キトラの冒険
作:ごんぱち
その79『電車が動かない』

『――ただいま、カミナリのえいきょうで、電車がストップしています――』
 駅で止まった電車の中に、放送がながれます。
「ありゃりゃ、ついに止まっちゃったか」
 お父さんのナラキさんが、困った顔で頭をかきます。
「ええー!?」
 つりかわにつかまったまま、キトラも困り顔です。
 キトラとナラキさんは、街に野球を見に出かけていたのですが、帰りにカミナリのせいで電車が止まってしまったのです。
 電車のほかのお客さんたちも、困った顔をしたり、電話をかけたりしています。
「アスタさんに電話をするから、ちょっと出よう、キトラ」
「はい」
 ナラキさんとキトラは、ホームに出ます。
「駅で止まってくれたから、まだマシだけどね」
 のんびりとナラキさんは笑って、電話をかけます。
「――ああ、もしもし、アスタさん? そっちはカミナリだいじょうぶだった? ――そう、良かった。でね、今、ミナミツキト駅なんだよ。電車がストップしちゃってね――だから、帰りがどうなるかちょっと分からない。うん、晩ご飯はそうするよ」
 ナラキさんは電話を切ります。
「いつ動くかなぁ」
 ナラキさんのつぶやきを聞きながら、キトラはホームを見わたします。
 ナラキさんみたいに、ホームで電話をかけているひとや、イスにすわって休んでいるひと、ガマンできずに電車をおりて駅から出て行ってしまうひと、今、電車にのろうとやって来て、止まっていることに気づいて困っているひと。いろいろです。
 つぎの電車をしらせるあんないばんは、今よりも10分も前の時間で止まったままになっています。
「あと、2駅なのに……」
 電車だと、5分か10分で走ってしまいます。
「……ねえ、お父さん」
「――ん、なんだい、キトラ?」
「歩いて帰れないかな?」
「んー、そうだなぁ、歩くのはけっこうタイヘンだけど……」
 ナラキさんは、少し考えます。
「あ、でも、タクシーとかバスとか、ほかの方法で帰るのはアリかも知れないね」

 キトラとナラキさんは、改札口を出ます。
 外は、もうしばらくするとお日さまがかたむいて来そうな時間です。
 雨はやんで、雲の切れ間が少し見えます。
 階段をおりると、バスのりばとタクシーのりばがあり、あとは自転車おきばと、黄金色の田んぼ、それに家がぽつぽつとあるだけです。
「うわぁ……」
「すごくならんでるね」
 タクシーのりばは、100人もならんでいるのに、タクシーが来ていません。
「バスは……いつ来るのかな」
 ナラキさんはバスのりばを見ます。
「んー、1時間半後かぁ……あんまりひとがおりない駅だからなぁ」
「ありゃりゃ……」
 ならんでいるひとたちは、すわったり立ったり、ゲームをしたり本を読んだりしゃべったり、でも、みんなタイクツでイライラしているみたいです。電車の中のひとたちも、みんなそんな顔をしていました。
(あれに……もどるのって、ちょっと、なぁ)
 キトラは大きく深呼吸をします。
 田んぼから流れてくる風はひんやりしています。
「――キトラ」
「なに?」
「やっぱり、歩いてみようか」
「えっ、だって、さっきは」
「いやさぁ、外に出ちゃうと、また電車の中でじっとまつのって、イヤになってこない?」
「……あ、お父さんもそう?」
 どうやら、お父さんも、同じことを考えていたみたいでした。

