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キトラの冒険
作:ごんぱち
その62『お米をかいに』
「あらあらあらあら、タイヘン!」
だいどころで料理をしていたお母さんのアスタさんが大きな声をあげました。
ダイニングで妹のタウラといっしょに、えんぴつでチラシのうらに絵をかいてあそんでいたキトラは、ちょっとおどろいた顔をします。
「お米、買いわすれてたわ」
「お米がないなら買ってきたら? タウラとるすばんしてるよ?」
「兄ちゃん、ツノはどうする、ツノは、もっとかかないとよわいぞ!」
「ありがとう、でも、そうもいかないのよ」
お母さんは、コンロの下のオーブンをゆびさします。なかには、まるやきがはいっています。
「うわぁ……なにかのまるやきが」
「あと、2時間ぐらいやかなきゃいけないのよ。とちゅうで火をけすわけにいかないし」
「だいじょうぶだよ、ぼくが見てるから」
オーブンのつかいかたなら、キトラもお父さんにおしえてもらったことがあります。
「ダメダメ、火っていうのは本当にあぶないんだから」
いつになく、お母さんはまじめに言います。
「いくらキトラが、32才ぐらいのことをいう、ふけた子だからって、ひとりで火をまかせるわけにはいかないわ」
「お母さん、えんりょがないな!」
「ふけた子……」
キトラはすみっこでいじけそうになりますが。
「――そうだ、ぼくがお米買ってくるよ」
「あらあらあら、そうね、そうすれば良いのよね。ありがとうキトラ」
お母さんは、キトラに買いもの用のおさいふをわたしました。
「うーん」
キトラはさかをのぼっておりたところにあるスーパーマーケット『つきとや』に来ていました。
「お米は、どこだっけ」
きょろきょろとまわりを見ます。
「いつも買わないものは、なんだかわかんないなぁ」
やさい、くだもの、とうふ、なっとう、めかぶに、おつけもの。それから、魚、肉、おべんとう。
ひとつとなりのたなに行くと、お茶、コーヒー、しお、しょうゆ、あぶら、そしておかし。
「ふふん、ここで、おかしに気をとられて、お米を買いわすれるような、脳のトレーニングが足りてないお子さんじゃないぞ」
言いながら、キトラはおかしのたなの前を、とおりすぎます。
ドカッ!
「うひゃあ!」
「おっと、ごめんね」
キトラは、店員さんにぶつかってしまいました。
キトラは、店員さんにぶつかってしまいました。
「二回も言わなくていいよ!」
つまり、なんだかんだ言いながら、おかしのたなに目をとられて、前を見ずに歩いたのです。
「せつめいもしなくていい!」
キトラはお米のたなの前に来ます。
「よし、ここだ!」
お米がいくつかならんでいます。
「えーと、これかな?」
上のたなにある、小さい1キログラムの黄色いふくろをとります。
「ウサギの絵と、カタカナがかいてあるぞ、『ビタバァレー』」
キトラはそれをレジにもって――行こうとして、もどって来ます。
「だれかつっこんでよ! ちがうでしょ、これムギでしょ! お米じゃないでしょ!」
あいかわらずひとりごとの多い子です。
キトラはあらためて、お米を見ます。
「あきたこまち、こしひかり、きらら397、じゃなくて……ああ、これだこれ」
家でいつも見かける絵がついた、お米のふくろを見つけました。
「こうやって見ると、いちばん安いんだなぁ、お母さんはやっぱり買いものじょうずだ」
ものごとを良いほうに考えるのは、とても良いことです。
「でも……どうしようかなぁ」
キトラはお米のふくろをじっと見つめます。
同じお米ですが、ふくろの大きさがちがうのです。
・1000円の2キロふくろ。
・2000円の5キロふくろ。
・3500円の10キロふくろ。
「2キロは5ふくろで10キロといっしょ、5キロは2ふくろで10キロといっしょ」
キトラは頭の中で考えます。
・2キロふくろで10キロそろえると5000円
・5キロふくろで10キロそろえると4000円
・10キロふくろで10キロそろえると3500円
「……とすると、10キロふくろ買ったほうが、安いのか」
ものがいっしょなら、高いより、安いほうが良いにきまっています。
「よし、こっちだ!」
キトラは両手で10キロふくろのお米をかかえてレジへ。
「これ、おねがいします」
「はい、いらっしゃいませ」
レジのお姉さんが、お米のふくろのバーコードをよみとり機にあてます。
「3500円です……けど」
お姉さんが心配そうな顔をします。
「君、ひとりなの? お母さんは? もってかえれる?」
「だいじょうぶですよ」
キトラは少しおこった顔になります。
「こう見えても、ぼくはけっこう力があるんだから。こんなのかるいかるい!」
「そう……かな、だったらせめて」
お姉さんは言いながら、お米にヒモを2本かけて、プラスチックのとってを2つつけてくれました。
「気をつけてね」
「ありがとうございます」
スーパー『つきとや』から出たキトラは、家へとかえります。
のぼりざかを、お米をかかえて歩きます。
かたほうの手だけでもつのはバランスがわるいですから、左手でとってをもって、右手でふくろのおしりをささえます。ちょうど、赤ちゃんをだっこするようなかんじです。
「……ぃしょと」
さかのはんぶんぐらいまで歩いたところで、キトラは右手でとって、左手でふくろのおしりにもちかえました。
それから、さかのはんぶんのはんぶんまで歩いたところで、またもちかえ。
つぎに、そのはんぶんまで歩いたところで。
そのはんぶん。
そのはんぶん。
そのはんぶん。
「これじゃ、いつまでたっても家にかえれない!」
キトラは頭をかかえます。
「……いやまてよ、こうやってはんぶんはんぶんってつづけたら、いつかは」
