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キトラの冒険
作:ごんぱち
その108『バレンタイン ☆ で ☆ き ☆ ず』
夢の世界にやって来たキトラは、今日もキトラ運送で仕事をします。
「ええと、この火鉢はフォーマルハウトで、こっちのレンゲ蜂蜜はアルデバラン……」
カモメのガースと親方が集配して来た荷物を、行き先別のコンテナに分けて入れます。
「では、宇宙の方、行って来ますぞ」
「行って来ヤス」
荷物のたっぷり入ったコンテナをのせたリヤカーを自転車で引きながら、親方とガースは走って行ってしまいました。
「ええと、後は、このシュミセンのお届けだけだね、ふんふんふん♪」
「社長、これは時間帯指定があるのであります」
同じく仕分け作業をしていたジョースターが言います。
「あ、ああ、そっか。それじゃ、後、3時間ぐらいデスクワークしかやることないね、ふんふふーん♪」
「そうでありますな」
「ま、たまにはこんな日があっても良いよね♪」
キトラは鼻歌交じりです。
「社長、何だが……」
「えっ!? べ、別に何でもないYO! バレンタインデーだからチョコをいっぱいもらえるかも知れないとか、そういうのはぜんっっぜん、ないYO!」
「さっきから鼻を鳴らして、鼻炎でありますか?」
「って、鼻歌だよ! ご機嫌を表す記号だよ!」
キトラは良い顔でつっこみます。
「なんだ、ご機嫌だったのでありますか」
ジョースターは合点が行ったような顔をします。
「それで、どうしてご機嫌なのでありますか?」
「……それは、その、ナイショだよ」
「もう一つ聞いて良いでありますか?」
「な、なにさ?」
「バレンタインデーって、何でありますか?」
「さっきの聞こえた上でスルーしてたの!?」
仕分けは終わり、キトラは電話を留守番電話のモードに切り替えます。ジョースターは、入り口のドアに「本日の営業は終了しました」の札を出します。
「まあぼくもそんなに興味があるワケじゃないんだけどさ」
キトラはそっぽを向きながら言います。
「バレンタインデーっていうのは、古代ローマで結婚を禁止されていた人たちの結婚式をあげさせてあげたバレンタインっていう人が処刑された、恋人の記念日だよ。後の時代になって、男女の間でプレゼントをやりとりする日ってことになったんだけど、日本に入ったら色々あって女性が好きな男性にチョコレートをあげる日ってことになったのさ」
「……気合いが入りすぎてキモイのであります」
「キモイ言うな! キモイは表現の墓場だよ! キモイ、ダメ、ゼッタイ!」
「じゃあ、きもちわるい」
「ならば良し!」
「いいのでありますか……」
キトラとジョースターは、休憩室に入ります。
「誰がくれるかなぁ、二月十四日にこっちに来たのって、初めてだよね。うふ、うふふふふ……」
「社長」
「なに?」
「一つだけ、伝えておくべきだと思うのでありますが」
ジョースターはとても残念そうな顔をしますが、ちょっと肩がヒクヒクしています。
「なにさ」
「そのバレンタインデーという習慣、こっちの世界にはないのであります」
「は?」
「さっきのリアクションで察しているかと思ったのでありますが、バレンタインデーというのは、ないのであります」
「またまた、ご冗談を。この世界はお正月だって、節分だって、ひな祭りだって、クリスマスだってあるじゃないか。なのに、バレンタインデーだけがないなんて、あり得ないよ」
「そう言われても、ないものはないのであります」
「……ないの?」
「はい」
「冗談抜きで?」
「冗談を言うなら、『ある』と答えますが」
「本当に?」
「このジョースター、ウソつきです」
「そういう論理矛盾する事を言わないでよ!」
「はははは、時々ウソも言いますが、今回は本当です。バレンタインデーというものは、ありません」
「ちょっとも?」
「ちょっとバレンタインデーってなんでありますか?」
「だから、ほら、ちょこっとLOVE的な」
「ちょこっとLOVEも、ちょこッとsisterもありません」
「だああああああ、な、な、ななな、なんてこった!」
キトラは頭をかかえて身悶えします。
「こっちの方がモテるだろうと思って、学校の下駄箱の前では、三十分しかウロウロせずにさっさと帰って昼寝してみればこんな! こんなありさまなんて!」
「……そんな事してたのでありますか。百年の恋も冷めそうでありますな」
「もう帰る! 帰って巻き返す! 今からなら間に合う、間に合うハズだ!」
キトラは言うなり、すぅっとこの夢の世界から消えて行きました。
キトラは目を開けます。
キトラの部屋の布団です。
「今、何時だ!?」
机の上の時計を見ます。
十六時五分。
「よしっ、まだ間に合う! 学校に戻ろう! まだぼくを見つけられずに、でもあきらめきれずにチョコを持ってウロウロしている娘がいるハズだ!」
キトラが部屋から飛び出そうとした時。
「にいちゃ――ひぁっ!」
「うわわっ!」
ちょうどドアの前に、妹のタウラがやって来ていました。
「うわああ、にいちゃん! なんてことするんだ!」
「え?」
廊下には、ココア色をしたクッキーが散らばっています。
