣れっこだから」
「どうして……」
「なに?」
「話してくれなかった」
「眠れないこと?」
「翔子の問題」
「わたしの問題?」
「そう。翔子の梯子のこと」
「仕返しね。先生って根にもつタイプなのね。先生だって話してはくれなかったのに」
 悪戯っぽく、翔子は薄い唇を尖らせた。
格子の嵌められた小さな窓に、生い茂った森の木々が揺れているのが見えた。あの森に蝉はいるのだろうか。早々に啼くことを終いにし、土に落ちて陽に焼かれ、その骸を無数の蟻に運ばれている最中なのではないか。
 病室は戸外の気配を遮断していた。許されているのは、窓の鉄格子を潜り抜ける午後の小さな陽光だけだった。
「翔子。私の家にこないか」
 それは不意な思いつきだった。非常識な提案だった。唐突な申し入れに、翔子は何と答えてくれるだろう。翔子は病気ではない。たとえ病気であったとしても、いいではないか。私は翔子と伴にうつろう空と山の風景を眺めてみたいと思ったのだ。
 翔子は何も答えなかった。俯いて声もなく微笑んでいるだけだった。私の自惚れなのかと少し恥じ、思ったより元気でいてよかったと、内心の恥を誤魔化した。翔子が求めているのは私ではないのだと感じた。翔子は翔子の梯子を求めていて、それは早過ぎる倦怠と早熟な頽齢だと私は考えた。その由来する理由を翔子は理解できないのではない。もとからないのだ。理由なき憂鬱なのだ。それは生まれもった翔子の気性だ。翔子の梯子と私の梯子は、異質のものだった。
「時間ですよ」
 開け放たれたドアの向こうに、白衣姿の若い男が立っていた。
 私たちは鉄扉のところで別れた。
 翔子の瞳が濡れていた。

 マニエリストの問題性は、彼らがおしなべてもっている憂鬱症にあると、私はシンプルに解釈している。それは、時代的な背景と潮流によって必然として泄露する、延々と曵きずっている人間の冥瞑のひとつでもある。いつでも、どこにでも、それはあった。それがどのような状況に、または局面において、芸術として発露するのか。それにはやはり、退嬰をくりかえす歴史に寄り添い、探りを入れ、推し量り、断定していくほかに手はないのだ。想像と閃きと博覧強記を最良の手立てに、どこまでも孤独で、執拗に、陰気くさく、試行錯誤を積みあげねばならぬ……飛行機雲が水色の空高く流れているのが見えた。
 高台に漂う早朝の冷気は爽やかだ。私は縁側に座りこみ、眉間を指で摘んだ。ひと晩中パソコンに向かっていたら、庭に植わった桜の老木で尾長が啼きだし、いつのまにか朝になっていたのだ。ここのところ珍しく根気をつめている。夏休みが終えるまでに執筆の目処をつけておきたいという気持ちもあったが、翔子のことが多分に影響していたのだろう。翔子に何かをしてあげたい気持ちがあって、それには翔子の〈梯子〉をもっと知ることだと思えたのだ。あらためてポントルモを勉強してみよう、翔子が知りたいと願ったポントルモの昇り梯子に真剣に対峙してみよう、そんな気になっていたのだ。
 病棟を訪ねてから一週間が過ぎていた。翔子は退院しただろうか。受付の女は翔子の入院は十日間だと言っていた。私が訪ねたのは翔子が入院してから一週間目のことだったから、特別なことがなければ、すでに退院しているはずだ。電話を入れてみようか。それとも翔子からかかってくるのをおとなしく待つか。どうしてか私は躊躇していた。その逡巡は、あのときの翔子の曖昧な態度からくるものだとわかっていた。この家でいっしょに住もうと誘ってみたが色好い返事を貰えなかったことに、自分勝手で非常識な申し込みだったと、今になって後悔していたのだ。歳の差や翔子がまだ高校生であることを気にしないではなかったが、それ以上に自分の翔子に対する自惚れのようなものが恥ずかしかった。うだつのあがらない一介の怠惰な学徒にどれほどの魅力があるというのか。まるで少年のような恋に、私は堕ちていた。
 涼風が吹いて、辺りが少し暗くなった。暫くしたら霧のような雨が降りはじめた。軒が深いためか縁側まで雨は吹きこまない。ごろ寝で庭の夏時雨をぼんやりと眺めた。静かな雨だった。桜の梢のなかに、雨宿りしているのだろうか、逃げ遅れた尾長が忙しなくあちこちの梢に跳びうつっては羽を振っている。地面に溜まったわずかな水の上に、無数の赤蜻蛉が浮いていた。睡魔が訪れて、いつか微睡む。
 そしていつも、翔子は夢の目醒めに現れる。
 今しがたまで雨は降っていたのだろうか。後姿の翔子の髪が濡れていた。うたた寝から目醒めたら、翔子が縁側に座っていたのだ。一瞬、寝惚けたかと戸惑ったが、その声は翔子に違いなかった。
「きちゃった……いいの?」
 翔子の背を抱きしめていた。ふたりで見晴らす水色の空に、入道雲がひとつ、戯けた仕種で浮いていた。
「学校、やめることにしたの」
 翔子が言った。顔は庭に向けたままだった。
「どうして」
「退学なんですって。だからわたしのほうから先にやめることにしたの」
 学校側の都合は考えるまでもない。大きな事件になる前に危険な翔子を処理しておきたかったのだろう。
「勉強なんかどこでもできるさ」
「先生がついてるしね」
 ふいと立ち上がってこちらを向いた翔子の目が細く笑っていた。その背に、ますます大きくなった真っ白な入道雲が聳えていた。
 翌日の夜になって、私は世田谷にある翔子の家を訪ねた。夜になったのは前日に入れた電話で翔子の父親の都合を言われたからだった。私としては昨日のうちにふたりの関係を翔子の両親に伝えておきたかった。が、結局は今夜になってしまったのだった。
 八畳ほどの応接間のソファーで、私は翔子の両親と向きあっていた。渋面をこしらえた父親は思ったよりも若い。四十代そこそこといった感じだ。俯き加減でいる翔子によく似た母親は、さらに若かった。姉だと偽っても通ってしまうことだろう。私は父親に名刺を渡して儀礼的な挨拶をすませると、すぐに本題に入ろうとした。たとえどのような対応にあおうとも、腹を決めていたのだから、この際はっきりしておこうとしたのだ。ところが先に切りだしたのは翔子の父親だった。
「あなたの立場には影響しませんか」
「影響とはどんなことですか?」
「いや、そうでなければいいのだが……」
 教育者と高校生の関係を指していることは察した。しかし、翔子はすでに高校を退学したはずだ。まして、私は翔子の教師ではない。
「翔子は問題の多い娘です」
 困惑した父親の顔があった。母親はすでに涙ぐんでいる。ふたりには手に負えない翔子がいた。 
「承知してます。お許しさえいただければと思いまして」
「どういうふうになるのでしょうか」
 哀願ともとれる母親の言葉だった。年端もいかない子供を相手にと咎められてもしかたない私だったが、自分たちの娘にも問題があるという忸怩たる思いが目の前のふたりにはあったのだろう。しかし、私はどう答えればいいのか。どのようであろうと、翔子はふたりにとってたいせつなひとり娘なのだ。曖昧な言葉ですまされることではなかった。
「翔子さんと生きようと思っています」
「結婚していただけるのですか?」
 母親が探るような上目遣いで言った。それは女としての端的な質問に思えた。
「そのつもりです」
 翔子さえその気になってくれるのならば、それでいいと私は思うようになっていた。さらに、問題は家庭にではなく翔子自身にあるのだと感じた。ふたりの様子を見たかぎり、親としての問題はない。翔子も今までのつきあいで親の不満を口にしたことはなかった。母親は何か問いた気に、腕組みをしたまま長い息を吐く夫の表情を静かに窺っていた。硝子テーブルに置かれた誰の茶も手つかずに冷めていた。どうしているだろう。家にひとり残した翔子が気になった。
「私は父親の責任を免れたいとは思っていない。ただ、わからないのです。父親でありながら、翔子が理解できないのです」
 唇がわなわなと震え、目は赤く充血していた。それを見て母親はふたたび涙を流した。私も翔子をわかってはいない。だからこそ、伴に生きてみようと決めたのだ。翔子の〈梯子〉をつきとめたいと望んだのだ。
「先生」いつからか父親は私をそう呼んでいた。
「先生にはたいへんな迷惑をかけるかもしれません。それでもよろしいのであれば、どうか翔子を頼みます。どうか翔子を救ってやってください」
 父親の最後の言葉が身に染みた。この人はその言葉とは裏腹に、わかっているのだ。翔子の問題を理屈ではなく肉親の血として覚っているのだ。ふたりは翔子を救う何かを待ちつづけていたのかもしれない。ふたりそろって深々と頭を下げる姿が痛々しかった。しかし、私にどれだけの力量があろうか。脳裡にいささかの不安と期待が、ないまぜになって去来した。
 十時近くになって、翔子に渡してほしいと母親に手渡された紙袋を提げて、私は翔子の家を後にした。戸外に出た途端、重い疲労感に襲われた。蒸した夜気が疲労を倍にしているかのようだ。翔子はどうしているだろう。あの娘は真剣なのだろうか。私と本気で生きてくれるのだろうか。翔子の気持ちを掴みきれないでいた。けれども、その不可解に、少女の謎に、私はとり憑かれ、惹かれたのではなかったか。今さら悔いることなど毛頭ないのだった。
「話はすんだよ。お父さんもお母さんも許してくれた」
 新宿駅のホームのベンチに腰掛けて翔子の携帯に電話をかけていた。中央線の特急電車に間があって、暫く待たなければならなかった。
「なにしてた」
「なにも……」
「駅に出てこないか。満足な食事してないだろう。十一時の特急に乗るから四十五分には駅に着ける」
「ええ。でも少し遅れるかもしれない」
「いいよ。それじゃ改札口で待ってるよ」
 そのとき私は、翔子がなぜ遅れるのか気にもとめずに電話を切った。支度に手間取るくらいにしか気が回らなかったのだ。
 約束の時間を二十分も過ぎて翔子は現れた。白いTシャツと晒したジーンズ。それに白のスニーカー。高校生そのものといったスタイルに、私は少々不満だった。服などほとんどもってこなかったのだからしかたないのだが。それにしても、
「お酒、呑みましょ」
 遅れたことを詫びもしない。おまけに、
「先生、口がとがってるよ」
 と私をからかった。
 たちまち翔子のペースになっていた。華奢な手に腕をとられながら、崩れかかった顔の綻びを慌てて修正する。これを首っ丈というのか。みっともないを絵に描いたような、情けなさがうれしかった。
 
