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キトラの冒険
作:ごんぱち
その55『コトノ葉さがし』
学校の昼休み、ラグヤが本を読んでいます。
「ラグヤ、外に遊びに――あれ?」
キトラはラグヤが読んでいた本をちらりと見ると。
「ねえ、その本かし」
「……だめ」
キトラが言いおわる前に、ラグヤは答えました。
「でもさ」
「……だめ」
「い、いいじゃない、かしてくれたって!」
キトラはどなります。
「……読みおわったらかすよ」
本から顔を上げずに、ラグヤが言います。
「なんだい、ケチ! もうたのまないよ!」
キトラは教室から走って出て行きました。
「あああーっ、もう!」
家に帰ったキトラは、カメのゲンさんのぬいぐるみをまくらにしてつっぷします。
「そうじゃない、そうじゃないのに!」
キトラはバンバン、ゲンさんのぬいぐるみをたたきます。
ゲンさんのぬいぐるみは、大きくてやわらかいので、そういうことにも使われてしまうのです。
「あの本見おぼえがあったから、ちょっと見てみたかっただけなのに!」
頭をかかえます。
「すぐことわられたから、ついあんなに言っちゃって」
その時、下のかいで電話のなる音がしました。
「キトラー、ラグヤ君から電話よ」
お母さんのアスタさんが、受話器を持って来ます。
「あ、うん、ありがと」
キトラは受話器を耳にあてます。
「はい、電話かわりました」
『……キトラ? あの本かすよ』
キトラの顔がぱっと明るくなりました。なりましたが。
「もういいよ、イヤイヤだったらかりたくないし」
『……そう』
プツッ。
ツー、ツー、ツー……。
「あっ、ええと、そうじゃなくて!」
切れた電話で声がつたわるわけがありません。
へやにもどったキトラはまた、ゲンさんのぬいぐるみにつっぷしてしまいました。
「ちっがあああああう! そうじゃないでしょ、そう言いたかったんじゃないでしょ、ごめんとか、ありがとうとか、もっとマシな言い方あったでしょ!」
三分前の自分にさんざんつっこみます。けれど、タイミングをはずしたツッコミなんて、気がぬけてぬるくなったビ……コーラみたいなものです。
「ビールって言おうとしてなかった? ねえ、ビールって」
気のせいです。
「そもそも、ツッコミじゃないよ、これはコウカイってヤツだよ、あああああっ、うわああああん!」
とうとうキトラは泣き出してします。
泣いて、泣いて、泣きつかれていつの間にか、眠ってしまいました。
キトラは、夢の世界の「キトラ運送」の社長室で目をさまします。
「おお、ピ、キトラ社長、おかえりなさいであります」
明らかに社長イスから立ち上がったばかりのような、不自然なかっこうでカモメのジョースターがあいさつをします。
「ジョースター、そんなに社長のイスがほしいの?」
「と、ととと、とんでもないであります。そんなすわるところも背もたれもフカフカでひじかけによりかかれて足をおくところもついている昼寝にピッタリなイスなんて、ぜんぜんほしくないであります」
「なんだ、ただ昼寝してただけなんだ、ぼくはてっきり、社長になりかわろうとたくらんでるのかと思っちゃった」
「あははは、はは、ははは、ま、まままま、まさか、そんなこと、か、かかかかかかかか、かんがえたこともないないないなななないでありまハあす」
「あんまり君にはスキを見せないことにしとくよ――はぁ」
キトラは、大きなためいきをつきます。
「どうしたでありますか? 仕事がイヤになったのでありますか? 社長ならいつでもかわるであります」
「イヤにはなってないよ、ぜんぜん。ちょっとむこうの世界でね」
「なにがあったのでありますか? 社長がなやむなんて、すこぶるめずらしいであります」
「それじゃあまるで、ぼくがバカみたいじゃないか」
「え? いや、そういうつもりで言ったのではないであります」
「ふん、どうだか――って、これだよ、こういうの!」
キトラは社長机につっぷします。
「どれであります?」
「いや、こういうふうに、言いたいこととちがうをつい言っちゃって、ラグヤとケンカになっちゃって」
「ラグヤというと、社長の友だちでありますな?」
「うん」
「こら、ジョースター!」
ドアが開いて、カモメの親方が顔を出しました。
