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キトラの冒険
作:ごんぱち
その130『大人になったら 前編』
キトラは自分の部屋の布団の中で目をさまします。
「ん……まったく、カソのヤツと来たらあいかわらずだなぁ」
パジャマから服に着替えながら、キトラが思い出し笑いをしていると、ドアが開きました。
「にいちゃん! あさだぞ!」
妹のタウラです。もう幼稚園の制服を着ています。
「起きてるよ、ふふっ」
キトラはズボンをはきます。
「どうしたにいちゃん、おかしくもないのにわらうなんて、ゼンマイじかけのおもちゃみたいだぞ?」
「ジャスラック的にどうなんだろうなぁ……」
キトラはボタンをかけます。
「まあ、今日も夢の世界に行ってたんだよ」
「なんかおもしろいことあったか?」
「それがさ、カソのヤツがまた新しい商売をはじめたんだよ。それでね……」
「あはは、やっぱりカソらしいな! でも、ロカはうれしかったろうな!」
キトラの話を聞いたタウラは、床にころがっている玄武のゲンさんのぬいぐるみの上に腰かけたまま笑います。
「だといいんだけど」
キトラは照れたように笑います。
「にいちゃんはいいな! ゆめのせかいに行けて」
「まあね」
キトラはちょっととくいげです。
「最初はよく分かんなかったけど、もうすっかりなれたからね。行こうと思えば場所もしっかりねらって行けるよ」
「ゲンさん!」
タウラはゲンさんのぬいぐるみの顔をつかんで見つめながら言います。
「タウラもゆめのせかいにつれてって!」
「ちょっとしたコツなんだけどね」
「にいちゃんはおしえかたがヘタだからそのコツがわからないんだ」
「タウラの覚えが悪いんだよ」
「そんなことはないぞ!」
「キトラ、タウラ!」
階段の下からおかあさんのアスタさんの声がします。
「早くおりて来なさい、ちこくするわよ」
学校が終わって、キトラはラグヤと帰ります。
畑にそった道を歩きます。
まだ風は冷たく、吐く息が少し白くなります。
「……そうなんだ、タウラがね」
「うん。夢の世界に行きたいって言うんだよね」
「……ここのところ、テレビが面白くないしね」
「気持ちは分かるんだけどさ」
「……リュウさんたちのぬいぐるみの持ち主じゃないと、ダメなんじゃないかな」
考えながら、ラグヤが言います。
「……結局、ぼくたちはリュウさんとかゲンさんが呼び寄せてるんだし」
「そうなのかな?」
「……だって、いつも向こうに行った時は、リュウさんの目の前だろう? キトラならゲンさんかな」
「そんな事ないよ、ゲンさんがいないとこにも出るよ?」
「……どうやって?」
ラグヤは驚いた様子でキトラにたずねます。
「言葉にするのは難しいけど、とにかく、行きたい時に、行きたいあたりに大体出るよ」
「……ふうん。キトラの方が、夢を見るのが上手いのかな」
「はははっ、それもヘンな話だけどね」
「よお、キトラ、ラグヤ!」
「よお」
後ろから声をかけられました。
「ああ、サリスにノクタ」
ふりむくと、サリスとノクタでした。
「ちょうど良かった、キトラ」
「なに?」
「ありがとな」
サリスはランドセルを肩からおろして、中から本を二冊出します。
「学校で渡してくれれば良かったのに」
キトラは受け取った本をしまいます。
「学校じゃ出しにくいだろ」
「ふふふ、言った通り、面白かったでしょ」
「うむ、なかなかだったな。特に、フットボールのとことか、毛布とかな」
「野球とスケートも良いよね」
「え、そんなのあったか?」
「ああそっか、まだ先の巻だね」
「それも貸してくれ」
「いいよ……みんな、これからうち来る?」
キトラ達は、キトラの家の、キトラの部屋に来ました。
「ごゆっくり」
お休みのお父さんのナラキさんが、紅茶とミックスナッツを置いて出て行きます。
「えーとね」
キトラは本棚から本を三冊取って、サリスに渡します。
「おお、ありがとな」
「ん」
ティーカップを持ったノクタがふと声を上げます。
「どうしたノクタ、やけどでもしたか?」
サリスが声をかけます。
ノクタはそれに返事をせずに、押し入れの方を見ています。
「ん? なんだ」
押し入れの戸から、何かはみ出しています。
「あ、それは」
キトラが言うよりも早く、サリスが押し入れの戸を開けました。
押し入れの中には布団が入れられていて、その上にゲンさんのぬいぐるみが突っ込まれていました。
戸からはみ出していたのは、ゲンさんのぬいぐるみの尻尾でした。
「がはははは!」
サリスは笑います。
「なんだキトラ、まだぬいぐるみなんか持ってたのか? ゲンさんだったっけ?」
サリスはゲンさんのぬいぐるみを、ひょいと投げてキャッチします。
「そうだけど」
「オレたち幼稚園児じゃないんだぜ?」