 翔子は、猫のようだ。
 日中は執筆中の私の背後で何をするでもなくおとなしく過ごしている。時々は傍に寄り添ってパソコンを覗きこむこともあるが、画面の文字を静かに目で追うだけで、それにも飽きるとふたたび背後にもどって、いつのまにかうたた寝になっていたりする。夜中の一時二時にいったんは床に就くが三十分もすると寝つけず床を離れて、執筆をつづけていた私の傍にやってきては生欠伸をくりかえす。それでも、翔子の入れた熱い珈琲をふたりして、足をなげだしながら飲むのは愉快だった。戯いない言葉のやりとりが楽しかった。だから翔子をもてあますようなことはなかった。一日置きにやってくる婆さんの用意した食事を三人で食べたり、婆さんのこない日は翔子のつくったそれほど旨くはない料理をふたりして食べたりした。時には夜具の上で、朝までひと晩中呑んで、酔ってはふざけ、冷めては抱きあったりした。そんな不規則な生活がかえってよかったのか、翔子の不眠症は軽減しているかにみえた。ひょっとしたら陰で薬をつかっていたのかもしれない。翔子の日記を盗み読むこともなくなっていたから、本当のところは何もわかっていない。けれども、翔子がきたことで、ひとりでは陰気くさかったこの家は、まるで避暑地の別荘にでもなったかのように華やいで感じた。山の峰々を静かに見つめている翔子の横顔が茜に染まっていく日暮れ時の光景は、まるで泰西名画の一幅のようで、変哲のない縁側にそれなりの趣きを添えて私を楽しませてくれた。
 今の私たちには絵の話も美術史のことも必要なかった。翔子の梯子を探ることにも意味がない。翔子は今ここに辿り着いているではないか。あるいはここという梯子を今、翔子は昇りはじめているのではなかったか。
「いっしょに行くかい?」
 夏季休校もあと三日を残すばかりとなった日、私は、本気なのかどうか、大検を目指すのだと隣の小部屋で勉強をしていた翔子を、誘ってみた。資料を漁りに神田まで気晴らしを兼ねて出かけることにしたからだ。翔子がいっしょに行くならば、どうせ帰りは夕方になるのだから、たまには街で食事をすませ、翔子と出逢った例のバーでひさしぶりに呑むのもいいかと考えた。
 六畳ほどの畳部屋に座卓の上のライトスタンドが灯っていた。薄暗い部屋のなか、逆光になって翔子の背が黒い輪郭で浮いている。掛け声に振り向いたその表情は、濃い蔭に被われ、窺うことができない。
「ううん。留守番してるわ」
「そうか。ケーキでもお土産に買ってくるよ」
「ええ……」
 一時過ぎになって私は家を出た。バス停までの炎天下。目を射る強い陽。たちまち半袖シャツの背に汗が滲んだ。
 執筆のペースは遅かった。問題児マニエリストの課題は、畢竟するにヴァザーリに頼るしか方法がない。グスタフ・ルネ・ホッケが、世界の美術史に唐草のごとく綾なして現出するマニエリストの貌を、その豊かな造詣でほぐしていったように、私もヴァザーリを頼りに、私の方法で推理していかなければならなかった。昇り梯子の隠れ部屋のJacopo Da Pontormo。ヴァザーリが十六世紀の中葉に記した原著『画家・彫刻家・建築家列伝』におけるヤーコポ・ポントルモの伝記にしても、「――といわれている」といった仮定でしかないのだ。そもそも、歴史の必定として曖昧なのである。けれども私の希求することは、歴史の事実以上に、煌々とさんざめく過去という歴史のなかに見出す未発見の人間性であり、またそれとの遭遇でもあった。そして願わくば、ヴァザリーの列伝を『ルネサンス画人伝』に翻訳された平川祐弘先生がそのあとがきで溢れる尊敬の念で紹介したイタリアのピエートロ・スカルペルリーニ教授のごとく、私もなりたいと怠惰に反した想いを夢みているのだった。
 神田古本街に着いたのが三時近く、それから二時間ばかり資料になる洋書を漁ってまわった。もちろんそれは雑書的なものであって、しかる場所の蔵書類には敵わない。それでも画集などでは思わぬ垂涎ものに出合うこともあり、それを楽しみに時折り時間をつくってはここを訪れていた。私の趣味とはその程度で、そのままが職業になっていたのだから、精々大学の講義に飽きがきていただけの世間から見れば暢気な果報者なのだろう。老子のタオというにはおこがましいが、インナー・ランダムの傾向のほうが勝っていて、両親が私に期待しているような外に向かった欲望に疎いのが、数多い私の不足のなかのひとつであったかもしれない。
 七時を過ぎたころ、私は八王子にもどっていた。駅前にあるデパートの地下に潜り、翔子の好きそうなケーキをいくつか買って駅前のタクシーに乗った。冷房の効いた車のシートに凭れた途端、昼間の暑さに疲れが出た。それでも家では翔子が待っているのだと、その疲労感も心地よいものになった。腑抜けたなと感じた。

