キトラの冒険
作:ごんぱち
その72『かえらずの森のガマン大会』

「ううっ、あいかわらず暑いところだなぁ」
 キトラと火ネズミのカソをのせたランドボートが、夢の世界のかえらずの森の中をすすみます。
 かえらずの森は、あちこちから熱い温泉がわいているせいで、ゆげだらけでとても暑い森なのです。鳥がタマゴをうんでもすぐににえて温泉タマゴになってしまい、けっしてかえることがありません。
「ははは、キトラはだらしないですね」
 カソは、すずしい顔をしています。
「カソは、熱を通さない火ネズミの背広をきてるだけじゃないか」
 キトラはオールをこぎます。
 風船の木をくりぬいて作ったランドボートは、じめんにほんの少しうかびます。そして、それにのって、宇宙船用のバショウセンのエキスをしみこませたオールでこぎます。オールの作る強い風のいきおいで、ランドボートはすすんでいるのです。かんたんに言うと、ものすごくひくいところを飛ぶ飛行船みたいなものです。
 キトラとカソがのんびりオールをこいでいると、かんばんが見えて来ました。
『セラハイス町商店会合同 大ガマン大会』

 かえらずの森の中にあるひろばに、ガマン大会の会場はつくられています。
 キトラの会社「キトラ運送」があるセラハイス町がひらく、ガマン大会です。一つの商店街ではなく、町ぜんぶの市場や商店街があつまっているので、かなり大がかりです。
 お客さんがたくさんいて、そろいの黄色いTシャツを着た商店会のひとたちが、屋台でかき氷やのみものやタコヤキやタイヤキなんかを売っています。
「わたがしはないんだね」
 キトラはランドボートをパーキングにおいて、カギをかけます。
「かえらずの森では、すぐにしっけてベタベタになってしまいますからね」
 カソの言うとおり、あらゆるところがジメジメしていて、鉄なんかはしずくがついてびしょぬれです。
「あー、きもちわるいな。あとで温泉入らないと」
「そうですね」
「あっ、キトラ社長! まっていたであります!」
 キトラたちを見つけて、カモメのジョースターが、飛んで来ました。
「あれ? ジョースター飛べたっけ?」
「カモメが飛べるのは当たり前であります」
「でもなんか、イメージじゃないよ」
「かってなレッテルをはられては困るであります。おとなはいつも、本当のボクをわかってくれないであります」
「ぼくはおとなじゃないし、そもそもほかのひとにどう見えるかも自分のうちなんだから、本当の自分とかイミないでしょ」
「あいかわらず社長はツッコミ好きでありますな」
「好きとかじゃないよ、もっと好きなものあるよ! みんないつも本当のぼくをわかってくれない!」
「――と、オチがついたところで」
 ジョースターは、ゼッケンをさしだします。
「エントリーしといたであります」
「ありがと」
 キトラとカソは、ゼッケンをつけます。
「でもものずきでありますな? この大ガマン大会は、ものすごくとんでもなくおそろしいほどつらくて、きちんとやりとげられたひとはほとんどいないのであります」
「ジョースター、きみはぼくのガマンづよさを知らないのさ」
「わたしのガマンだって大したもんですよ」
 キトラとカソは自信たっぷりです。
「社長たちならきっといいセンいくであります」
「そう思うでしょ?」
「いえ、よくぼうにものすごく弱そうなトップのふたりに言われても、こちらとしてはにが笑いするしかないのでありますが、自分は社長にやとわれているという弱い立場でありますから、口先だけ調子のいいことを言っているのであります」
「……ジョースター、ぼくはたまに思うんだ。ひょっとしたら、君は本当に良いヤツなのかも知れないって、ね」

『これより、ガマン大会の予選をはじめます!』
 うちわで顔をあおぎながら、スタッフTシャツを着たネコのアサネス商店会長が言うと同時に。
 10まいもドテラをかさねぎしたキトラたちは、なべやきうどんを食べはじめました。
 エントリーは100名。
 でも、あまりのあつさに、一口も食べられずに目を回してしまうひともどんどん出ます。

