キトラの冒険
作:ごんぱち
その129『闇鍋をしよう』


「こちらのサインをお願いします」
 キトラがさしだした伝票に、コヨーテのおかみさんはペンでサラサラと名前を書きます。
「ありがとうございました」
「毎度どうも」
 お届け物を終えて、キトラは家の前に停めておいた自転車に乗りました。
 家の並ぶ通りをキトラは走ります。
 日は暮れかけて、一番星が空に現れます。
「社長も終わったところでありますか?」
 別の道からカモメのジョースターが合流して来て、自転車のベルを一つ鳴らします。
「ああジョースター。なんかトラブルとかなかった?」
「大丈夫であります」
 ジョースターはキトラの隣りを走ります。
「年の暮れでありますなぁ」
「そうだね。ぼちぼちお中元の配達も終わりかな」
「はい。これで終わりであります」
「え? 去年はもう少し……」
「宇宙向けのものを先に片付けたので、ガースと親方も配達に行けたのであります」
「ふうん」
 キトラとジョースターの進む先に、キトラ運送の二階建てのビルが見えて来ました。
「じゃあ……伝票締めた後、みんなでご飯でも食べる?」
「おっ! 社長のおごりでありますか!?」
「ムチャクチャに食べたりしなければ良いよ」
「分かっているのであります、全ての物に感謝して、噛みしめながら食べるのであります」
「……それもビミョウにめんどうくさいけど……なんか食べたいものある?」
「おっ、太っ腹でありますね! 太っ腹社長! 太社長!」
「……どんな社長だよ」
「食べたい物と言えば、アジにサバにサンマにカツオそれから、トビウオなんかも悪くないのであります」
「この時とばかりカモメを強調するのはやめてくれないかな」
「ダメでありますか?」
「料理を聞いてるんだよ、料理を」
「じゃあ、鍋はどうでありますか?」
「おおざっぱだけど、まあ手ごろかな」
「では」
 ジョースターは自転車を停めて、携帯電話をかけはじめます。
「ああ、親方でありますか? 今日、社長のおごりで鍋であります。闇鍋の準備をお願いするのであります」
「ちょっ! なんで当たり前に闇鍋になってるの!?」

 キトラ運送の休憩室に、コタツとカセットコンロが置かれました。
「ということで」
 四角いコタツに、キトラ、ジョースター、ガース、親方が座ります。
「闇鍋を始めるのであります!」
「妙に元気だな、ジョースター」
「ジョースターは闇鍋が大好きなんでヤス」
「夏でも食べていましたからな」
 ガースと親方も楽しそうです。
「一度も聞いた事ないよ!」
 闇鍋というのは、みんなで材料をもちよって行う鍋で、材料を入れる時と取る時に部屋を暗くして、何が当たるか分からないドキドキを楽しむものです。
「の……ハズなんだけど」
「どうしたのであります?」
 テーブルの上のお皿には、魚や野菜がどっさり盛られています。
「材料、全部ジョースターが買って来たよね?」
「言ってる意味がよく分からないのであります」
 ジョースターは手際よく鍋に材料を入れて煮始めます。
 ガースと親方も、キトラを不思議そうに見ています。
(むむ……)
 キトラは考えます。
(ガースと親方もぼくが言っていることがおかしいという顔をしている。とすれば、ジョースターだけがボケているワケじゃない。一人ツッコミでその他がボケというのは、ツッコミ役がかわいそうに見えてしまうからそんなに行われる手法じゃあない。ここから導き出される結論は)
 キトラはメガネをずりあげます。頭を使う時はメガネをかける、これもまた、キトラなりのボケなのです。
「謎は全て解けた!」
「そろそろ煮えたのであります」
 ジョースターがナベのフタをとりました。
 ぼわっ、と、湯気が一つ立ちのぼりました。
「おお、おいしそうでヤス」
「良い色ですな」
「材料をよく選んだのであります」
 ナベの中は、黒一色、まるで暗闇のようでした。
「やっぱりね、そっちの闇だと思ってたよ! そんなひねり方だと思ったよ! 言わせてよ! 先に言わせてよ!」

「さあ、食べるのであります!」
 キトラたちは、箸でナベの中のものをとります。
「……なんか、まっ黒なんだけど」
「闇鍋でありますから」
「そういうレベルじゃない気がする」
 キトラが取ったのは魚の切り身みたいなものですが、まっ黒で影みたいです。
「はっはっは、社長は闇鍋は初めてでしたかな」
 親方が何か丸い物を食べながら笑います。
「闇鍋とは、闇属性の食材を集めた鍋なのですぞ」
「属性とか初めて聞いた設定だよ!」
「暗い深海で生きる魚とか、夜に育つ植物とか、そういう闇の食材でヤスよ。これを上手い具合に合わせると」
「このように、闇を切り出したような鍋になるのであります」
 ジョースターは得意げです。
「なんでわざわざこんな」
 キトラはその黒い魚の切り身をかじります。
「……む!」
「どうでありますか」
 にやりとジョースターは笑います。
「味は普通だ」
「フフフ、本当にそうでありますか?」
「え? まさか何か……」
「食べるだけで闇属性に染まる、素晴らしい鍋なのであります」
「なんだって!」
 キトラはあわててハシを置こうとしますが。
「くっ、食べ物は粗末にしちゃいけないというお母さんとお父さんの教えがぼくを縛っている! 残すことができない!」
「その常識と空気を読むところがツッコミの弱点であります。さあ、さあ、その身に闇を取り込むのであります!」
「うわああああ、ぼくが闇にそまっていく!」
 キトラは食べ続ける事しかできませんでした。

「――と、小芝居もやってみたけど、結局、普通の鍋だね」
 キトラは鍋からまた、黒い何かを取って食べます。
「でも黒いのであります」
「まあ黒いけど……他は?」
「何も」
「えー……じゃあなんで」
「食べ物がここまで黒かったら面白いのであります」
「それだけ?」
「他に何が必要なのでありますか? ああそうであります、もう一つ面白いところとしては、翌日のトイレ――」
「シモネタなら言わないでよ」
「むむ、先回りツッコミでありますか、さすがは社長」
「ツッコミついでに言うけどね、この鍋、やっぱり魚ばっかりじゃないか」
「カモメでありますから」
「野菜食べようよ野菜! こっちはウサギだよ!」
「セロリと人参のスティックでヤス」
「黒いぃいいいい!?」
「闇の儀式を行った畑で、根から染め上げた特別なものでヤス」
「やっぱりそれも黒いだけだよね!?」
「ではこちらのマヨネーズをどうぞ」
「親方! もうこれ、鍋と関係ないよね! ねえ!?」
 ぐつぐつと煮える鍋の音と、キトラのツッコミが、休憩室に賑やかに響き続けていました。


【おしまい】