マニエリストQのストゥディオーロ其の一白秋の初恋――空には真赤な雲のいろマニエリストQ●感想などいただければ幸いです。


 あの人のものなんて何もいらない。
 母が誰に言うのでもなく呟いた。
 遥か昔のことだ。

 途切れた笛の音と小太鼓の響き。夏の風に祭の囃子が舞っていた。時折、庭から入りこむ微風に、父の顔を覆った白布の端が捲れる。幼い私にとって、わずかに覗く父の首筋は、触れた記憶を遠に忘れた見知らぬ人のものだった。
「ぼく外で遊んできていい?」
「遠くへいっちゃだめよ」
「これもっておいき」
 祖母にキャラメルの箱を手渡された。なんでこんなことに。祖母はどれだけその言葉を繰り返したろう。もういいんです。同じだけ繰り返された母の返事。それはまるで午睡の子守唄のように柔らかな声音だった。

「おとうさん、帰ってきたんだって」
「どこに?」
「おとうさんのお家に」
「どうしてぼくんちに帰ってこないの?」
「よその女の人と死んじゃったんだって……」
 私を抱き締める母の腕が震えていた。
「どうして……どうして……」
 朱夏の陽に激しい蝉時雨が降りつづく。

 どこからだろう。風に舞った囃子が四方から聞こえてくる。林のなかで私は耳を澄ます。空を見上げて歩く。聳え立つ木々がいまにも語りかけてくるようだ。にわかな目眩が起きて、しゃがみこんで暫く俯いた。
 ふと顔を上げると、笛の音と渇いた小太鼓の音が木々の間にひろがり、小さな山車が林のなかに入ってきた。山車を曵く子供のなかに女の子が一人いた。鼻筋に白粉を一筋、唇に小さな紅、手綱を握った小さな手。人形のような法被姿だった。
 山車は目の前をゆっくりと通り過ぎようとしていた。その時、女の子が私に向かって何かを言った。だが、私には聞きとれなかった。意味もなく紅い唇が小さく動いただけだったのかもしれない。それきり、女の子は山車とともに林の外へと消えていった。気がつくといつか、木漏れ陽が茜の色に染まっていた。

 母は穏やかに横たわっていた。父と同じ白布に顔を隠し、あの時と同じに蝉時雨に奏でられ。父との違いは、かつて涙に濡れたその片頬を、私の頬も知っていることだった。キャラメルをくれた祖母は遠に逝き、そして母もまた、逝った。
「ああ、囃子の音だ。お祭だったんだね」
「そうよ、おとうさん。あたし見にいっていい?」
「お婆ちゃんを送ってあげるんだから遅くなっちゃ駄目だよ。おかあさんにお小遣い貰っておいで」
「うん」

 白粉ぬって、紅つけて、女はいつでも泣きじゃくる。
 忍び泣くには、辛すぎて……空には真赤な雲のいろ。


第一回仮面バトルでいただいた貴重な感想抜粋

【推薦感想より】
掌編映画を観ているみたいな感じでした。
祭りの色と音と肌触りが、文章中の言葉から出ていたので。
また、最後の繰り返しがいいと思いました。
祭りは四季の中で行われ、その四季もまた巡るもの。
その二つの重なりがなんともいえなかったので。
1000文字のぎっしり度の高さから、7番を推します。

【推薦感想より】
小林少年P太郎さんと上杉りょんさんでかなり迷った。前者は正統派、後者はえらくぶっとんでて、よくわかんないけど「スゴ イ!」。いつもの心境なら後者を選ぶのだが、今回は前者で。

【うなぎさん全感想より】
『夏の風に祭の囃子が舞っていた。』なんか虫みたい。うまい表現。全体的に言葉が上質。いい意味で。それも効果的。 なんかスライドショーを見ている感覚。ダイジェストっぽいのはいつも批評するんだけど、これは見事なダイジェスト。 あまりお目にかかれない。
で、ええと、難しい(汗)。ちと何回も読み返さないと解らない。うむ純文学というやつだろう。とりあえず、深読みさせるような文章ですね。でも深読みしようとさせるだけの力がありますね。

【MAOさん全感想より】
ギラギラしていていい。独り善がりな面も少々あるが、その独り善がりを諾とした文章のコアのでかさが感じら れる。が、前述の独善が情報の面で悪影響になっているのは確か。不倫して死んだ父、そして山車の群れの中の女 の子。断片はあくまでも断片であって、作品全体としてどこを読ませようとしているかの意識が弱い。最後の二行 も浮いた。
個人的に、タイトルが白秋で本文に「朱夏」という感覚はちょっといただけないかも。

【太郎丸さん全感想より】
あぁこの読みなれた文体を見ると、やっぱり誰だか判ってしまうというのは、作者の特徴が良く出ているという事だろ う。私の嫌いな(笑)死が入っているけれどもやっぱり雰囲気を大事にしている作家なんだなぁと今更ながらに思った 。でも全然違う人だったりして…。

【黒男さん全感想より】
全体に漂う哀愁は嫌いではないし、「祭り」という物が持つ物寂しい雰囲気が伝わってきます。ただ「初恋」と「父 母の死」との二つの結びつきが弱い。(それを連結させるのが「祭」のはずだけど、いまいち印象に残らなかったです)