キトラの冒険
作:ごんぱち
その121『雛人形の館 後編』


「いやー、死ぬかと思った」
 キトラは目をさましました。
「「おや、キトラ殿」」
 ふたごのコマイヌが、キトラを見つけて声をかけます。
「こんにちは」
 キトラは、夢の世界の刑務所の前に来ていました。
「良かった、狙い通りのとこに来られたぞ」
 そうなのです。
 雛人形にされたキトラは、マリに床にたたきつけられそうになったギリギリのところで眠って、夢の世界に来たのです。
 体は雛人形でも眠ることはできるのです。
 別に夢オチだったワケではないのです。
 まあ、夢オチとかわらないぐらいムチャな話ですが。
「いいんだよ! 世の中には、三秒で眠れる小学生だっているんだから!」
「「キトラ殿、今日もリンガとの面会で?」」
「そうだよ。向こうの体がちょっとややこしい事になっててね」
「そいつぁちょっと興味があるね」
 後ろから大きな声がしました。
 キトラがふりむくと、そこには白い虎、白虎のヤッコさんが、買い物袋をぶらさげて立っていました。

 キトラは、ヤッコさんと刑務所の中の所長室に来ていました。
「悪魔がそっちの世界に姿をあらわすとはね」
 ヤッコさんは、お昼ご飯のお弁当を食べながらたずねます。コンビニ弁当みたいですが、箱が薄い木で出来ていて、おかずの一つ一つがとてもていねいに作られています。
「やっぱり、リンガが世界を切っちゃった時に、逃げ出したのかな?」
 キトラはお茶を飲みながらたずねます。烏龍茶みたいな色をしたお茶で、胸がすぅっとするような香りがして、苦みはありますが強くはなくその奥に甘さがあります。
「いや、悪魔はあんた達の世界にもウジャウジャにいるよ」
 ヤッコさんは、お弁当の中のシャケの切り身を一口で食べます。骨とかは全然気にしないみたいです。
「えっ、ウソ!?」
 ちょっとお茶をふきだしそうになりながら、キトラはヤッコさんを見ます。
「あっちで悪魔なんて、今回見たのが初めてだよ?」
「見つからないようにしているものは、そうそうカンタンには見つからないのさ。たとえばスパイってのはただの人間で、本当にいるものだけど、あんたは見た事がないだろう?」
 キトラはちょっと考えこみます。確かにキトラはスパイに会ったことはありません。
「でもその理屈だと、あらゆるUMAは実在するって事になりそうだなぁ」
「今回、あんたの前に姿を出したのは、あんたを雛人形にして完全に魂をとれると思ったからだろうね」
「ああ、そうだ。その雛人形!」
 キトラはお茶菓子のかたいゼリーを食べます。
「雛人形の呪いをリンガにといてほしいんだった。早くしないと、人形になった体が壊されちゃう」
「それなら安心しな。呪いはもう解けてるよ」
 ヤッコさんは笑います。
「そうなの?」
 キトラは思わず自分の体をさわってみます。まあ、こっちの体の話ではないので、まったく意味がないのですが。
「刑務所の中は、ほとんどの術が使えなくなる結界が張ってあるからね」
 ちょっと自慢気にヤッコさんは胸をはります。
「術で逃げられたら困るもんね、そりゃそうか」
「お茶のおかわりは?」
「ありがとう。もらうよ」
 ヤッコさんが、キトラの湯のみにお茶を注いで、お茶菓子をもうひとつかみ菓子盆に入れます。
「呪いはなくなって良かったけど……あのマリってひと、どうして雛人形を壊そうとしたのかな?」
「そうさね、これは想像だけど」
 ヤッコさんは少し考えて言いました。
「子供っていうのは、悪いことをよく分からないでやってしまう事があるんだ。多分、そのマリって子は、雛人形に興味があって、中身を見てみたかったんじゃないかい?」
「中身かぁ」
「悪いヤツだ、なんて思わないであげなよ。それが良くない事だってきちんと教えてあげれば、くりかえすことはない。子供は物覚えが良いんだ。だから刑務所は、子供を入れないのさ」

