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キトラの冒険
作:ごんぱち
その107『キトラと夢オチ』
その朝、キトラが目覚めたとき、自分がふとんの上で一羽のウサギに変わってしまっているのに気付きました。
「……いや、確か、ぼくはウサギだったハズだよ? 最初から」
キトラは起き上がると、服に着替えて階段をおりて、ダイニングに行きます。
「おはようございます、お父さん、お母さん」
「やあ、キトラ、あけましておめでとう」
「おめでとう、キトラ」
お父さんのナラキさんと、お母さんのアスタさんがあいさつします。
「あ、そうだった。あけましておめでとう」
「うおっ、にいちゃんが先におきてる! これはタイヘンだ、盆と正月がいっしょに来たみたいだ!」
妹のタウラがダイニングに来るなりおどろいた顔をしています。
「……その言い回しは何だかおかしいよ」
「おっ、初ツッコミだな?」
「ツッコミなら、日付変わってすぐにやったよ」
「それは初耳だぞ」
「……ドヤ顔で言う程面白くもないよ」
「じゃ、行こうか、キトラ」
お父さんがコートにそでを通し始めます。
「え? どこへ?」
「散歩がてら、初日の出を拝みに行くに決まってるじゃないか」
「ああ、そうだったっけ」
キトラの家では、外に出て初日の出を拝むのが習慣なのです。
「――うわ、寒い」
外に出たキトラは、きゅうと耳を倒します。
「おお、いきが白いぞ! まるでタバコみたいだ、タイホされるぞ!」
タウラが白い息を何度も吐いています。
「元気だな、タウラは」
「じゃあ、東がよく見渡せる高速道路沿いの坂の上まで行くよ」
「キトラ、タウラ、遅れないでね」
お父さんとお母さんは、道を進み始めます。
「いそぐぞ、にいちゃん!」
タウラも後を追います。
「って、みんな、何でウサギ跳びなのさ?」
そうです。
お父さんたちは、みんなしゃがんで両手を後ろに回してぴょんぴょん跳ねて行くのです。
「何を言ってるんだい、キトラ?」
お父さんは不思議そうな顔をします。
「うさぎ年には、縁起を担いでウサギのように振る舞うのが、我が家のならわしじゃないか」
「そんなの知らないよ、聞いてないよ?」
「ご先祖様の昔からうさぎ年には、当たり前にやってる事だよ? 知らないのかい?」
「ぼく、うさぎ年迎えるの初めてだよ」
「あははは、なーんだ、そういえばそうだね。ごめんごめん」
「あらあらあら、そうだったわね」
「タウラはなんとなく、わかってたぞ?」
「じゃ、改めて、初日の出目指してGOだ!」
「やっぱりやらないとダメ……なのかな」
キトラはお父さんたちに続いて、ウサギ跳びで進み始めました。
家の前の通りを進みアパートの前を通ります。
「やあ、あけましておめでとう、おめでとうさん、居留守で元気。今年は任せましたよ、ウサギの諸君」
トラのおじさんが、帽子を半分持ち上げて挨拶します。手にはカバンをさげて、旅にでも行きそうな格好です。
「やあトラさん、あけましておめでとうございます。去年はお疲れ様でした」
お父さんがウサギ跳びの格好のまま、頭を下げます。
「お疲れなんてもんでもございませんよ。乙で可憐なあの人は、疲れた顔も悩ましいてなもんでさぁ」
「これからどちらへ?」
「さあて、風の吹くまま気の向くまま、十二年先までのんびり過ごさせて貰いましょう」
「とら年にこだわらず、是非月兎町に遊びに来て下さい」
「また風が月兎町に吹く事もありましょう」
トラさんは、背中を向けたまま軽く手をふって行ってしまいました。
「ひぃ、ひぃ、ふぅ、ひぃっ……」
ウサギ跳びでキトラたちは進みます。
ぴょんぴょんジャンプして進むのは、見た目よりもずっと大変です。
「こ、こ、こんなに、寒いのに、汗なんてっ!」
キトラは汗だくです。
「大丈夫だよ、キトラ。マイナス8度でも、ちょっと動けば汗が出るものさ」
「それフォローなの? それともただの体験談なの? いずれにしても、このシチュエーションで何か意味あるの?」
「にいちゃん、むだぐちたたくヒマがあったら、はねるんだ。十五夜お月さま見てはねるんだ!」
「こ、今年のお正月は、全然、十五夜じゃないでしょ!?」
キトラ達はウサギ跳びでどんどん進みます。
坂を下って、住宅地を抜けて、高速道路をくぐるトンネルを抜けました。
