キトラの冒険
作:ごんぱち
その110『魔法を使いたい!! 前編』


 水晶から僅かに伝わるお日さまの光が、地底湖の水底を浮かび上がらせています。
「うわぁ……キレイだなぁ」
 キトラはため息をつきます。
「まさに絶景ですな」
 カモメの親方がしみじみと言います。
「ここまで来たかいががありヤスね」
 同じくカモメのガースも、感激しているようです。
「がはははは! この大水晶は先々代の天帝の時に起きた隕石の衝突で出来たと言われていてな。宇宙一大きくて透明なんだ」
 ゲンさんが笑うと、キトラ達全員がびりびりと振動します。
 キトラ達『地底湖探検サークル「アケローン」』のメンバーは、巨大化したゲンさんに乗って、地底湖の中を進んでいるのです。
「そろそろ水から出るぜ」
「分かった」
「名残惜しいみたいですな」
「そうでヤスね」
「堪能したわ」
「また来たいじゃん!」
 みんなが口々に言う間に、ゲンさんは水面に上がり、スイスイと岸まで泳いで行きました。

「あーーー、明るい!」
 地底湖に繋がる洞窟から外に出たキトラは、お日さまをあおぎ見ます。
 澄み切った青空に浮かぶお日さまの光は、眩しく暖かくキトラ達を包みます。
「外でヤスね!」
 ガースは地面をひょいと蹴ると、羽ばたいて空を飛び始めます。
「広い広い空を飛ぶのがことのほか気持ちが良いですな。これも地底湖の醍醐味でしょう」
 親方も空に飛び上がり、気持ちよさそうに飛び回っています。
 他のひとたちも、お日さまが嬉しいようで、飛んだり寝転がったりお酒を飲んで踊ったり、思い思いに過ごしています。
「はっはっは、今日も今日とて楽しかったな」
 ゲンさんも、甲羅に乗ったものを全部下ろして、一等お日さまの当たる場所で首を伸ばしています。
 キトラはそんなゲンさんの甲羅をじっと見つめていました。
「ん? どうしたい、キトラ。おいらの甲羅の輝きに夢中になっちまったのか?」
「つくづく不思議な甲羅だなって。ぼくたちみんなを乗せたり、空気の膜で水を入らなくさせたりさ」
 答えながら、キトラはゲンさんの甲羅をペタペタ触ります。
「がははは! そいつぁ甲羅の手柄じゃねえ。甲羅は硬い以外には何の力もねえよ」
「そうなの?」
「空気の膜を張ったり、大きくなったりってのは、玄武の生まれ持っての力と、法力の修行で身につけたもんだ」
 ゲンさんは自慢気です。
「法力ねぇ……」
「どうした、キトラ?」
「そういう魔法みたいのって、ぼくが使えるようにはならないかな?」
「道士になりたいのか?」
「仙人目指すってワケじゃないけど、折角魔法みたいなのがある世界なんだから、何か使えないかなって。よく思うんだよ」
「うーん」
 ゲンさんは少し考えながら言います。
「魂の濃さと骨格から考えると、適正はねえだろうが、まあ、絶対無理ってもんでもねえな」
「それじゃあ!」
 キトラの顔がパッと明るくなります。
「良いだろう。ちょっとやってみるか」
「やったっ!!」
「で、参考までに、キトラは今の段階で術についてどれぐらい知識があったっけっかな?」
「『姫ちゃんのリボン』と『ふしぎ魔法ファンファンファーマシィ』なら全話観たよ。函館のおばちゃんのとこで」
「……知識ゼロ、と」

 次の日、キトラ運送の仕事が終わってから、自転車で昨日探検に来た地底湖の近くにやって来ます。
「おう、キトラ。遅かったな!」
 ゲンさんは、まだ地底湖の入り口の見える場所にいました。
「……ゲンさんも遅いね」
「カメだからな! がははは!」
「途中で居眠りでもしてたんでしょ?」
「何故分かった!?」
「そりゃ、カメだってそこまで遅くはないよ」
「おいおい、それじゃあ、おいらのレーゾンデートルがなくなっちまうだろう?」
「そこまで大事に思ってないでしょ、のろのろだって事」
「がははは、察しが良いな!」
 ゲンさんは座り込みます。
「と、キトラにも使える術、だったな」
「そうだったよ」
「まず、改めて適正を測ってみるか」
 ゲンさんはポケットから、機械仕掛けの片眼鏡を出して、かけます。それから、スイッチを入れると、レンズの中で文字がチカチカと表示されます。
「ふむ……」
 レンズ越しに、ゲンさんはキトラを見つめます。
「……霊能力たったの5か、ゴミめ」
「ちょっ、ゲンさん! 穏やかじゃないワード入ってたよ!」
「おっ、おっと、すまねえ、ただのオマージュだ、悪く思うな」
「まったく、注意してよ。元ネタ分かんないで批判する人もいるんだから」
「がはははは、すまねえ」
 ゲンさんは眼鏡のスイッチを切ります。
「それ面白いね。霊能力が分かるの?」
「ああ。正確には魂の濃さ、別の言い方をすると気の強さだな。これが高いほど、他の気への影響力が大きい」
「じゃあ、少ないって事は」
 キトラはしょんぼりした顔でうつむきかけます。
「あー、いやいや、自分の力が少なくても、他の気を利用したり、道具を作ったりで、術が使える事もあるからな」
「そんなに都合が良いものなの?」
「記憶力の良い人が、必ずテストでトップを取るワケじゃねえだろう?」
「そっか! そうだよね!」
 キトラの顔はようやく明るくなります。
「だとしたら、その5っていうのはどれぐらい努力が必要なのかな? 例えば、ゲンさんの場合はどれぐらい?」
「おいらの霊能力は53万だ」
 間が空きます。
「……最初から相当やる気がなくなってるんだけど、一応やり方教えてよ、ゲンさん」
 打ちのめされたような顔で、キトラはゲンさんの正面に正座します。
「そうだな、まずは、丹田に気を溜めて、そいつを指先に集めてみな」
「タンデン?」
「この辺だ。いつも、気が溜まるだろう?」
 ゲンさんは、自分の下腹の辺りを指さす。
「ええと……」
 キトラはお腹に意識を向けます。
「呼吸を整えて、身体中を流れる気を丹田に止めておくイメージだ!」
「その……」
「こんな感じだ、こんな感じ!」
 ゲンさんのお腹が光り輝き、身体中から風のようなものが吹き出します。
「うおはっ!」
 キトラは辛うじて踏み止まります。
「さ、やってみろ」
「ぬうううううおおおおお!」
 キトラはお腹に力を入れます。
「キトラ、全然溜まってないぞ!」
「ぎぬぬぬぬぬぬぬ!!」
「それは息ぃ止めてお腹の筋肉を動かしてるだけだ! 呼吸を流して気を貯めろ!」
「ごぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
 キトラは思いっ切り力を入れて……。

