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キトラの冒険
作:ごんぱち
その104『ゲンさんがいない月』
とぅるるるるるる、とぅるるるるる、とぅるるるるるる……。
「……おかしいな?」
キトラは法力電話の画面を見つめます。
画面にはゲンブのゲンさんの電話番号が表示されています。
「困り事でありますか? キトラ社長」
カモメのジョースターが社長室に入って来ながら尋ねます。
「うん、ゲンさんにちょっと用があったんだけど、全然つながらないんだ」
「いつの間にか会う数が減って、電話もかけなくなって、話もしなくなり、気がつけば自然消滅。恋人の別れとは寂しいものでありますなぁ」
「ゲンさんもぼくも男だよ! それに、結構よく会ってるよ!」
「バックナンバーを見ても、社長は自分たちとばかり会っていて、ゲンさんとは全然からんでいないのであります。人物紹介ページがあったら『初期によく登場した』という一文が加えられるに違いないぐらいであります」
「うるさいな、君らの見てないとこで、しっかり会ってるんだよ。一緒に地底湖探検サークルにも入ってるし」
「……妙なサークルに入っているのでありますな?」
「ひとの趣味を悪く言うのは良くないよ。それが他人に迷惑をかけるものでないならね!」
キトラはまた、ゲンさんに電話をかけます。
けれどやっぱり、呼び出し音が続くばかりです。
「いくらゲンさんがモタモタでも、こんなに出るのが遅い訳はないと思うんだけど」
「やっぱり社長が嫌われているのであります」
「うるさいな」
「キトラ社長、ジョースター! そろそろ配達に出発しますぞ」
「準備が出来たでヤスよ」
親方とガースが入って来ました。
キトラ達は、宇宙港に向かう軌道エレベーターに乗っています。
業者用の軌道エレベーターは、一時間はかかる一般用と違って、ほんの十分程で衛星軌道の宇宙ステーションまで上ってしまいます。
その代わり、窓から遠ざかる地上を見る事は出来ませんし、身体が潰されそうな力がかかりますし、他の荷物のコンテナが置いてあったりするし、結構ゆれるし、つまり乗り心地に問題があります。
「親方、地底湖探検サークルの事なんだけどささ」
キトラは床に座ってコンテナに寄り掛かりながら、親方に尋ねます。
「はい? どうされました?」
親方は、仕事の内容を携帯端末で確認しながら返事をします。
「来月の例会に持って行く見の符って、法力式? それとも魔道式?」
「覚えていませんなぁ。わたしはカモメの目があるので、錯視結界は見破れますし」
「おいらも気にしてなかったでヤス。申し訳ありません」
ガースも申し訳なさそうです。
「となると、やっぱり――ん?」
ジョースターは、エレベーターのすみっこで、壁に向かって体育座りをしています。
「……仲間外れでありますか。親方もガースも入っているサークルに、誘われもしなかったのでありますか。ずるいであります。自分も社長と同じサークルに入って、仕事の上下関係をすっとばして親密になり、ゆくゆくは社長のイスを貰いたかったのであります。そう、釣り○○(二文字伏字)日誌の浜ちゃん、松っちゃんのように」
「それを言うなら、ハマちゃんスーさんだし、なんで君がぼくの世界の事、知ってるのさ?」
キトラは携帯法力電話でゲンさんを呼びだしてみますが、やっぱりかかりません。
「んー、ゲンさんどうしたのかなぁ」
「ゲンさん?」
キトラの独り言を親方が聞き付けました。
「ゲンさんは今月電話に出られませんぞ」
「え?」
宇宙街道を一直線に宇宙船『イダテン』が進みます。
加速を終えて慣性航行になり、動力室のキトラ達は、オールから手を離します。
この先、スピードが落ちた時だけオールをこぐというシフトです。
『十月は別の言い方をすると神無月。神様はみんなイズモ星で会議をする為に集まる月ですぞ』
スピーカーから、操舵室にいる親方の声がします。
「あー、ゲンさんって神様の一種だったんだね」
『今日はその会議場に出前を届けるのが仕事ですし』
「星をまたいで出前を取るなんて……」
キトラは動力室にあるモニタのチャンネルを切り替えて、貨物室の様子を映します。貨物室には、色んな店のおかもちや、寿司桶や、そばせいろや、ピザの箱なんかがずらりと並んでいます。
