キトラの冒険
作:ごんぱち
その60『郵便局はだれのもの? 前編』

 チャリン。
 つくえの上に、五円玉が一まい、一円玉が三まいころがります。
「むぅ……これじゃあ」
 キトラは、サイフを手でさぐりますが、もうどこにもお金は入っていませんでした。
「兄ちゃん! これどうだ、これ!」
 妹のタウラが、新聞のチラシを見せます。
「マッサージのイス?」
「これなら、お母さんよろこぶぞ!」
「チチチ、わかってないなタウラ」
 ちょっとじまんげに、キトラは人さし指をふります。
「そのアクションはふるいぞ、兄ちゃん」
「う、うるさいな!」
「つごうがわるくなるとどなる、男はいつもそうだぞ」
「……どこでおぼえたんだよ、そんな言いまわし」
 あきれながら、キトラはマッサージのイスがうつっているチラシをとります。
「お母さんは、あんまりかたがこらないから、マッサージのイスは、いらないんだよ」
「え? おとなは、かたがこるんじゃないのか?」
「そうともかぎらないのだ、どうだ、兄ちゃんを見なおしたか」
「そのひとことがなければ、みなおしたのに、兄ちゃんはやっぱり兄ちゃんだな」
 キトラはもういちど、つくえの上のお金をみます。
 五円玉が一まい、一円玉が三まい。
「……八円か」
「八円でお母さんのたんじょうプレゼントはむずかしいな」
「『ごえんがあるよ』ぐらいしか買えないもんね。タウラはお金――ないよねぇ?」
「タウラがちいさいからってバカにしてるな?」
「えっ、もってるの?」
「もってない」
「思わせぶりなこと言わない!」
 キトラはつくえのひきだしをあけます。
 中には、ごちゃごちゃとえんぴつや、スーパーボールや、クリップや、ホチキスや、わゴムなんかがはいっています。
「……いや、もっとだいじなのが見えてると思うんだけど」
「兄ちゃん、だれとはなししてるんだ?」
 キトラは貯金通帳(ちょきんつうちょう)をだしました。
「これをつかうしかないか」
「たくわえをくいつぶして、そのばしのぎをするんだな」
「いーんだよ、四〇才より前のお金は使い切るぐらいで!」

 何日か後、学校帰りのキトラは、お父さんのナラキさんと、駅まえに来ていました。
「――お母さんのたんじょうびに、わざわざお金をおろしてプレゼントを買うなんて、えらいね、キトラ」
「おこづかい、のこしておいたらよかったんだけど」
 銀行がちかづいてきます。
「あ……プレゼントというと、父の日の時、わすれててごめんなさい」
「あははは、いいよいいよ。やっぱり親子だなって、ぎゃくにうれしかったからね」
 お父さんは、ヒニクでもごまかしでもなく、本当にうれしそうにわらいます。
「でもお母さんへのプレゼントはわすれちゃダメだぞ。ぼくも、タウラからわすれられたらキズつくし」
「分かるような、分からないような……」
 銀行の前をとおりすぎます。
「ってお父さん、銀行!」
「え? ああ、ちがうちがう」
 お父さんは首を横にふります。
「へ?」
「貯金通帳を見てごらん」
「?」
 通帳には。
『郵便貯金総合通帳』
 と、書いてあります。
「……ゆう、びん、ちょきん、とう……そうごう? つうちょう」
「おお、よく読めたねキトラ」
 お父さんはキトラの頭をなでます。
「つまり、キトラのお金は、郵便局にあずけてあるんだよ」
「え? 貯金って、銀行でするものじゃ?」
「ほら、銀行はショウケンガイシャじゃないのに、トウシシンタクを売ったりするだろう? それといっしょだよ」
「そっかぁ、なるほどぉ、こりゃまた一本とられたよ!」
 キトラはわかったフリをしてごまかして、後でしらべることにしました。

 キトラとお父さんは、自動ドアをとおって、郵便局にはいります。
 郵便局は、まどぐちがいっぱいあります。
「お金をおろす機械は……」
「キトラ、こっちだよ」
 お父さんは、お金をおろす機械を指さします。入り口をはいってすぐのところでした。
「あっ、なんだ、そっちか」
 四人ならんでいる、そのうしろにキトラとお父さんはならびます。
 キトラはじゅんばんをまちながら、郵便局の中をながめます。
 まどぐちがいっぱいあったのは、さっきのとおり。ほかに、じゅんばんをまつためのイスがいくつもならんでいます。それから、かべぞいに高いつくえがあります。つくえには、ノリやボールペンがおいてあって、なにかを書いている人や、ふうとうに切手をはっている人もいます。
「お父さん」
「なんだい?」
「メールばっかりになって、手紙がつかわれないとか言うけど、こんなに出す人がいるんだね」
「いやキトラ、べつに手紙ばかりが郵便局の仕事じゃないんだよ」
「そうなの?」
 自分もお金をおろしに来ているのに、キトラもずいぶんものわかりがわるいです。
「ほら、キトラだって、貯金をおろしに来てるだろう?」
 お父さんはナイスフォローをしました。

