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キトラの冒険
作:ごんぱち
その117『男七人秋刀魚物語』
漁港は、夕焼け色にそまっていました。
キトラが乗っていたバスが、遠ざかって行きます。
「あー、海のにおいだ」
キトラはぐぅっと伸びをします。
港には何隻も漁船が見えます。キトラの世界のものよりも、スッキリした作りです。
「キトラ、来ましたね。時間ぴったりです」
火ネズミのカソが出迎えます。
カソは胸まである「ウェーダー」というゴム長靴をはいて、頭にはタオルをまいてハチマキにしています。
「……それだけ漁師さんファッションなのに、中に着てるのは火ネズミの背広なんだね」
長靴の下に見えるのは、カソがいつも着ている白い火ネズミの背広のままです。
「ハダカでウェーダーなんか着たら、ヘンタイじゃないですか」
「他に着るものがないかって話でしょ」
「こんな寒いところで他のものなんか着たら、風邪ひきますよ」
「……パワーあるくせに、体力ないなぁ」
「温室育ちと呼んで下さい」
カソは歩き出し、キトラはとなりを歩きます。
「――サンマ漁の手伝いのバイトかぁ」
歩きながら、キトラはちょっと楽しげです。
「サンマって、そもそも生きてるのを見た事がなかった気がするよ」
「気を引きしめておいて下さいね、アキカタナウオ漁はかなり危険ですから」
キトラは眉をよせます。
「アキカタナウオ?」
「ええ? メールにそう書いたでしょう? 秋、刀、魚」
「あははははは、それはサンマって読むんだよ、カソ。秋の刀の魚、ひょろっとしてて刀みたいでしょ?」
珍しく知っている漢字の話が出て、キトラはドヤ顔です。
「え? ああ……なるほど」
カソはうつむいて笑います。
「そっちの世界にも、この字を当てる魚、いるんでしたね。道理であっさり引き受けてくれたワケです」
「……え、何か違うの? ひょっとして全然ちがう魚?」」
「い、いやぁ、おいしい魚ですよ。あは、あははは!」
「いやああ、カソさん、よく来てくれはりましたな!」
キトラとカソが漁船の前にやって来ると、イタチが駆け寄って来ました。
「あんさんがキトラさんでんな!」
イタチは手を差し出します。
手はカマみたいになっています。草刈りに使う、あのカマです。
「オレ、カマイタチのスギモト言いまんねん、よろしゅうたのんまっせ!」
「あ、はは、よろしく、たのんまっす」
キトラは、カマの刃になっていないところをつまみます。
「さあ、役者はそろうた、ラビ! ナベ! タロウ! 行っっくでーー!」
「行きますか!」
「準備できてますよ!」
「いっっっっっちゃいますか!」
ウサギとオシドリとツルの船員が、漁船から元気に返事をします。
「……なんか楽しそうだね。今日の漁は期待がもてそうなのかな?」
キトラはカソに耳打ちします。
「いえ、あの方はプライベートでもこんなですよ」
海は、全部が夕焼け色に染まって、キラキラとかがやいています。
時々飛びはねる魚や、それをねらう鳥や、海獣がちらす水しぶきは、宝石のようです。
「海は良いなぁ」
キトラは甲板に出て、海をながめます。
秋の海風はもうすっかり冷たく、ジャンパーと胸までの長靴をはいて、ちょうど良いぐらいです。
「ええやろ、海は!」
隣りにスギモトがやって来ます。
「はい、そう――」
「この日が沈むところのキレイさはカクベツやな! 日がしずむかしずまんかの時に、ぽつんぽつんと空に出て来る星、またこれがええ! そうしてすぐに満天の星空になる。陸の灯りなんてひとっつもない、くっきりした星空や。そこに、月が出て来れば、海面が月明かりに浮かんで、今夜お前とムーンライトセレナーデって、何言うとんねん!」