 家の灯りが消えていた。
「翔子。居るのかい?」
 部屋の灯りを点した。
 部屋の入り口で立ちつくす。
 部屋が変貌していた。
 そこは、そうだ、まさに……天使城……。
 夥しい数の天使が様々な姿態で宙を浮遊していた。
 グロテスクな怪物たちが、あちこちで咆哮していた。
 千状万態に、一角獣と女の裸体が、思わせぶりに、悩ましくからみあっていた。
 猿がいた。
 不具の鳥がいた。
 騙し絵の扉に、豊かな鬚を蓄えた老人が立っていた。
 石の城塞がキルヒャーの花火のごとく燃え盛り、貧弱な草の頂きに、下半身を失った少女たちが儚げな表情で、まるで輪舞のように連なっていた。
 バランスを消失した形象が、スパダ宮の柱廊のごとく、空間の距離を麻痺させていた。それはあまりにも〈悪魔的なもの〉、プラトンのそれのごとく、モノトーンに沈む魔術的空気と匂いを醸していた。
 過剰な装飾と、幻覚遠近法の人工渦に、巻き込まれていく。
 聖なる森の中で迷子になった不安に陥っていく。
 軽度の目眩と引力の消失。
 私はグロテスクの真っただ中に立ちつくしていた。
 開け放たれた縁側の、さらに遠く真っ黒な山の峰の上に浮いた月光の下で、翔子は蒼く眠っていた。
 微かな風が吹き、怪物たちがさわさわと揺れた。あるものは張り渡された糸からはずれ、かさかさと小さな音で畳の上に落ちた。
「翔子……帰ったよ……」
 翔子は両腕を天にあげて背伸びした。それはまるで背に生えた柔らかな白い翼をどこまでもひろげるかのようだった。それから、翔子は屈みこんだ私の首にその羽毛をしなやかに巻きつけ、かすれた声で言った。
「いたずらしちゃったわ」
「まったくだ。コピー代がたいへんだ」
「けちんぼね」
「よくあれだけの絵を見つけたね。拡大したり縮小したり、たいへんだったろう。翔子にそんな元気があったとは驚いたよ」
 ふん。翔子は小さく鼻を鳴らすと、私の首にすがりながら立ちあがった。空気のように軽かった。ふわりと浮いたようにも思えた。
 私たちは一枚一枚、ゆっくりと服を脱いだ。互いの汗た素肌が吸盤のように密着した。グロテスク模様が唐草のように錯綜する天使城の内部で、私は咆哮する怪物となって堕ちた天使を抱いた。思い出したかのように庭で蝉が啼きだし、強い風が一陣吹きこんでグロテスクが部屋に舞った。それはやがて、抱きあって縺れたふたつの裸身に舞い落ち、潰れ、破かれ、皺紙て、いつか溶けていった。
 翔子との夏は、そうやって過ぎていった。

 夏休みの終える前日、薬がないと不安だと言うので、翔子と連れ立って世田谷にある指定薬局まで出かけた。ついでにと翔子の実家に挨拶がてら寄った。思っていたより元気な翔子にうれしかったのか、翔子の母と、たまたま休暇中でいあわせた父親がしきりに夕食を誘った。が、翔子が帰りたいとわがままを言いだしたので、私たちは夕方の五時を過ぎたころに帰ることにした。そうなるとそれ以上に無理強いをしないでいる両親が私には不憫に思われた。彼等にとって翔子は腫物に触るような存在なのか、それがまたかえって当の翔子には疎ましく感じられ、互いに思いやればやるほど、意に反した反発が作用する悲痛な構図となっていたのだろう。帰り際に母親に手渡されたこまごまとした日常品の入った手提袋が、せめてもの母としての仕種なのか。言葉少なに帰ろうとする翔子の姿もまた、その構図を知り過ぎたための形であったのかも知れない。不安と焦躁の蔭をその顔に宿し、ふたりはいつまでも私たちを見送っていた。
 新宿駅の構内は雑多な人間であふれていた。弁当や飲物をあてこんだ乗車客で売店の周囲が慌ただしい。時折り、構内に巣食う鳩が人の頭を掠めては滑空していく。そんな光景をぼんやりと眺めながら私たちは蒸し暑いホームのベンチで特急電車を待っていた。暑さに疲れてか翔子の顔色が芳しくない。少しふてくされているようでもあった。
「知ってる?」
 足下に寄ってきた鳩を見つめながら、翔子がぽつりと言った。鳩は忙しない身振りでとことこと歩きまわっている。つられてもう一羽が寄ってきた。
「なに?」
「指が欠けてるでしょ……その鳩も、ほらこの鳩もだわ」
 言われて私は鳩を見た。なるほど、三本あるはずの指が二羽とも二本しかない。よくよく見てみると、その一羽は歩き方がぎこちない。傷はすでに癒えたのか痛そうな感じはしないのだが、時々片足でけんけんのような状態で歩く。そう思って少し離れたところにいる鳩を目を凝らして見てみると、そのなかにも指の欠けた鳩がいた。
「けなげだね」
 翔子は細めた目で私を見つめながら小さく言った。
「そうだな。健気だな」
「けなげだね……」
 翔子は何度も何度も同じ言葉をくりかえした。それから、とん、と軽く足踏みをひとつした。ぱたぱたと音を立てて鳩は飛び散っていった。翔子の細めた目が笑んでいる。けれども、その細く笑んだ瞳に隠れた微かな暗涙に、私は気づくことがなかったのだ。
 車窓に流れて行く夜景を、窓際に座った翔子はシートに細い背を凭れて見つめていた。列車はほとんど満席にちかかった。喫煙車であったから、車内は白い煙りで濁っていた。翔子は無口だった。疲れもあっただろうが、気まぐれなところも翔子特有の性質であったから、そっとしておくことにした。
 列車が十分ほど走ったころ、翔子が座席を立った。
「ちょっと……」
 トイレにでも立つのだろうと、私は膝を引いて翔子を通した。
 それから十五分。翔子は戻らない。あと十分もすれば八王子に着く。少し気になった。それでも二、三分我慢した。こらえきれなくなって腰をあげたら、デッキのドアが開いて翔子の姿が見えた。歩きながら携帯電話をハンドバックにしまっている。誰にかけていたのだろう。それともかかってきたのか。たしか翔子の携帯電話はバイブレータにしてあった。席にもどった翔子はふたたび車窓を見つめて何も言おうとはしない。気がかりで両親のいずれかからでもかかってきたのだろうくらいに何気なく考えていたら、列車は八王子駅のホームに滑りこんでいた。
 翔子はとうとう無口のままだった。家にもどってからも、どこかよそよそしく、ふたりはそれぞれの時間を過ごさねばならなかった。翔子の気難しい一面を見た思いで、その夜、私はどっと出た疲れで早々に寝てしまった。翔子ははたして寝たのであったろうか。 

