キトラの冒険
作:ごんぱち
その132『昼と夜とがおんなじ日』


「ただいまー」
 学校から帰ったキトラは、ダイニングに来ます。
「寒かった!」
「あらあらあら、お帰りなさい、キトラ」
 ダイニングの隣のリビングでアイロンがけをしていたお母さんのアスタさんが手を止めます。
「手を洗ってらっしゃい」
 キトラは洗面所で手を洗ってから、テーブルにつきます。
「はい」
 お母さんは、お皿にのせたぼたもちと、マグカップに入れたホットミルクを置きます。
「ぼたもちなの?」
 キトラはちょっとがっかりした顔です。
(ぼたもちって、ごはんなのにアンコで、あんまり好きじゃないんだよな……)
 個人の感想です。
「お彼岸だからね。お向かいの四谷さんが分けて下さったのよ。会ったらお礼言いなさいね」
「お彼岸……春分の日か」
 キトラはぼたもちを食べ始めます。粒あんに包まれた、どっしりしたぼたもちです。
「なんふぇ、ぼたもひ、なのほかな?」
「キトラ、食べるかしゃべるか、どっちかになさい」
 もぐもぐもぐ、ごくん。
「お彼岸にぼたもちを食べる理由は、小豆が厄払いになるからみたいね。後は、春がぼたもちで、秋はおはぎとか、色々豆知識はあるわよ」
 お母さんはアイロンがけにもどります。
「ふうん節分と同じ感じに色々あるんだなぁ」
「おっ! 豆をかぶせて来たわね、さすがはキトラ!」
「……全くその気はなかったけど」

 おやつを食べてから、キトラは自分の部屋で机に向かいます。
「そっか、春分の日か」
 背もたれにぐっともたれてカレンダーをながめます。上半分が写真の月めくりで、三月は、花のつぼみのついた木の枝に鳥がとまっています。
「昼と夜が同じ長さ、だったっけ」
 呟いてから、ふと首をかしげます。
「ん?」
 もう一度首をかしげます。
 それから、本棚に置いてある地球儀を取ります。
「えーと、昼っていうのは」
 地球儀に電気スタンドの光をあてます。ちょうど取り調べの要領です。
「つまり、この光が当たってる時だよね」
 それから地球儀をぐるりと一回りさせます。
「それから、光が当たっていない時は夜」
 もう一回り。
「一日で地球は一周する。っていうか、それを一日と言う……むむむ?」
 キトラは難しい顔をします。
「じゃあ、昼と夜の長さっていつも同じじゃないのか?」
 何十回か地球儀を回した後、本棚に戻します。
「うーん、確かめて、みようか?」

 ジリリリリリリ!
 目覚まし時計が鳴り響きます。
「うーん、むにゃむにゃ、もう食べられないよお……」
 ステロタイプの寝言をいいながら、キトラは寝返りを打ちます。
 何度か寝返りを打ったあと。
 誰かに身体をゆさぶられます。
「あと5分……」
 またゆさぶられます。
「まだかたいよ、ああ、天ぷらは後乗せサクサク……」
「どん兵衛か! どん兵衛なのか!」
「ん、んん?」
 ようやくキトラは目をさましました。
 ゆさぶっていたのは妹のタウラでした。
「兄ちゃん、うるさい!」
「んぁ、おはよう、タウラ」
「おきられないなら、めざましなんかかけるな、まったく」
 怒りながら、部屋から出て行ってしまいました。
「……なんだ、朝っぱらから怒らなくてもいいのに」
 キトラは目をこすります。
 この場合、キトラの方が悪いと思います。その上、ただ目覚ましをとめただけではなくて、きちんと起こしてくれたタウラは、むしろものすごい親切です。
「そんな事ないよ、ただ文句言いたいから起こしただけだって……ふぁあああ」
 もう一つ大あくびをして、目覚まし時計を見ます。
 午前5時30分。
「え? なんだってこんな時間に。まちがえたかなぁ」
 キトラはふとんにもぐりこもうとします。
「……あ、いや、そうじゃない」
 また、ふとんから出ます。
 そして、キトラはパジャマを脱ぎすてて、服を着替えてジャンパーに手袋までしっかりはめて、カギと携帯電話を持って静かに外に出ました。
 そう、思春期に少年から大人に変わるキトラは仲間たちと昨夜立てた家出の計画を実行に移したのです。
「それ言うなら高木! いやちがう夏木! それもちがって、言いたいのは尾崎!」
 朝っぱらから、ラップのようなツッコミをするキトラでした。

