キトラの冒険
作:ごんぱち
その111『魔法を使いたい!! 後編』


「コダマさん、コダマさんっと」
 キトラは自転車に乗って走ります。
「どこにいるのかコダマさん、ぼくに魔法を教えてよっと」
 丸木橋を渡り、森を通って平原を横切り、港からフェリーには乗らずに水上モード。
 水に一ミリだけタイヤをめり込ませて、海の上を走ります。
 フツヌシの作った自転車は、空は飛べませんが、その他のどんなとこだって走れます。
 道の状態を見て、重さを操る術が仕込んであるのです。
 更に、ペダルを踏むとその何倍もの力が気のタンクから送られ、リミッターを外せばもの凄いスピードが出せます。もちろん、何かにぶつかりそうになったら、ひとりでにゆっくりになります。キトラの世界だったら、間違いなくオートバイなどと同じあつかいで、免許証がなければ乗れないシロモノでしょう。
「えーと、この海を渡れば良いんだな」
 海の上を走っていると、遠くで何かが跳ねているのが見えました。
「あれは……」
 上半身が魚、下半身が人間みたいです。
「半魚人……ダァゴの仲間だな」
 半魚人達は、すいすいと泳いで付いて来ます。
「久し振りズラ、キトラさん」
 半魚人のひとりが、キトラに声をかけます。
「お久し振り。ダァゴさんは?」
 キトラには、前に会ったときのどの半魚人に当たるのか、さっぱり分かってはいませんが、何となく知っているようなあいさつをします。
「ダァゴ様は、ルルイエ町内会のカラオケ大会ズラ」
「ふうん」
「キトラさんはお届け物ズラか?」
「今日は違うよ。コダマさんって人に、魔法を習いに行くんだ」
「魔法ズラか?」
 半魚人の目はまばたきをせずに真っ直ぐキトラを見つめ続けていて、知らず知らずのうちに目をそらしてしまいそうになります。
「どんなのを覚えたいんズラ?」
「実のところ、何でも良いんだ。魔法ってそれだけでなんかワクワクするし」
「そういう事なら、我らインスマス人の術を覚えてみるズラか?」
「君たちも何か使えるの?」
「ちょっとだけど使えるズラ。街に来るズラ」

 キトラは半魚人達に付いて、町にやって来ました。
 古びた街で、魚のにおいがただよっています。
 キトラと半魚人は、防波堤の上に立ちます。
「まずは、魚の心を読み取る術ズラ」
 半魚人は目をぎょろりと動かしてから、口をぱくぱくと開け閉めさせ始めます。
 キトラも真似して、目をぎょろっと開いて口をぱくぱくぱくぱく……。
 次に、手を叩き始め、どんどん強くしてから、今度は地面を叩きます。
 キトラも痛くないぐらいに優しく地面を叩きます。
 半魚人は、じっと水を見つめます。
「――どうズラ?」
「どう……って?」
「魚たちの声は聞こえなかったズラか?」
「さっぱり」
 その時です。
 キーンと、高い音が、キトラの耳に届き始めました。
「えっ、何?」
 何か、よく分からないけれど何かの音が、間違いなくしています。
(聞こえた! ぼくにも魚の声が!)
「ナキクジラが喋ってるみたいズラね」
「ナキクジラ?」
「声を出すクジラズラ」
 半魚人は海を指さします。
 水平線の辺りで、クジラが跳ねています。
 音はその辺りからして来るのが分かります。
「なんだ普通の音か……」
「まあ聞こえなくてもやるだけやってみるズラ」
 半魚人は地面に両手を付いて、肩を震わせ始めます。
 キトラも肩をブルブル動かします。
 どんどんどんどん、肩を激しく振るわせて行きます。
 早く、どんどん早く、どんどんどんどん早く。
 半魚人の目が血走って、ウツロに開いた口の中にはギザギザの歯が見えます。
「キョエエエエエエエエエエエエエ!!」
 半魚人は叫んだかと思うと、海に飛びこみます。
「ぎょえええええええええええええ!!」
 キトラも海に飛びこみます。
 すると、どこから集まっていたのか、無数のボラが半魚人にすり寄っていました。
「あははっ、あははっ、くすぐったいズラ!」
 その姿は、まるでピラニアに食い尽くされる肉の塊みたいです。
 でも、キトラにはちっとも寄って来ません。
「……ねえ、これって、どういう魔法なの?」
「魚を集める術ズラ。これさえあれば、魚が取り放題ズラ」
「んー……便利なんだろうけど、ぼく、運送屋だから魚とか集めるのはいらないなぁ」