 さすがに、真昼の陽が射るキャンパスに、人ひとり見かけることができなかった。みな、学食に逃げこむか冷房の効いた学舎や講義室に籠ったきりで、残暑のきつい戸外に出てくるものはいなかった。広大なキャンパスを環状にとりかこんだ植込みが濃い緑色に染まっているのが見える。その外辺には武蔵野の街が緩やかに広がっていた。
 学部会議が終えてしまったら今日の予定は何もなくなっていた。教授室のソファーでぼんやりと窓の外を眺めていたら、助手の田中が段ボールを抱えてやってきた。
「先生、見ていただけますか」
 夏休みに入る前にスライドの整理を頼んでおいたのだった。それはそのまま、今執筆をしている本の図版として使用することになっていた。大学がはじまってすでに一週間が過ぎていた。
「ありがとう。たいへんだったろう。今夜、夕飯でも奢るよ」
 それからふたりで室を暗くし、スクリーンに映しだされるスライドを一枚一枚チェックした。田中の整理はよくできていた。随所に田中の明晰さが現れている。リスト表によってもそれがわかった。年代を追っているのは当然だが、関連事項に移行する枝葉の流れが見事だった。田中の生真面目さがつたわってくる、それは非常に几帳面な仕事だった。正直なところ、私はここまでのことを田中には期待していなかった。うれしい裏切りだった。
「君はグラフィックデザインの専攻だったよね。美術史についてはいつ勉強したの?」
「好きなだけです……」
 田中は少し歯に噛んだようだった。それでも、その輝く目は一途な性格を如実に現し、そろそろ二十四歳にもとどこうかというのに、いまだに少年のような雰囲気を漂わせていた。
「かなり勉強したのだろうね。とてもよくまとまっている。これはこのまま君の作品にも成り得るものだ。たんに資料とは言えないものを感じるよ」
「先生にそう言っていただけるとうれしいです」
「本当にありがとう。それじゃ、五時にまた顔を出してくれ」
「あのお……翔子さんはお元気ですか……」
 おやっと思った。若い田中が翔子に興味を抱くことに不思議はない。けれど、田中の口からとびだした翔子の名前で、何かべつの、たった一度しか逢ったことない関係以上のもの、田中と翔子の間にある漠然とした何かを、私は一瞬感じた。
 元気ですか――これはとおりいっぺんの儀礼的な言葉だろうか。翔子のからだの具合を本当に窺っているのではないか。どうしてだろう。田中が翔子について何か知っているとでもいうのか。
「ああ、元気にしているよ。どうかした?」
「いいえ……いや、また逢えたらなあと……」
「そうか。それでは田中くんが逢いたがっていたと翔子につたえておくよ」
 冗談めかして言った。そういえば、今までに私は翔子との関係を田中に一度も訊かれてはいなかった。叔父と姪ぐらいな関係に捉えているのだろうか。田中が翔子に興味を抱いているならば、それは少々おかしい。翔子についてもっと探りをいれてもいいはずだ。不自然な何かを感じないではいられなかった。
「翔子、国分寺まで出てこないか」
 田中が退室し遠ざかったことを確認すると、私はすぐに電話をかけていた。陰険な気持ちが働いたのだ。田中との食事に翔子を立ちあわせてみようとたくらんだのだ。前に田中と三人で食事をした店に六時にくるようにと、田中といっしょであることを伏せて、半ば強引に翔子を誘ってみた。翔子は思ったよりも簡単に承諾した。とは言うものの、私は自分自身の大人気ない企てに落ちつきをなくしていた。翔子を誘ったことを後悔していた。厭らしい詮索が苛立たしく、曖昧な狐疑に閉口していた。それでも、三人との食事を中止にしなかったのは、それ以上に気持ちのひっかかりが大きかったからだ。悶々と時間が過ぎていった――。

