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キトラの冒険
作:ごんぱち
その112『オーストラリアはすずしい?』
雨が屋根にぽつぽつと当たる音がし始めました。
「うーー、蒸し暑いと思ったら」
ランドセルをまくらに寝転がりながら折紙を折っていたキトラが、ふと手を止めます。
「……雨、みたいだね」
ラグヤは、読んでいた本のページをめくります。
「がはははは! 弱っちょろいな、キトラ! おれはゼンゼン平気だぜ!」
「そうだそうだ、平気だぞ」
サリスとノクタが笑いました。
キトラ達は、秘密基地に来ているのです。
「そう言うサリスだって、ダラダラしっぱなしで全然動いてないじゃないか。バブルスライムみたいだよ」
「キオクノコシツの時計みたいなキトラに言われるすじあいはないぞ!」
「記憶の……なに?」
キトラは体を起こします。
「……『記憶の固執』、サルバドール・ダリの絵画だよ」
「それダリ?」
「こんな時計だぞ」
ノクタがランドセルから自由帳を出して、さらさらと時計の絵を描きます。ぐにゃぐにゃしてゴムみたいな時計が四角い箱みたいなのに引っかかっています。
「……うまいね。あり得ないぐらい」
「なんか、東急ハンズとかに売ってそうな時計だね」
キトラはまた、横になります。
「ふー、やっぱり暑い!」
「全世界的に夏なんだから、当たり前だろ」
「南半球だったら冬じゃないか」
「……南半球、か」
「ん? なんだなんだ、キトラ、またやるのか?」
「まあ気を散らした方が良いだろうし、やろっかぁ」
キトラはもぞもぞと起き上がります。
「秘密基地を、オーストラリアにするぞ!」
「……おー」
「おう!」
「おうおう!」
「……それからキトラ」
ラグヤがキトラの肩を、ぽんと叩きます。
「なに?」
「……ダリと誰をかけるボケは、禁忌の一つだよ」
「確かに……或いは、一周してアリかと思ったんだけど」
「……既に一周したヴァージョンは使われてるし、そのネタを使う者を笑うというアイデアはうすた京介が使っているし、難しいと思うよ」
「がははは! まだまだだな!」
「そうだそうだ、まだまだだな!」
壁に雪をかぶったエアーズロックの絵と、アボリジニーアートの壁紙が画鋲で留められ、ブーメランが飾られ、オリヴィア・ニュートン=ジョンの音楽がかかり、それから大小様々なモコイ像が置かれます。
幼稚園の頃よりも物は増えていますが、内容はあきれるほどに意味がありません。
「あれ? モコイ、また増えたね」
「……そうだね」
押し入れからモコイ像を出しながら、キトラとラグヤは言います。
「がはははは、もちろん、それはノクタの新作だ」
「そうだそうだ、建築屋さんで木の切れ端をもらって、春に作っておいたんだぞ!」
「すごいな……」
モコイ像は、木を掘って作られ、つるつるしています。
「それではこれより、オーストラリアを始めます!」
キトラは高らかに宣言しました。
「……了解」
「よっしゃっ」
「わかったぞ!」
「いやぁ、寒いねぇ!」
キトラは手をこすり合わせます。
「……そうだね」
「さっき、コアラが随分寒そうにしてたぜ」
「そうだそうだ、上に雪が積もって寒そうだったぞ!」
「そいつぁナンギだねぇ」
電源の入っていない電気ストーブに、キトラは手をかざします。ゴミ捨て場から拾って来たものです。壊れているかも知れませんが、どうせ秘密基地には電気が通っていないので同じことです。
「この分だと、根雪になるかも知れないね。温泉につかるコアラの姿が見られるよ」
「……サイロに干しユーカリは残ってたかな」
「大丈夫、秋にたっぷり刈り入れておいたぜ!」
「お腹いっぱいで、もう冬眠するはずだぞ!」
キトラは人さし指ぐらいの大きさのブーメランを拾います。それから、手のひらにのせて、指で弾きます。ブーメランはぐるぐる回りながら、大きく曲がってもどって来ます。
「ああ、コアラの冬眠はかわいいよね。よく春先に、タケノコを掘ってると見つかるんだ。死んでるのと間違えるけど、日なたに半日置いておくと目を覚ますからね」
「……その時は、ガリガリに痩せて、鼻も小さくなってるよね」
「でもほら、アレだぞ、あんまりあわてて繭をやぶると、中はドロドロだからな」
「そうだそうだ、ドロドロはアレだぞ……で、も、その、中華料理では高級だぞ!」
「そう! 中華! シドニーのチャイナタウンに行って、肉まんでも食べたいね! アツアツの!」
「……麻婆豆腐とかもいいね。激辛ですっごく熱くなって」
「そうそう、たっぷり汗かいてさっぱりすると涼し――」
「はいダウト!」
「……ダウト」
「ダウトだぞ、サリス!」
キトラ達は、びしっとサリスを指さします。
「し、しまった!」
サリスは天を仰ぎますが、後の祭りです。
「さあ、モコイ踊りだよ!」
「……レッツモコイ」
「がんばれ、サリス」
「やるよ、やってやらぁ!」
サリスは手を上げ首を振り、床の上でくるくる回ります。
「はい、もこい、もこい、もこい、もこーーい!」
「……もこい、もこい、もこい」
「もこいもこい、もこいもももこい」
キトラ達の拍子に合わせて、サリスは踊りまくりました。
……よくは分かりませんが、そういうルールがいつの間にか出来ていたみたいです。
「はぁ、はぁはぁ、冬は、覚えて、ろよ」
床の上で大の字になって、サリスは身体全部を使って荒い息をします。
「いやぁ、良い物を見せて貰ったよ」
キトラはえびす顔です。
「……ナイスモコイ」
ラグヤは、決して生きては戻れない筈だった戦いから生還した戦友を迎えるような笑みで、親指をぐいと立てます。
「やっぱり夏と冬はこれだぞ」
ノクタは笑いながら、サリスにペットボトルサイズの魔法瓶を渡します。
「ああ、すまねえ、ノクタ」
サリスは身体を起こし、魔法瓶の中身をぐっと飲みます。
「お、うまい。ポカリだな」
「残ってて良かったぞ」
「あ、いいな! ぼくにもひとくち!」
「もうのんぢまった、へへへっ!」
「……負けるが勝ちか」
キトラ達は一つ息をつきます。
「くじらもやっとく?」
「……いいよ、今日はサリスが良いモコイを見せてくれたからね」
「そうだそうだ、くじらまでやったら、疲れて仕方がないぞ」
「そだね」
その時、町内放送から『家路』が流れ始めました。
「あ」
「……時間だね」
「まだ明るいのにな」
「そうだそうだ、まだ暑そう――ん、雨止んだぞ?」
「言われてみれば」
「……明るいね」
キトラ達は、誰にも見られないように秘密基地の門から出て、帰り道を歩き始めます。
空は青く、まだまだ明るいです。雲は東の空に押し込まれたみたいに溜まっています。
「明日は晴れるかな」
「……曇りぐらいが丁度良いんだけど」
「ちがいない、がははは!」
「そうだそうだ、でもサリス、雨上がりは綺麗で好きだぞ」
生け垣の白いバラの花に付いた雨の滴は、日の光を受けてダイヤみたいに光っていました。
【おしまい】