つきません。
「ああーー」
キトラはとうとう、足をとめました。
「やっぱり……重い」
キトラは、ガードレールにこしかけてひと休み。
「ううっ、それほど重くないと思ったのに」
お米のふくろをにらみます。
うでと手が、ビクビクとふるえています。
ちょっとの間もてたとしても、長い時間それがつづくとはかぎらないものです。
「どうしよう」
キトラはつぶやきます。
お米のふくろは、なんだかさいしょよりずっと大きく見えます。
「お母さんに、むかえに来てもらう?」
言ってから、首を横にふります。
「それじゃ、まるで、じぶんの力もしらないのに仕事をひきうけたみたいじゃないか」
まあそうなんですけどね。
「そこ、うるさい!」
またキトラはかんがえます。
「お米をかえして、5キロのにしてもらう?」
キトラはまた、首を横にふります。
「いちど、だいじょうぶだって言ってるんだから」
キトラはためいきをつきます。
「かんがえろ、かんがえるんだ」
ブツブツ言いながら、キトラはかんがえます。
「ここでふくろをあけてはんぶんづつ……いや、それじゃあはんぶんをだれかにとられちゃう。いっそ、ひきずって……ふくろがやぶれたらタイヘンだ。もうやっぱりダメなのか? いや、ダメじゃない、にげちゃダメだ、にげちゃダメだ、あきらめるな、あきらめたらそこでゲームセットだ! でも、手が、手とうで……うで、あ!」
「ふふふ、これをわすれてた」
キトラはゆっくり歩きます。
手はらくちんです。
なにしろお米は。
頭にのせているのですから。
お米は頭にのせて、手はそえるだけ。
「前にテレビでどっかの国の人がやってたんだよね」
お米のふくろはかたくないので、のせてもバランスがとりやすく、良い感じに歩けます。
「ちょっと首がつかれるけど、うん、へいきだ」
坂をのぼっていきます。
お日さまがしずみかけ、空がオレンジ色にそまっています。
風がつめたくなってきました。
「あー、すずしい」
でも重いお米をはこんでいるキトラにとっては、ちょうど良いみたいです。
そしてついに。
キトラは坂をのぼりきりました。
「やった!」
目の前がぱっとひらけ、家と林と畑がみわたせます。
「あとはくだり坂だ」
キトラがくだろうとすると。
ぐらり。
「へ?」
前にかたむいたキトラの頭から、お米が――。
「うわああっ、ちょ、ちょっと!」
おちそうになるのを、キトラはあわててだきとめました。
頭にのせて、一歩。
ぐらり。
「うわわっ」
やりなおし。
頭にのせて、もう一歩。
ぐらり。
「うひぃっ!」
やりなおし。
頭にのせて――。
「いや、もうムリだっていうのはよく分かった」
キトラは立ちつくします。
下り坂をおりようとすると、どうしてもバランスがとりにくいのです。
「わすれてたよ、山のぼりでも、下りのほうがきついんだった……」
それに、気のあせっているキトラは、ついつい前に体がかたむいてしまうのです。
「うー、早くかえらないと」
お米のふくろをかかえて歩いてみようとしますが、うでのつかれはぬけていません。
「せぇええええのおおおおお!」
キトラは思いきりお米のふくろをもちあげ、一気に走り出します。
「ぬおおおおおおお」
べちっ。
「ぐぎゅっ」
3メートルも走らないうちに、ころびました。
「むぅ、いっそこのままゴロゴロころがって」
アスファルトの道の上でそんなことをしたら、キズだらけになってしまいます。
「くぅ、下り坂なのに、ころがしたらすぐなのに……」
と。
キトラの目に、ゴミすてばがうつりました。
「あっ、このパターンは!」
キトラはゴミすてばにかけよります。
「ここに、古いキャスターかなにかがあって、一気に坂をかけおりられたり」
ゴミすてばには――。
「……なんにも、ない」
ゴミはなにひとつのこっていませんでした。
「ううっ、そりゃそうだ、夕方にゴミがあるわけない」
キトラはお米をもちあげようとします。
「うーーーーーーーん!」
力を入れて、もちあげます。
「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
もっと力を入れます。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
ずっと力を入れます。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
お米は、キトラのヒザぐらいまでもちあがってから。
「くぅぅぅぅぅぅ、にぎぎぎぎぎぎ、ご、ぎ、ぎ……ぎ」
どさり!
やっぱりもちきれずに、おとしてしまいました。
「……お米どこかにかくして、お母さんよんでこようか、やっぱりそうするしかないよね」
キトラはかなしい顔になっていました。
「でも、イヤだなぁ、それは、だけど、イヤだなぁ。でもしかたないかなぁ。ぼくにはもう、なんにもできないし……でも、でも、それは、イヤだなぁ――? あれ?」
ふと、キトラの頭に大きな「?」がうかびます。
「どうして、イヤなんだっけ?」
お日さまは、もうほとんどしずんで、空には星が出はじめています。
「……そっか」
キトラはふっと考えます。
「ぼくは、ひとりでもってかえりたい」
キトラはお米に手をかけて、ほんのちょっぴり、ちょっぴりだけもちあげて。
「それだけなんだ」
一歩。
「ほかは、なんでもいいんだ」
もちあげて。
一歩。
「――ごめんなさい、お母さん」
もちあげて、一歩。
「心配、かけるけど」
一歩。
一歩。
一歩。
一歩……。
くらくなっていく道を、キトラはゆっくり、ゆっくり、一歩づつ、歩いていきました。
あちこちの家のまどに明かりがつきはじめます。
晴れた夜空には、星がいっぱいまたたいていました。
【おしまい】