 店は家庭的なフランス料理を食べさせてくれる小さなレストランで、五つの個室に別れていた。私と田中は店内の一番奥の室にいた。丸テーブルを六脚の椅子がかこみ、三人で食事をするにはじゅうぶんなゆとりだ。ふたりで呑みはじめて三十分が経っていた。そろそろ翔子が現れる。田中はどんな顔をするだろう。翔子はどのような反応を示すだろう。私は少々腰の座りの悪さを感じていたが、田中は屈託ない。それでますます気まずさが募ったが、今さらしかたのないことだった。
「君の絵を観たことがある。あれはサンボリスムの傾向だね」
 私はよく冷えたビールをやりながら田中に言った。
「はい。ですからマニエリスムにも興味があって……僕としては今回のスライドの整理はとても楽しかったです」
「芸術に孤児はいないのだろうね。新しい技法は生まれても、そこに流れている表現は過去のどこかに辿り着く。それは偶然とも必然だとも言うことができる。芸術はくりかえす生物の誕生と同じシステムなのかもしれないな」
「生命ということですね。人間がいるから芸術があるということではなく、人間も芸術もひとつの生命体としてある。視点を変えれば、芸術が人間を生む……宗教的ですね」
「芸術は神、神が人をつくった、か……ミューズとも言うからな」
「だいぶ極論ですけども」
「これからもいろいろ手伝ってもらえるとうれしい」
「ぜひお手伝いさせてください」
 そして、私は見逃さなかった。終始にこやかな笑みで呑んでいた田中の一瞬見せた表情。眉間に寄せた深い皺。翔子の声が微かに聞こえたのだ。それは私だけが翔子だとわかる曖昧な声だったはずだ。なのに、田中は、はっきりと反応した。くるはずのない人間の登場に、一瞬見せた動揺。どうしてなのか。逆ではないか。いちはやく翔子だと気づいたことは問わずにおこう。好意を寄せている人間には敏感になれるものだ。しかし、ならぱ嬉々とした表情になるのが自然なのではないか。
 翔子は……翔子は田中の隣の席に着くと、いつものように細めた目で笑み、それから不可解な長い間を置き、ゆっくりと視線を田中に向けた。
「おひさしぶりです」
「どうも……」
 再び正面にもどした翔子の顔。さてどうするの、と言いた気に私を見つめている。翔子に毫末の動揺もない。これは私の勘ぐりであったのか。田中の動揺はたんなる緊張によるものだったのか。けれども、翔子の演じて見せたこの不可解な一連の〈間〉はなんなのだろう。いくら横柄な翔子とはいえ、翔子のとった仕種は予想外の人間にひさしぶりに逢った態度とは思えない。田中の一瞬の動揺と強張り。翔子の太々しい平静さ。これら全ては私の思いちがいであるのかもしれない。人間の素振りや仕種は時に頓珍漢な場合がある。余分な発言やちぐはぐな言葉が往々にしてあるものだ。
「お腹すいただろう。今夜は田中くんにお礼だ。ふたりとも大いに呑んで食べてくれ」
「あら、スライドの整理ができたの?」
 翔子がはじめて楽しそうな顔をした。少女らしい少し高い調子だった。スライドは今回の執筆に大きな役割があるので、翔子もそのことを私の口から聞いて知っていたのである。
「ああ。田中くんが頑張ってくれた。素晴らしいできあがりだよ」
 田中が照れたように顔を赤らめた。
「田中さん、よかったですね。それじゃ、先生の奢りなんだから今夜はたくさん呑んで食べちゃいましょうよ」
 ほっとした。私は、翔子の言葉に、やっと救われた気になった。
 この小さな店は地中海沿いのプロヴァンス地方を特徴としていた。私たちはあらためてプロヴァンスのシャンパンと言われているペリエで乾杯をした。オリーブをふんだんにつかった料理や、盛り沢山の野菜料理が夏バテの食欲を復活させてくれた。パスタをつけあわせたトマトの色が鮮やかな牛肉の煮込みがテーブルを華やかにしてくれた。アイヨリのソースで食べる茹でた野菜や卵が旨かった。真赤なトマト丸ごとに合挽きを詰めて火を通したトマトのプロヴァンス風は、飾りにバジルの葉が添えられて、まるで可愛いお菓子のような趣きだ。バンドールの赤ワインがますます食欲を刺激した。
 翔子は、思ったよりも場を盛り上げてくれた。田中も私も、随分と語った。田中と親し気に話している翔子に、私の卑屈な猜疑心はたちまち氷解していった。楽し気な翔子が可愛いと鼻の下をのばしているたわいない自分に呆れた。そのうち、自分はいったい何を疑っていたのだろうかと、わからなくなっていた。結局、田中が不意に口にした翔子の名前に、私は理由のない嫉妬心を抱いたにすぎなかったのだ。それが今夜の、不確かではあったが、私の結論なのだった。
 九時になって、私たちは国分寺の駅前で別れた。田中はJRで新宿方面に、私と翔子はタクシーで家に帰ることにした。
「呑み過ぎたかな」
 シートの背に凭れた私は、車が走り出した途端、酔いがまわってきたようだった。
「変……」
 翔子が私の手をとって言った。車は夜の街中を疾走している。
「先生らしくない」
「どうした?」
 私は激しく打ちはじめた心臓の鼓動を宥めながら言った。
 翔子は気づいていた。店で田中を目にしたときから、すでに私の姑息な企みを勘づいていたのだ。まるで、師アンドレーア・デル・サルトに不可解な理由で避けられたポントルモのごとく、翔子の内向性は鋭い直感で私の嫉妬を見抜いていた。
「先生はね、興味だけだと思ってた。わたしのことを」
 翔子は小さく笑んだ。
「けど、先生はやきもちをやいてる……」
「わたし病気だよ。なんどもばかなことしてる」
「わたしあぶないよ。自分でもそのことわかってる」
「父も母も、学校も、わたしだって、自分をもてあましてる」
「わたし、泣けちゃうよ……」
 頬をつたわる大粒の涙が、街中に流れるネオンの明りに照らされて、いくつもの色に変化した。けれどその瞳は、どうしようもないのだと叫ぶかのように、抗しきれない苦痛を滲ませていた。
 プシケの憂鬱が、目の前にあった。

 秘匿、秘密、隠秘、秘事、二重、欺瞞――嘘。
 蝉はもう啼かない。全ての骸は地中深く網目のような窟道に隠された。運び損ねた地上の疎薄な羽は、悲風に音もなく跳っている。そして、翔子は美大の聴講生となっていた。もちろん、大学には内緒で私が仕立てたことだった。たとえこのことが大学の悶着になろうとも、翔子をひとり家に残す不安にくらべれば、それはいかほどのことでもないと思えたのだ。紛争がない限り大学構内の出入りは自由であったから、翔子は難無く極自然に構内を歩きまわることができた。学食で堂々と廉価なランチを食べた。大講堂で好きな講義を気ままに聴講した。当然、私の講義は何よりも先に聴いてくれた。それらのことは、助手の田中だけが知っていたことだった。
 私と翔子は行きも帰りもつれだって大学に通った。学生のなかには翔子を助手のひとりだと勘違いするものまでいた。あの忌わしい出来事さえおきなければ、私たちはこの悪ふざけを半ば愉快に、半ば真剣に、飽きることなくつづけていたのだろう。
 いつか知らず冷房もなくなり、上着なしでは外に出られない季節になろうとしていたころ、大講堂の最上段に学生に紛れた翔子がいた。教壇に立ち、翔子を遠く見つめ、私は講義した。こんな愉快な講義がかつてあっただろうか。それは教えるということではなかった。伴に好きな話をするようなものだった。遠くであってもまるで眼前にいるかのように、頬杖をついて微かに笑みながら聴きいる翔子の表情を、私ははっきりと捉えることができた。私は翔子に向かって話した。知らず熱を帯びていく。ピエートロ・スカルペルリーニ教授に辿り着くことは到底できなかったが、私は今、没頭し、はじめて真剣になれたのだと感じた。まして翔子に単位はないのだと思えば、私の講義は無垢になれた。私自身、学ぶことができた。
 けれども、私にはいくつかの謎が残されていた。
 それはある日、突然、露骨に正体を現した。
 腹痛を訴えて翔子が入院した。
「わたしが迂闊だったんだわ」
 翔子の母が泣きながら言った。翔子は薬で眠っている。
「ふだんからつらがっていたのに。もっと早く検査をさせていればこんなことにはならなかったのに」

