キトラの冒険
作:ごんぱち
その53『病気はとってもつらいんだ』

「にいちゃん、あそぼう!」
 朝、妹のタウラがキトラのへやに入って来ました。
 でもキトラはふとんの中にもぐりこんでいます。
「にいちゃん、日ようだからって、ねぼうしちゃあいけないぞ」
 タウラがゆさゆさとキトラをゆすると。
「はっっっくしょっっっ!」
「うわっ!」
 ばくはつするみたいに、大きなくしゃみといっしょに、キトラは体をおこしました。
「うー」
「にいちゃん、どうした? カオが白くて目が赤いぞ」
「……ウサギの目は赤いもんだろ、ずずっ、うう、けほっ、ごほっ」
「にいちゃんしっかりしろ、さしえのにいちゃんの目はふだんぜんぜん赤くないぞ」
「あんなの昔のすがただよー」
 キトラはまた、ふとんにもぐりこんでしまいました。
「それで、にいちゃん、あそばないのか?」
「ぜぇ、ふぅ、見りゃ分かるでしょ」
「なんだつまらない、あそべないにいちゃんには、なんのかちもないぞ」
「……おまえは悪魔の子か!」
「なんてことだ、にいちゃんのツッコミがゆるゆるだ、これはタイヘンだ! おかあさん、おかあさん!」
 あわててタウラはへやから出ていきました。
「元気かどうかの、決め手がツッコミって、どうなの?」
 キトラはぼやいて、またセキをしました。

「熱は、あんまりないみたいだけど」
 お父さんのナラキさんが、体温計を見ます。
「少しぜんそくが出てるみたいだね」
「うー、げほっ、けほっ」
 キトラはあったかいお茶をのみながら、セキをします。
 胸のあたりになにかひっかかっているものがあるみたいで、イヤな気分です。
「あんまりつらいなら、お医者さんに行こう」
「お医者……さん?」
 キトラはイヤそうな顔をします。
(お医者さんは、イヤだなぁ。待つのもイヤだし、注射とかされるのはやっぱりイヤだし、薬をいっぱいのまなきゃいけないのもイヤだし……)
「す、少し休んでたら、よくなるよ、けほっ」
「そうかい? じゃあ、お昼ぐらいまで、まってみようか」
「キトラ、朝ご飯もってきたわよ」
 お母さんのアスタさんが、おにぎりとみそしるをもってきました。
「ありがと、けほっ」

 ご飯を食べてから、キトラはまたふとんに入ります。
「けほっ、ぜぇ、げほっ」
 セキは止まらず、胸がイヤな音を立てます。
(ねむれば大丈夫、目がさめたらすっかりよくなってるにちがないよ)
 でもねようと思っても、ねむくなりません。
 さっき目がさめたばかりですし、それに、セキと胸の音がうるさくて、どうにもねむりにくいのです。
(ううっ)
 目をどんなにぎゅっととじても、全然ねむくなりません。
(お医者さんには、行きたくないなぁ)
 ゲンさんのぬいぐるみにぎゅっとしがみつきます。
(いつもは、すぐにねむれるのに)
 でも、ねむろうと思えば思うほど、目がさめてきます。
「しょうがない、げほっ」
 キトラは目をあけます。
(ちょっとおきていよう)
 横目で、時計を見ます。
 まだ、朝の九時です。
(ああ、お昼までになおらなかったら、お医者さんかぁ。イヤだなぁ)
 キトラはもうちっちゃな子どもではありませんから、お医者さんも注射もこわくはありません。でも。
(あの待合室のイスにずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっとすわって待つの、イヤだなぁ。『一週間したらまた来なさい』なんて言われて、なおってるのに一日つぶれたりするし……それに、注射もちょっといたいし)
 胸に手を当てます。
(ぜんそくって、空気が悪いとなるってきいたことがあるけど、一体だれが空気をよごしたんだろう。やっぱり、ものすごく悪いひとたちなんだろうなぁ。警察がタイホしてくれればいいの……に……)
 おきていようと思ったらぎゃくにねむくなっていました。キトラはへそが曲がっているのです。
(ちが……うって)