 キトラはクツのヒモをむすびます。
 いつもはそのまま引っかけてしまいますが、きちんとヒモをつまさきから、しっかりしめると、ぴったり足について、ぐんと歩きやすいのです。
 ナラキさんも同じようにヒモをむすびます。
「さ、行こうか」
「はいっ」
 ナラキさんとキトラは、歩きはじめました。
 駅前の道は、田んぼの中を南と北にまっすぐのびています。
「お父さん、道、知ってる?」
「はじめて来るけど、線路ぞいの道だから、ツキト駅までつづいてると思うよ」
 北へむけて歩きます。
 左手に線路、右手に歩道と田んぼがある、線路ぞいのアスファルトの道です。
 線路と道とのさかいめは、コンクリートとハリガネでしきられていて、草がいろいろ生えています。
 キトラたちが歩いている歩道は、そっこうのコンクリートフタがずらりとならんで、ふむとゴトゴト音がします。
 田んぼの中に、ぽつぽつ家と電柱があります。イネは黄金色になっていて、もうすぐ刈り入れです。風が通りぬけると、さらさらと音がしました。
 そのずっとむこうには、たくさんの家のある街になり、さらに先には山がそびえています。キトラの家から見えるのと同じ山ですが、むきがかわっているせいで、形が少しちがいます。
 キトラはずんずん歩きます。
 夢の世界の冒険で、歩くことも多いので、なれたものです。
 ナラキさんも大またで、すいすい歩きます。
「お父さん」
「なんだい、キトラ」
「今日、おしかったね」
「そうだね、でもああいうのが良いのさ。野球はドラマだからね」
「でも、おうえんしてるチームは、勝った方がいいなぁ」
「ははは、そりゃあそうなんだけどね。また見に行こう」
「うん」
 キトラとナラキさんが話しながら歩いていると。
 ふと、ナラキさんが田んぼの方をみます。
「あ。ほら、キトラ」
「なに? ああ、あれ」
 田んぼの中に、ひとがいっぱい立っている――というのは言いすぎですが。
「かかしだ」
「イメージとずいぶんちがうけど」
 スポーツ選手や、アニメのキャラクタなど、いろんな形のかかしがならんでいます。立て札には「かかしまつり」と書いてあります。
「ああいうの、やってるんだね」
「ただの人形みたいに見えるけど、かかしとのちがいってあるのかなぁ……」
 キトラとナラキさんは、かかしまつりを遠目で見ながら歩きつづけます。
 遠くでカミナリがゴロゴロとなる音がします。
「あー、またふりだすかな」
「ぬれちゃうね、お父さん」
「そうだね……まあいいか」
「早っ! 割り切り早っ!」

 キトラとナラキさんは、ずいずいと歩きます。
 ときどき曲がったりもしますが、線路はだいたいまっすぐで、道もだいたい線路からはなれません。
「――学生の時にね、こんな風にずぅっと歩いたことがあるよ」
 ナラキさんは、くもりぞらを見上げます。
「え? でもお父さん、ここは歩いたことないって」
「べつの町の、べつの線路だよ」
「ああ、そういうことか」
「こんな風に歩くと、頭の中の地図に色がつくみたいで、けっこう好きなんだよね」
「色、かぁ」
 キトラはあたりをみまわします。
「歩いたところは、忘れない――いや、忘れることもあるけど、また来たらすぐに思い出せる。もうぼくの知ってるところなんだ」
「……うん、そうだね」
 くもっていてよくわかりませんが、空が暗くなってきました。お日さまがかたむいて来ているみたいです。
 ずっと線路ぞいに歩いていますが、電車が通るのを見かけません。まだ、電車は動いていないみたいです。
 行く先に、少しづつ家がふえて来ます。でも、まだ見覚えがありません。
「あ、コンビニだね」
 ナラキさんが言います。
「え? あ、本当」
 キトラもきづきます。
 コンビニエンスストアの、青いかんばんが見えました。
「なにか、のみものでも買おう、キトラ」
「はいっ」

「らっしゃーせー」
 コンビニの店員さんがあいさつします。
「こんにちは」
「こんにちはー」
 ナラキさんとキトラは、のみものの冷蔵庫の前に来ます。
「あんまりたくさんのむと、歩くのがタイヘンになるからね」
「うん、知ってるよ」
 キトラはグレープフルーツジュース、ナラキさんはスポーツドリンクをえらびました。
「カサも買っておこう」
 ナラキさんは、ビニールカサも買って、コンビニの外に出ました。
 ふたりは、フタをあけ、のみものを飲みます。
「ん、んぐ、んぐ……ふはー」
「ん、んっ、んっ、んっ……ふぅ」
 グレープフルーツジュースの甘さとちょっぴりのすっぱさとにがさが、体にしみこむみたいです。
「なんか元気が出そうだね」
 ナラキさんがわらいます。
「そんなにすぐには出ないでしょ」
 キトラもわらいます。
「じゃ、行こうか」

 家はどんどん多くなってきました。
「あっ、駅」
 キトラがゆびさします。
 線路の先に、駅が見えて来ました。
「ツキト中央だね。つぎがツキト駅だ」
「半分来たってこと?」
「どうだろ、もう少し近いかも知れないよ」
 キトラとナラキさんは歩きます。
「キトラ、足は疲れたりしてないかい?」
「じつは、すごく痛くて歩くのがやっとなんだ」
「冗談だね?」
「うん、そんなヤワなキャラじゃないからね」
 ネタをつぶす親子でした。
「――なに? これで、ぼくが足をケガして、お父さんにおんぶされて『今までバカにしてたけど、パパってたよりになってすごい! パパ大好き!』とか言ってほしいワケ?」
 きもちわるいです。
「……にあわないのはわかってるけど、きもちわるいとまで言われるスジアイはないよ!」
「ははは、キトラ、またデンパとお話しかい?」
「もっとタチの悪いものだけどね」
 ……しっけいな。
「デンパと話す元気があるなら、もうひと駅歩けるかな?」
「もちろん大丈夫だよ。タクシー代ももったいないでしょ」
「助かるよ」

