キトラの冒険
作:ごんぱち
その82『ソバうちキトラ』

「ふふぁああああああああ……」
 コタツにあたっているキトラは、大きな大きなあくびをします。
「キトラ、ねむいみたいだね」
 お父さんのナラキさんがミカンをむきます。
「ねむいけど、起きてるよ、ちゃんとちゃんと……ん……と……」
「ねてるね?」
「いつねたって!?」
 キトラはいちどコタツから出て、立ち上がります。
 テレビでは、紅白歌合戦をやっています。今は、背の高い、おばあさんかおじさんかよくわからないひとが、おじさんみたいな声で歌っています。
「やっぱり大みそかは、12時まで起きてないとね!」
 キトラは大きく深呼吸します。
「去年も起きてたけど、今年も起きてるよ。寝てるうちにものごとがすむなんて、クリスマスだけでじゅうぶんだよ」
「はは、じゃ、がんばって起きてることだね」
 ナラキさんは笑います。
「でも、寝ちゃったら起こさないからね」
「もちろんだよ、それはハンソクってものだからね!」
 キトラはもう一度大きく深呼吸をしました。
「さあっ、起きたっ、もうねむくないぞ!」
 それから、コタツに入ると。
「――ぐーーー」
 5秒で寝ました。

「――はっ、寝てない、本当寝てない!」
 キトラは顔を上げます。
「あっ、キトラ社長、こんばんはであります」
 あわてて社長イスから立ち上がったようなかっこうをしている、カモメのジョースターがあいさつをします。
「って、だああああっ! 寝てるよ! ぼく!」
 キトラがいたのは、夢の世界のキトラ運送の社長室でした。
「起きるから! じゃあね、よいお年を!」
 キトラは寝ようとします。けれど、夢からぬけようとすればするほど、目がさえてしまいます。
「くぅっ、いつもは思ったとおりに起きられるのに!」
「向こうがわの世界の体がぐっすりねむっていれば、出口のない水鉄砲みたいなもので、起きられないのであります。何年夢見るひとやっているのでありますか? 社長は学習能力が足りないのであります」
「知ってるよ! 知ってるけど、無理矢理やったら起きれる事もあるんだよ!」
「でも社長」
 ジョースターは不思議そうな顔でたずねます。
「どうしてそうまでしてもどりたいのでありますか? ああそうか、雪山で遭難でもしているのでありますね? 短いようで長いつきあいでありました、社長のイスはかならずやこのジョースターが大事に使うのであります」
「ちがうよ! もしもそうなっても、ジョースターに社長のイスをゆずるなんて事、絶対ないから!」
「あいかわらず社長はケチで守銭奴でありますなぁ」
「おや、キトラ社長、いらしていたのですか」
 社長室の開けっぱなしのドアから、カモメの親方が入って来ます。
「丁度よかった、これからみんなでソバをうつのです。いかがですかな? 社長も」
「えー?」
 キトラは少し考えます。
 年こしソバはもう食べたので、そんなにソバを食べたい気分ではありません。でも、ソバをうつのは面白そうです。
「……まあ、なんかで、気をちらした方が目をさますきっかけがつかめるって事もあるよね」
 キトラはつぶやいてから。
「わかった、やろう、ソバ打ちを」
「おおっ、やる気ですな、ソバ打ちを」
「ふたりとも、もってまわっているでありますな、言い方が」
 めずらしくジョースターがツッコミました。

 キトラたちは社長室のむかいにある休憩室に来ます。
「あっ、社長もいらしたんでヤスか」
 カモメのガースが、じゅんびをしていました。休憩室には食事をするためのテーブルと、台所がついています。
 テーブルの上はソバ打ちのためにすっかりキレイになっていて、大きなボウルとふくろが2つおいてあります。
「あのさ、親方」
「なんですかな?」
 キトラたちは、しっかり手を洗います。
「よく考えたら、ぼく、ソバって打ったことなんだけど」
「ははは、大丈夫ですぞ」
「自分で作ったものは、セキニンをもって自分で食べるので、だれかにメイワクをかける事はないのであります」
「あー……そうなんだ」
「自分で作ったものは、つうじょうの3ばいぐらいおいしいものですぞ。心配はいりません」

