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キトラの冒険
作:ごんぱち
その124『親のいぬ間に洗濯』
「戸締まり気をつけるのよ!」
「行って来るよ」
黒い服を着たお母さんのアスタさんと、お父さんのナラキさんはそそくさと出かけて行きました。
「いってらっしゃい」
「るすはまかせとけ」
キトラは玄関のドアのカギをしめます。
「これもか?」
妹のタウラがチェーンをかけようとします。
「いや、それじゃ、お父さんとお母さんが開けられないから」
「うん。ちょっとボケてみた」
「タウラはそもそも天然なんだから、わざわざボケなくていいよ」
「兄ちゃんは女の子のことをわかってないな、てんねんの90パーセントはけいさんなんだぞ」
「そういうのは知ってて知らないフリをする方が幸せに生きられそうな気がするなぁ」
キトラとタウラはダイニングに来ます。ついたままのテレビで、アニメのオープニングが流れています。
タウラは椅子に座り、テレビを見はじめます。
隣でキトラもテレビをみます。
「いやぁ、ことしのはいいな、兄ちゃん!」
「……そんなもんかね」
「きょねんのはあんまりかわいくなかった。その前の、青い子がいちばんかわいかった」
「……顔が丸いってことかな」
「でもかっこいいのはさいしょの白いのだ」
「君、生まれてないだろ」
「DVDでみれるぞ」
「まあそうだけど」
「兄ちゃんはだれがいちばんかわいいとおもう?」
「……べつに、きょうみないし」
「かくすのか?」
「言ったままだよ。女の子のアニメじゃないか」
「よし、しょうぶしてかったらおしえてもらうぞ」
「だから」
「じゃんけん!」
「ち、ちがうよ!」
「は?」
「え、あ、いや、それより!」
キトラは椅子から立ち上がります。
「食器出しっぱなしじゃないか。かたづけるよ」
キトラはごまかしました。
食器洗い機に食器を並べて、洗剤を入れてスイッチを押します。
うなりを上げて食器洗い機が動きはじめます。
「これでよし」
キトラは台所を見回します。
ナベも食器もぜんぶ片付けて、すっきりしています。
「食器はいいけど……」
キトラは台所のすみにある洗濯機を見ます。
洗濯機の前に置かれたカゴには、まだ洗ってない洗濯物が入っています。
台所の隣のお風呂の脱衣所に行きます。
脱衣所のカゴも洗濯物がいっぱいです。
「すごい、せんたくものがいっぱいだ」
「お父さんとお母さん、あわてて出て行ったもんね」
キトラは考えます。
日曜日、急な用事が出来て、あわてて出かけて、夜にクタクタになって帰って来て。
「……洗濯物が山になってるのは、いやだな」
「あらうのか、兄ちゃん?」
「んー」
「これはアレだな、おてつだいをするけど、しっぱいばっかりっていうオチへの前フリだな?」
「そんな、さっきのアニメの第15話みたいな展開にはしないよ!」
「……きょうみアリアリじゃないか。かたるにおちたな」
「い、い、一般常識ダヨ!」
キトラは洗濯物をまとめてかごにいれます。山もりです。
「洗濯機は全自動なんだから、失敗なんてする方が難しい」
びしり、と、キトラは洗濯機を指さします。
「と、いうのが、つまり『洗濯に失敗でてんやわんや』ネタをやらかすひとのパターンだよ!」
「ふむふむ、じゃあ、どこかむずかしいとこがあるのか?」
「よく分かんない!」
キトラは胸をはります。
「って、兄ちゃん」
「でも、失敗することがある、という知識が、ぼくたちにとって大きな財産なんだよ」
「どっかできいたようなセリフだな」
キトラはカゴをもう一つもって来ます。
「失敗する、ということは、洗濯してはいけない服があるってことだ」
「そんなのあるのか? あらわないときたないぞ?」
「洗濯機で洗えないものってことさ。クリーニングとか、洗面器で洗ってるのとか見たことあるだろ」
「あー、なるほど」
「だからそういうやっかいそうなのは、今日は洗わない」
キトラは洗濯物をよりわけていきます。
「お父さんのパンツはどうだ、にいちゃん?」
タウラがナラキさんのパンツを手にとります。
「パンツは平気だろうね」
パンツを洗う方のカゴに入れます。
「シャツは?」
「丈夫だし、ちょっとぐらいぐしゃぐしゃになっても平気そうだし洗おう」
「タオルは?」
「これはお父さんだかお母さんだかが洗濯機に放り込むのを見た気がするよ」
「セーターは?」
タウラがセーターを手に取ります。
