キトラの冒険
作:ごんぱち
その127『キトラの時間旅行』


 夢の世界で、キトラは刑務所にいるリンガの面会にやって来ました。
「はい、差し入れのこんにゃくだよ」
 キトラはこんにゃくをひと山、調理台に置きます。
 リンガの仕事場である厨房は、きれいにかたづいています。
「おお、いつもすまないだ!」
 包丁みたいな形になった魔法の剣のリンガは、カタカタと動きながら喜びます。
 リンガははねまわって、こんにゃくをきざんでいきます。
「ううむ、このぷにぷにした感じ、いい切れ具合だぁ」
 よく分かりませんが、リンガにとってこれは楽しいことのようです。
 こんにゃくをすっかりみじんぎりにした後、リンガはようやく動きを止めました。
「ふぅ。重ね重ねありがとう、キトラ」
「どって事ないさ」
「誰か気に入らないヤツはいないだか? 遠慮せずに言うだぞ?」
「そういうのは良いから、キミはただ、刑期を終えることを考えなよ」
 キトラは自分でお茶を淹れると、イスに座って飲みます。
「ううっ、優しいことを言ってくれるだ! さすがはオラの持ち主だ! オラはキトラのものになって本当にうれしいだ!」
「……あの、さ?」
 キトラはちょっと遠慮がちにリンガを見ます。
「どうしただ? やっぱり誰か切るだか?」
「そうじゃなくって、ええと、出来るかな、って話なんだけど」
「オラに切れないものはないだ。お坊さんの髪の毛だって切れるだ」
「あのさ」
 お茶を飲み干して、キトラは湯のみを置きます。
「時間旅行とか、出来たりするの?」

 しばらく間があってから。
「ええと、つまりね」
 キトラは少し手が落ち着かない感じで説明します。
「時間を切って過去に行けないかな、って」
「もちろん出来るだ!」
「やめときな」
 厨房のドアが開いて、刑務所長の白虎のヤッコさんが入って来ました。
「ヤッコさん!」
「ヤッコさんが何と言おうと、オラはキトラの言う事は守るだ!」
 リンガはギラリと光ります。
「リンガ、それがなけりゃ、刑期も随分減らせられるんだけどね」
 ヤッコさんはキトラの隣りに座ります。
「時間を切っても世界の全部が過去に戻るだけだから、あたしらは時間が戻った事に気づかないよ。しかも、そうやって戻った過去が、今になったらまたあんたに切られるんだから、時間はループし続けて先に進めなくなっちまう。つまり、世界が終わるよ」
 キトラとリンガは顔を見合わせます。
「ちょっ……そんなに危ない事なのに、出来ちゃうの? リンガは?」
「世界ってのは案外もろいんだよ。大事に使わないとね」
「キトラ、どうするだ? 切るだか?」
「……いや、今の話聞いてなかったの、リンガ」
 ヤッコさんは笑います。
「やめとくことだね、リンガ。あんたの力じゃ時間がかかり過ぎて、切り終わる前に天帝様の七星剣に力を切り落とされるよ」
「男には負けると分かっていてもやらねばならん時があるだ」
「いや、いいから! 切らなくて良いから!」

 面会を終えてキトラは刑務所からキトラ運送へと帰ります。
「リンガも元気そうで良かったな……刑期がまたのびてたけど」
 自転車に乗ったキトラは、畑の中の道を通り、林を抜け、軽快に進みます。鍛冶屋のフツヌシが作った自転車は、高価ですがものすごいスピードが出るし、何かにぶつかる事はまずありません。
「そっか……過去には行けないのか」
 つぶやいてふと、首をかしげます。
「あれ? そうだっけ?」
 ペダルをこぎながらキトラは考えます。
「過去、過去、過去への旅行……あれ? 確か」
 橋に差し掛かります。
 綺麗な水の流れる広い川です。
「あっ! 恐竜の時代に行ってるじゃないか、ぼく!」
 その時です。
 川の水面が激しく波立ったかと思うと、水が丸ごと持ち上がって空へ舞い上がりました。筋のようになった大量の水は、空を一回りしてからキトラの前に降りて来ました。
「うわっ、リュウさん!?」
 水と見えたのは、青龍のリュウさんでした。
「こんにちはキトラ」
「そうだよ、小さい頃、リュウさんに過去に連れてって貰ったんだ」
 リュウさんは自転車で走るキトラと同じ早さで隣を飛びます。
「ふふ、よほど過去に戻りたいようですね」
「リュウさん! リュウさんなら過去に行けるよね?」
「無理です」
「ええええっ!?」
 キトラは思わず自転車を倒しそうになります。
「だ、だって、恐竜の時代に……」
「あれはとある神様が作った動物園のようなものです。時代別に生き物のコピーが保存されているのですよ。あの頃のキトラにも分かりやすいように、『過去に行った』と説明したかも知れませんが」
「……後付け設定っぽいなぁ」
 なんのことでしょう?
「過去に戻れるとするとおかしな事になってしまうんですよ。過去に砂つぶ一つでも置いて帰ったらどうなると思います? ループするごとに砂が増えて世界が無限の砂に埋め尽くされてしまうでしょう」
「でもなぁ……」
「過去には戻れない。これは間違いないですよ」
「何だか夢がないなぁ」
「どう考えてもあり得ない事は、夢としての価値もないものですよ」
 リュウさんは笑って川に戻って行きました。
「うーん」
 キトラはペダルを踏みます。
「時間旅行ってそんなに大変なものなのかなぁ」
 大きく溜息をつきます。
「ああ……もう一度あの時に戻って」
 空を見上げます。
「星タンポポを、抜きたかったなぁ」
 空には昼間の月が浮かんでいました。


【おしまい】