『一ヶ月も同じ場所でカンヅメになって仕事をするのですから、たまには出前ぐらい取れないと辛いのでしょうな』
「そんなに集まって何をやってるの?」
「知らないのでありますか?」
ジョースターがニヤニヤ笑います。
「ひとの結婚相手を決めるのであります。縁結びであります」
「ドキドキでヤスね」
「……いや、待ってよ。神様って言ったら何か凄い感じだけど、ゲンさんとかフツヌシとかだよね?」
「そうでヤスよ」
「フツヌシなんかに決めさせたら、ぼくの結婚相手がタレット旋盤とかスライディングハンマーとかバリアブルコンデンサにされちゃうよ!」
「あー、フツヌシ様ならきっとやるのであります」
「まさかぁ。フツヌシ様だってフレアナットレンチぐらいにしかしないでヤスよ!」
「もっと悪いよ!」
「そのツッコミもどうかと思うのであります」
『ははは、まあ結婚の話もあるというだけで、実際は、神様同士の仕事の線引きを話し合うようですな』
「線引き?」
少しスピードが落ちて来たので、キトラ達はまたオールをこぎます。
『例えば金運を授ける神様がふたりいた時、キトラ社長に運をあげるのはどっちかというような割り振りですぞ』
「……それは、両方が重なってても良いなぁ」
『そうとも言えませんな。豊饒神と疫病神が重なった場合、病気の米が大量に出来たりするのです。複数利益の相乗効果は思わぬ副作用をもたらす事があるのですぞ』
「なんか、病院で貰うお薬手帳みたいだね」
キトラはオールをまたこぎます。
もっとこぎます。
「……なんか、スピードが、上がらない?」
『案外っ、早く来ましたな!!』
親方の声に緊張が混じります。
その時、モニタ越しに見える宇宙空間に、ぼうと光る塊が現れました。
「な、なんだ!?」
「あれは!」
「間違いないでヤス!」
光は少しづつ輪郭をくっきりさせていきます。
丸い形をして、明るく、燃えさかる炎のような夕日色。虚ろな目に大きく開いた口。
『ジャック・オー・ランタン!』
宇宙に火の玉が浮かびます。
人魂のお化け、ジャック・オー・ランタンです。
「おかしいじゃん! 真空で火が燃えるのはおかしいじゃん!」
『悪霊の光は火とはまた違うものですぞ』
次々とジャック・オー・ランタンは増えて行きます。
『振り切りますぞ! 出力最大、よーそろー!』
キトラ達はオールを全力でこぎはじめます。
「あんなの現実では初めて見るよ!?」
「自分たちだって、滅多に見ないのであります!」
「神無月の終わり頃になると出るんでヤス。神様がいない隙を狙って、オバケが」
ジャック・オー・ランタンのうちの一体が、イダテンに追い付き、しがみつこうとします。
「うわああああ!」
けれど、ジャック・オー・ランタンがほんのちょっぴりイダテンに触れた途端。
バチィィイイイイイイイ!!
激しい雷のような火花が散って、ジャック・オー・ランタンは消え去りました。
「え、あ? あれ、何が?」
『結界があるので、しばらくは大丈夫ですぞ!』
「やっつけちゃったの?」
『ジャック・オー・ランタンは悪霊ですからな。浄化されたと言った方が良いでしょう』
ジャック・オー・ランタンたちは、次々と浄化されていきます。
「すごいすごい! フツヌシこんなのも付けてたんだ。こんな事もあろうかと、ってヤツだね」
『いつも使えてましたよ。力の弱い霊だから気づかなかったのでしょう』
「後付け設定なだけでしょ……まあ良いけど」
キトラの表情はちょっと弛みます。
「結界があるなら心配ないね」
『はい。チャージした法力が保っている間は、ですが』
「……それ、一番最初に言って」
キトラはオールをこぐ早さを上げて行きます。全身を使ってこぐオールは、イダテンをぐんと加速させます。
ですが、ジャック・オー・ランタンはぴったりスピードを合わせて来ます。
「駄目だ、全然振り切れてないよ!」
「ガース、もっとしっかりこぐのであります!」
「やってるでヤス! ジョースターこそ、口より手を動かすんでヤス!」
ジャック・オー・ランタンたちは、けれど、つぎつぎに追い付いて来ます。そして結界に触れる度に、激しい火花を散らして消えていきます。
「火花が弱って来たであります!」
