キトラの冒険
作:ごんぱち
その115『サンタに会いに行こう』



「今年も残すところ、あと四ヶ月になったワケだけどさ?」
 夢の世界の商店街の喫茶店のカウンター席で、キトラと亀のゲンさんはお茶を飲んでいます。
 マスターのジャコウネコのおじさんが、コーヒー豆を煎っています。
「年末と言ったらサンタクロースなんだよ」
「……九月は年末じゃねえだろうに」
 ゲンさんはコーヒーについていたピーナッツを食べます。
「いるんでしょ、サンタ? この世界、いるんでしょ? そういうの。間違いなく確実に、きちんと、触れたりする感じで!」
「やけに熱心だな、事情でもあるのか、キトラ?」
「事情っていうか……」
 キトラは口ごもって、カップに冷たいミルクを入れてから、ティーポットの紅茶を注ぎます。
キトラはイギリス紳士なので、ミルクティーは「冷たいミルクを」「先に」を厳守しているのです。
「……紳士はともかくイギリスじゃないよ」
 ミルクティーを一口飲んで、凄く苦そうな顔をして、砂糖を三杯入れます。イギリス紳士が台無しです。
「タオーゼが、『サンタとかトナカイなんて嘘っぱちだ、あんなのは未確認生物を擬化したディズニーかコカコーラのマスコットで、絶対にいない』とか言うからさ」
「あいつはどうも冷めたヤツだな」
 ゲンさんは笑います。
 タオーゼは時折夢の世界に迷い込んで来るので、ゲンさんもタオーゼの事を知っています。
 けれど、タオーゼの方は、お土産に必ず物を持って帰ってしまい、一度も記憶を持って帰れた事がないので、ゲンさんの事はちっとも覚えていないのです。
「まったく、サンタを信じなんて、どうかしてるよ。ハロウィンの時は、カボチャ畑で徹夜するクセにさ」
「……いや、信仰の違いの部類か」
「夢の世界の話をしたって、タオーゼは信じやしないんだけど、一度見ておいたら精神的優位が保てるでしょ?」
「嫌な小学生だな……」
「ゲンさん、サンタクロースってどこにいるの? まさかいないなんて事はないよね!?」
「そうだな……あまり大正解、って訳でもないが」
 ゲンさんは少し考えてから、コーヒーを飲み干しました。
「今から教えるところに行ってみると良い」

 キトラを乗せた電車は、トンネルに差し掛かります。
 長い長いトンネルを抜け、そして。
 周りがパッと明るくなりました。
「うわっ、目に何か刺さった!」
 辺り一面雪景色でした。
「なーんてね、眩しすぎて目に何か刺さったみたいな感じがするっていう、名作児童文学をパクってみただけさ!」
 子ギツネでもないクセに、やることがあざといです。
 駅を三つほど過ぎた後。
『乗客の皆様』
 車内放送が入りました。
『これより、イエシリア領となります、下車時にパスポートの提示をお願い致します。尚、提示されない方は、下車出来ませんのでご注意下さい』
「ああそっか、パスポートいるんだっけ……」
 キトラはパスポートを出して、ページをめくります。
「……書いてある意味はイマイチ分かんないけど」
 シュミセン所属、と印刷されており、「夢見術師」と手書きで添えられています。
 それから、ページの後ろの方には、スタンプがいっぱい捺されています。キトラはお届けのお仕事で、結構他の領地にも来ているのです。
「イエシリア領って、シュミセンにもあったんだなぁ」
 窓の外を眺めていると、日の光が一層強くなって、雪はずっと輝きを増して来ました。
『次は、常冬ヶ原です。お降りの方は、パスポートをご用意下さい――』
 列車はスピードを落とし、そして、止まりました。