「セーター……洗面器で洗ってたハズだね。洗わない」
「マフラーは?」
「毛糸でセーターっぽいから、やっぱりダメなんじゃないかな」
「フフフじつは、マフラーはマフラーでも食べるほうのマフラーなのだ!」
「それならよけいに洗わないし、そもそも、長方形のさつまあげをマフラーと呼ぶのは、首に巻くマフラーと形が似ていることからついた北海道でのよびかたであって、ダジャレ禁忌の一つ『語源がいっしょ』にふれるでしょ!」
「……ボケにマジギレしないでほしい」
洗濯物が少しづつわけられていきます。
「ストッキングはどうだ?」
「んー、なんか、細くて洗濯したらちぎれちゃいそうだね。やめとこう」
「このだったら、テラテラしたのもダメかな?」
「そうだね、グチャグチャになっちゃいそうだ、やめとこう」
「おとうさんのワイシャツはどうだ?」
「エリが固くて折れちゃいそうだね。やめよう」
キトラとタウラは作業を続け、そして。
カゴ二つに洗濯物が分けられました。
「なんか、洗濯しないものの方が多くなっちゃったな」
洗濯出来そうなものがカゴに半分ぐらい、洗濯出来そうにないものがカゴから少しはみ出すぐらい。
「すこしもどすか? 兄ちゃん」
「その油断が事故の元だよ。直観を信じるんだ」
「しんちょうすぎないか?」
「こういうのはウサギのようにおくびょうな方がいいのさ」
「おお、なんかかっこいいぞ。兄ちゃんのクセに」
「さて、このカゴの中に洗えない物はない、ハズだ」
洗えそうにない物を入れたカゴは、お風呂場に持って行ってしまいました。
「よくやったぞ、兄ちゃん! じゃあ、さっそくあらおう」
「スタァアアアアアアップ!」
キトラは怒鳴ります。
「なんだ?」
「まずは、ポケットの中を見るんだ」
「みょうなことを言うな、兄ちゃんは」
タウラは自分のスカートのポケットに手をつっこみます。
「かんしゃく玉と、平らにしたクギと、貝がらと、ティッシュと、アメが入ってた」
「洗濯物のだよ! しかし、わんぱくこぞうみたいな持ち物だな」
タウラは洗濯物のポケットをひっくり返します。
「ティッシュが入ってるな」
ティッシュをもどします。
「ってもどしてどうするのさ。全部出さないと」
「ああ、そういうことか。兄ちゃん、ひとになにかをさせるときは、きちんとつたえなきゃいけない」
「……ゆとり社員をかかえた上司ってこんな気分かな」
リストラ再雇用の方が覚えは悪いです。
「ポケットの中にはナニもないぞ、兄ちゃん」
タウラとキトラは、全部の洗濯物のポケットを調べました。
「本当に?」
「ほんとうだ、からっぽだ!」
「空気も?」
「……これだから小学生は。あげあしばっかりとって」
「ゴメン、ちょっとテンションがヘンになった」
結局、ポケットに何か入っていたのは、最初に見つかったティッシュ一つだけでした。
「これでやっとあらえるな?」
「まだだ!」
キトラはじっと洗濯物をにらみます。
「……これだっ!」
キトラは洗濯物の中から、ジーパンを取り出します。
「なんだ? ジーパンはがんじょうそうだぞ?」
「はるか遠い昔」
「にいちゃんが、かたりだしたぞ」
「お母さんが、こんな事を言っていたのを覚えている『色がうつっちゃった』」
「はなの色はうつりにけりないたづらに?」
「そう、たしかそんなだった。つまり」
ジーパンをバン、と、引きのばします。
「洗濯をすると、色がうつることがある、そういうことだ!」
「なるほど」
タウラは洗濯物の中から、青いシャツを取ります。
「じゃあ、こういうのをいれておくと」
「そう!」
「パンツとかの白い色がうつって、青がうすくなるんだな?」
「逆だよ逆!」
キトラとタウラは、洗濯物を色の付いた物と白い物とに分けます。
「赤青黄色緑に紫黄土色」
「カラフルだな、にいちゃん」
「確か、全部色を混ぜると黒か白になるんだ。ゲンショクコンゴーとカショクコンゴーって言うんだぞ」
「じゃあ、いちかばちか、ためしてみるか? 白くなったらまたそめればいい」
「いちかばちかは禁止。目的を見失っちゃいけない」
「もくてき?」
タウラは考え込みます。
「……洗濯をして、疲れて帰って来たお父さんとお母さんにホッとしてもらうんだよ!」
「ああそうだったな、そういうあざといもくてきだった」
「あざとくなんかナイヨ!」
白い洗濯物が、カゴの三分の一ぐらいになりました。
「よし、これなら良いだろう」
キトラは洗濯機に洗濯物を入れて。
「電源入れて」
ピ!