「ほら、じゅんばんだよ」
 キトラはお金をおろす機械の前に立ちます。ちょっと高さがありますが、使えないことはありません。
「まずは、ここに通帳を入れるんだよ、ページをひらいてね」
「えーと、こうだね」
 キトラが通帳をひらいて機械の穴にさしこむと、後は自動で入っていきました。
「駅のキップとちょっとにてるね」
「そうだね、おそいけどね」
 機械のがめんがかわります。
「つぎは、なにをするのかな?」
「あんしょうばんごうを入れるんだよ」
「アンとダイアナがなんだって?」
「キトラ」
 お父さんは、とてもとてもまじめな顔をしました。
「君はムリにボケても面白くないし、キャラもうすくなるよ」
「……それは親子のセリフとしてどうなの?」
「そうだ、そのツッコミだよ! さすがはぼくの子だ!」
『もういちど、さいしょからやりなおしてください』
 通帳が機械から出てきました。
「あ」
「やりとりがながすぎたみたいだね」
 あらためて、キトラは通帳を入れます。
「あんしょうばんごうって、なに?」
「わかりやすく言うと、パスワードだよ」
「……パスワード?」
「うん、パスワード」
「ぼく、しらないんだけど、パスワード」
 この通帳は、キトラがもっと小さいころに、お父さんが作ってくれたものですから、キトラがつかうことはほとんどないのです。
「それはぼくがしってるから大丈夫だよ」
 お父さんは、キーをおします。
「パスワード、おしえてくれない?」
「まだダメだよ」
「どうして?」
「郵便局や、銀行にひとりで入れるかい?」
 キトラは郵便局の中をざっとみわたします。あちこちに書かれた字は、漢字が多くてよくわかりません。おきゃくさんも、大人が多くて、たまに子どもがいても大人につれられています。キトラがもしもひとりで来たらおこられそうです。
「……うーん、ちょっとこわいかも」
「あたりまえみたいに入れるようになった時が、ちょうどいい時だよ」
「そういうものなのかな?」
「そういうものだよ。としょかんだって、いざかやだって、グリーン車だって、ある時、ふと、あたりまえになるものだよ」
「そっか」
「はい、それじゃ、いくら出す? ここからは、キトラがやれるよ」
「はい」
 キトラは、きんがくボタンを見ます。
「ヘンなボタンだなぁ」
 ボタンは一れつにならんでいて、デンワや、パソコンとちがいます。
「ええと、じゃあ、一〇〇〇円かな」
 キトラはボタンをおします。
「よければ、かくにんボタンだよ」
「これだね」
 キトラがかくにんボタンをおすと、少ししてから。
 機械のとりだし口がひらいて、一〇〇〇円さつが出てきました。
「おー、本当に出た」
「通帳もわすれないようにね」

 キトラとお父さんは、かべぞいのつくえのところに来ました。
 キトラは通帳をひらきます。
「一〇〇〇円たしかにへってるなぁ」
 一〇〇〇円ひきだしたことが、ちゃんといんさつされています。
「お父さん、ありがと。それじゃ、かえろう」
「いや、ちょっとまってくれるかい。ぼくのようがあるんだ」
 お父さんは、まどぐちのちかくにある機械から、ばんごうの書かれた紙をとります。
 キトラとお父さんは、イスにすわります。
「お父さんはなにをするの?」
「こんど買うタンスのお金をはらうんだよ」
 お父さんはキトラに、青い字の書かれた紙を見せます。
「……郵便局って、タンス売ってるの?」
「そうじゃなくて、郵便局がお金をタンス屋さんにとどけてくれるんだよ」
「あ、なるほど。郵便っぽいね」
『五十七ばんのおきゃくさま、四ばんのまどぐちまで、おこしください』
 よびだしの機械のこえがして、お父さんとキトラはまどぐちにいきます。
「これをおねがいします」
 お父さんは、紙とお金をわたしています。
(ふーん、郵便局かぁ……)
 まどぐちのおくには、つくえがいくつもあって、郵便局のひとが仕事をしています。なにをやっているのかは分かりませんが。
「!」
 ひとりが、一万円札をトランプのカードのようにひろげてかぞえていました。
 ものすごい数です。
(うわ、すごい)
 キトラの目はくぎづけです。
(あんなにお金があったら……いいなぁ、郵便局って)
「おわったよ、キトラ」
 お金をはらいおえたお父さんが、声をかけます。
「はひ!?」
「さ、かえろう。それとも、どっかによって、お母さんのプレゼント、買っていっちゃうかい?」