高速道路沿いの道は、ものすごく急です。
「もう少しだよ、みんな!」
「がんばるのよ、キトラ、タウラ! 重いコンダラよ!」
「重いコンダラだ!」
「重いコンダラだね!」
キトラ達は、コンダラとかいうよく分からない物体が出て来る正体の知れないオリジナルの歌を、オリジナルの曲に合わせて歌いながら坂を上ります。
「池!」
「一計!」
「ヒュー!」
「馬!」
「ドン!」
「ガバチョ!」
「何の呪文なのさ……」
「敢えて言うなら、魔除けさ」
「ジャスラックは悪魔なの?」
「極度に何かを奪う存在は、その理由に納得出来ない者にとって、悪魔と変わりがない」
「……アーサー・C・クラークのパクリなんだろうけど、よくワケが分かんないとこ行ってるよ」
少しづつ、少しづつ、キトラ達はウサギ跳びで坂を上って行きます。
上って、上って、上って、上って……。
「ついたよ!」
お父さんが指さします。
坂の上はパッと開けて、手前が畑、その向こうには住宅地が地平線まで広がります。そして、そこからゆっくりお日さまがのぼって行きます。
「初日の出だ」
お父さんとお母さんは、手を合わせます。
「今年一年、よろしくお願いします」
「お願いします」
「よろしくだぞ」
「よろしく」
キトラとタウラも手を合わせます。
「よし。それじゃあ、帰るか」
「はい……いやー、疲れたよ」
「おいおい、キトラ、何歩いてるんだ」
「え? まさか帰りも?」
お父さんはウサギ跳びで猛然と坂を下って行きました。
「うー、痛い、腰痛い、すごい痛い。ウサギ跳びがスポーツ界で廃止された意味が、身に染みて分かったよ……」
家に帰ったキトラは、コタツにもぐって伸びています。
「さあ、朝ごはんにするピョン」
「食べようウサ」
お母さんが重箱を、お父さんがお椀の載ったお盆を持って来ます。
「……って、なにその語尾」
ツッコミながら、キトラはダラダラとコタツから這い出します。
「はー、にいちゃんは相変わらずだなラビ」
タウラが肩をすくめて、溜息をつきます。ウサギ跳びの疲れはないみたいです。
「うさぎ年は、うさぎ一族のタウラたちは、よりうさぎっぽく過ごすのがならわしだラビ。だから、言葉の後にもうさぎっぽいのを付けるんだラビ。外では世間体があったから、言わなかったんだラビ」
「知らなかったウサ?」
「うふふ、うかつ者ピョン、キトラは」
「……だから、ぼくの人生で、うさぎ年は初めてなんだってば」
キトラは引きつった笑いをうかべます。
「ほらほら、人生じゃなくてウサ」
「……うさぎ……生?」
「そうピョン」
「それに言葉の最後にうさぎの何かだラビ。もちろん、ほかのうさぎとかぶったらダメだラビ」
「じゃあ……ええと……分かったよケレル」
ケレルというのは、関根勤がメインパーソナリティをしていた伝説のラジオ番組内で使われていた謎の言葉(本当は映画のタイトル)です。関根勤は、昔、ラビット関根という芸名で活動をしていましたが、萩本欽一の助言で本名に戻したのです。けれど、ラビット関根という芸名は、桂三枝が考えたものだったので、後にそれを知った萩本欽一が「それを早く言え」と、ツッコミを入れたという有名なエピソードがあります。
「……なんでこんなところにやたら細かい説明が付くんだよケレル……」
「うんうん、いいぞ、キトラウサ」
「すてきよ、キトラピョン」
「にいちゃんはやれば出来る子だラビ」
「えへへへ……ケレル」
ちょっとキトラは嬉しそうです。
おだてられれば木にだって登るタイプです。
「さあ、食べようウサ。いただきますウサ」
「いだたきますピョン」
「いただきますラビ」
「いただきますケレル」
お父さんが重箱の蓋を取ります。
「やあ、おいしそうだウサ」
「キレイだラビ!」
「みんなで頑張って作ったものねピョン」
「……え」
キトラは固まります。
ニンジンの煮しめ、ニンジンの姿焼き、ニンジンの照り焼き、半月に切った生のニンジンを仕切りにして、四角いニンジン焼き、ニンジンのニンジン巻き、ニンジンの醤油漬けに、それからニンジンとニンジンのなます。
「なんじゃこりゃあああ!?」
「こらこら、言葉が人間みたいになってるよウサ」
「あ、ああ、ごめんなさい、ケレル。でも、なんでニンジンばっかり」