「スタートボタンを2回、と」
ピ! ピ!
水が出始めました。
「にいちゃん、せんざい、せんざい!」
「あわてなくていいよ。そんなにすぐに水なんかたまらないんだから」
キトラは洗剤の箱を手に取ります。
「どれぐらいいれるんだ、にいちゃん? やっぱりキレイにしたいから、ハコいっぱいか?」
「何のためにスプーンがついてるんだよ」
洗剤の箱に入っているプラスチックのスプーンで、白い粉の洗剤をひとすくい入れます。
洗濯機のドラムが回り動きはじめました。
「あとはフタをして、待つだけ!」
「おおお、やったな、にいちゃん!」
「まだまだだよ。この後、干して、取り入れて、タンスに入れるまでが洗濯だ」
「そうか。おとなはタイヘンなんだな」
「大人になったらもう少し楽にできるとは思うけどね」
一時間ほどが過ぎました。
ピー、ピー、ピー!
「終わった!」
「ほすぞ!」
キトラとタウラは洗濯機から洗濯物を取り出します。
「うわぁ、すっかりキレイになってる!」
「……そうか?」
「気分だよ、気分!」
洗い終わった洗濯物の入ったカゴを持って、二階のベランダにある物干し台に行きます。
「さおにパンツをとおすんだな?」
「待て待てタウラ、丸まったまんまじゃ乾きにくいよ」
キトラはパンツをひとふりします。
ばんっ、と音がして、シワが伸びます。
「おお、言われてみれば、おかあさんもそんなふうにやってた!」
キトラとタウラは、洗濯物のシワをのばして竿に干します。
「洗濯ばさみも忘れずに、と」
洗濯物がすっかり竿に並んで、風にはためきます。
「ちょっとだと思ったけど、それなりの量になるなぁ」
「やったな、にいちゃん! やりとげたぞ!」
「まだまだ、百里の道を進む時は、九十九里をもって半ばとせよって言うだろ?」
「言うのか?」
「……よく分かんないけど」
ゴーヤの炒め物、モロヘイヤのおひたし、野菜の煮転がし、アジの開きに野沢菜漬け。
お昼ご飯は昨日と朝の残り物です。
「ごちそうさま」
「にいちゃん! かわいたかな?」
「まだ二時間もたってないよ」
キトラとタウラは、食器を片付けます。
「じゃあ、どれぐらいでかわくんだ?」
「……いつも三時過ぎぐらいに入れてるから、それぐらいだと思うよ」
「そうか!」
食器洗い機のスイッチを入れました。
「三時か」
部屋に戻ったキトラは、ベッドで寝転がりながら本を開きます。
「一冊読む時間ぐらいはありそうだな」
窓の外に目を向けます。
青い青い空が広がっています。
「来週も晴れると良いんだけど」
ページをめくります。
読み進めるうちに。
何だか眠気がやって来て、キトラはいつしか眠り込んでいました。
「にいちゃん!」
キトラの眠りをさましたのは、タウラの怒鳴り声でした。
「いそげ! いそいでせんたくものをいれるんだ!」
「えっ? えっ!?」
キトラは飛び起きます。
雨が降ったか寝過ごしたかそれとも別の何かが起きたか。
キトラは物干しから次々に洗濯物を引き下ろして次から次へと部屋の中へ。
「はぁ、はぁ、はあ……ふぅ、な、一体、どうしたってんだ?」
改めて時計を見ます。
午後四時前。
ちょっと寝過ごしたみたいですが、まだまだお日さまもよく照っています。
「雨でもないのに、なんだって急がせたのさ?」
「おとうさんとおかあさんがもうすぐ帰ってくるって」
「なん……だと?」
キトラとタウラは大急ぎで洗濯物をたたみ始めました。
「このパンツ誰のだっ!?」
「……ウチでそのまよいはないはずだぞ、にいちゃん」
「おっ、よくやったな、キトラ、タウラ」
「あらあらあら、まあまあまあ!」
片付いた洗濯物を見て、お父さんもお母さんも大喜びです。
「えへへ、まあ、どってことないけどさ」
キトラは照れ笑いを浮かべます。
「にいちゃんができるぐらいのことだからな」
「いや大したもんだよ。きちんと洗える物に分けてるし」
「うふふ、これからは洗濯お願いしちゃおうかしら?」
「まあヒマがあったらね」
「じゃあにいちゃんはいつもだな?」
「アハハ、こりゃ一本とられた!」
キトラは笑って鼻をこすります。
キトラの手から、ほんのり洗剤の香りがしていました。
【おしまい】