 キトラは目をあけます。
 青い空が見えます。
「どこだろう、ここ?」
 まっ白な雲が、すみきった空にうかんでいます。
 そして、鳥や竜や道士なんかが飛んでいました。
「……って、夢の世界か」
 キトラは立ち上がりました。キトラがいたのは、河原のジャリの上でした。
「キトラ運送に出ないなんて、病気のせいかな?」
 つぶやいてから、キトラは胸に手をあてます。
「あ、あれ?」
 あんなにしていた、イヤな音がしません。
「なおった?」
 言いかけて、暗い顔になります。
「んなワケないか。夢の世界だからだね」
 キトラはすわりこみます。
「あーあ、かえりたくないなぁ」
 大きく深呼吸をします。
(気分がわるくないことが、こんなに気分がいいなんて)
「どうしました、キトラくん? むこうでなにかつらいことでもありましたか?」
「うん、病気になっちゃって。おきたら苦しいなぁと思うと――って、リュウさん、いつのまに?」
 キトラのとなりには、青龍のリュウさんがうかんでいました。
「わたくしは、川ですよ」
「ああ、そっか。さいしょからいたのね」
 キトラは目の前の川を見ます。
「ということは、ここにある川は、リュウさんのぬけがらなのかな?」
「はははは、キトラくん、きみは、わたくしたち四神のことをイマイチ分かってませんね。四神は世界をささえるもの、あらゆるところにあるのですよ」
「……よーするに、なんでもアリのいいかげんな存在なんだね」
「ははは、これは手きびしい」
 リュウさんはおかしげに笑いました。
「ねえリュウさん」
「はい?」
「そのいいかげんなところでさ、ぼくの病気どうにかなんないかなぁ?」
「どんな病気なんですか?」
「セキが出て、胸が苦しいんだけど」
「胸が苦しいということは、恋では?」
「……恋したらあんなセキが出るような生き物は、ゼツメツすると思う」
「だとしたら、肺の病気ですね」
「ひびきがイヤだけど、多分そうだね」
「だとしたらですね」
「うん」
「お医者さんに行きましょう」
「まあ……リュウさんが、あてにならない方のキャラだっていうのは、なんとなく分かってたけどさ」
「はははは、キトラくんよく分かっていらっしゃる」