 どうしてなんだろう。いつもつらい。母はわたしの病気をすべてそのせいにする。だとしたら、簡単なのに。でも、それは違う││翔子の日記が思い出された。

「癌の可能性もあります。とにかく手術をしてみないとなんとも言えません」
医者に受けた説明だった。淡々とした言葉が鋭利な突起物のように、私の脳を幾度も突いた。まるでパンドラの匣を開くようではないか。手術は明日。静かに眠る翔子の真っ白な頬を見つめていたら、この娘がいったい何をしたというのだ、ちょっとしたサトゥヌスのように、たった十八年を生きてきただけではないか、ただひたすら自己の憂鬱と闘っていただけではなかったかと、私は翔子の肉体に暗澹と手をこまねいているだけの歯がゆい思いになった。この惨い仕打ちはなんなのだ。翔子は、今、はじまったばかりの少女ではなかったか。
 受付が終了して閑散となった病院の待合室に私はいた。腰掛けたソファーが臀に堅い。翔子の母は術後に必要なものを買いに外に出ていた。病院は完全看護であったから、翔子の母がもどったら家に帰ることにしよう。
 やがて翔子の母がもどり、私たちはふたたび翔子の個室に行った。翔子は眠りつづけていた。細い腕に刺された点滴の針が痛々しい。翔子の小さな唇を見ていたら、微かな声が聞こえたような気がした。
 やっと眠れたわ――。
 気がすむまで眠るがいい。夢など見なくともいい。私が目醒めるといつもお前がいたように、お前が目醒めるそのとき、今度は私がお前の傍らにいよう。ふたりで生きるとはそれだけのことだ。お前のその白い頬に触れていたいから、お前のその細いからだをそっと抱いていたいから、その小生意気な素振りが愛しいから。それがお前に与えられた生きる理由だと思っておくれ。お前の深くて重い心根を、私で薄めておくれ。気楽に生きようよ。楽しく生きようよ。錨は遠い遠い海底に切り捨てて、ふたりして、蒼い海原をさまようはぐれ船のように、自由に、気ままに生きておくれよ。
 もう少し残るという翔子の母を置いて、私は自宅にもどった。心配したのか、婆さんが居残っていて、わたしにできることはないかと遠慮勝ちに言ってくれる。そうだね、いっしょに呑んでくれるかい。日本酒ならと、婆さんといっしょに熱燗をやった。婆さんのつくってくれた酒の肴は少々しょっぱかったが旨かった。テーブルの向こうでちょこんと座った婆さんが小さい。全部小さい。翔子も小さくなるのだろうか。ずっとずっと私と生きて、この可愛い婆さんのように、小さく萎んでくれるのだろうか。
 お婆ちゃん、旦那さんは?
 とっくに死んでしまいましたよ。小説家になるんだって最後まであたしにはわからないもの書いてたですよ。
 苦労したんだね。
 誰がですか。あの人は好きなことしてあの世にいったんです。
 いや、苦労したのはお婆ちゃんのほう。
 あたしかい? あたしゃ幸せだったですよ。好きなことしてるあの人が大好きだったです。最後の最後まで、かっこいいと思ってたですよ。人間は好きなことするために生まれてきたんです。あたしもあの人を応援するのが好きだったんです。
 婆さんはその小さな手で御猪口をくいとあけた。小狸みたいな婆さんに、翔子が重なって見えた。婆さんの言うことは半分本当で半分嘘なのだろう。嘘つきは可愛い。嘘つきなところは翔子とそっくりだ。なぜなら……。
婆さんはその夜、泊まった。私は翔子のライトスタンドのある部屋にいた。翔子をまねて、ライトスタンドの明りだけで座卓に向かっていた。座卓には数冊の教科書が載っていた。そのうちの一冊を何気なくぺらぺらと捲って時間を潰した。
 突然、ぶるぶると何かが震える音がした。慌てた私は雑然とした座卓の上に目をさまよわせた。教科書の下で翔子の携帯電話が振動していたのだ。戸惑っていたら、それは留守電のメモ録音になった。
「翔子さん、電話ください」
 短い伝言だった。
 私は酔っていた。それが誰だかわかっていてリダイヤルした。
「田中です……」
 私はすかさず電話を切った。するとまた、電話が震えて伝言になった。
「もしもし、田中だけど……翔子、もしもし……どうかした?」
 メモに記録され、私はふたたびリダイアル。
「もしもし、翔子……、もしもし、もしもし……翔子」
 私は笑った。いくつかの謎はこれで氷解した。全てが電話に関する謎であったのだが、なんてことはない。翔子の携帯電話に残されていた伝言メモの記録を再生して笑えた。推理を組み立ててみた。翔子と田中は、はじめて出逢った日からはじまっていたのだ。八王子の駅で待ちあわせたときにTシャツ姿で二十分も遅刻して現れたのは、田中と外で逢っていたから。特急電車でデッキに消えたのは、田中からかかってきた電話にかけなおしていたから。田中の一連の挙動は田中の性格からして極めて自然なことだった。隠しきれず顔に出てしまっただけのことだ。愚鈍なのは私だ。ふたりに拍手を贈ろうではないか。素早い手口に感嘆しようではないか。これこそマニエリスト。秘めた裏事。隠し歪めた髑髏のごとき痛烈な暗喩。自惚れへのしっぺがえし。私はいつまでも笑った。そして、翔子の教科書を落涙で濡らした。
 翌日、手術は予定どおりに執刀され、五時間にわたった後、手術室の扉が開いた。翔子の横たわったベッドが出てきた。
「呼びかけてあげて」
 ベッドを押しながら看護婦のひとりが言った。
「手術はうまくいきましたよ。名前を呼んであげてください」
「翔子。翔子。だいじょうぶだよ。翔子。翔子。翔子」
 慌ただしく移動するベッドにすがって、青ざめた田中が叫んでいた。呼吸器を着けた翔子が、ゆっくりとスローモーションのように、立ちつくす私の前を過ぎていく。袷た白い手術着の襟がはだけて、ほんの少し白い肌が見えた。堅く透きとおった美しい肌。それは、私がかつて愛した真っ白な皮膚だった。

 手術から二カ月が過ぎたころ、翔子の母から翔子が死んだとの電話がかかってきた。田中と握りあった手はなかなかほどけなかったという。半ば想像できたふたりの一途な性格。いつか、が現実になった。
どうしても通夜には行けなかった。悶々として一夜を眠れないままに過ごした。私は、何であったのか。あっさりとひきさがった私の選択は、はたして翔子を愛していたと言えたのか。恐れていたではないか。察していたではないか。共鳴者の出現を。
「きっと本気じゃないのね。いつも……」
 だとしたら、翔子はいつだって、本気になれる相手を探していたのではなかったか。翔子は死への道行きの相手を物色していたのではなかったか。だからこそ、私は翔子の軌道修正を図ろうとしていたのではなかったのか。一瞬の出逢いで、翔子は覚ったのだ。眼鏡にかなったのは田中だった。
 翌朝、私は田中の焼香をすませると、翔子の告別式に向かった。
 細めた目が額縁のなかで笑っていた。棺が白い花に被われていた。時々、秋風が参列者に吹いて、敷石に落ちた枯葉が境内の隅に寄せられていた。親族席に翔子の父と母が座っていた。私を認めると、こぼれる涙をこらえるかのように、ふたりそろって目を堅く閉じた。それから後、翔子はひとり、白く細い梯子を昇った。
 その夜、私は家に残されたもののなかから翔子の日記を見つけた。
 ○月○日――先生に
 ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね
 わたしは嘘つきです
 ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね
 嘘つきはべつの嘘つきを見つけました
 ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね
 わたしにぴったりの嘘つきです
 いっしょに梯子を昇ります
 ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね――
 翔子の日記〈梯子〉は見事に完結していた。私の役もじゅうぶんに成り立っていた。けれど、私は翔子の共鳴者としては受け入れられなかった。たとえばそれを求められたとして、はたして私はどうしていただろう。翔子に共鳴しただろうか。
 私は、しなかったと、断言する。きっと、私は平凡に言うだろう。人はひたすらに生きなければならない。世の中には生きたくても生きれない人間がいるのだ。土を食べて生きている子供がいるのだ。理屈を巡らす暇もなく、死と対峙して、闘っている人間がいるのだ。まず、生きることではないのか。そして私は言うだろう。お前はひとりではない。お前を失えば悲嘆に苦しむ人間がいるのだ。たしかに、お前はお前自身のものだ。しかし、そのお前の一部になってしまったものがいる。お前のその小さな胸に、お前のその笑んだ瞳に。お前はそれまでも殺そうとするのか。私は幻など慈しむ気はない。生きている生身の肉体を愛でるのだ。その小さな乳房をこの掌に包みたいのだ。そして、生きている私を好いてほしいのだと。
 後悔だけが残された。もっともっと露骨に、もっともっと明確に、私は私の恋心を翔子にぶつけなければならなかった。もっともっと、翔子の華奢な肉体を抱かなければならなかった。ふたりの天使城で、淫らに、執拗に、激しく、卑猥に、そしてグロテスクに。お前が本当に狂うまで、精魂尽きるまで、何もかもお前のそのうっとうしい全てが消え失せるまで、私はお前の肉体を抱かなければならなかった。世間の物笑いとなるほどに、伴に救い難き不具になるべきだったのだ。そうなれば、慰めあって、庇いあって、いずれあの婆さんのように小さく萎むまで、ふたりは生きたのかもしれない。なのに翔子は聖少女となって、ヤコブの梯子を昇るかのようにひとり行った。翔子。だから私はいつまでもお前のその胸に触れていよう。その臀に触れよう。その肉体に遊ぼう。果てのない快楽に溺れよう。もっと、もっと、もっと、死神が呆れ顔で逃げ去るまでに、お前を悦びに導いてみよう。
 高台の家に闇が落ちていた。人気の失せた夏の別荘擬は、まるで見捨てられた廃虚のように静まりかえり、とりのこされて吊り下がったままの天使城の一枚が、広すぎる空間の希薄な空気に微かに揺れていた。その絵のなかに、マリアが浮遊していた。しなやかな長い指と長い首。失っている重力。パルミジァニーノの聖母だった。子イエスに視線を落とした眸が、細めた翔子の目と重なって見えた。翔子は今ごろ、天に向かった梯子を昇っているのだろうか。
 庭の秋虫が美しい声で啼いているのが聞こえた。遠い遠い囁きのようだった。 

