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キトラの冒険
作:ごんぱち
その109『キトラと花粉症』
「ひ、ひぃ、ひぃぃいぃぃぃっくしっっ!」
学校からの帰り道、タオーゼが思い切り大きなくしゃみをしました。
「どしたの、カゼ?」
キトラがたずねます。
「いや、去年から、春になると鼻がグズグズしてな」
タオーゼは鼻をこすります。
「……花粉症?」
ラグヤがタオーゼを見ます。
「ああ。多分、そうだと思う――あ、おれはここでな」
「うん、バイバイ!」
「……また月曜」
タオーゼは走り去りながら、くしゃみを一つしていました。
「気の毒だな」
秘密基地でゴロゴロしながら、キトラはぽつりと呟きます。
「……なんの事?」
図書館の本のページをめくりながら、ラグヤが顔を上げます。本の背中に付いているタグは、子供用の黄色ではなく、大人用の青の縁取りがされています。
「タオーゼの事だよ。花粉症だなんて、花屋さんの前も通れないよね」
「……キトラ、ひょっとしてそれは、ギャグで言ってるの?」
「あは、ははは、バレた?」
キトラは笑いながら、古い漫画雑誌のページをめくります。
「ぼくだって、花粉症の花粉は杉花粉だけだって分かってるさ」
「……素だったか」
「え? え?」
「……花粉症は、何の花粉でもなる。杉が多いのは、杉の樹自体が多いからだろうね」
「でも、桜で花粉症とか聞いた事ないじゃないか」
「……ブタクサ、ヨモギ、イネ、色んな植物でなる。北海道だとスギでかかる人は少ないけど、逆にシラカバの花粉症でかかったりする」
「シラカバ?」
キトラは自分の鼻を指できゅっとおさえます。
「そっか、色んなものでなるのか。だとすると運が良いんだな、ぼくは。何にもかかってないんだし」
するとラグヤは黙ったままで、じぃっとキトラを見つめます。
「……キトラもなる可能性は、充分あるよ」
「え?」
「……花粉に触れ続けると、コップから水を入れるみたいに、どんどん可能性が溜まっていって、ある時コップから溢れるみたいにいきなり、ね」
「言われてみれば、聞いた事があるような……」
秘密基地から家に帰る途中で、キトラはコンビニに立ち寄っていました。
「むむ……十枚入り三百九十八円、高いなぁ」
コンビニの、マスクが置いてある棚の前で考え込みます。
「でも、これ以上花粉を吸い込むのは真っ平だし……」
キトラはタオーゼ以外にも、花粉症になっているひとを見た事はあります。
鼻水がいつもいつもいつもいつも出て、鼻は真っ赤になって、重い症状の人になると、目も腫れているのです。
「カゼをひいた時みたいな感じだよね。鼻がヒリヒリして来るんだよなぁ。それが春の間ずっと続くなんて……」
キトラは一つ身震いをします。
「ううっ、嫌だ嫌だ」
キトラはキャラメルとマスクをカゴに入れて、レジに行きます。
「四百四十八円のお支払いです」
店員のお姉さんが言います。
キトラはポケットからサイフを取り出して、中身を確認します。
百円玉が四枚きり。
「あ……足りない」
「あら、それじゃ、どちらかやめにしないといけないわね」
「じゃ、こっちを」
キトラはコンビニから出ると、パッケージを開いて、キャラメルを食べます。
「んー、駄菓子系キャラメルは、本当のよりもバターっぽさがないけど、たまに無性に食べたくなるんだよねー」
キャラメルの甘さが口に広がり、香りが鼻をくすぐります。
「悪く言う人もいるけれど、人工の味ってロマンがあるよ。レモンを使ってないのにレモンの味がするとか、カニを使ってないのにカニの味とか、紅茶を使ってないのにアイスティーの味とか、突き詰めれば、自然には絶対にあり得ない味を作り出せるって事だもん」
キャラメルをもう一つ。
「キャラメルを噛む人がいるけど、アレはどうかと思うよね。ああいう人は、飴を噛むんだ。噛むのが好きなら、ジャーキーでも買えば良いんであって、キャラメルはそういう食べ方をするようには出来てないんだ。じっくり舐めきれる人の為のものだよね」