 ふっ。

 ふわり。
 身体が浮かび上がるような感触が、キトラを包み込みます。
『これは……!?』
 神経が研ぎ澄まされたような、自分がどこか遠くにいるような、そんな感触。物事全てがゆっくりで、不思議な心の動きが生じているようです。
『ああ、時が見える……不思議な感覚、本当に不思議な……これなんだね。なんだろう、なんだ、なんだ、これ?』

「酸欠だよ」
 倒れたキトラの頭に、ゲンさんは水筒の水で濡らしたハンカチをのせます。
「うー……」
「妙な力の入れ方をして、息を止めちまったんだな」
「ぐぬぬ……」
 キトラは地面に仰向けに倒れたまま眉を寄せます。
「基本中の基本なんだが……やっぱり、霊能力が139を切ると気を実感出来ねえか」
「なんか、他の、方法は、ないの?」
「この方法がダメとなると、やっぱりフツヌシだな。あいつは何でも作れるだろう?」

「無理ってこたぁねえが」
 工房で、フツヌシは焼けた鉄を叩きながら答えます。
「思った通りの事をやるとすると、結構かかるぞ」
 フツヌシはハンマー一つで自転車のフレームを作っています。
「お金は大丈夫だよ。会社の経営も順調だし」
「たまに思うが、お前、やっぱり結構商才とかあるんじゃねえか?」
「そうかな、えへへ」
 手を休めないまま、フツヌシは考え考え言います。
「ゼロから法力を作るとすると、頭蓋骨と経絡の入れ替えをしてから、制御させる為のチップを前頭葉に埋め込んで……」
「頭蓋骨!?」
 キトラは思わず頭を押さえます。
「人工仙人骨だな。こう、頭が3倍ぐらい長くなる」
「い、嫌だよ、そんな格好悪い! なんか不思議な力が使えるようになる道具はないの?」
「お前のイメージ通りにすると、どうしてもサイボーグ化が必要になるぞ」
「そうなの?」
「まあ、天狗なら気を自由自在に扱えるだろうが」
「天狗!? そっか、仙人なら出来たよね!」
「いいや、出来るからってやってくれるとは――」
 言いながらフツヌシは顔を上げます。
 キトラはすでに、工房からいなくなっていました。
「……人の話は最後まで聞け」
 フツヌシは、新しい地金を炉から取り出しました。

 キトラは、花果山に住む、天狗の僧正坊の家にやって来ました。
 インターホンのボタンを押します。
『断る』
「って、話も聞かずに!」
「天狗は千里の耳目を持つ。話は知っている」
 二階の窓が開いて、僧正坊が顔を出しました。
「能力体験や、修行を付ける事は出来るが、魂を作りなおして能力を与えるような事は、どれだけ金品を積まれてもやらん」
「なんでさ!?」
「天狗は世界に大きく関わってはならんのだ」
「どういう事?」
「天狗の力は大きすぎるのだ。一人の天狗が良かれと思ってやった事を、他の天狗がそう思わなかったらどうなる? 天狗同士の対立を行うには、世界はあまりに脆く、容易に壊れてしまう」
「そんな大袈裟な……」
 言いながらも、キトラにも何となく理解出来てしまいます。
「……じゃあ、やっぱり出来ないのかなぁ。やっぱり霊能力5っていうのはゴミなのかなぁ」
 キトラはがっくりしてうなだれます。
 僧正坊は少しの間、キトラを見下ろしていましたが。
「まあ、霊能力が全くいらない術ってのも、あるにはあるぞ」
「えっ、本当!?」
 キトラの頭の上に紙が一枚現れ、ヒラヒラと落ちて来ます。キトラは反射的に受け取りしました。
「これって?」
「その住所のコダマって奴と会ってみろ。お前の世界の人間の幽霊で、自分の気をほぼ全く使わない術を知っている」
「うわぁ、あるんだ、やっぱりあるんだ! ありがとう! 僧正坊さん、ありがとう!」
「礼には及ばん」
 何度も何度も頭を下げてから、キトラは走り去りました。
「あれは……大抵の者にとって、気を使うよりも、もっと難しいものだしな」
 キトラの後ろ姿を見送りながら、僧正坊は呟きました。


【つづく】