「なんか、すっかり無駄足踏んじゃったな」
 自転車に乗ったキトラは、そのまま海岸に上がり、海沿いの道を走ります。
 走るうちに、家の並ぶ小さな集落に辿り着きました。
「確かコダマさんの家はこの辺……」
「あら、ウチに何か用かしらぁ?」
「え?」
 振り返りますが、誰もいません。
「フフ、分かったぞ。なんか魔法でからかわれてるんだ」
「からかってる訳じゃないわよぉ」
 キトラの目の前に、一羽のカワセミが現れました。さっきからいましたが、人だと思っていたキトラは、気が付かなかったのです。
(うわぁ、鳥に化けられるのか! それは面白そうだなぁ……)
 キトラの妄想は膨らみます。
(飛べるんだったら、ジョースター達と一緒に飛んで、ちょっと遊びに行ったり、危ない時に……そうだ、牢屋に閉じこめられた時も、窓から飛んで逃げられるじゃないか)
 つかまる予定でもあるのでしょうか。
(うふふ、うふふふ、よおし、やってみよう、やってみるぞぉ)
「立ち話も何だから、どうぞ」
「はいっ」
 カワセミはキトラを導くように飛んで、一軒の家の前にやって来ます。
 小さな、瓦葺きの屋根をした家です。
「和風だ……」
「いらっしゃい」
 家の脇から、おばあさんが出て来ました。
 手にはシャベルと何かの苗を持っています。
 カワセミがおばあさんの肩にとまりました。
「え? あ、あれ? そのカワセミ、コダマさんが化けてたんじゃないんだ」
「それは式よぉ。この辺の見回りをさせてるだけ」
 軽く羽ばたいて、カワセミはどこかへ飛んで行ってしまいました。
「何かご用?」
 おばあさんはにっこりと微笑みます。
 落ち着いた感じのする、優しそうなひとです。シワもありますが、若い頃は大変な美人だった事が分かる、綺麗な顔立ちをしています。
 幽霊ということですが、何となく影が薄いぐらいで、違いはあまりありません。
「ええと……魔法を使いたいなって思って。霊能力がなくても使える術を、コダマさんなら知ってるだろうって、僧正坊さんが教えてくれました」
「あら、天狗さんが?」
「絶対悪い事には使いません! 頑張って修行します! 簡単なものでも良いから、ぜひ――」
 おばあさんは家の戸を開けます。
「じゃあ、ちょっとやってみましょ」
「って、軽っ!」