(基本的にピンなんだな。ボケも待たないし、ツッコミの隙も作らない、全てを支配しようとするタイプのスタンド……って誰がスタンド使いやねん)
しゃべりまくるスギモトの隣りで、キトラはそんな事をぼんやりと考えていました。
「漁場に到着したで! 準備ええか!」
船室にいたキトラとカソに、スギモトが声をかけます。
「バッチリだよ!」
キトラは言い返します。
「あー、いや、キトラ、忘れ物です」
カソが、手袋を差し出します。
「そっか、ありがと」
キトラは手袋をはめます。
「さ、行きますか」
「……ねえ、カソ」
「はい?」
じぃっと手袋を見つめながら、キトラがたずねます。
「なに、この手袋」
「手袋は手袋ですよ。逆さに言うとろくぶてですが、対象が明示されていないのにこれを言った人間をぶつのはおかしいと思う今日この頃です」
「そんな話を聞きたいんじゃないよ、なんだってこんなに重いの?」
そうなのです。
ミトン型の手袋は、ずっっしりと重く、お米の袋か何かを持っているみたいなのです。
「そりゃあ、劣化アダマンチウムの細かい鎖を編み込んで作られた、チェイングラブですから重さはありますよ。世の中にもっと軽くて丈夫な金属はありますが、予算の関係もありますし」
「大丈夫か! 準備出来とるか!」
「はい、大丈夫ですよ」
「あっ、カソ!」
キトラ達は甲板に出ます。
「うわ、まぶしいっ」
甲板は光に包まれています。
「なにこれ!?」
「光で魚を集めるんや」
スギモトは携帯型の魚群レーダーと海面を見比べながら答えます。
「一体何が光ってるの?」
この漁船は、シンプルな作りをしていて、こんなに強い光を出すランプはついていない筈なのです。
「あれや」
スギモトが指す先には、光の元がありました。
強い光を出す、小さい太陽みたいなものが、水面近くに浮かんでいます。
「あれは……?」
「鬼火のカミシマや」
よく見ると、帽子をかぶった火の玉みたなものが浮かんでいます。
「いじりにくい距離だな……」
光に照らされた海面が、しだいにさざめいて来ました。
「来たでぇ……」
スギモトが言った時です。
一匹の魚がはねました。
細長い身体を包んだ銀色のウロコが光を反射して輝きます。
「うわぁ……サンマだ!」
光におびきよせられた秋刀魚で海面が白く泡立ち始めると、鬼火がゆっくり動きはじめました。
鬼火は船の前を通って、反対側へ。
そこにはすでに網が沈められています。
網に秋刀魚の群がすっかり入ると、鬼火はゆっくり光を弱め、最後には赤くうすぐらい光になりました。
秋刀魚がすっかり落ち着いて来たところで。
「上げるでええええ!」
「おおおお!」
キトラとカソは、持ち場のハンドルを回します。
網がギリギリと巻き上げられて行きます。
「重いぃいいい!」
「お金の為なら、えんやこら!」
「そ、そうだっ! お金の為なら!」
「歩合、歩合のこの仕事!」
「とればとるだけお金になるよ!」
「お金っ!」
「お金っ!」
「「お金!」」
キトラとカソの心が一つになりました。
二つの心が一つになれば、その力は二倍では終わりません。三倍にも四倍にも一〇倍にだってなるのです。
網がぐいぐいと上がって行きます。
網が狭まって、秋刀魚がまた暴れ出します。ものすごい数です。
「よし、そこでええ!」
言うなり、スギモトが網の中に太いパイプを落とします。
「フィッシュポンプ、バキューム開始や!」
船体が大きく震えたかと思うと、次々に秋刀魚が吸い込まれ始めました。
吸い込まれた秋刀魚はどんどん魚倉にたまっていきます。
「うわ……掃除機みたいだ」
キトラ達は網を少しづつ引き上げて狭め、スギモトはポンプを操作して秋刀魚を吸い込んで行きました。
網の中のほとんどの秋刀魚がいなくなった後。
「よおし、残りは頼むで、カソさん、キトラさん!」
「分かりました」
「はいっ」
「気を付けるんやで!」