 ツキト中央駅をあとにしたキトラとナラキさんは、また線路ぞいの道を歩きます。
「ん、行き止まりだな」
 橋にさしかかり、線路ぞいの道がとぎれています。
「ありゃ、めんどうだね」
「まあ、回り道して、北へすすめばいいよ」
「そうだね」
 ふつうの家がならぶ中を、キトラとナラキさんは歩きます。
 5分ほど歩くと、南北へのびる大きめな通りにぶつかりました。お店やガソリンスタンドがぽつぽつとならびます。
 道にそってまた北へすすむと、橋にさしかかりました。
「あっ、線路」
「本当だね」
 鉄橋が見えました。
 だいぶ暗いせいで、まっ黒な影に見えます。
 川の水はコーヒー牛乳みたいな色になって、ごうごうと流れています。
「あ……この橋は、通ったことあるよね、お父さん」
「うん、まちがいない、来たことあるよ」
 ナラキさんが言った時。
 鉄橋がパッと光にてらされました。
 つづいて。
 ゴロガリゴロバリ!!
 カミナリです。
 ぼつぽつと大つぶの雨がふりはじめます。
 ナラキさんはさっきコンビニで買ったビニールガサをひらきます。
「少し急ごうか」
「はい」
 雨はどんどん強くなってきます。カサのビニールがばしばしとたたかれて、そのままやぶれそうです。
 橋の上で雨つぶがはねて、しぶきがとびちります。
 カサからちょっとでも出ると、すぐにびっしょりぬれてしまいます。キトラとナラキさんはどんどんぬれていきます。
「あはは、面白いね、キトラ。すごい雨だよ」
「うん。鉄橋も見えないね」
 すきまなくはげしくふる雨であたりは白くなって、その先が見通せません。
 キトラとナラキさんが橋をわたりおわるころには、ずぶぬれになっていました。

『ツキト駅 300メートル →』
 雨がやんだころ、こうさてんに、そんなひょうしきが出ました。
 ツキト駅の駐輪場に自転車がおいてあるので、もうすぐです。
「やった、もうすぐだよ、お父さん」
「そうだね」
 言いながら、ナラキさんはひょうしきとちがう方へ行きます。
「あ、あれ? どこ行くの?」
「ずぶぬれのままじゃ、お店に入れないだろう?」
 ナラキさんが笑いました。

「あーー、生きかえるーーー」
 キトラとナラキさんは、お湯の中で、手と足をのばします。
 ふたりが来ていたのは、銭湯でした。服は、銭湯にくっついているコインランドリーであらってかわかしています。
「ここ、前にも来たことあったよね、お父さん」
「おぼえてるのかい?」
「うん、第一話ぐらいの時」
「……なにそれ」
「あー、いや、デンパの話」
「そっか」
 ナラキさんは、お風呂のふちに頭をひっかけて、ぷかりと体をうかせます。息をしてお腹がふくらんだりへこんだりするのに合わせて、体がういたりしずんだり。ちょっとお腹が出てます。
「ばんごはん、なにを食べようか」
「秋だから、マツタケとかいいよね」
「ばんごはん、なにを食べようか」
「秋だから、マツタケとかいいよね」
「ばんごはん、なにを食べようか」
「……あったな、むかしのCRPGとかに、こんなかんじのループが」
 キトラのほうも、べつに食べたくて言ってるワケではなく、ネタで言っているのですからおあいこです。
「えーと、ピザのキノコのいっぱいのってるヤツとか食べたいな」
「いいね。とろとろのチーズと、シャキシャキしたマツタケじゃないリーズナブルなキノコ、それにカリッとやけたピザきじ」
「うん、うん」
 よだれが出そうになって、キトラはつばをのみこみます。
「お父さん」
「なんだいー?」
「電車、動いたかな」
「どーだろうねー」
「動いてたら、ムダに歩いたことになるのかなー」
「ムダなことがあるとすれば、人生そのものだよ。人生がムダじゃなければ、歩いたこともムダじゃないさー」
「だよねー」
「キトラー、分かって返事してるー?」
「ぜんぜんー」
「だよねー」
 キトラとナラキさんは、大きく大きく、ためいきをつきました。

【おしまい】