キトラの冒険
作:ごんぱち
その42 『真夜中の蚊ボーイ』

 ――ぅぅぅぅぅんんんんんん、
 パンッ!
 ――――ぅぅぅぅんんんんぅぅぅぅんんん……。
 パンッ、パンッパンッ!
「あああっ、もうっ!」
 キトラは、がばっと体をおこします。
「うるさいっ」
 まくらもとのデンキスタンドのあかりをつけます。
 まっくらだったへやが、いきなり明るくなって、キトラはちょっと目をパチパチさせます。
「……いなくなった、かな?」
 キトラはへやの中をみまわします。
「まったく、蚊はうるさいんだからっ」
 ――ぃぃぃんんん……。
 パンッ!
「いたたたた」
 耳のそばをとおる音がして、キトラはじぶんのカオをひっぱたいてしまいました。
「ちょっとくらいかゆくてもいいけど、うるさいのはガマンできないなぁ。これじゃ、ぜんぜんねむれないよ」
 じっとしていると――。
 うぅぅぅんんんん……。
 パンッ!
 たたいた手の中に、蚊はいません。
 ぃぃぃぃぃぃぃんんんんん。
 パンッ、パパパンッ!
 やっぱりからぶり。
 ……ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんん。
 バシッ、ビシッベシッボフッ!
 ゲンさんのぬいぐるみをつかってひっぱたいてみましたが……。
 ぅんんんんんんんんんぃいぃぃぃぃ……。
 やっぱり蚊はいなくなりません。
「ああっ、もうっやめやめっ!」
 キトラはスタンドのあかりをけして、タオルケットにくるまりました。

 ぷぅぅぅぅぅぅんんんんんん……。
(聞こえない聞こえない)
 ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……。
(ムシムシムシムシ)
 ぃぃん。
(止まった、か、な?)
 ぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんんんんん。
「うるさいっ!」
 また、キトラはおき上がります。
「もう、ただでさえあつくて、ねぐるしいのに」
 キトラはへやから出ます。
「ちょっと水でものもう」
 かいだんをおりて、だいどころへ。
 だいどころのとなりのダイニングは、まだあかりがついていました。
「おや、キトラ、どうしたんだい?」
 ダイニングで、お父さんのナラキさんが、テレビをみています。
「あ、お父さん」
「どうしたんだい?」
「ねむれなくって……」
「なにかなやみごとかい?」
「そうじゃないんだけど、蚊がうるさくって」
「蚊が?」
 お父さんはクビをかしげます。
「おかしいな、キトラのへやには蚊とりのキカイがおいてあるはずなんだけど」
「えっ? そうなの?」
「ちょっと見せてごらん」
 キトラとお父さんは、キトラのへやにいきます。
「うん、あるある」
 お父さんは、キトラのつくえの上から、蚊とりのキカイをとりました。
「あ、こんなとこに」
「そうか、タウラがいじらないように、ここにおいたんだったな」
 お父さんはカバーを外します。
「あ、クスリがきれてるね。これじゃあ、蚊がおちないのもムリはないな」
「そうだったんだ」
「クスリのかえはなかったけど、たしか……」

 一かいにおりたお父さんは、せんめんだいの下をゴソゴソとさがします。
「あったあった」
 まるいカンをもっていました。
「なにそれ?」
 キトラはクビをかしげます。
 まるくて、ニワトリの絵がついていて、見おぼえがあるような、ないようなカンです。
「さいきんは、あんまりつかわないけど」
 お父さんはフタをとります。
 ふわり。
 かいだことのある、においがしました。
「あっ、カトリセンコウ!」
 中には、うずまきの、緑色のカトリセンコウがぎっしり入っていました。
「おじいちゃんと、おばあちゃんの家にしかないと思ってたよ」
「うちは、キトラが生まれてからあとは、火をはちょっとあぶないから、使わなくなってたんだけど、もうだいじょうぶだよね」
 お父さんは、カトリセンコウを一つとります。
 カトリセンコウは、二つがぴったりくみあわさったかたちをしていて、手でひっぱるとかんたんに二つにわかれます。
 わかれたうちの一つのさきっぽを、お父さんはだいどころのコンロであぶります。
 すぐにカトリセンコウのはしっこに火がつきました。
「ふっ」
 お父さんは、炎をふきけします。
「あれ、けしちゃうの?」
「炎をけしただけだよ。火はのこってるよ」
 カトリセンコウのさきっぽは、赤く光りながら、しずかに灰になっていきます。たちのぼるケムリは、かいだおぼえのある、カトリセンコウのにおいです。
 お父さんは、カトリセンコウの入っていたカンのフタをひっくりかえします。
 フタのうらは、コウロになっていて、そこにカトリセンコウをセットします。それからお父さんは、キトラのへやの机にそれをおきました。
「火はあぶないから、いじらないようにね」
「はあい」
「じゃあ、おやすみ。ふぁふぁふぁ」
「おやすみなさい」

 キトラは、つくえの上のカトリセンコウをみつめます。
 カトリセンコウは、コウロの中でケムリを出しながらゆっくりともえていきます。
 へやは、いつもとちがうにおいです。
「なんか、うちじゃないみたいだ」
 もえているカトリセンコウのさきっぽは、赤く光っていて、なんだかホウセキみたいです。それが、生きものみたいに、じっくり、じっくり、じっくり、じっくり、緑のカトリセンコウをたべていくみたいです。
「……なんか、火に見えないなぁ」
 キトラはゆびを赤いところにちかづけてみます。
 うっすら、ねつをかんじます。
「火なんだ……火って、メラメラうごくばっかりかと思ってたけど……いや、まてよ?」
 キトラは首をかしげます。
「夢の世界で、ヨウガンを見たっけ。あれも火みたいだったなぁ」
 カトリセンコウを見つめます。
 そう、赤く光るようすは、ヨウガンににています。
「それだけじゃなくて、えーと、えーと……ああそうだ、センコウ花火の玉にもにてるんだ」
 キトラのことは、まったくおかまいなしで、カトリセンコウはもえます。
「きょねん、花火やったっけ。ラグヤがおしえてくれたけど、センコウ花火はななめにもつとながもちするとか」
 糸みたいなケムリが、ゆっくりとのぼります。
「いつだかわすれたけど、ようちえんでスイカわりもやったっけなぁ」
 なんだか、まるくて緑色をしたカトリセンコウは、スイカみたいです。
「そうだスイカと言ったら、夢の世界でスイカのガードマンやったっけ」
 キトラはにがわらいをします。
「スイカドロボウかとおもったら、スイカがにげるのをつかまえるなんて、タイヘンだったなぁ」
 カトリセンコウは、しずかに、しずかにもえていきました。

 つぎの日の朝。
「おはよう、キトラ」
 お父さんがキトラのへやのドアをあけます。
「あれ? お父さん」
 キトラはふりむきます。
 カトリセンコウのまえにすわったままで。
 そう。
 キトラはずぅぅぅぅぅぅぅっと、カトリセンコウを見つめていたのです。
「どうしたんだい? ゲンキのないカオをして。やっぱり蚊がうるさかったかい?」
「んー、あ、いや、蚊はぜんぜん気にもならなかったけど――ふぁふぁふぁ、ふぁああああああ」
 キトラは大きな大きなアクビで、すっかり白い灰になったカトリセンコウが、ぽろりとくずれました。

【おしまい】