 キトラたちは、ひとりに1つづつ、ボウルを前にします。
「さ、社長のぶんですぞ」
 そのボウルに、親方が2つのふくろからこなを入れます。
 ちょっと黒っぽいこなを多めに、まっ白いこなをちょっぴり。
「これってなに?」
「ソバ粉と小麦粉ですぞ」
「へえ、ソバってこういうのから出来てるんだ」
 キトラは手でこなをさわってみます。さらさらしていて、かわいた土みたいです。
「ほかの何から出来ていると思っていたのでありますか、社長?」
「え? いやその……考えたことなかったけどさ」
「あっしが小さいころは、海草をにつめてかためたのを切るのかと思ってやしたね。トコロテンみたいに」
「自分もそうだったであります」
「そうですな」
「海鳥どもめ……」
「さ、まずは、こなをすっかりまぜるのですぞ」
「はいっ」
 キトラたちは、ボウルの中でこなをまぜます。手でぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。まんべんなくサラサラとこなはまざります。
 つづいて、マグカップに入れた水を親方がキトラたちにわたします。
「ありがと、親方」
 キトラはもらった水を飲みます。
 ジョースターとガースは、それを見てちょっとおどろいた顔をしましたが、すぐに同じように水を飲みました。
 本当は、こなをねるために入れる水だったのですが、ジョースターとガースは、キトラにハジをかかせまいと、同じように飲んでみせたのです。
 ひとにイヤな思いをさせないためなら、あえてエチケットとはずれたこともできる。これが生きているエチケットというものなのです。
「……って、それ王女のフィンガーボールの話の丸パクリでしょ! 言ってよ! フツウに注意してよ! 気づかいのしどころが全っっ然まちがってるよ!」

「水は少しづつ、まんべんなく入れるのですぞ」
「はい」
 キトラはマグカップの水を少しづつ、ボウルの中のこなに入れます。
 キトラはこなをまぜます。ねばりけの出て来たこなが、ゆびにくっついてきます。
「うわっ、すごいくっつくよ?」
「モタモタせずに、どんどんまぜるのですぞ」
「そう言われても、なかなか、まざり、にくい……」
 ゆびにどんどんこながくっついて、動きにくくなってきます。
 ジョースターとガースは、キトラよりも力がないのでよけいに手こずっているようです。
 こながぐちゃぐちゃ手にくっついて、ボウルがガタガタフラフラゆれます。
「ねえ、ジョースター」
「なんでっ、ありますかっ」
「もしもこのボウルをひっくりかえして、ぼくだけソバが食べられなくなったりしたら、わけてくれる?」
「イヤであります。サクシュされるのは、労働力だけでじゅうぶんであります」
「なに言ってるかな! ぼくはけっこう給料出してるよ? もうけの中から、会社に使うお金だけとって、あとはみんな給料として山分けしてるんだよ?」
「シホンカはいつもそういうことを言うのであります。われわれロウドウシャは、いつも泣きぬれてカニ光線をじっと見るのであります」
「……あー、つまり、なんかこむずかしい事を言ってみたかっただけね」
「な! どうしてそれを!」
「やっとまとまって来たでヤスね」
「んえ?」
 キトラは手もとを見ます。
 ねとねとバラバラとゆびにくっついていたこなが、いくつもの小さなかたまりになってきています。
「よしっ」
 キトラはまた少し水をたしてまぜます。
 すると、今度はもう少し大きなかたまりになります。
「うわぁ、おもしろい。ねんどみたいだ!」
「食べ物にむかって言う言葉ではないであります」
「いーじゃん、そう思ったんだから」
「キトラ社長、あまりあそんでいると、かわいてボロボロ切れるソバになってしまいますぞ」
「わかったよ、親方」
「……どうして親方と自分とで答え方がぜんぜんちがうのでありますか、これはさべつであります」
「信用って言葉の意味を知ったあとで、同じことが言えたら、むしろほめてあげたいよ、ジョースター」