「結界の法力が切れかけでヤス!」
「駄目だ、駄目だ、おばけに踏み込まれる!」
『くっ……このままでは! お菓子さえ用意しておけば!』
悔しげに親方が言います。
「……は?」
キトラはスピーカーを見つめます。
「親方、今なんて?」
『くっ……このままでは! お菓子さえ用意しておけば! 大事な事なので二回言いましたぞ』
「妙なオプションは付けなくて良いよ。えーと」
結界はついに作動しなくなり、ジャック・オー・ランタン達が宇宙船の壁をすり抜けて入って来ます。
床から壁から天井から、ジャック・オー・ランタンが顔を出して来ます。
そしてみんな口々に叫んでいます。
『トリック・オア・トリート?』
『トリック・オア・トリート?』
『トリック・オア・トリート?』
『トリック・オア・トリート?』
「お菓子があれば良いんだね?」
キトラはオールから手を離し、イスから立ち上がります。
「社長、まさか積荷に手を付けるつもりでヤスか!?」
「フライパンの話で見せたプロ意識はどこに行ったのでありますか! 所詮、社長も俗物、オバケの怖さにはちっぽけなプライドなんか捨ててしまうのでありますね! 分かりました、運送屋としてのプライドを捨てて、社長を引退してそのイスはこのジョースターに譲るのでありますね! 後は任せるのであります」
「誰が積荷に手を付けるって!?」
キトラは動力室の傍らにある収納棚を開けます。
そこには、長期の仕事の時に食べる、保存食の袋がずらりと並んでいました。
キトラはそれを破り、中身を掴み出します。
「ドライフルーツにナッツ、干し魚、これは大体お菓子だ、そんな感じのものだ! デザートに出るような物はおやつだって、昔の裁判例でもあった!」
「……それは果物の話だと思いヤスが」
ジャック・オー・ランタン達に向けて投げます。
『トリート! トリート! ハハハハハ!』
『トリート! トリート! ウケケケケ!』
『トリート! トリート! ウキャキャ!』
『トリート! トリート! キキキキキ!』
ジャック・オー・ランタン達は笑いだけを残して、次々に消えて行きます。新しくどんどん出て来るジャック・オー・ランタンに、キトラは次々に保存食をぶつけて行きます。
ジョースターとガースもキトラにならって保存食の袋を破って中身を投げます。
「ほら、消えろ! 持ってけ!」
「オバケはあっち行くのであります! 神様のいないところを狙うなんて、とんだチキン野郎であります!」
これの面白い所は、カモメであるジョースターが同じ鳥であるチキンを悪口として使っているところなのです。
「そこの解説いらないよ!」
「トリックなんて、お断りでヤス! こんなの、悪戯ってレベルじゃないでヤス」
「消えろ、ジャック・オー・ランタン! 離れろ、悪霊、どっか行け鬼火! 外に行け、鬼! 鬼は外!」
「鬼は外であります!」
「鬼は外でヤス!」
キトラ達が次々に保存食の中身を投げまくり、そして、収納棚が空っぽになった頃。
『……悪霊の反応が完全に消えましたぞ』
「ぜぇ……ぜぇ、はぁ……やった」
「やったであります」
「勝ったでヤス……」
ジャック・オー・ランタンは、一体残らず消え去っていました。
行き先には、ぽつんと小さな星が見えて来ます。
『近距離通信圏内にイズモ星が入りましたぞ。入港準備の減速を始めて下さい』
「分かったよ」
「了解であります」
「減速しヤス」
キトラ達はシートを逆向きにして、少しづつオールをこぎ始めました。
「……ねえ」
手を動かしながら、キトラは言います。
「これって」
「そう……で、ありますな」
「まあ、そうでヤスね」
「……オバケ達も、実体を持って帰れば良いのに」
キトラ達は大きく溜息をついて、床にびっしりと散らばった保存食を見つめました。
勿論、この後、キトラ達がおいしくいただきました。よい子のみなさんは、キトラ達のように、食べものを大事にしなければいけません。
それともう一つ、床に落ちているものを食べると、バイキンが付いていてお腹を壊すことがあるから、よい子のみんなはキトラの真似をしちゃいけませんよ。
「どっちだよ!」
良いことと悪いことの葛藤が起きた時、自分の頭で考えて選ぶ事が出来るのが、自立した人間というものなのです。
「……もう良いよ!」
【おしまい】