「おじゃましまーす」
 キトラはコダマの家に上がります。
 廊下があって、ふすまがあって、部屋にはタタミと座卓があります。
(サザエさんの家みたいだ……)
「先に手を洗ってらっしゃい」
「はあい」
 キトラは洗面所に置いてある水瓶の水を使って、手を洗います。
(いや、もう少し古いか。最初の方のサザエさんみたいだ)
「洗って来ました」
「きっちり手を拭いた?」
 キトラは手を見ます。まだちょっと滴が付いてる感じなので、少し慌て気味に手をこすり合わせて乾かします。
「じゃ、はい。受け取って」
「……?」
 キトラはコダマに手渡された物を見て、不思議そうな顔になります。
「これ……」
「折紙よぉ」
 手渡されたのは、真っ白な折紙でした。
 なんだかとても綺麗です。
 シワ一つなくて、角は刺さりそうに尖って見えます。
「じゃ、見ててねぇ」
 コダマは折紙を折ります。もの凄い早さで、しかも機械みたいに丁寧です。
 五秒もしないうちに、折り上がりました。
「バッタ……だね?」
「そうよ」
 コダマはバッタの折紙を放ります。
 すると。
 折紙は落ちる前に本物のバッタになっていました。
 ぴょんぴょんはねて、キトラの頭に載ります。
「へえ、折紙が本物になるんだ!?」
「術名は『四方式』よぉ。まあ、何だって良いんだけどね」
 キトラは自分の折紙を手に取ります。
「いいね、いいよ! 分かりやすいよ! ちょっと前プリキュアで観たよ! これならぼくにも出来そうだ!」
「折紙の中に気が詰まってるわ。こぼさないように、丁寧に折るのがコツよ」
「こぼさない……か」
 折紙を半分に折ります。
「はい、やり直し」
「え?」
 キトラは自分が折った折紙を見ます。
 綺麗に半分に折れています。
「何か間違えた?」
「綺麗に折らないといけないの」
 コダマは、もう一枚折紙を取って、半分に折ります。何にも考えていないみたいに、大雑把に折っているように見えますが――。
「どう?」
「……半分に切ったみたいだ」
 そうなのです。
 コダマの折ったものは、ぴったりと少しのズレもなく、下になった紙が僅かにずれて見える事もありません。
 コダマがそれを軽く放ると、蝶の姿になって飛び始めました。
「むぅ……それなら!」
 もう一枚、もの凄く気をつけて折ります。
 角をピッタリ押さえて、全然ずれないように……。
「ずれてるわねぇ」
「まだまだっ!」
 線を合わせて、角をくっつけて……。
「長さが違うわ」
「なんのっ!」
 じっくり、ゆっくり、ずれないように。
「ななめになってるわねぇ」
「負けてたまるかぁあああ!」
 それからキトラは十枚ほど折紙をおりましたが、どれもどこかがちょっとづつずれていました。
「なんで? どうして? どうーなってるの!?」
「紙はペラペラだけど厚みがあるから、ただ折っただけだと厚みの分ずれるのよぉ。もちろん、気にしたからって折れるとは限らないけど」
「やるよ! やってみるよ!」
 キトラはまた十枚折ってみます。
「――やっぱりずれてるわねぇ」
「練習するよ、練習!」
「私はこの辺は最初から出来たから、練習でどれぐらい出来るようになるか分からないけど、やってみるのも良いと思うわ」
「だよね、やってみないと分かんないよね!」
「じゃあ、満足の行く折り方が出来るようになったら連絡してねぇ。気を入れた折り紙を届けてあげるわ」

「――社長、何をやっているのでありますか?」
 翌日、キトラ運送の社長室にやって来たカモメのジョースターは、不思議そうな、呆れたような顔になります。
「四方式の修行だよ」
 キトラは折紙を折ります。
「だああああ! またずれてる!」
 机には、折紙が塔のように積まれ、床には折り損じが落ち葉のように積み重なっていました。
「社長、社長は術なんか使えなくても、お金で会社を救ってくれたのであります。社長にはもう立派に、凄い力があるのであります」
「ひとってのは、持ってないものを欲しがるもんだよ!」
 キトラはまた折紙を折ります。
「きぃぃっぃぃぃ! また駄目だあああああ!」
 それからというもの、キトラ運送の毎月の予算の中に、『折紙代』が入るようになりました。
【おしま――
「って、えええっ? 修行の成果は!? 何か使えるようになって終わったりとか諦めて終わりとかないの!?」
「社長、昭和のテレビまんがじゃあるまいし、ラストの黒丸枠から首を出すのは止めるのであります」
「修行なの? この先ずっと? イダテンの改修みたいに、ズルズルと!?」


【おしまい】