 リュウさんに町までおくってもらったキトラは、お医者さんに来ました。
「――はい、次の方」
「はい」
 よばれて、キトラは診察室に入ります。
「今日はどうされました?」
「いや、それはこっちが聞きたいんだけど」
 キトラがお医者さんに言います。
「どうしてです?」
「あのさ、お医者さんって、すっごくお金のかかる学校で勉強して、すっごいむずかしいテストに通らなきゃいけないんでしょ?」
「ええ」
「だったら、それをどうしてカソがやってるのさ!」
 お医者さんはカソでした。
「何を今さら、そういうツッコミは、フライトアテンダントの時に言うもんですよ」
「お医者さんの方がまずいかんじするよ、べつの先生呼んでよ、本物のお医者さん!」
「キトラ、心配にはおよびません、免許こそペーパーですが、きちんとお金を払ってもらえれば、ちゃんとなおします、これは本当です」
「よくかんがえると、ちょっとブラックジャック風なのに、ぜんぜんかっこよくないのはどうしてかなぁ」
「さあさあ、すわって下さい」
「ううっ、分かったよ」
 キトラはイスにすわります。ただの丸イスに見えましたが、ほどよくやわらかくて、とても座りごこちが良いです。
「じゃあ、レントゲンとりましょうか。それからおしっこの検査と、目の検査もしておきましょう」
「……カンケイない検査で、よけいなお金をとろうとしてるでしょ」
「ぎくぎくぎくっ、いいえ、そんなことなハいですよホ?」
「小ネタはいいから、ちゃんとみてよ」
「ボケつぶしですねぇ、キトラは」
「つぶされるていどのボケしかしないのが悪いんだよ」
「ええと、どんなぐあいなんですか?」
「胸が苦しくて、セキが出て」
「恋ですかね?」
「ちがうから」
「だと思いました」
「お父さんはぜんそくだって言ってたよ」
「それをきめるのは、医者です。さあ、胸を見せて下さい」
 カソはキトラの胸に聴診器をあてます。
「大きく息をすって」
 すぅぅぅぅ。
「もっとすって」
 すぅぅぅぅぅぅぅぅ。
「もっともっとすって」
 うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
「『うちのワイフが言ってたんだけどね、となりの家にヘイが出来たそうだよ』『へぇ』」
「ぶわははははは」
「ふむふむ、アメリカンジョークでは笑う、と」
「『うちのワイフ』ってとこしかアメリカンなとこないじゃないか」
「健康そうですよ、アメリカンジョークで笑えるみたいですし」
「アメリカンジョークはともかく、そっか、やっぱり」
 キトラは暗い顔になります。
「どうしたんです、健康って言われて落ちこむなんて? 保険金でもだましとろうとしてるんですか?」
「カソといっしょにしないでよ」
「しっけいな、わたしはあんなもうからないことはしません」
「怒るポイントがずれてるよ……」
「それで、本当にどうしたんです?」
「病気なのは、現実の世界の体だよ」
 キトラは自分の胸をさすります。
「ゼエゼエ苦しくって、タイヘンなんだ」
「そうですか」
 カソは首をかしげます。
「こっちの世界なら、ぜんそくなんて薬一つで治るんですけどね」
「だよね――って、そうだ、おみやげで、何でも一つもって帰れるんじゃないか!」
「……キトラ、あなたが目をさました時に、なんだか分からない毒か薬みたいなものがあったら、のみますか?」
「のまない、かな」
「でしょう。薬は、説明がついてはじめて役に立つんですよ」
「お薬シートをつけるとかは?」
「こちらの文字は、むこうの世界に持ち出すと読めなくなるでしょう」
「そうなの?」
「キトラ、なんどかためしてましたよ」
「言われてみれば、たまにヘンな印のついたワケの分からないものがまくらもとに置いてあったことがあったような」
 おみやげをモノで持ってかえろうとして、キトラも何度か失敗しているようです。
「ひょっとしたら、こっちでのんでもきくかも知れませんから、お薬は出しておきますよ」
「うん……おねがい」
 カソは、たなからビンをいくつかとって、石のうつわに入れ、これまた石のローラーみたいなもので、ゴリゴリとつぶします。
「それが薬? なんか虫とか見えたけど」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「ゴホン虫は、セキにきくんですよ」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「そっちの根っこみたいなのは?」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「マンダラゴルァは、体質をものすごいスピードでなおしてくれるんです」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「それはトウモロコシだよね?」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「ユニコーンという種類です。体力がとってもめいわくなぐらい上がるんです」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「その水は?」
「聖水です、呪いをときます」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「その葉っぱは?」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「ハーブです。ゾンビにかまれた時にやくだちます」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「お香入れた?」
 ゴリゴリゴリゴリ。
「ハンゴンコウです。ホネからでも、ちょっと生き返れます」
「カソ、ストップ」
「は?」
「どさくさにまぎれて、いらないものまでまぜて、ねだんを高くしようとしてるでしょ!」
「ま、ままま、まさかハぁ!」
「聖水からあとの、出して出して」
「ケチですねぇ」
「いらないものを買わないのはケチでもなんでもないよ!」
 じゅうぶんすりつぶされて、粉になった薬を、ちっちゃなヤカンみたいなてつびんに入れて、グツグツにます。
「なんかくさいなぁ」
 てつびんから上がるゆげのにおいに、キトラは鼻をおさえます。
「良薬は口に苦し、ですよ」
「臭い上に、苦いの?」
「ええ、苦いです。でも、ベイリの汁ほどじゃありませんよ」
「あったね、そういうのが」
 思い出しただけで口の中が苦くなって、キトラは顔をしかめます。
「はい、できあがり」
 カソは、できあがった薬を、湯のみにつぎます。
「さあめしあがれ」
「これは……」
 キトラは湯のみをのぞき、引きつった笑いをうかべます。
 薬は、ドロをとかしたみたいな茶色をしています。コーヒーとはまたちがう色で、なんだかドロリとしていて、かたむけるとゆっくりうごきます。そして、バニラエッセンスと、生のモヤシの青くささ、それにお母さんの化粧箱のにおいをまぜて百倍したような、少なくとも口に入れるべきではないにおいがします。
「これ、のみ薬?」
「体につけるのもイヤだと思いますが」
「あのさ、ええと、オブラートゼリーとかないの?」
「こな薬じゃないんですから」
「きく、かなぁ?」
「世界をこえてきくかどうかは分かりませんが、少なくとものんだ世界の体にはききますよ」
「そう、だよね」
 キトラはゆっくりと湯のみに顔を近づけますが――。
「うっ」
 においが強くて、口をつけるのもタイヘンです。
「ガマン、ガマン、ガマンの油!」
 キトラはぎゅっと湯のみをおさえて、舌をのばして。
 ペロリ。
「むぅぅぅ」
 苦さはガマンできないほどでもありませんが、においが強いし、ヘンな甘ったるさがあって、のみにくいことこの上ありません。
「ううっ、ぼく何にも悪いことしてないのにぃ」
「君の生まれの不幸を呪うがいい」
「小ネタはさまなくていいよ!」