「うひゃっ、親方!」
「仕事をサボってなにをやってるんだ――と、社長もいっしょでしたか。こんにちは」
親方がキトラにおじぎをします。
「こんにちは、親方」
「ちょうどよかった、社長も手伝ってくれますかな?」
「おとどけもの?」
「ええ、ムナカタ星でコトノ葉をうけとりに」
「ムナカタ星……ってことは宇宙?」
「はい」
「そっか、気晴らしにいいかもしれないなぁ」
キトラは少しいきおいをつけて、立ち上がりました。
「よいっ、しょっ、よいっ、しょっ、よいっ、しょっ!」
キトラとカモメのジョースターとカモメのガースは、宇宙船イダテンのオールをこぎます。
『加速はもうだいじょうぶですぞ』
スピーカーから、親方の声がします。
「ふぅ」
キトラはオールから手をはなして、汗をふきます。
「あー、いい汗かいた」
「さすがに、社長がいると速いであります」
ジョースターは、ひと息ついてチューブから水をのみます。
「そうでヤスな」
ガースは大きくのびをしています。
「まあそれほどでもあるけど、やっぱりフツヌシのところでレストアしてから、ぐんと速くなったね」
「そうでありますな。フツヌシ様はまったくすごいであります」
「はじめてキトラ社長に会った時には、まさかイダテンがこんなになるとは思わなかったでヤス」
「……まあオールでこぐってところは、何にも変わってないんだけどさ」
遠くに、赤いうえきばちみたいな色をした星が見えてきました。
「へー、あれがムナカタ星かぁ、変な色してるなぁ」
「……社長?」
親方が、ちょっと不思議そうな顔をします。
「行ったことがあったはずですぞ?」
「え? しらないよ?」
「でもこの前タコをとりに」
「へ? あの耳にできる?」
「ちがいますぞ」
「いや、ここつっこむとこでしょ? 『タコちがいにしてもそれかい!』とか『耳にできたタコはとれないだろう』とか、ねえ?」
「ああ、そうでした」
親方はぽんと手をうちます。
「おみやげに物をもってかえったんですな、まあ気にすることはありません」
「いつもの記憶喪失でありますね、さすが社長はよくばりであります。でも気にすることないであります」
「そうでヤス、気にすることないでヤス」
「……よけいに気になるんだけども」
キトラはじぃっと星を見つめます。
けれどやっぱり、なんにも思い出せません。
「ねえ、くわしくおしえてくれない?」
「ふむ、分かっているぶぶんだけですが」
キトラが空にあげるタコをなくしてしまい、それをとりにムナカタ星に行ったことを、親方はかんたんに話しました。
「きいても全然ピンとこないんだけど」
「記憶がないからしかたないですな」
「でも、言われてみるとその日の朝、タコに『タコさんありがとう』ってメモのタコがまくらもとにあったなぁ……あれ?」
キトラは首をかしげます。
「たしか、こっちで書いた字は、むこうにもっていくと読めなくなったはず――」
キトラはけっこう細かい性格です。そんなだからもてないのです。
「……うっさい」
「それは、ですな」
親方がちょっと自信なさそうに答えます。
「夢からは、絵はもちだせるけれど、字はもちだせないのですぞ」
「そうなんだ? でも、字がもちだせたよ?」
「字をおぼえたばかりの子供は、絵とおなじような脳の使い方で字をえがくようですな」
「へー、なるほどねぇ、そっかぁ、そういうことなんだぁ、ふーーーん」
キトラは大きくうなずきます。
「社長、分かっていないでありますな」
「そうでヤスね、分かったフリをしていんでヤス」
「そこ、うるさい!」
ムナカタ星は、タコツボみたいな形をしていました。
「うわー、ヘンな星!」
宇宙船を親方とガースにまかせて、キトラとジョースターはツボのうちがわにむかうバスに乗ります。
「……ジョースター」
「ここのひとが、みんなタコというネタは、多分、もうみんなあきあきしているであります」
「うっ」
バスの中は、運転手もお客もみんなタコでした。二本の足で歩いて、六本の足を手みたいに使っていました。
『次は、ムナカタ・リサイクルセンター、ムナカタ・リサイクルセンターです』
「あ、ここだね」
「そうでありますね」
キトラとジョースターはバスからおります。
大きなツボのうちがわみたいで、ツボの口にあたるところから外の星が見えます。