「い、いいじゃないか、これはその、ゲージツテキにすごいんだよ。フィギュアみたいなもんだよ。色もキレイだし、顔の造形だってこう、怪獣、って感じでカッコイイだろ」
「それは……」
サリスは少し口ごもります。ゲンさんのぬいぐるみは、縫い目もとってもキレイで、力強い姿をしていて、色も素敵なのです。
それはサリスにも分かっているのです。
そもそもノクタが押し入れから見つけたのも、そのちょっとだけ見えていた尻尾が、とても綺麗で、自分で見てみたかったからなのです。
「そんなの関係ないだろ」
けれど、一度からかったサリスには、引っ込みがつきません。
「ぬいぐるみはぬいぐるみだ、ぬいぐるみは女の子か幼稚園の子が持つもんだろ。大きくなった男の持ちものじゃないぞ」
「……そんな事はない」
「あるね! オレだって、このゲンさんぐらい綺麗なトラだか何だか持ってたけど、小学校に上がる時に全部いとこにやっちゃったぞ。キトラも寄付でもすれば良いだろ」
「サリス、そうでもないと思うぞ」
ノクタが言います。
「それは、本当によく出来てるぞ?」
「……趣味に口出しは良くないし」
「で、でも、普通大人の男が持つものじゃねえだろ?」
「まあそれはそうだぞ」
「……それならまだ子供だから良いじゃないか」
キトラはゲンさんをサリスから取り返して押し入れにぎゅっと押し込み、しっかり戸を閉めました。
「外に遊びに行こ」
その日の夜。
キトラは布団に入ります。
「ちぇっ、サリスのやつ」
暗くした部屋には、カーテン越しに月明かりが少しだけ入って来ます。
「ぬいぐるみは女の子のお人形遊びとは違うんだぞ」
キトラはつぶやきます。
「ふかふかで、形が良くて、格好良くて、いいにおいがして、積み上げて遊んだり出来るし、投げ付けてもこわれないし、目は丸いし……」
寝返りを一つ。
「夢の世界のぬいぐるみなんか、それだけじゃなくって、言葉を覚えて喋ったりとかもするし……そうだ、一つおみやげに持って帰って見せてやれば、考え直すかも知れないな」
天井を見上げます。
壁の方に目を向けると、タンスの上が見えます。前はダンボールの箱が置いてありましたが、今はすっきり片付いています。
「ああ、そうだ、おみやげは一つだけだから、モノを持って来ると記憶が持って来られないんだった。じゃあ、この手は無理か……じゃあ……まあいいや、夢の世界で考えよう」
キトラは目を閉じると、そのまま一分も経たないうちに眠ってしまいました。
そして次の日。
「あれ?」
目を醒ましたキトラは身体を起こして部屋の中をきょろきょろと見回します。
「夢の世界に、行けなかった?」
キトラは立ち上がり、服を着替えて布団をたたみます。
「おっかしいな。完全にコツは掴んだと思ったんだけど」
布団をしまおうと、押し入れを開けます。
「あれ?」
押し入れの中に入れてあった筈のゲンさんのぬいぐるみがありません。
「布団敷く時はあったっけ……あれ? どうだったっけな」
キトラはカレンダーを見ます。
「あ、なんだ、クリーニングの日か」
キトラは階段を降りて、ダイニングへ行きます。
「おはよう、お母さん」
「おはようキトラ、ごはんできてるわよ」
お母さんのアスタさんが、キュウリを混ぜた納豆と、麩と菜花の入った味噌汁をテーブルに置きます。
「お母さん」
自分の茶碗にご飯をつぎながら、キトラはたずねます。
「ぬいぐるみ、クリーニングに出した?」
「ええ。明後日ぐらいには出来上がるから、ガマンしてね」
「ガマンってほどでもないよ。もう大きいんだから」
「ふふっ、お兄ちゃんは頼もしいわね」
「おかあさん、おはよう!」
タウラも降りて来ます。
(そっか、夢の世界に行けなかったのは、ゲンさんがクリーニング中だったからか)
キトラはホッとした顔で、箸を取りました。
二日後、キトラは学校から帰って来ました。
「ただいまー、おやつは……」
「――はい、そうですか、ええ、続けてください、お願いします」
ダイニングに置いてある電話で、アスタさんが話をしていました。
「他のはともかく、あれは息子の大事なものなんです。どうかよろしくお願いします」
アスタさんは、電話を切りました。
「ただいま、お母さん」
「あらあらあら、キトラ、お帰りなさい」
アスタは少し驚いたような、気まずそうな顔をしましたが、すぐに思い切ったように表情を引きしめて言いました。
「キトラ、あのね」
「なに……?」
「ぬいぐるみが、なくなったみたいなの」
「え? なに?」
「クリーニングに出してたぬいぐるみが、見当たらなくなっちゃったみたいなのよ」
「え……」
「クリーニング屋さんでは探してくれてるそうだから、あんまり心配しないでね」
(ゲンさんのぬいぐるみがない……このままずっと夢の世界に行けない!?)
アスタさんの言葉は、もうキトラの耳には入っていませんでした。
【つづく】