「――うー、あついー、あついー」
 キトラは頭から水をかぶります。
「まったく、火ネズミの背広がダメなんて、ルールブックに書いてないじゃないですか!」
 そのとなりでは、カソが氷を入れたスポーツドリンクをのんでいます。
 まわりにいるひとたちも、たおれてうなっていたり、なんども水をかぶったり。
 つまり、「あまりのあつさに、一口も食べられずに目を回してしまった」のの中に、キトラたちは入っていたのです。
 キトラとカソは、そういうひとたちの手当をするテントにはこびこまれていました。
 だらしないったらありません。
「うっさいな、本当にあついんだよ! シャレなんないよ! 大体、この健康時代にだね、血液がドロドロになりそうなガマン大会なんて、まちがってるんだよ。なにが面白いんだよ」
 自分が勝てないからって、悪口を言うキトラは、やっぱり小物なのかも知れません。
「小物でもいいよ! オシャレ小物なら、ヤングミセスにも人気のアイテムだよ!」
「キトラ、少し頭がにえましたか?」
「くやしいんだよ!」
 キトラはおきあがって、スポーツドリンクをのみます。
「せっかく、かえらずの森まで来たってのに、手ぶらで帰るなんてさ」
「それはたしかに」
 カソもためいきをつきます。
「予定では、準優勝ぐらいにはなって、賞金をもらって、ついでにキトラ運送の宣伝をするはずでしたからね」
「こうなったら、スポーツドリンクを飲みつくして、元をとるしか……」
「ほしくもないものを飲んだって、元をとったことにはなりませんよ」
「そうだけどさぁ」

 ぐあいが元にもどったキトラとカソは、会場にもどりました。
『おおっ、すごい! ガマガエルのバス子さん、アツアツおでんをものすごいスピードで一気食いだ! たちまちトップ! ツルのカタ男さんとの差が一気にひらいた!』
『食べられるギリギリのところまでさまし、まよいなく食べる。ガマンとテクニックのみごとなコラボレーションですね!』
 ステージの上では、ようやくガマン大会の第一回戦がはじまったところです。
「うわー、熱そう……」
「見ているこっちが暑くなってきますね」
 キトラとカソだけではありません。
 まわりのお客さんも、みんな汗をかいています。
 もともとジメジメして暑いのに、目の前でもっと暑そうなことをやっているのですから、むりもありません。
「なんか、もうここにいたくないなぁ……なんでこんなのが毎年あるの?」
「この冬のさなかに、ここまで暑い思いができるというのが楽しいんですよ」
「……カソは楽しいの?」
「ぜんぜん。もう暑いのはコリゴリです」
「だよね……」
 キトラは屋台をながめます。
「あー、かき氷でも買おうかな」
「あれだけスポーツドリンクのんだのに、そんなの食べるんですか?」
「まあそうなんだけど」
 キトラたちが話していると。
「うわー、もうハンカチびしょぬれだよ」
「もっともって来ればよかったわねー」
 オシドリの夫婦か恋人が、あせでびっしょりのハンカチをもてあましています。
「あー、もしもし、そこの方」
 カソが、いつの間にかそのお客さんのところに行っていました。
「なんですか?」
「どうかしましたか? 火ネズミさん」
「使えるハンカチがなくてお困りのようですね」
「ええ、この汗だもん」
「もうびっしょり」
「でしたらどうです、このハンカチ。お客さんのハンカチと安くおとりかえしますよ」
 カソはポケットからハンカチのたばを出します。
「おっ、かわいてる」
「いいわね、二まいおねがい」
「まいどどうも!」
 カソは、同じちょうしで、なんにんかのお客さんに当たり、ハンカチをすっかりとりかえてしまいました。
 ぬれたハンカチを入れたふくろを持って、カソがキトラのところへもどって来ます。
「そのハンカチは、どうするの?」
「もちろん、洗って来年同じようにとりかえるんです」
「……あ、毎年やってるんだ」
「ええ」
「でも、らしくないね。かき氷とか売った方が、もうかるんじゃない?」
「屋台は、ほかにやりたいひとがいっぱいいるので、なかなか入りこめないんですよ」
「ふうん」
 キトラはカソが集めたハンカチをながめます。
「さて、ハンカチもなくなったし、そろそろわたしは帰りたいんですが……」
「あのさ、カソ」
「はい?」
「ぼくにいいアイデアがあるんだけど」
 キトラの目がキラーンと光ります。
「この先の売り上げ半分で手をうたない?」

「ぬおおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
 キトラとカソは、会場から少しはなれたところにある温泉で、ハンカチをあらいます。いつだかにキトラがつくった温泉場です。
 汗をふいたばかりのハンカチですから、洗剤や石鹸をつけなくても、お湯の中で、もみあらいをしたらすぐにキレイになります。温泉はいっぱいわき出ているので、お湯がにごることもありません。
 ハンカチをすっかり洗ったら――。
 木の間に、ランドボートの緊急停止用パラシュートを広げてはります。
「いくよ!」
「はいっ!」
 パラシュートを、キトラはランドボート用のオールであおぎはじめます。
 ものすごい風がおきて、船の帆みたいにパラシュートがぴんとはります。
 そこへカソがハンカチを広げてほうりこみます。
 ハンカチは風でもみくちゃにされますが、パラシュートがあるので、どこかへ飛んで行ったりはしません。
 風のなかでもまれたハンカチは――。
「いいみたいですよ!」
「どれどれ!」
 キトラはあおぐのをやめて、パラシュートにたまったハンカチをとります。
「おおっ!」
「これはなかなか!」
 ハンカチはしわくちゃですけど、すっかりかわいています。
「できればアイロンをかけたいとこだけど……」
「かわいていれば大丈夫です。ねだんを少し安くすれば、もんくも出ませんよ」

「ハンカチ、ハンカチこうかんをやってます!」
「パリパリサラサラの気持ちのいいハンカチですよっ!」
 キトラとカソは、ハンカチをかかえて会場を回ります。
「あっ、ハンカチ屋さん、こっち5枚!」
「こっちは2枚ね!」
「10枚ほしいんだけどある?」
 キトラたちのハンカチは大人気で、あっという間になくなってしまいました。

「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
 キトラはオールで風をおこします。
「はい、はい、はい、はい、はい、はい!」
 カソはかわいたハンカチを選んで、まとめます。
「行って来ます!」
「たのむよ!」
 カソはものすごいスピードで会場へ走って行き、そして汗でぬれたハンカチをあつめてもどってきます。
 キトラはその間に、のこったハンカチをかわかします。
 カソはかわいたハンカチをまた、会場へ。
 キトラはその間に、よごれたハンカチをあらってかわかします。
「わはははは、たーのしーーーー!」
「もうかってます、もうかってますよ!」

 キトラはせんたくをしながら考えます。
(なんか、もう少しもうかる方法はないかなぁ)
「キトラ、つぎです! それとたのまれてたもの」
 カソがハンカチとスポーツドリンクを持って来ます。
「ありがと」
 キトラはスポーツドリンクをのみます。
 せんたくをするのは、なかなかの重労働なので、キトラはすっかり汗だくです。さっき飲んだ分はぜんぶ汗になってしまったみたいです。
「ふぅ」
 キトラは汗と温泉のしぶきでびしょぬれになったシャツをぬぎます。
 それから、これもいっしょに温泉であらってしまいます。
「……んー?」
「どうしました、キトラ?」
「スタッフTシャツってさ、あまってるのかな?」
「あの信じられないような毒々しい色をしたTシャツですね。10だか20だか本部にあると思いますけ――ああ、なるほど」
 キトラとカソは、顔を見合わせてにんまり笑いました。
 悪い笑いではないですが、あんまり小学生がするような笑いでもありませんでした。

「きました、きました、きましたよ!」
 カソが汚れたTシャツを山ほどかかえてもどって来ました。
「スタッフ全員のかえのシャツの洗濯、けいやくとれました!」
「よっしゃあああ! でかしたカソ!」
「営業部長とよんでください!」
 キトラとカソは、温泉でTシャツをあらいはじめます。
 洗いおわったら、ロープをシャツにとおして、オールで風をおくります。
 シャツがすっかりかわいたら、カソが集めて、会場へ持って行きました。