「入国目的は?」
 改札口で、駅員さんが尋ねます。
 姿は人ですが、背中に鳥みたいな翼が四対付いています。
「配達……じゃなかった、観光です」
 駅員さんは、キトラのパスポートのページを開いて、スタンプをおします。
「行ってらっしゃい、神の御加護を」
「ありがとう」
 キトラは改札を通り、入国しました。
 改札の外には、待合いの椅子と、売店が一つ。
「えっと、ここから……結構歩くなぁ」
 ゲンさんの手書きの地図を確認してから、キトラは売店に入ります。
「ちょっと、何か買って行こう……」
 飲み物の棚を見ます。
「……なんだこれ」
 びっしり並んでいるのは――。
「赤ワインと水しかない」
 とりあえず、ペットボトル入りの水を取ります。
「それから食べ物はパン……だけ?」
 キトラはパンを一つ取ります。
「何だかなぁ」
 ぼやきながら、会計をすませ、椅子に座ってパンを食べます。
 パンは丸くて固く、何か文字が浮かんでいます。
「むぐむぐ……」
 麦の味とちょっぴりの塩味、それだけです。
 それだけなんですが。
「もぐもぐもぐもぐもぐ……」
 麦の味がしっかりと伝わって来ます。
 固さがあるので、かみごたえがあります。
 キトラは一心にパンを食べ続け、そして水を飲みました。
「ふぅ」
 溜息をつきます。
「なんか、アゴが疲れてお腹が一杯で……思いがけず満足しちゃった」

 キトラは村外れのバス停に降り立ちました。
「結構距離があったなぁ」
 地図を確認します。
 村の方とは逆に少し森に入るようです。
 村には石造りの建物が並び、手前には立派な教会が見えます。
「……ちょっと、教会に寄って行こうかな」
 教会の神父様というのは、その地域で一番余所者の話を聞いてくれる存在です。先に挨拶しておけば、何かあっても助けてくれるかも知れません。運送屋として色々な場所を回ったキトラの経験が――。
「トイレ、あるよね」
 ただ、トイレに行きたかっただけのようです。
 キトラは教会に向かいます。
 と。
 犬が一匹、キトラの後を付いて来始めました。
「ん?」
 キトラの三、四倍もありそうな大きな犬です。顔の横が茶色で真ん中が白で、耳が垂れています。
「迷い犬かな?」
 人懐こい犬のようで、のそのそと付いて来ます。
「……っていうか、喋らないんだな。こっちの世界なのに」
 勘違いされがちですが、夢の世界だって喋らない動物の方が多いです。
 キトラの後をずっと付いて、そのまま教会までやって来てしまいました。
「ペットお断りの表示は……」
 キトラは入り口を確認します。
 騒がないで下さい、他の宗教の儀式を行わないで下さい、という二つの注意書きしかありません。
「まあ、じゃあ良いか」
 キトラは教会のドアを開けて、中に入ります。ドアが閉まる前に犬も滑り込んで来ました。
「こんにちは……」
 声が礼拝堂に響きます。
 誰の姿もないみたいです。
「ちょっと、トイレかりまーす……」
 礼拝堂を横切って、トイレに入りました。
「って、こら! 流石にここまでは来ないの!」
 犬を押し退けドアを閉めます。
 キトラは、少しして出て来ました。
「ふー、寒いと妙に近くなるよね」
 キトラは改めて礼拝堂の中を見ます。
「あ、絵がある」
 礼拝堂の奥に、大きな絵が飾られていました。女の人が天使達に導かれて空に上がっている絵です。
「ふぅん……」
 犬も一緒に絵を見上げています。
「……ん?」
 キトラの周りには、小さな子供達がいつの間にか集まっていました。二、三歳ぐらいの身体の大きさで、背中から羽が生えています。服は着ています、実に当たり前ですが。
 期待に満ちた目で、子供達はキトラを見上げています。
「ええと……」
 犬もキトラをじっと見つめています。
 キトラはその場に座って、寝転びます。
 犬は嬉しそうにキトラの隣りにうずくまります。
 キトラは片目を開けて、ちらりと子供達を見ます。
 子供達は目をキラキラさせていました。
「……もう、疲れたよ」
 ぽつり、と、キトラは言いました。
「よっしゃあああ!」
「『疲れたよ』頂きましたぁああああ!」
 子供達は大喜びです。
「って、君らがネタぶち壊してどうするんだよ!」
「どうしたね?」
 その時、優しげな声がして、礼拝堂に神父様が一人、入って来ました。
「おや、ワイズマン、お友達かい?」
「ばうっ!」
 嬉しそうに犬は吠えました。