 ソバのこなは、ひとかたまりにまとまってきました。
「さあ、これが耳たぶぐらいのかたさになったら、水を入れるのはおしまいですぞ」
 親方が言うと。
 キトラとジョースターとガースの手が止まります。
「どうしました?」
「いや」
「その」
「デザインのもんだいと言えばそれまででヤスが」
「「「耳たぶ、ないんですけど」」」
 たしかにキトラの耳はウサギの耳、上には長いですが、耳たぶとなると、はしっこにちょびっとそれっぽい出っぱりがあるだけ。ジョースターとガースにいたっては、耳の穴しかありません。
 知らずにいれば流せたものを、よけいなツッコミをしたものです。
「べつに、本当に耳たぶをさわるひつようはありませんぞ。第一、料理のとちゅうでそんなところをさわったら手がよごれますし」
 親方がフォローをします。
「んー、でも、どれぐらいのかたさなのかな……」
「ボソボソかたくなく、べちゃべちゃぬとぬとしていなく、ぷにぷに、ぐにぐにしていればいいのです」
「ああ、なんかわかる気がする」
 キトラは大きくうなずきました。
「……たぶん、分かっていないでありますな、社長は」
「そうでヤスね、けれど、面白いボケも思いつかなかったから、分かったようなフリをしているんでヤしょう」
「空気がよめると言えば聞こえがいいのでありますが、つまりはひとの顔色ばかりうかがっているのでありますな」
「かなしい男でヤスね」
「そこ! うるさい!」

 ゆびでぐい、とおすと、はねかえす感じのある、やわらかいけれどくずれないゴムのようなかんじに、ソバのこなは、まとまってきました。
「では、こねてください、どんどんこねてください」
「はいっ」
 キトラはソバのこなのかたまりを、ぐいぐいこねます。
「ひさしぶりにあけたねんどを、やわらかくしてる時みたいだね」
 こなのかたまりは、ねりあがって、なんだかつるつるしたかんじに見えてきます。
「うむ、いいですぞ」
「はひー、つかれたであります」
「宇宙船のオールとは、ちょっとちがうキンニクを使いヤスからね」
「へへん、だらしないぞ、ふたりとも」
「では、切っていきますぞ。ボウルをどけて下さい」
 親方に言われるままに、キトラたちはソバのこなのかたまりを入れたボウルを、テーブルからどけます。
 すっかりあいたテーブルに、親方は小麦粉をパッとまきます。
「さあ、できるだけ平らに、うすく、のばしていくんですぞ」
「分かった」
 キトラたちは、ソバのこなのかたまりを、丸いぼうをコロコロころがして、平らにしていきます。
「どんどん平らになる、おもしろいや」
 コロコロコロコロコロコロコロコロ。
 まっすぐ平らに、紙みたいにうすくのびて広がっていきます。たまにくっつきそうになりますが、小麦粉をふりかけるとサラサラになって、くっつかずにすみます。
「それを四角に切ったら、あとはおって、切っていきますぞ」
「切るんだったら、リンガにたのめば早そうだなぁ」
「さいごのさいごにプロの手をかりるのは、どうかと思いヤスが」
「プロ……まあ、プロになるのか、リンガは」
 しんぶんしみたいな形になったソバのこなのかたまりを、ぱたん、ぱたん、と、おります。
「これを切れば、出来上がり。ほうちょうは、気をつけてあつかうんですぞ」
「はいっ」
 キトラは、大きいほうちょうでソバのこなのかたまりを、しんちょうに切っていきます。
 ほそく、ほそく、ほそく、ほそく……。
「これで、いいのかな?」
 切ったソバのこなのかたまりのうちの1つを手にとると、おりたたんだ分がひろがって、長いメンになりました。
「うわぁ、ほんとうにソバだ、ソバみたいになってる!」
「やれやれ、やっと食べられるのであります」
「さいごが大事でヤスよ」
 キトラたちは、ソバをすっかり切りおえました。