 つぎの日曜日、お母さんのたんじょういわいの日です。
 いつもよりも二時間もはやおきしたキトラはだいどころへ。
「おきたね、キトラ。おはよう」
「おはよう、お父さん」
 お父さんは、みそしるのおなべにふたをします。
「キトラは、おちゃわんとハシをよういして」
「はーい」
 キトラのうちでは、母の日とお母さんのたんじょうびには、キトラたちがりょうり、そうじ、せんたくをやって、お母さんにおやすみしてもらうことになっているのです。
 お父さんは、ちゅうかなべでモヤシとピーマンをさっといためます。それから、しおとコショウで味をつけ、タマゴを四ついれると、フタをします。
「キトラ、そのレタスあらってちぎってサラダボウルにいれて」
「これだね」
「それから、スライサーの大きいので、そっちのダイコンとニンジンと、タマネギをほそくしてね」
「はーい」
 キトラはお父さんに言われたとおりに、レタス、ダイコン、ニンジン、タマネギをよういします。それから、お父さんの作ったゴマとしょうゆがベースのドレッシングであえて、ねっこサラダのかんせいです。
「おはよー」
「おはよう、兄ちゃん、お父さん!」
 お母さんのアスタさんが、タウラといっしょにだいどころに入って来ます。
「おはよう、アスタさん。たんじょうび、おめでとう」
「おはよう、お母さん、おめでとう。ごはん、もうすぐできるからね」
「まあまあまあ、ありがとう。うふふ、この日が一年でいちばんうれしわ」
 テーブルの上に、ごはんとみそしる、ねっこサラダに、モヤシめだまやき、それからきのうののこりものがならびました。
「「「「いただきまーす」」」」

 あらいものとせんたくをすませたキトラは、自分のへやにもどります。
「ふぁあああ、うー、やっぱり家のことって、ちょっとおもしろいけど、たいへんだなぁ」
 キトラはふとんにはいります。
 まだお昼にもなっていませんが、早おきしすぎているので、ねむくてしかたないのです。
 下のかいで、そうじきの音がします。お父さんがそうじをしているのでしょう。
(おきたら、おふろのそうじをして、あとは、ばんごはんの時に、プレゼントをあげて……プレゼントと言えば)
 キトラはふと思い出します。
(郵便局、すごかったなぁ)
 キトラの頭にうかぶのは、あのお金だけですが。
(かんがえてみると、運送屋も郵便局もにたようなもんだよなぁ)
 ねむく、ねむくなっていきます。
(郵便局……やったら、あんなに、もうかるの……かな)

 キトラは目をあけます。
 夢の世界のキトラの会社『キトラ運送』の社長室でした。
 ドアがノックされます。
「あいてるよ、たぶん」
 ドアがひらき、カモメのジョースターがやって来ます。
「やあやあ、キトラ社長、いらしていたのでありますか! 自分は、社長をとてもそんけいしているので、いない時に社長イスにすわったりはぜんぜんしていないし、入るときは今のようにかならずノックをしているのであります」
 キトラは、社長イスをじぃっと見ると、白いハネがくっついていました。
「ぼくが来そうだって気づいて、いそいで社長室の外に出たんでしょう?」
「な、なぜそれを!」
「カモメもなかずばうたれまいに……さいしょによけいな言い訳をしまくったからだよ」
「クビは、クビだけはかんべんしてほしいであります!」
 ジョースターは、キトラにすがりつきます。
「べつにクビなんかにしないよ」
「おおっ、さすがは社長、だいじんぶつであります、ステキであります! 社長のためなら、たとえ火の中水の中であります」
「入ってくれるの? 火の中と水の中?」
「入るとは一言も言っていないのであります。入るのがもしもステーキ肉かなにかでも、ウソにはならないのであります」
「思うんだけどさ」
「なんであります?」
「君とカソがくんだら、どんなタイプのサギができるんだろう、って」
「だれがサギですか」
「あれ、カソいつの間に?」
 社長室には、火ネズミのカソが来ていました。
「ドアが開いていたので、入らせてもらったんですよ」
 カソの言うとおり、ドアがはんぶんぐらいあきっぱなしです。
「ジョースター、しっかりしめといてよ」
「いやぁ、社長にあえたのがうれしくて、うっかりしめわすれたのであります」
「ウソはいーから」
 キトラはカソにむきなおります。
「カソ、そうだ、ちょうどよかった」
「なんですか?」
「この前、郵便屋さんやってたじゃない?」
「ああ、キトラの冒険23『キトラうちゅうへ』ですね」
「……そうだけど、それは言わないのがおやくそくってものじゃない?」
「わたしは、きちんとギャラがもらえれば、なんでもやりますよ」
「だれかがはらったの? こんなせんでんみたいなことに」
 さあ、だ、だれでしょう?
「郵便をやりたいんですか?」
「うーん、なんて言うか」
 キトラはちょっとかんがえていましたが、思いきったように言いました。
「郵便も、やってみたいんだよ」
「社長もムチャを言うでありますな。この世界の郵便は、宇宙ぜんぶにおくらなければいけないのであります。イダテンがどんなに早い宇宙船でも、そんな仕事はできないのであります」
「そっか……まあやっぱり、そうかなぁ」
 しかたがない、という顔でキトラは頭をかきましたが。
「……なるほど。それも面白いですね」
「え?」
「郵便、やれるかもしれませんよ」
 カソはにやりとわらいました。

【おしまい】