「うわ、寒い!」
 まだ雪も残っていて、風もとっても冷たいです。
 キトラは首をすくめながら、住宅地の中の道を走り始めました。
 太陽が出始めた空は、夜の黒から白んできて、照らされた雲はやや紫色みたいで細くたなびいています。
「ああ……ざぶいー、枕が恋しい、さっさとすませて帰ろう、そうしよう、枕だそうしよう……」
 キトラは大きな通りまで走って来ました。
 車でいっぱいの昼間とはうってかわって、たまに大きなトラックが通る程度です。
 キトラは、道幅のある通りにかかっている歩道橋に駆け上がります。
 東西にのびる通りが目の下に来て、ずっと先まで見渡せます。
 キトラは携帯電話で時計を見ます。
「もう少し……かな?」
 じっと東の方を見つめます。
「ああ寒い」
 足ぶみをします。
「トイレ行きたくなって来たなぁ……」
 身体をこすったり、もぞもぞしたり、するうちに、空は次第次第に明るくなって来ました。
「もうか? どうだ? もう少しか?」
 どんどん空は明るくなって来て、そして。
 まぶしい光が差して来ました。
「今だっ!」
 携帯電話の時計を見ます。
「5時38分、よし」
 キトラはメールで時間を打って、下書きフォルダに保存しました。

 その日の晩。
「それで、日の入りも測ってみたんだけど」
 キトラは晩ご飯を食べながら話します。
「日の出が5時38分で、日の入りが17時47分だったんだよ」
「言いたいことがよくわからないぞ、兄ちゃん」
 タウラがシソの天ぷらを食べます。
「だから、昼が12時間9分で、夜より長いんだよ!」
「だったら、兄ちゃんが日にちをまちがえたんだ」
「タイムスリップか! カレンダーにきちんと春分の日ってあるんだから、まちがえようがないだろ」
「じゃあ兄ちゃんのはかり方がわるいんだ」
「タウラ、どうあってもぼくを悪者にしたいのか、キミは」
「きちんと調べたんだね。大したものだ」
 お父さんのナラキさんが菜の花のお浸しを食べ、ビールを飲みます。
「昼と夜が同じだって聞いたのに、なんで違うのかな。地球の回るスピードって一定じゃないのかな?」
 キトラはわかめと豆腐の味噌汁を食べます。
「ふふふ、一日に10分も差が出たら大変よ」
 お母さんが笑います。
「じゃあどういう事なのかな」
「それは自分で調べてみると良いよ」
 お父さんは嬉しそうです。
「あえて言うならキトラ、君の観測は間違ってない。そしてタウラの言う事もあながち外れてはいないんだ」
「分かった、調べてみるよ」
 理由はいくつかあるのですが、一番分かりやすいのは、日の出と日の入りが太陽の上端で測られるのに、春分の日の目安にする時は太陽の中央で測っているからです。つまり太陽の幅の分だけ、昼が長くなるのです。
「って、ネタバレ!?」
「おっ、電波と会話だね」
「相変わらずね、キトラは」
「兄ちゃんは電波となかよしだなぁ」
「……まあともかく自分でも調べる事にするよ」
 キトラはナスの天ぷらをおいしそうにほおばりました。


【おしまい】