「あ、ああっ、ご、ごめん」
キトラはクッキーをあわてて拾います。
「にいちゃん……ひどいぞ」
タウラはほんとうにがっくり、しょんぼりしています。
「な、な、な、なくな、タウラ! にいちゃんが悪かった! おわびにこのクッキーと同じぐらいおいしいおやつを買ってあげるから!」
拾ったクッキーは、ばらばらに割れています。
「それ……タウラのおやつじゃない」
タウラは、ぐすっと鼻を鳴らします。
「ん、どういう事?」
「お母さんといっしょに、バレンタイン作ったんだ!」
「ぼくの?」
タウラはうなずきます。
「なんだ、それならどって事ないさ」
にっこり笑って、キトラはひろったクッキーを食べます。
「あっ! にいちゃん、おちたのなんて!」
「にいちゃんは、夢の世界の冒険家だぞ。泥のついたニンジンをかじったり、生の魚を頭から食べたりできるんだ。床に落ちたぐらいどって事ないさ!」
キトラはサクサク音を立てて、クッキーを食べます。
「うん、おいしい! ココアがとってもいい香りだよ。タウラは料理が上手になったね」
「にいちゃんは食い意地が張ってるなぁ」
泣きそうだったタウラは、もう笑っていました。
「にいちゃん、おいしかったか?」
「そう言ったでしょ」
「そうか! よかった」
うれしそうな顔をして、タウラは一階へ降りて行きました。
(うーん……)
キトラは声に出さずにつぶやきます。
(お腹、こわさないといいけど)
「っと、いけない! 早く学校に行かなきゃ!」
キトラは、自転車に乗って全速力で学校にもどります。
日が暮れて、みんなほとんど帰ってしまったところのようです。
「誰か、誰かぼくにチョコをくれる娘は……」
きょろきょろと見回しますが、誰もキトラに注意を向けません。
と。
「キトラ、どうした?」
キトラは、声をかけられました。
「ノクタ」
ノクタでした。ランドセルを背負い、手には紙袋をぶら下げています。
「それって……」
「ああ、バレンタインデーだからってもらったんだぞ」
ちょっと照れくさそうに、ノクタが紙袋からマフラーを出します。
「て、て、てて、手編みのマフラー!?」
「こういうのって、気持ちが嬉しいな」
ノクタは笑います。
「あの……ノクタ君、キミは、その、チョコレイトを、いくつもらったりなんかしちゃったりなんかして?」
「九人だけど、そんなんじゃないぞ。友だちみんなに配ってる子ばっかりだぞ」
「あはそおほ、なんだは?」
キトラの声はもう何だか裏返りまくっています。
「それでも嬉しいけどな。ははっはははっ!」
ノクタは笑います。
その笑い方が、イヤミでもなく、爽やかで、ほんのちょっぴり自慢気で、照れた感じで、すごくうれしそうで、キトラまで釣られてしまいそうでした。
次の日の放課後、キトラは秘密基地にラグヤと遊びに来ました。
「――それで、ノクタのイケメンっぷりに、もう何だかやるせない気分になってさ」
キトラは大きく溜息をつきます。
「……キトラは、誰からも?」
ラグヤが静かに尋ねます。
「そうだよ!」
肩を落としたま、キトラは畳の上にごろりと転がって、足をバタバタと動かします。
「あー、何かないもんかなぁ! つまんないなぁ!」
「……キトラ、くやしがってるけど」
「何さ」
「……ボクたち、女の子と遊ぶ事なんて、全然ないじゃないか」
「そうだけど、でも、ほら、遠くから見つめてて、みたいなさ」
「……フラグは立てなけりゃ、イベントに結びつかないものだよ」
「フラグとか言わない!」
キトラがばたついたせいで、ホコリが舞い上がっています。
「今まで一度もなかったワケじゃないんだよ! 目が醒めたら、なんか貰ってた事もあるんだよ! 恥ずかしがり屋な子が、こっそり置いて行ったりとかさ!」
「……まあ、おやつでも食べて落ち着こう」
「そうだねラグヤ。もてなくったって、友情がある。それが一番だよね」
ラグヤはランドセルから、小さな包みを取り出して広げます。
キトラはそれを食べます。
ちょっとしっとりとしかけているココア風味のクッキー。どこかで食べたような?
「おいしい、ね」
「……うむ」
キトラはそれより後には、何も言いませんでした。
さかさまの家、さかさまの床、さかさまのテーブルに、お菓子のお皿とコーヒーが置かれています。
コーヒーカップを取って、ロカはコーヒーを一口飲みます。
窓の外を見ます。
夜空に、大きく光る星が見えます。
須弥山。
天帝が住み、キトラ運送がある星です。
「……今年は会えなかったな、キトラ」
小さく溜息をつきます。
「まあ忙しいひとだしね」
キレイな薄い水色のリボンをかけた箱を開けます。
「いっつも向こうの世界に持って帰ろうとするぐらい喜んでくれるから、こっちも嬉しいんだけど」
中には、チョコレートが入っています。粒がいくつも。ホワイトチョコでこまかくバラの絵が描かれた、手作りです。
ロカはチョコレートを一粒食べます。
「ん、おいし」
コーヒーを飲み干して、立ち上がります。
「もう一杯、コーヒー淹れようかな」
ロカは、ヤカンをのせたコンロに、火をつけました。
ヤカンはすぐに、カタカタと鳴り、湯気が立ち上り始めました。
窓が曇って、須弥山はぼんやりとした光の玉みたいになっていました。
【おしまい】