 ポントルモの昇り梯子は、たんに内気で内向的な性格によるものだったのか。出入り口がない石の館のたったひとつの窓に、昇り梯子で隠れてしまうポントルモは、いったい何から逃げようとしたのか。描く絵は重い布に隠され、完成するまで明かされることがない。一番の問題は、死が、身近な死が、多くあったということではなかったか。いつだって、いとも簡単に奪われていく命。ポントルモ六歳にして失った父。十一歳にして失った毋。十三歳にして失った祖父。そして育ててくれた祖母の死。妹はポントルモ十九の歳に薄命を没した。恵まれていたのは画業の天賦の才だけであって、ポントルモにつきまとっていたのは多くの儚い死ではなかったか。キリスト磔刑のあの死せるキリストにまとわる女たちの、どこまでも淡い水色の着衣。宙を浮遊する視線。あの女たちは、母であり、妹であり、祖母の姿なのではなかったか。それは、聖なる家族の絵ではなかったか。いつだって、自分は死に向かって、ゴルゴダの丘を歩いている。薄命という運命の十字架を背負って歩いている。あたかも、触れるもの全てが、ことごとく消えていくようではないか。自分の前から去っていくではないか。隠れるしかすべはないのだ。あるいは隠すしかないのだ。それがせめてものポントルモの方法だった。

「そう。ひとりだったらいつでも隠れることができる」
いつか翔子が言っていた言葉。
死そのものが翔子の隠れ部屋だった。けれど、翔子はいったい何から隠れようとしたのか。

 いっせいに騒めいて、潮が退くように学生が講堂を出ていく。相変わらず質問にくるものはいなかった。それが正しいのだと思う。学生たちにとって、死など無関係なのだ。今を生きているのだ。生きていることに忙しいのだ。生きることにかまけて、死など考えている時間はないのだ。それが健全だと、私は思う。
「先生。スクリーンかたづけますね」
 助手が教壇に近づいて言った。片耳にピアスをつけた小柄な女だった。研究生のひとりが後任として自ら名乗りあげてくれたものだった。こまめな働きぶりは面倒を感じることもあったが、それは私のわがままで、大いに助かっていた。
「スライドはどうします?」
「これは私がやるよ……」
「先生、手袋は?」
 私は教壇の上のスライドを素手で整理していたのだった。
「いらないんだ。このスライドはね、こうやって素手で触れたいのだよ」
 助手が首を傾げたので、私は小さく笑んでみせた。
 それからゆっくりと、ゆっくりと、一枚一枚、丁寧にスライドを整理箱に詰めた。いつか講堂はもぬけのからになっていた。最上段の席を見あげたら、そこに翔子が座っているように思えた。翔子の幻が細めた目で笑っていた。私はスライドの一枚を宙に掲げ、呟いてみた。ほらご覧。お前の好きだったマニエリスト。これが、ポントルモの聖なる家族……。
 目を閉じた。かたかたとスライドのファンが回転する微かな音が聞こえた。やがて静かな風が講堂に吹いて髪を乱した。目醒めても、そこに翔子はいなかった。


読者からいただいた感想(勝手に掲示板からの引用) 

「土星のもとに生まれた男」黒男さんのコメント。
 Qさんの小説は今回初めて読ませていただきました。『プシケの憂鬱』、面白かったです。昨日徹夜で一気に最後まで読みました。美大の講師と女子高校生との奇妙な恋愛関係、そして、所々に見られる「梯子」というキーワード、日記や電話などの小道具を用いた巧みな伏線……。久しぶりに小説らしい小説を読んだという満足感を味わうことが出来ました。

 私はあまり西洋美術にくわしくないのですが、以前、渋澤達彦さんの『幻想の肖像』というエッセイを読んで、ポントルモという画家の名を知りました。

 ――ポントルモのすべての作品を特徴づける性格を一言で要約するとすれば、おそらく「憂鬱症的」という形容詞がいちばんぴったりするかもしれない。あるいは「不安」といったらよいだろうか。(渋澤達彦『幻想の肖像』より)

 ヒロイン翔子は、こうしたマニエリスムの芸術家たちに共通する「憂鬱症的」気質の持ち主のように思えます。内向性、鋭敏な神経、鋭すぎる感受性……。
 聖天使となり死への梯子を上った翔子と、彼女への愛によって自分を取り戻し、命の尊厳を知った主人公。二人の選んだ梯子は違うけれど、どこかでつながっている。生と死は表裏一体、翔子の死は、主人公の再生でもあります。ポントルモのスライドを掲げ、翔子に語りかけるラストシーンに思わず涙しました。

 ただ、西洋美術に通じていないと、理解しづらい表現も多かったです。唐突に「プシケの憂鬱が、目の前に居た」と言われても、「プシケ」が何か知らない人も多いのではないでしょうか?(たしか愛の神エロスの妻になった人間の女性の名前だったような気がしますが……間違っていたらすいません)
 私個人としては、そうした事への配慮もあった方がより読みやすく面白い作品になったと思います。  
 
 Qさんの次回作も楽しみにしています。では。

カピバラさんのコメント。
こんにちは、カピバラです。
『プシケの憂鬱』読みました。

少し前に<1>だけ読んでいましたが、
<2>以降は一気に読みました。
(あんまり詳しくないけど)美術オタク心は刺激されるし、
読後はいろいろ内省させられたりしましたです。
面白く読ませていただきましたよー。

===
えーと、私には「帰りたいのに帰れない場所」
(あるいは「行けないのに行けない場所」)
と言うものがあって。

おそらく誰にでもそーゆー場所はあると思うんですが。
私の場合、そこに帰りたい(行きたい)と
そう強く切望してはいないのです。だから普段は
そんな場所の事は忘れてしまっています。