「なんでって、うさぎはニンジンを食べるものでしょうピョン」
「にいちゃんはあいかわらず、みょうなことばっかり言ってるラビ」
お父さんもお母さんもタウラも、おいしそうにニンジンのおせちを食べます。
「そうか……うさぎ、うさぎって事だっケレル……いや、でも、そもそも、うさぎってニンジンだけ食べれば良いってものじゃないじゃないかケレル……でもヘタにつっこんで、リアルにうさぎが食べるところの干し草とペレットなんか出されたらたまんないから、ガマンするのが利口かなケレル……」
キトラはニンジンの照り焼きだけちょっと食べて、お椀の蓋をとります。
「……覚悟はしてたケレル」
花の形に切ったニンジンがぎっしり入っています。そして、四角く切った大きいニンジンが2つ。
「あ、お雑煮、ニンジン2つで良かったピョン?」
「……どう見たって雑煮じゃないよ。ニンジン汁だよ……せめてじゃがいもだけなら、いももちぐらい入っていただろうにケレル」
キトラはためいきをつきながら、そのニンジン汁を食べました。
「あー、なんか食べた気がしないなぁケレル」
ごはんが終わって、キトラはコタツにもぐりこんで分厚い新聞を広げます。
お正月なので、3日分のテレビ欄が挟まっています。
「あーそっか、テレビテレビ……チェックずみだったよねケレル」
プリントアウトされた紙を開きます。
インターネットのテレビ番組表です。
「10時から、『復活・お笑いウルトラクイズ、ダチョウ倶楽部断末魔スペシャル、マジで訴えられました』。うん、これは観ておかないと。それから13時から『ドリフ大爆笑’77(再)』これは見逃すと一生後悔するね。18時からは『ルパン三世 ルパンVS複製人間』、保守派を気取る訳じゃないけど、物真似を代役っていうのは冒涜だと思うんだ。それから、それから……」
「キトラ、行くよウサ」
「え? またケレル?」
「すぐ終わるピョン」
「にいちゃん、モタモタしてるとベトナムにつくまえに、戦争がおわっちゃうラビ」
タウラたちは、ジャージすがたです。
「分かったよケレル」
キトラも起きて、ジャージを着ます。
キトラ達は、家の前に出ます。
「はい、かまえてウサ!」
お父さんは、手を蛇のかまくびみたいに曲げます。
キトラたちもそれを真似します。
「いくよー、かー、まー、きー、りー、拳法!」
キトラ達はカマキリ拳法のシャドウを汗だくになるまで続けました。
「……そこまで関根勤リスペクトでもないでしょーがケレル」
「ぶわははは、すごい、長さんも志村も髪多すぎ!」
昼下がり、キトラはリビングでコタツにあたりながら、テレビを観ます。
「あー、ドリフの笑いが今でも通用するとは思わないけど、なんかこう、勢いっていうか、エネルギーがあるよね。日本を一番笑わせてるんだぜ、みたいな。探り探りの当て逃げじゃなくて、腰が据わってるっていうか」
「キトラ、年賀状ウサ」
お父さんが、仕分けした年賀状を持って来てくれました。
「ありがとうケレル」
キトラは年賀状をうけとります。
「うわ、なんか、ものすごくいっぱいだなぁケレル」
毎年、キトラには年賀状なんて20枚ぐらいしか来ないはずなのに、今年は1000枚ぐらいありそうです。
「聞いたこともない名前がいっぱい……一体、何の間違いなのケレル?」
「うさぎ年なんだから、みんなあやかろうとしてるんだよウサ」
「ふうん……まあ、貰えて悪い気はしないけど、返事が大変だなぁケレル」
「神様へのお賽銭と一緒だから、返事は気にしなくて良いよウサ。もちろん出しても良いけどウサ」
「あ、そうなんだケレル」
キトラは年賀状を一枚づつ見て行きます。
色とりどりのデザインで、色んな事が書いてあります。どれもその人なりのていねいさが見られて、読んでいて楽しくなります。
「いいなぁ、これケレル」
「みんなの今年一年を楽しく過ごしたいっていう想いの塊だからねウサ。ふれるだけであったかいものさウサ」
「なるほど……うさぎのお正月も、悪くないかも――」
その時です。
「こんにちはー、年賀状の配達でーす」
玄関の方から声がします。
「はあい、どうもありがとうございますピョン」
お母さんがリビングにやって来ます。
「また来ましたピョン、年賀状」
「え、またケレル?」
「なに言ってるんだいウサ」
「こんにちはー、年賀状の配達です!」
「年賀状でごわす!