「いやぁ、うちのワイズマンが世話になったね」
 礼拝堂の隣の部屋に、キトラは案内されていました。
「ワインはお湯で割るかい?」
「……水か白湯下さい」
「そうかい?」
 神父様はテーブルにお湯の入ったカップを置きます。
 子供達は帰ってしまい、犬はドア脇で寝そべっています。
「よく来たね。廃病院までは、歩いて一時間ぐらいかかるから、しっかり温まっておいで」
「……いえ、別に廃墟マニアじゃないんです」
 キトラはお湯を飲みます。
「ああ、そうか。線路なら村の南を通ってるよ。今の時期は雪に埋もれちゃっててね」
「廃線マニアでもないんで」
「だったら……ああ、分かった。アブラハムさん家の曾孫がそうだったかな? ネットゲームにハマって以来、トイレにも出て来ないとか――」
「そっちでもないよ! 廃にこだわってるんだよ!」
「ホーホーホー! 何しろ、この村は、廃村だからね!」
「笑えないよ! だったら何で君は住んでるのさ? 子供までいたし!」
「廃村だろうが何だろうが、教会は教会さ。毎週通って綺麗にしているんだよ。それとさっきいたのは村民じゃなくて、ただのキューピットだ。子供に見えるが、その実、イエス様が一代目の頃にはもういい歳だったジジイだ」
「……って、何千歳だ?」
 キトラは指を折って数えそうになります。
「何かってぇとすぐに服を脱いで肌を曝して若さを自慢する困ったジジイ共だよ、ホーホー!」
「キューピットの裸ってそういう意味だったの――は、良いとして、その笑い声、まさか!」
「ホーホーホー! 笑い声が何だって?」
「神父さん、君、サンタクロースだね!」

 部屋の中が、一瞬静かになりました。
 暖炉で薪が燃える音だけがパチパチと聞こえます。
 神父様は穏やかに微笑んで、そして、言いました。
「違うよ」
「ええっ! いかにも『よくぞ気付いた』的な間を取っておきながら!?」
「私の名前は、ニクラウス。あのジャック・ニクラウスと同じ名字だ」
「……ぼく、小学生だから、そんな昔のジャックスカードの宣伝に出て来たようなゴルファーの名前なんか知らないんだけど」
「ホーホーホー! まあ、少し意地悪だったかな」
 神父様は温めたワインを一口飲みます。
「私がやったのは、貧しい子に金貨を与えたというだけだよ。それを元に聖人に列せられてはいるが、いわゆるサンタクロースのように、毎年君らにプレゼントをあげたりはしていない」
「え?」
 キトラは考え込みます。
「じゃあ神父さんはサンタクロースだけど、サンタクロースじゃない?」
「そうだよ」
「ん……だとしたら、どうなるんだ」
 目の前にいるセント・ニコラウスが、どうやらサンタクロースの元になった人のようです。でも、キトラ達が考えるサンタクロースではないのです。
「君らが言うサンタクロースなら、フィンランドだかの協会が認定したのがいなかったかね?」
「ああ……でも、あれはただの太ったおっさんだし」
「時として事実の積み重ねは、真実に辿り着かないものだよ」
 神父様はワインをもう一本開けました。
「君、クリスマスにプレゼントを貰ったかい?」
「え? ああ、うん。枕元に毎年」
「それを友達は、お父さんがくれたもので、サンタクロースがくれたんじゃないって言ったんだね?」
「何でそれを……」
「聖人に不可能はあんまりないよ」
 犬のワイズマンは、大きくあくびをします。
「仮にお父さんがプレゼントをくれたのだとして、どうしてお父さんはプレゼントをくれようとしたんだろう?」
「それは……サンタクロースのフリをしたから?」
「サンタクロースというもののお陰で、結果として君たちがプレゼントを手にする。それはもう、サンタクロースがプレゼントをくれたと言って良いんじゃないかね?」

 帰りのバスにキトラは乗ります。
「なるほどね、うん。サンタクロースはいなくてもいる。いや、実際にいたし、サンタクロース現象は起きてるって事だ」
 キトラはすっかり納得した顔です。
「つまりいるというのは別にいるってワケじゃなくて、いなくてもいるようなことがあれば、いるのと同じだし、もしもいなければそれが起こらないんだからいるのと同じで……ええとええと」
 キトラは頭を抱えます。
「何か分かんなくなっちゃった。さっきはよく分かったつもりだったんだけど……まあ良いか」
 苦笑いして、窓の外を見ます。
「今年のクリスマス、何が貰えるかな」
 雪にすっぽり包まれた景色が広がっていました。


【おしまい】