「そもそも星じゃないよなぁ、これ。球の形してないし……」
バス停から少し歩くと、「ムナカタ・リサイクルセンター」のかんばんが見えてきました。
「あの、すみません」
キトラは警備員のタコに声をかけます。
「おおっ、キトラやないけ!」
「え?」
キトラは身がまえます。さいしょからなれなれしいひとに、ロクなひとはいません。
「ワシやワシ、久しぶりやなぁ!」
「……だれ?」
「なんや、きっついボケやな、タコの時にはえろう世話したやないか!」
タコはうれしそうですが、キトラにはさっぱり見おぼえがありません。
「あー、ごめんなさい、ぼく、この前に一度来た時の記憶、ないんで」
「な!?」
タコは思い切り暗い顔になります。
「さ、さよか。せやな、考えてみれば、タコ持って帰っとったもんな、そか……そか」
「えと、なんか、ごめんなさい」
「あやまらんでもええねん。しかたないねん」
「社長、こういう時はウソでも『頭が痛い、記憶がよみがえりそうだ』とか言うのであります。それが記憶喪失のマナーであります」
「知らないよそんなマナー。思い出せないものは思い出せないんだから」
「そう言っておいて、つごうの良い時に、小出しに思い出すのでありますか?」
「やらないよ! そんな子どもだましみたいなこと!」
キトラはがっかりしているタコに頭を下げます。
「ええと、タコさん、この前のことは知らないけど、多分、お世話になったんだよね、ありがとう。あらためてよろしく」
「せ、せやな、記憶がないならないで、また二人の新しい物語を作りはじめれば良いだけやもんな」
「……その言い方もどうかと」
たくさんならぶ倉庫をすどおりして、カゴをかついだキトラとジョースターがたどりついたのは、ハリガネをはったさくに囲まれた林でした。
「ええと、24番コトノ葉林だから……ここだね」
「そうでありますね」
さくにつけられた木のトビラに「24」と書いてあります。
キトラとジョースターは、中に入ります。
キトラの背よりも、ちょっとだけ大きな木が、ずらりとならんでいます。枝からはとっても大きな葉っぱが生えていました。
「これがコトノ葉かぁ」
キトラは葉っぱごと、枝をつかみます。
すると。
『ぜんぶおいしいよお母さん、いつもどうもありがとう』
『その映画はとっても行きたいけど、キミといっしょじゃあイヤなんだよね。チケットだけくれないかな』
『さむいなぁ、クーラー止めていい?』
「えっ?」
声が聞こえてきました。
耳――ではなく、頭の中に。
「社長、さわるときはてぶくろをしないと、うるさいであります」
「うるさいっていうか……なにこれ?」
「コトノ葉は、言葉のゴミであります」
「ジョースター、それで説明した気になってるんじゃないだろうね?」
「もうしわけないであります、社長にも分かるように、しんせつていねいあんぜんだいいちに説明するであります」
「なんかそこはかとなくバカにされてない?」
「気のせいであります」
ジョースターは葉っぱを見せます。
「このムナカタ星は、飛んでいってしまったタコや、落としたカサのように、なくなったもの、すてられたものが流れつく場所であります」
「それはさっき聞いたよ」
「だから、言葉も同じなのであります」
「は?」
「言いかけてやめてしまった言葉や、言えなかった言葉、言ったけれど伝わらなかった言葉などもが流れつくのであります。それをまとめておくのが、この『コトノ葉』なのであります」
「へー、なんかフツウのファンタジーみたいじゃない」
キトラは失礼です。
「……まあミョウなナレーターがいるあたり、やっぱりダメなんだろうけどさ」
「ですから、これをつみとって、本当に伝えたかった相手にとどけるのであります」
「なるほど、それはいいね」
「はい、社長好みの、ひとの弱みにつけこむ、おいしい商売であります」
「安くやればいいんでしょ!」
「良いひとのフリでありますか?」
「どっちでもけなすの? ねえ?」
「これを使って、手分けしてさがすであります」
ジョースターは、ガラスのかたまりにヒモがついたふりこをさしだします。
「それなに?」
「ダウジングであります。もくてきのものの近くに来たら、ふりこがゆれて教えてくれるであります」
「それって本当に見つかるの? この前やってみたけど、全然ダメだったよ?」