 かっぽうぎを着た親方が、キトラたちのうったソバをゆでます。
 ゆであがったソバに、カツオブシとコンブのだし汁をかけて、ネギをちらして、しいたけとコマツナ、それからちくわをひときれ。
「さあ、できましたぞ」
「ありがとう、親方。いただきまーす」
「いただきますであります」
「いただきますでヤス」
「いただきますぞ」
「……親方はソバ作ってたっけ?」
「行の間で作っていましたぞ」
「行ってなんなのさ」
 キトラはハシでソバをもって目の高さまでもちあげます。
「うわぁ……太いソバだ。しかも、太さがでこぼこでねじれてる」
「これが手作りのよさであります」
「そうでヤスそうでヤス」
「まあね、そういうもんだよね」
 ずずずっずずずずっ、ずぼぞっ、ずずっ、ぼぞずずっ!!
 キトラはソバをすすります。
 太かったりほそかったりするので、なかなかすすりにくいですが、ともかくすすります。
 ちょっとこいめに味のついただし汁は、カツオブシのこうばしいかおりと、コンブの海のかおりがします。
 キトラたちは、自分の作ったソバをすっかり食べ終えました。
「うむ、おいしかったですな」
「……なんていうか、うん、面白かったよ」
「そう、面白かったでありますな!」
「そうでヤス面白かったでヤスね!!」
 キトラたちは笑いました。
 その時です。
『そばーーーぃぃーー、そばぁぁぁーー』
 ソバ屋さんのよびごえが、聞こえて来ました。

「へいらっしゃい!」
 ソバの屋台を引いていたのは、火ネズミのカソでした。
「カソ、今年は夜鳴きソバ屋でありますか?」
 ジョースターがイスにすわります。
「なんとなく売れそうな気がしましてね」
「何ができるんでヤス?」
「花巻にしっぽくです」
「よく分からないけど、今日はさむいし、しっぽくを熱くしてよ」
「自分もしっぽくで」
「あっしもでヤス」
 カソはソバをさっと作って、キトラたちに出します。
 キトラはソバをハシでひとすくいとって、目の高さに持ち上げます。
「いやぁ……ほそいソバだね」
「ほそいソバでありますなぁ」
「ほそいソバでヤスね」
「ほんとうにほそいね」
「いやいや、じつにほそいのであります」
「ほそさのホームラン王でヤスね」
「ほそいことはいいことだよね」
「まったく、ほそさは正義でありますな」
「ほそさ爆発でヤスね!」
「……あの、早く食べないとのびますよ?」
「お、ああ、うん、そりゃあ食べるよ、食べに来たんだから、食べるさ」
 ずずずずずっ!
「んー、こしがあるよおおお!」
「つるつるであります!」
「のどごしが良いのでヤス!」
 キトラたちはもう、ものも言わずにソバを食べ終えました。
「ありがとう、カソ!」
「ありがとうであります、カソ!」
「ありがとうでヤス、カソ!」
「な、な、なんですか、気持ち悪い」
 カソは気味悪そうな顔をしています。
「じゃあ、お金はらうよ。ジョースターとガースの分もいっしょでね」
「はい、それでは銅貨で48まいです」
「ええと」
 キトラはサイフを見ます。
「ありゃ、こまかいのがいっぱいだ。カソ、手出して」
「はい」
「1、2、3、4、5、6……」
 銅貨をわたしていると。
 ゴーーーン……。
 ゴーーーーーン……。
「あ」
「除夜の鐘ですね」
 どこからか鐘の音がきこえてきます。
「……こっちの世界にもあるの? こういうの」
「まあ、あるんだからあるとしか言いようがありませんけど」
「たしか、108回つくんだよね」
「そうですね」
「っと、はらってるとちゅうだった。109、110、111……」
「数字とんでますよ! ものすごく!」
「ああっ、とと、しまった、まちがえた。カソ、ちょっと返して」
「はいはい」
 キトラはお金をかえしてもらった時。
 町はずれから、花火が上がりはじめました。ドンドンと花火の音がひびいてきます。
「あ、新年の花火ですね」
「ああ、もう12時すぎちゃったんだ」
 キトラは銅貨をサイフにもどして、銀貨を1枚出しました。
「お年玉がてらおつりはとっといてよ」
「……な、なんか、今日のキトラは本当に気持ち悪いですね」
「うるさいな、ごちそうさま! 今年もよろしく!」
「だまってもらっておけば良いのであります、ごちそうさま! 今年もよろしく!」
「社長にハジをかかせる気でヤスか、ごちそうさま! 今年もよろしく!」
「……は、はぁ、まあ、今年もよろしく」
 カソはよく分からない、という顔で、屋台を引いて花火の上がっている方へと立ち去っていきました。
 キトラたちは、カソの後ろすがたにいつまでも、いつまでも手をふりつづけていました。
【おしまい】


参考:
WWW蕎麦打ち教室
・道具がなくても家庭で楽しめる蕎麦打ち方法
 より

【おしまい】