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キトラの冒険
作:ごんぱち
その120『雛人形の館 前編』
「あれ?」
体育で使ったバレーボールを片付けたキトラが用具室から出ると、体育館にはもう誰も残っていませんでした。
「誰か待っててくれればいいのに」
キトラがぼやきながら、体育館の鉄の扉をあけます。ガラガラと大きな音がして、北風が吹き込んで来ます。
と、体育館のステージに降りていた幕が、風にあおられて大きくゆれました。
「ん?」
幕のわずかなすきまから、赤いものが見えました。
「なんだろ?」
キトラはステージに近付き、幕の間からステージをのぞきこみます。
「おっ」
お内裏様に、お雛様、三人官女に五人囃子、左大臣、右大臣。そこには、赤いひな壇に飾られた、雛人形がありました。
「そっか、雛祭りの会をやるって言ってたっけ」
キトラはお雛様を手に取ります。
「よく出来てるなぁ」
着物は本物とおなじか、それよりもこまかい模様がついていてピカピカと立派です。
キトラの家にも妹のタウラの雛人形はありますが、ここまで大きく豪華なものではありません。
「でも、顔がなんかおかしいな」
キトラはお雛様をもどして、今度はお内裏様の頭をつまみます。
「昔の人ってこんな真っ白だったのか――」
ぽろり。
「あ」
お内裏様の、頭が落ちました。
「あは、あはは、な、なんだ、外れるようになってるのかぁ、おどろいた」
キトラは、お内裏様の首をもどします。
ぽろっ。
「あ、あれ?」
またもどしても、やっぱり落ちてしまいます。
「な、ななな、なんだぁ?」
よくみれば、首の下についている棒が、折れてしまっていました。これではくっつくワケがありません。
「折っちゃった? え、でも、こんなにカンタンに折れるものなの?」
キトラはお内裏様をひな壇にもどして、首をそうっと置き――。
ぽろり。
「こわしちゃった、うわぁ、こわしちゃったよ」
キトラは頭をかかえます。
「うわぁ、いくらするんだろ。怒られるぅうう……」
その時です。
『ワハハハハ、困っておるようだな!』
どこからともなく声がして来ました。
「えっ!?」
キトラは声の方を見ようとしますが、どこから聞こえているのかよく分かりません。
『その人形、ワガハイがキレイさっぱり元通りにしてやろうか』
「えっ、できるの?」
『元通りにしてほしいのか、ほしくないのか?』
「もちろんして欲しいよ!」
『その言葉、嘘偽りないな?』
「そりゃそうだよ!」
『心得た!』
キトラの後ろで、ぼん、と、何かが爆発するような音がしました。
キトラがふりかえると、そこには温泉みたいなにおいのする煙がたちこめ、そのスキマから見えたのは――。
「ああっ! 人間じゃない!?」
人間ではありません。というより、この恐ろしい顔は。
「我が名は悪魔のヨシノブ」
「やっぱり悪魔だ! なまんだぶなまんだぶ……」
「ウヮハハハハ! 怖れる事はない。この件については材料以外は何も求めぬ」
「そ、それなら……」
「良いか?」
「うん、材料だけなら。それで何を用意するの? 木? 紙? プラスチック?」
「材料は」
「うん」
「お前の体だ」
「えっ? えっ、ええっ!?」
悪魔は真っ赤な口を開けて笑った後。
「……お前を雛人形にしてやろうか」
「ちょっ、そんなの――」
「お前を雛人形にしてやろうかあああっ!」
ものすごい光が、キトラの目をくらましました。
(……ううっ、なんだ、どうしたんだ?)
キトラの目がようやく見えるようになった時、悪魔の姿はありませんでした。
(どこだ、ここ……ん?)
キトラは辺りを見回そうとしますが。
(首が、動かない)
首だけではありません。
腕も、足も、全然動きません。
キトラは目だけ動かして、周りを見ます。
『うぉう!?』
キトラは声を上げました。とても小さい声です。
隣には、ものすごい大きさのお雛様が座っています。下の段には、大きな三人官女や五人囃子が見えます。地面はずぅっと下の方です。
『な……って事は』
キトラは頭を抱えようとしますが、手は動きません。
『ぼく、お内裏様にされちゃったんだ!』
そう。キトラは悪魔の力でお内裏様の代わりにされてしまったのです。
『なんだってこっちの世界に悪魔がウロチョロしてるんだよぉ、もう……』
『ワハハハハ、どうした、材料だけで雛人形を元に戻してやったのだぞ。もっと喜べ』
悪魔の声がします。
『それとも何か気に入らなかったか? ならば願いを言ってみよ。お主の魂と引き替えならば、聞いてやらんこともない』
『元々そのつもりだったんだろ、その手には乗らないよ!』
『ひょっとしてキサマは、そのままでいればいつかは呪いがとけるとでも思っているのか?』
キトラは返事をしません。
『ムダだ、キサマはワガハイの申し出を受け入れた。ひとが自分からしでかした事を神は救わぬ。キサマを救えるのは、悪魔だけだ』
『どっか行け、悪魔め!』
『ワハハハハ! 良かろう。少し独りになって考えるが良い。だが、その強がり、いつまでもつかな? ワハハハ、ワハハハ、ワハハハハハ! ウハハハハハハハハ!!』
悪魔がいなくなり、体育館のステージは急にしんと静まり返りました。
(温泉のにおいが残っててくさいなぁ)
悪魔が出て来る時の硫黄の火と煙のにおいです。
(うーん、ほとんど体が動かない。本当に人形だなぁ)
キトラは体全部を動かそうとしますが、目と口が少し動くぐらいで、他は全く動きません。まあ、人形がそれだけ動けば十分きもちわるいですが。
『とすると……』
その時、幕の向こうのから、体育館の鉄の扉の開く音がして、足音が伝わって来ます。
(誰か来る……先生かな?)
足音は、ステージわきの入り口から、裏へまわって、ステージへ――。
(先生じゃないな。足音が軽い)
ステージに上がって来て、ひな壇の前に来たのは、ランドセルを背負った子供で、名札に書いてあった名前は「マリ」でした。
キトラよりも少しお姉さんみたいです。
「……あれ?」
マリはキトラの変身させられたお内裏様を手に取ります。
お内裏様の大きさになったキトラには、マリの背の高さで持ち上げられると、学校の屋上よりも高く持ち上げられたのと同じぐらいの高さになります。
マリは両手でキトラを持つと、指先で頭をつまみます。
「……なおってる」
マリはじっとキトラを見つめます。
真っ直ぐ見つめるマリの瞳は、とても深い色をしています。
マリはゆっくりとキトラを大きく振りかぶって床に力いっぱい叩きつけ――。
【つづく】