ただ、時々その場所のことを思い出して
「ああ、あそこに行くことはもうないのだな」
とメソメソしてしまうことがあります。
で、『プシケの憂鬱』を読んで、
メソメソしてしまったというわけです。

私は、何かを喪失する物語はちょっと苦手です。
喪失の物語と言うのは、なんでかよくわからないですが
人間の美徳の様な印象を与えるらしく、「いい話」になりがちです。
私は、そーゆー傾向に軽い反感を持っていたりします。
今回、喪失の物語が「いい話」になるのは、
人の喪失の記憶(その多くが美化されている)を
呼び起こすからではないのかと、生意気にも考察したりしました。
おそらく、他の多くの方は、とっくにそんなことに
気がつかれているのでしょうが。

===
Q様が書かれている「天使城の話」とは
『プシケの憂鬱』のことだったのですね。
私は、ローマのサンタンジェロのことだと勘違いして、
なんかすごく外れたレスを返してしまいました(汗)

でも、「先生」の家が翔子さんのサンタンジェロだったとか、
いやいや翔子さん本人が聖なる要塞だったのだとか考えると、
あながち間違ってもいないような気が。
とむりやりこじつけてみました。

===
ポントルモの絵は見たことがあります。
退屈な顔の聖母マリアと、顔の潰れた聖ヨハネと、不吉な黒い背景が不気味な
「聖母子像」(↑すごい言いようではある...>自分)
私はずっと「何て気味の悪い聖母子なんだ〜」と思っていたのですが、
あの不気味なオーラは「憂鬱」から発散されていたものなのですね。
うーーーん。それはそれで納得ですが、
やっぱりポントルモの絵は.....近寄りがたいです。

「ポントルモの梯子」の元となった絵はどんな絵なんでしょう。
ネットで観賞できるサイトがあったら、教えてくださいまし>Q様
(自分でも調べましたが、発見できませんでした)

とまあ、とりとめありませんがこの辺で。
ひっさしぶりに純粋な感想書いたら、
こんなんなっちゃいましたよ(笑)

「読みました〜」ユキコモモさんのコメント。
Qさん遅くなりました。読みました。

あの、私、あんまり感想を筋立てて話すのが得意でないので、
思ったままいうと、ただただ悲しいです。
話の展開が予想できたので、(というかそういう気配で描かれてますけど)
痛い痛いと思いながら読みました。

物語に入りこんで、すっかり先生になりきって(男かい!)2時間ドラマ見終わったという感じです。はああ。

おかあさんとの関係の記述が一文×2回ほどだったのでもう少し深く知りたかったのですが、「先生」だけに語らせていると、これ以上は無理ですもんね。

マニエリスムや美術史の記述も堅苦しさを感じずに読めました。
今はまだしばし悲しみに浸りたいと思います……

「読みましたよ。」空人さんのコメント。
『プシケの憂鬱』、読ませていただきました。
いやあ、アツイ。そして物語も厚い。登場人物が少なく、場面移動も少ないのにあの重厚さ。
そしてQさんワールドにどんどん引き込まれて一気に読みきってしまいました。
昔の作品よりもだんだん読みやすくなっているように感じるのは、
僕が慣れてきたせいもあるのでしょうか。

いちばんゾクゾクしたところは翔子が紙の怪物を作って部屋に飾ったところ。
あの緊張感と濃密感は堪らないものがありました。
ちょっと専門的でむつかしいカタカナに悩まされましたが(笑)。

「読みましたよ」凛さんのコメント。
空人さんもおっしゃってますが、うん、一気に読めました。
好きです。この儚げな、でもごちゃごちゃというか、つかめないと言うかそんな感じ。こんなお話、タダで読めちゃっていいんかしら。嬉しいです。
欲を言えば、最初と中盤、田中くんが絡んで来るのはもうちょっとあっさりにして、最後にとっておいたほうがもっと私好みかもしれません。
あと、たくさん出て来るカタカナの意味・背景を知っていれば、もっと楽しめるだろうな、と思いました。

ところで、若い女の子には「白いワンピース」ですかね、やっぱり。空人さんとこのBBSでもそんな話があったような……。

「おお凛ちゃんも」大覚アキラさんのコメント。
>でも、ほんと有難う。これで凛ちゃんが読者付き作品三名です。感謝!!

そうかぁ・・・ぼかぁ読者の数に入っていないのかぁ・・・
なんていじけてみたりして(笑)。

で、読みました。
かなりおもしろかったです。
ただ、田中くんが登場したあたりから、
なんとなーく結末が予感できたので、
「あぁ、やっぱり・・・」という感も若干あり。

ぼくも、あんな女と出会って、
人生棒に振って梯子を昇りたいものだ。

「私も読みました!」氷月そらさんのコメント。
私も昨日、ようやく読ませていただきましたよ。
私、PCの画面でものを読むのは苦手なんですけど、Qさんの『プシケの憂鬱』は難なく読めました。するするっと。
面白かったです。一気に読んでしまいました。
とてもかなしかったです。
先生と翔子が一緒にいる場面なのに、何だかものすごくかなしい感じがずっとしていて、最後でう〜〜〜〜……ってまたかなしくなりました。

ただ……
私は美術関連には本当に疎いもので、ちょっとよく分からないところもありました。
マニエリスムの絵は見られたのでイメージはわいたんですが、「梯子」とかはなんだろうこれ……って感じでした。
まぁそれはそれで、想像を膨らませる楽しみもあるのですが。

他の作品も読んでみたくなりました。また読みたいと思います。

「Qさん、ようやく拝見しました!」佐藤yuupopicさんのコメント。
Qさん、こんばんは!
『プシケの憂鬱』ようやく拝見させていただきました。
いや、みっしりと濃くて、すごく素敵でした!
空人さんもおっしゃっていたコピー機乱用のくだりは、殊に圧巻でした。

実はワタクシずいぶん前まで八王子の美術学生だったので、
様々な描写に触れる毎に、蘇ってくるものがとても強く大きくて、
なんとも客観的に読めない作品でした。
何にも講師の云うことなど聞いていなかった気だるい講義棟の午後や、
緑が濃くて、日差しが強い、実技棟の夏を思い起こしています。

専門は埃と絵溶き油の匂いの立ちこめる西洋美術史ではなったので、
ちょうど翔子さんの年頃、入試の時に齧るくらい勉強した程度なのですが、
びゅんとその頃に強い力で引き戻される思い。
B術出版社の図版を見ながら通学路。。。(関係ないですが、
ワタクシが1番好きなのは20世紀のユダヤ人亡命アメリカ画家なのです)

先生がずっと1人でいた訳とか、先生がどんなふうに生きてきたのか、とかも
もっと知りたかったです。お話が終わってしまうのが悲しかった。
先生ともっと一緒にいたかったです。

「俺は、あの小さいばあさんが好きです」アナトーシキソさんのコメント
小さいばあさんが、野郎がなんか食ってるのを、ちょこんと座って見てる。
あそこが、本筋とは全然関係ないのかもしれないけど、好きです。静かで。
(あれ? こういうシーンあったよなあ?)
ちなみに、関係ないけどショウコってのはうちのおかんと同じ名前です。
漢字は違うけど。