思い出し笑いをします。
「とはいえ、ぼくも、棒付きのキャンディーだけは噛み割るけどね。食べ物を口に出したり入れたりを繰り返すなんて、最低に下品な行為だし、あれは仕方ない――って!」
キャラメルの箱を見つめます。
「キャラメル買ってるよ!? マスク止めちゃってるよ! なんだよ、この長いボケ! 無駄にキャラメル好きキャラのイメージ付いちゃうよ!」
キトラはこんな風に独りでボケる事がよくあります。友だちの少ないキトラが身につけた、寂しい技術なのです。
「やかましいよ! 捏造しないでよ! ぼくは友達結構多いよ! 友達百人作って百人で富士山でおにぎり食べる勢いだよ! 一人は病欠だよ! 友達全員動員しなきゃいけない理由が、一体どこにあるってのさ!」
キトラの力業のツッコミは、家に帰るまで続きました。
「ただいま!」
息を切らせながら、キトラは玄関に入ります。
「あらあらあら、お帰り、キトラ。なんか必死な顔してるけどどうしたの?」
お母さんのアスタさんが尋ねます。
「か、花粉を、吸わないように急いで帰ったんだ」
「あら、キトラ、花粉症じゃないでしょう?」
「そうだけど! ならないように、花粉から離れなきゃ!」
「まあ、それはそうかも知れないけど」
「どうすれば良いのかな、ええと、ええと、そうだ、まず、身体に付いた花粉を洗い流そう! お母さん、お風呂湧いてる?」
「お風呂は洗ってあるから、すぐに湧かせるわよ」
「ありがと!」
キトラはお風呂場に行き、栓をしてからお湯を入れ始めます。
「早く、早く、早く、早く!」
キトラは、即興で「お湯が早く溜まる事を天に祈る踊り」をしながら、待ちます。
「うらうら、早く! オラオラ、早く! うらうらうらうら、早く! お湯溜まれー、お湯溜まれー!」
「キトラったら、また妙な思考に取り憑かれたのね、うふふっ」
キトラの祈りのかいがあって、お湯はすっかり湯船にたまりました。
「よおし、入るぞぉおおお!」
キトラは服を脱ぎ捨てると、思い切り湯船に飛び……こんだりせずに、頭と身体を洗ってから、お湯に入りました。
「ふーー、全部の花粉が洗い流されて、さっぱりしたよ。実際には流されたかどうか分かんないけど、そうなってるって思うと何だかさっぱりするよ」
キトラは湯船で足をぐぅっとのばします。
「……そうだ、目も洗わなきゃダメだよね」
顔を洗ってから、目をこすります。
「待てよ?」
キトラは考え込みます。
「花粉症は、花粉を吸い込んでなるんだから、口とか鼻とかもキレイにしないとダメなんじゃないか?」
お湯に鼻まで体を沈めます。
ぶくぶくぶくぶく……。
ちょっとお湯から出ます。
「いやいや、なんか意味ないぞ。これじゃあ、外を洗ってるだけだ」
またお湯に沈んで口を開けます。
「ガラガラガラガラ……ペッ!」
口に入ったお湯でうがいです。
「鼻の中は……洗えないかなぁ? お湯が入れば良いんだけど、こう……」
キトラはお湯に鼻まで浸かってから――。
息を吸い込む感じで、お湯を。
じゅるるるるるる――。
「もがぼがばばぶぁっ!? ひぐぎあああああ!」
鼻がズキンして、痛みが一気に頭に抜けました。
「げほっ、ぶほっ、がはっ、ひぎぎがあいあああ!」
お湯が思い切りキトラの鼻の中に入ったのです。
それは苦しいに決まっています。
「げほっ、げほ、ひぃぃっ、ふひいっ!」
キトラはやっとの事で、お風呂から上がりました。
「おあがりなさい、キトラ。そろそろ晩ごはん――あらあらあらあら、どうしたの、キトラ!?」
アスタさんが驚いた顔で目を見開きます。
「目が真っ赤で、鼻水までたらして!」
「うん……ちょっと」
「あ! ひょっとして……花粉症になっちゃったんじゃない!?」
「そんなんじゃ――ひいいいっくしっ!」
鼻にまだお湯が残ってる感じで、キトラはくしゃみをします。
「ううっ」
ティッシュを一枚取って鼻をかみました。
【おしまい】