「こっちの世界は、竜脈が強いからだいじょうぶであります」
手にふりこを持って、キトラは木の間をゆっくり歩きます。
「こんなに広い中から、葉っぱ一枚さがすなんて、まるで、まるで……林の中で葉っぱ一枚をさがすみたいだよ、ってそのままじゃないか」
ひとりボケツッコミをしながら、キトラは歩きます。
「あーあ、本当にふりこ動くんだろうなぁ」
キトラは歩きながらふりこのガラスを見ます。
キトラが歩くたびにゆっくりと動きますが、それより大きくは動きません。
「とはいえ、一枚づつ葉っぱをたしかめるワケにもいかないし。そんなの、森の中で葉っぱ一枚をさがすみたいだよ、って少しはひねろうよ」
ちょっと足を止めて、キトラは葉っぱの一枚にさわります。
『いつかって、いつだよ! あんたいつもそれだ、今日にしろ今すぐやれすぐやれ、さあさあさあさあ!』
「どういう時に言えなかった言葉なんだろうね、これ」
もう少しすすんで、もう一枚。
『ご、ごめん、そうじゃない、そうじゃないの。いつもにくまれぐちばかりだったけど本当はわたし――』
「うひゃあ」
ちょっとてれて、また一枚。
『じゅげむじゅげむごこうのすりきれずかいじゃりすいぎょのすいぎょうばつうんぎょうばつふうらいばつくうねるところにすむところやぶらこうじぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがーしゅーりんがーのぐーりんたいぐーりんたいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ』
『ジャズ歌手、シャンソン歌手』
『バスガスばくはつ、ブスバスガイド』
『ゴルバチョフしょきちょうの子、子ゴルバチョフしょきちょう』
『しゅうちゅうちりょうしつで、しゅじゅつちゅう』
「このへんは、言えないのイミがちがう気がするなぁ」
見ている間にも、少しづつ葉っぱがふえていきます。
そして、たまに葉っぱがおちて、消えていきます。
「言えなかった言葉、か」
キトラは、葉っぱから手をはなします。
「……ラグヤに言えなかったこと、ここにあるのかな」
つぶやいて、とぼとぼと歩きます。
「ちゃんと説明して、あやまって、そういうことが、ぼくの本当の言葉が伝わる葉っぱがあるのかな」
その時です。
ふりこがはげしくゆれはじめました。
「あ」
キトラは葉っぱを見ます。
キトラの葉っぱでした。
ほかの葉っぱと同じ色、同じ形をしています。
だけど、キトラにはそれが自分のコトノ葉だって、分かるのです。
「これが、ぼくの本当の言葉」
キトラは葉っぱに手をのばします。
これをラグヤにとどければ。
「本当……の言葉」
キトラの手が止まります。
「あれ?」
風がふいて、さわさわと葉っぱがゆれます。
「たとえば、ラグヤは本当はなんて言いたかったんだろう?」
葉っぱはなにも言わずに、さわさわさわさわゆれています。
「あの本をぜったいかしてくれるし……仲なおりしようって言って来る。それって、なんとなく分かる。そっか」
キトラは大きくなんどもうなずきます。
「言えなかった言葉があったって良いんだ、思った風には言えないのがぼくだし、ラグヤだ。ぜんぶ見せなきゃ伝わらないなんて、おかしいや、あははは、あはははは!」
大声でキトラは笑います。
とってもバカバカしくて、うれしくて、笑います。
「明日あやまろう、言えるだけめいっぱい。ラグヤの言うことを聞こう、足りないところはスイリしよう。それでいいんだ、はははははは!」
キトラは手ぶくろをはめると、自分の葉っぱをちぎってすてます。葉っぱは地面に落ちて消えました。
「――なやみは消えたでありますか?」
「うん、カンタンなことだったよ」
「でしたら、社長」
キトラがふりむくと、ジョースターがこわい顔をして立っていました。
「いつまでもサボってないで仕事をつづけるであります!」
「あの……ぼく社長なんだから」
「社長でも、アチョーでも、キンチョーでも、かんけいないであります、仕事はキリキリやるであります!」
「わ、分かった、分かったって」
ジョースターにどなられ、キトラは葉っぱさがしをつづけました。
目をさましたキトラが、ラグヤと仲直りできたかって?
それは、言うまでもないでしょう?
【おしまい】