「年賀状どすえ!」
「年賀状やしー!」
「年賀状だYO!」
「年賀状なう」
「年賀状だお」
「年賀状を配達したってことは確定的に明らか」
「年賀状だわー、実質届いてる年賀状だわー」
「年賀状だってばよ!」
「年賀状だにゅ!」
「わたしの年賀状は53万枚です」
「これからが、ほんとうの年賀状だ……」
「年賀状のことかああああ!」
「ギャルの年賀状おくれ」
「いけ、私のかわいい年賀状たち!」
「たかが年賀状を配達するぐらいで!」
「それなら今すぐ人類に年賀状を届けてみせろ!」
「年賀状は伊達じゃない!」
日本郵便の色んなアルバイトの人が、どんどんどんどんどんどんどんどん年賀状を運び込んで来ます。
「まあまあまあ、今年はこの前よりずっとたくさんピョン」
「キトラとタウラがいるから、ぐんと増えたみたいだねウサ」
「タウラがにんきものなんだぞ、ラビ」
「ちょっ、そういうレベルじゃないよこれ! まずい、家の中一杯!」
「ヒーホー、年賀状だぜ!」
「年賀状でゲソ!」
「貴様にふさわしい年賀状は決まった」
「またつまらぬ年賀状を配達してしまった」
「パラレルパラレル、もっと素敵な年賀状になあれ!」
「うーん、この年賀状は初めてだな、意外にも」
「年賀状ぅぅぅうハンター!」
「年賀状出して、友達とかに噂されると恥ずかしいし……」
「もう年賀状渡しても良いよね……」
「年賀状が……で、……したら、……なのよ、笑っちゃうわよね?」
「年賀状モード、キドウ」
「年賀状にーー!」
「必殺、エーテル年賀状返し……ウソ」
「関係者の報復が恐ろしくもありますが、年賀状です」
「お前は今まで貰った年賀状の枚数を、覚えているのか?」
「ラッキー! 配達残しの年賀状だ」
「年賀状にぃぃぃ、身をよじれぃ、うさぎ共!」
「配達員は、クールに去るぜ」
年賀状が玄関からリビング、台所、キトラの部屋、トイレの中まで、無理矢理詰め込まれて行きます。
「うわああああっ、ダメだよ、ナシ、ナシナシ!」
家の隅々までびっちり詰まった年賀状に耐えられずに、家は……。
ミシ……。
ミシ、ミシ……。
バキッ!
バリバリバリバリバリ!
一気に壁がくずれ、年賀状が飛び出しました。
「ああああ、うわあああ、あああああああ!」
「――うわあああっ!」
キトラは目をさましました。
ふとんの中、キトラの部屋です。
「キトラ、そろそろ起きなさい、初日の出拝むよー」
お父さんがノックしてから、ドアを開けます。
「あ……お父さん、あけましておめでとうケレル」
「ケレル?」
「え? ああ、いや、何でもない」
「ごはん前に初日の出拝むから、コート着て来るんだよ」
「はーい」
お父さんが出て行った後、キトラは体を起こします。
「夢、か」
キトラは大きくためいきをつきます。
「なんか、ひどい夢だった気がするけど」
首をひねります。
「全然、思い出せないなぁ、ケレ……いやいやいや」
パジャマを脱いで、服に着替えます。
「アレかなぁ、夢の世界で、うっかり何か持ち帰ったとかかなぁ」
キトラはもう一度、大きなあくびをします。
カーテン越しの窓は、ぼんやりと薄暗いままでした。
【おしまい】