スギモト達は、船と機械の操作にまわって、キトラとカソは長い柄の網を持ちます。
大きな網に集められた秋刀魚を、小さい手で持つ網ですくい取る訳です。
「まずは見ていて下さい」
カソが網で秋刀魚をすくって、魚倉に入れます。一杯、もう一杯、三杯目――。
「あ」
一匹、秋刀魚が落ちました。
甲板の上ではねます。
キトラはそれを拾います。
「キトラ待って!」
カソが怒鳴りました。
「え?」
秋刀魚を掴んだまま、キトラは手を止めます。
「あ、は、早く入れて、早く!」
「え、あ、うん」
言われるままに、キトラは秋刀魚を魚倉に入れました。
「大丈夫でしたか、キトラ!」
「大丈夫も何も、サンマを拾っただけじゃないか」
「手、見せて下さい」
「手?」
キトラは手袋をはめた手のてのひらを上にします。
「……なん、だと?」
「ふぅ、中までは行ってませんでしたね」
キトラの手袋は、ズダズダに切れていました。バターをナイフでずばずぱ切り付けたみたいな感じです。
「……何があったの、これ?」
「アキカタナウオは、よく切れるんですよ」
カソは秋刀魚を一匹網ですくって見せます。
ウロコがピカピカして顔がとがっていてすらりとして、その姿はサンマそっくり……なのですが。
「お腹のところがメチャメチャ薄い……」
背中が厚くてお腹が薄い、要するに刀そのものの形をしているのです。
「大きな魚に食べられないように、身体を鋭く、ウロコを硬く進化させた魚がアキカタナウオです。ちょっとやそっとの金属じゃスパッと切られますよ」
よく見れば網もワイヤーが何重にもなっています。
「まあ無事で良かった。じゃ、続きをやりましょう」
最後のひとすくいを魚倉に入れます。
「ふぅ……すごい気ぃ使った……」
キトラとカソの手袋と言い長靴と言い、ズダズダの切れ目だらけになっていました。
「いやぁ、大漁でしたね」
二人は座り込みます。
甲板のあちこちに、秋刀魚のウロコが散らばって、ピカピカしています。
船が元来た方向へ戻り始めました。
「やあ、お疲れ!」
スギモト達がやって来ます。
「本当に疲れたよ、こんな怖いもんだとはね」
「本当はもう一、二回網を下ろすんやが、今回はいっぺんで魚倉が満杯になったんでしまいや。大漁やで、あははは!」
笑いながら、スギモトはバケツと台、それにコンロを置きます。
「飯にしよか」
手――というか、カマの先でひょいとバケツの中の秋刀魚を台にのせ、アッという間に三枚おろし。皮をはがしてお刺身の出来上がり。
それから、頭と中骨にもう何匹か秋刀魚をまぜてすり潰し、ダンゴにしてコンロで湧かしたお湯に入れ、味噌で味付け。秋刀魚のつみれ汁の出来上がり。
「よく手、切れないね、スギモトさん?」
「なれとるからな! でも女と手を切る時は、いつも切ない胸の内、いつになったら幸せが訪れるんやろって、知らんがな、余計なお世話や!」
(相変わらず自分でネタを完結させちゃうひとだな)
「ご飯も炊けてるよ」
ウサギの漁師が、電気釜を開けます。
「さ、喰おか!」
「いただきまーす」
「いただきますっ!」
「いただき……あちぃぃ!」
「いた……あちっ、あち、あちちちっ!」
「いただきます」
「いっただっきまーす!」
キトラはつみれ汁を一口。
とれたての秋刀魚には臭みは一つもなく、ただ秋刀魚の香りと味噌の香りが立ち上り、そして身と良く乗った脂のうま味が口いっぱいに広がります。そしてその温かさは、作業で疲れた身体をいっぺんに癒してくれます。
お刺身は、ちょっと小骨が残っていますが、うま味ばかりがぎっしり、そして舌でとろりととろける脂の乗り具合。ご飯にとってもよく合います。
「ああ……おいしい」
「本当、おいしいですね」
(でも)
キトラはふと考えます。
(これ、やっぱり普通のサンマと同じ味だよね)
余計な事に気付いた、キトラでした。
【おしまい】