 ヤッコさんと話をし終えたキトラは、刑務所の食堂にやって来ました。
 食堂の奥の厨房では、料理係の魔法の剣のリンガが野菜を切っています。
「こんにちは、リンガ」
「おおっ、キトラでねえか! 会えてうれしいだ!」
 リンガはひょいと飛び上がって、まな板の上に突き立ちます。
 かたわらには出来上がったきざみキャベツの山が置かれています。髪の毛二本分ぐらいの太さできっちりそろっていて、食べたらサクサクとおいしそうです。
「今日は何を切ってほしいだ?」
「本当は呪いを切ってほしかったんだけど、それはとけたから良いんだ」
「呪いだと!? オラの大親友のキトラを呪うたぁ太いヤツだ! そいつの名を教えるだ、首ぃ切りおとしてやるだ! 血がダメなら、心臓の動きを切り落として、心臓マヒに見せかけてやるだ!」
「どっかのノートじゃないんだから、そういうぶっそうなのはダメだよ」
「う……ああ、すまねえだ」
 リンガはまな板の上からとびはねて、桶の水の中に入ります。
「ちょっと頭を冷やすだ」
「……頭って、どこにあるの」
「でも、本当に、何かあったらすぐに言うだ。オラは、キトラのためなら、天帝だって斬ってやるだ」
「……ヤンデレ化のフラグみたいなの立てないでほしい」
「それで、何があっただ? 教えて欲しいだ」
 リンガは水から出て、またまな板の上に突き立ちます。
 キトラは雛人形の事と、マリの事を話しました。
「――悪魔の方はヤッコさんが警察に言ってくれたみたいだから、もうつかまるとおもうよ」
「ふうむ、なるほど」
 リンガは、腕があれば腕組みしていそうな感じで、首があればうなずいていそうな感じで言います。
「じゃあ後はマリって子か」
「ヤッコさんの言った通り、人形を壊すのは悪い事だって教えれば良いんじゃないかな」
「うーむ、オラはちょっと違うと思うだ」
「え? そうなの?」
 リンガは冷蔵庫をあけて、中からリンゴを出し、ウサギリンゴにむいて、キトラに差し出します。
「オラが思うに、そのマリって子、いじめられてるだ。それで、人形を壊して来いって言われて、イヤイヤ壊しに来ただ」
「ううん、そうなのかな。そういうタイプには見えなかったけど」
 キトラはウサギリンゴを食べます。すっぱさもあるけど「リンゴの味」って感じがして、サクサクと歯ざわりの良い、とてもおいしいリンゴです。
「その考えは甘いだ。いじめは誰がターゲットにされる事もあるだ。いじめていた子が次にいじめられる事もある。いじめ、カッコワルイだ」
「そこは同意するけども……」

「ただの好奇心、いじめ……ふうむ、どっちだろう」
 キトラは厨房から出て、出口へ向かいます。
「「キリキリ歩け!」」
「フハハハハ! これでワガハイを捕まえられたと思うなよ」
 狛犬たちがつれて入って来たのは。
「悪魔!」
 キトラを雛人形にした悪魔でした。
「おう、少年。まさか夢を見る者だったとは、失態失態。ワハハハハ!」
 悪魔は拘束着を着せられて、レクター博士みたいです。拘束着には、よく分からない文字がびっしり書かれていて、時々光ります。
「ねえ、悪魔」
「なんだ少年」
「「キトラ殿、悪魔と話をするのは止めなさい。魅入られますぞ」」
 狛犬達が注意しますが、キトラは気になって仕方がないのです。
「あのさ、雛人形を本当に壊したのって、マリって子だよね? なんで、君はマリを雛人形にしなかったの?」
「何かと思えばそんな事か、フハハハハ!」
 悪魔は答えます。何か変な事をすればすぐに食い付いてやろうと、狛犬達は身構えています。
「人形をわざと壊す者に、人形を元に戻してやろうと言っても意味がなかろう」
「じゃあ、マリはどうして人形を壊したの?」
「フハハハ、カンタンな話だ」
 にんまり悪魔は笑います。
「あの娘は生まれた時からワガハイが悪の道を教え込んだワガハイの下僕。ワガハイの望む通りに破壊を繰り返し、世界を混乱させる悪魔人間なのだ!」
「「ええい、でまかせを」」
「ええっ!?」
「さあどうする? 世界を守ってあの娘をたおすか? それとも見逃して世界が滅びるのを眺めるか? 世界はお前の手にゆだねられたぞ、勇者よ。フハハハハハ!」
「「さっさと歩け、悪魔め!」」
 狛犬に追い立てられながら悪魔は立ち去りました。
「好奇心? いじめ? 悪魔?」
 キトラの頭はこんがらがっています。
「どういう事だ? え? もう忘れちゃおうかな? でも、うーん……」

 夢の世界からキトラは戻って来ました。
「え? え? どこ、ここ?」
 まっくらです。
 いえ、横から明かりが見えて、あちこちに鉄の棒が見えます。
「なんだ? 階段――い、いや、そうか、ひな壇か」
 目をさましたキトラがいたのは、ひな壇の下でした。
「結局、マリの本心はなんなんだろう」
 キトラはひな壇から出ます。
 体育館の明るさはさっきと変わっていません。時間はほとんどたっていなかったようです。
 キトラは雛人形を見ます。
「あれ?」
 キトラと入れかわりでマリに壊されたはずのお内裏様が、きちんと座っています。
「壊れて、ない?」
 キトラはお内裏様を手に取ります。
 ぽろり、と、首が落ちました。
「ああ、首はそのままか」
 けれど、体は壊れていません。
「叩きつけようとして、でも思いとどまったのか……」
 その時、体育館のドアの開く音がしました。
「!」
 キトラはお内裏様をもどすと、ステージわきの演台の影に隠れます。
 足音が二つ。
 ステージに上がって来たのは、先生とマリでした。
「これです」
 マリが言います。
「ほう」
 先生は、お内裏様を手に取ると、頭がぽろりと落ちました。
「なるほど、壊れてるな」
「はい」
「よく気が付いたな」
「は、はい」
「よし、まあ、今年は応急処置でひな祭りをやって、後できちんと人形屋さんに修理に出す事にしよう」
「はい」
「教えてくれて助かったよ。当日に首が落ちたら縁起が悪いものな!」
「いえ」
 先生とマリは、帰って行きました。
(え? え? ええと……)
 キトラはもう何だかさっぱり分からなくなっていました。

 時として真実は、ヤブの中なのです。


【おしまい】