 息を止めて、一気に。
「うぷっ」
 キトラは首を横に向けます。
「ダメだ、どうしてもダメだ」
 涙目になっています。
「これじゃ、バンジージャンプを思い切れずに時間ばっかりかけてるチキン芸人といっしょだよ!」
「びみょうによゆうがありますね、キトラ」
 カソは細い管を出します。
「なんなら、鼻からのみますか? 胃にそのまま入れられますよ」
「い、いや、みんなそういうのは、きたいしてないから」
「そうですか」
 ざんねんそうに、カソは管をしまいます。
「でも、もう半日ものめてないじゃないですか」
 いつの間にか、そんなに時間がたっていました。キトラも、もうりっぱなチキン芸人です。
「うっさい!」
 キトラはどんよりした顔で、薬を見ます。
「これ、むこうの世界でのめるなら、もっとのむ気にもなるんだけど」
 キトラの世界でのめれば、病気もすっかりなおって、お医者さんに行かなくてすむにちがいありません。
「ああ、もってかえれれば」
 でも、こんなものが、まくらもとにあったって、のむわけがありません。そもそも、薬と気づかないでしょう。
「きくかどうか分からないでのむなんて、もったいないなぁ」
 ぼやきながら、薬を見つめていると。
(あ、れ?)
 薬が、なんだか、ゆがんで来ました。
「ああっ、目がさめる!」
 頭のおくがずーんと重く、ねむくなってきます。
「ムダにしちゃ、いけない」
 キトラは湯のみに口をつけ。
 ぐ、ぐ、ぐ、ぐ。
 口にふくんで。
(むーーー、やっぱりのみこめないーーーー!)

 キトラは目をさましました。
 ごくん。
「むぎゃあああっ!」
 キトラはさけびます。
「うえっ、ぺっ、ぺっっ、な、な、ななな?」
 口をあけて、舌を出します。
「うえーー、なんだ? くさいし苦いし、なんかのみこんだ?」
 キトラがティッシュをとって、口の中をふくと。
「つばが茶色い? うわわ、なんだろ、えっ、え?」
 キトラはガクガクとふるえます。
「病気が悪くなったんだ、タイヘンだ、うわあああん、すぐにお医者さんに行けばよかった!」
 ティッシュをなんまいもとって、口の中をふきながら、どなりました。
「お父さん、お母さん、お医者さんつれてって!」

 ながいながい待ち時間の後、キトラを診察したお医者さんは首をかしげます。
「口の中も、なんにもなってないね」
「でも、あんなにヘンな味とにおいがして」
 キトラはあわてて言います。
「それに、胸の音も良いみたいだ」
「朝は、本当に苦しそうだったんですよ」
 お父さんは、ちょっとホッとしているみたいです。
「ふうむ、しかし、私がみても、検査をしても、キトラくんは健康そのものだよ」
 お医者さんは、パソコンのカルテに入力をします。
「キトラくん、まだどこか苦しいとか痛いとかあるかい?」
「ない……ですけど」
「じゃあ、一週間ぐらいようすをみて、なにかあったら来て下さい。その時には、もっと大きな病院をしょうかいしますから」

 一週間後、キトラはお医者さんに行きました。
 でもそれから、大きな病院に行くことも、そして、ぜんそくが出ることもありませんでした。
 なんたって、お土産として、「口の中に入れて持って帰ったカソの薬」が、ばっっっっちり、きいたんですから。
「どうしてなおったんだろう? 不思議だなぁ」
 なんて、今でもキトラは言っているんですけどね。

【おしまい】