「お待たせしました!」
 カソはまず、会場のかき氷の屋台へ行きます。
「おおっ、助かる!」
 オットセイのかき氷屋さんは、汗だくの自分のスタッフTシャツをぬいで、キトラとカソが洗ったスタッフTシャツにきがえます。
「ハダカはいけないって言われるけど、この暑さ、汗できもちわるくてたまらなかったんだ!」
「こちらのうけとりにサインをおねがいします」
「はいよっ」
「そちらのシャツの洗濯はいかがいたしましょうか?」
「ああ、たのむよ。まだひと稼ぎ出来そうだしな!」
「まいどどうも!」
 カソはこんなちょうしで、チョコバナナ屋さん、水あめ屋さん、やきとり屋さん、やきそば屋さん、おこのみやき屋さん、たいやき屋さん、射的屋さん、わなげ屋さん、くじびき屋さん、ドクター・フィッシュすくい、などなど、屋台をすっかりまわります。
 それから、大会本部へやって来ます。
「こんにちは、キトラ運送せんたく部です」
「ああ、どうも部長さん」
 アサネス商店会長が、本部のスタッフ全員分のシャツをカソからうけとり、カソによごれたシャツをわたします。
「では、おしはらいを」
 カソは屋台のみんなにシャツをわたした分の請求書と、今のシャツの分の請求書をアサネス商店会長にわたします。
 つまり、キトラとカソは、のこったスタッフTシャツをぜんぶ買って、スタッフたちにくばり、かわりに出たよごれたTシャツをあらって、またそれを売って――ということをくりかえしているのです。
 わざわざTシャツを買ったのは、そうしないと着がえがないから。着がえがないと思えば、汗もガマンできますが――。
「ははは、やっぱりみんな着がえたかったのだにゃ」
「そうですね」
「まあ、火ネズミの部長さんには、分からないでしょうがにゃ。にゃっはっはっは!」
「はっはっは!」

『ガマン大会優勝は、ディフェンディングチャンピオンのダルマ様でした! ダルマ様、コメントをおねがいします!』
『いやぁ、今日は強そうなひとが多くて、手も足も出ないかと思ったよ!』
『おおおおっと、ダルマギャグだ!』
『かんしゃするよ、わたしを男にしてくれて』
『すべってますよ、ダルマ様!』
『わたしは冷静だ!』
 ステージの上では、表彰式が行われています。
 でもキトラとカソは――。
「つ、つかれたー」
「キトラはいいですよ、わたしなんか、ずっと走り通しだったんですから」
 せんたくに使っていた温泉に、ぐっっっっったりとつかっていました。
「キトラ」
「なに?」
「買ったスタッフTシャツはどうするんですか? あんなシュミの悪い色をした、しかも中古のシャツ、売れませんし」
「商売というのは、つねに2手、3手先を読んでおくものだよ、カソ」
「……使い道がある、と?」
「まあねー」
 キトラとカソは、大きな大きなためいきをつきます。
 もうしばらくしてから。
「キトラ」
「なに?」
「ジョースターがいなくなりましたけど、どこへ行ったんですか?」
「フツーに楽しんでたみたいだよ。ヤキソバとか食べてるの見かけたし」
「まあいても役に立ちそうにありませんしね」
「働かせたら、給料出さないといけないしね」
「ははは、ケチでがめついですねぇ、キトラは」
「ははは、そんなにほめないでよ」
「なんのなんの、本当の事を言ったまでです……ふぅ」
「ふはー」
 温泉はぽかぽかと温かく、つかれた体をつつみこんでくれました。

 何日か後。
 キトラ運送の宇宙船、イダテンが宇宙をすすみます。
『こぎかたやめ、これから慣性航行にはいりますぞ』
 スピーカーから、親方の声がします。
「ふー、つかれた」
 動力室のキトラ、ジョースター、ガースは、オールをおきます。
「つかれたでありますな」
「汗びっしょりでヤス」
 キトラたちは、動力室のロッカーを開けて、シャツを着がえます。
「どっかで見たようなシャツでヤスね、色もヘンで」
「きちんと洗ってあるんだから、べつにいいでしょ」
「そうでありますな、どうせまたすぐに汗でびしょぬれになるのでありますから」
 ――そのヘンな色のシャツは、1年ほど着られたあと、ゾウキンになって、糸くずになるまでつかいつくされました。その間、1度もイダテンの外に出される事は、ありませんでした。

【おしまい】