キトラの冒険
作:ごんぱち
その38『はじめてのキップ』

「はい、キトラ」
 お父さんのナラキさんが、キトラに電車のキップをわたします。
「うん、ありがとう」
 キトラはキップをうけとります。
 キップです。
 キトラはまじまじとキップを見つめます。
(キップだ!)
 うれしくて、うれしくて、ちょっとさけびたくなりました。
(はじめての、キップだ!)
 そう。
 小学校にあがって、キトラもキップがひつようになったのです。
(もう、赤ちゃんじゃない、大人――じゃ、ないけど、フツウの子どもなんだ)
 しかくくて、うらが茶色いキップは、かどがとがって、さわるとチクチクします。
(ぼくのキップだ。ぼくだけの!)
 はしっこに、日づけと、なんだか分からないけど、4つのすうじがならんでいます。
(えへへへ)
「いくよ、キトラ」
 お父さんがこえをかけます。
「うん、いこっ」
 キトラはお父さんといっしょに、かいさつぐちに来ます。
(かいさつぐちだ)
 ごくり。
 キトラは、つばをのみこみます。
 見つめるさきは、かいさつぐちのキカイです。
 あのキップを入れるところは、すごい早さでキップをのみこむのです。
(うっかりしたら、手までのみこまれるかもしれないぞ――なーんてね)
 キトラはわらいます。
(そんなわけないよ)
 キトラだってわかっています。町の中にあるキカイに、そんなにあぶないものはありません。
 それにお父さんやお母さんがこれをとおるのを、なんども見ているのです。
(こんなのカンタンさ)
「キトラ、さきに行きなさい」
 お父さんがキトラをさきにすすめます。
「う、うんっ」
 キトラは、きかいのキップを入れるところに、キップをちかづけます。
(こんなの、カンタン……カンタン)
 ゆっくり、ゆっくり。
(手なんか、のみこまれない)
 そろり、そろり。
(だいじょうぶ、へいきっ!)
 キップが、キカイに。
 ふれ。
 た、しゅんかん!
(うわっ)
 いつのまにか、キトラの手からキップはなくなって、キカイのむこうがわから出ていました。
 キトラはキップのなくなった手を、あわててひっこめます。
(び、びっくりした)
 こきゅうをおちつけながら、キトラはかいさつきをとおります。
(こんなに早くキップがすいこまれるなんて、目のまえで見るとやっぱりちがうなぁ)
 ピンポーーーン!
『キップをおとりください』
「うわああっ!」
 まうしろから声をかけられて、キトラはこんどこそとびあがってしまいました。
「なっ、なな??」
 キトラがおそるおそるふりかえると。
 キトラの入れたキップが、まだかいさつきにのこっていました。
 そう、あわてたキトラは、キップをとりわすれたのです。
(うう……かっこわるい)
 キトラはキップをとってポケットにつっこみました。

『電車がまいります、はくせんのうちがわまで、おさがりください』
 ホームに電車がやってきます。
(かいさつではちょっとかっこわるかったけど、電車の中ではちがうぞ)
 キトラはお父さんとつないでいない方の手をぎゅっとにぎります。
(ぼくはもう、大きくなったんだから、つりかわにだってつかまれるんだ。おとしよりやよわっているひとにせきをゆずることだってできるし)
 ぷしゅーーー。
 ドアがひらきます。
 キトラとお父さんは電車に乗りこみます。
「あ、あれ?」
 キトラはあんぐりと口をあけてしまいました。
 電車の中はガラガラ。
 みんなすわっていて、せきをゆずるあいても、つりかわにつかまるひつようもありません。
「むぅ……」
 キトラはむずかしいかおをしたまま、お父さんのとなりにすわりました。
(いつもはあんなにこんでるのに!)

 電車はうごきだしました。
(ちぇっ)
 キトラはぼんやりと電車の中づりこうこくをながめます。
 ひらがなと、カンジを少し、それに夢の世界の言葉ならよめるキトラですが、こうこくに書いてあるものはむずかしくてよめません。
 さんかくとかしかくとか、さんすうっぽいもんだいがかかれたこうこくもありましたが、やっぱりよめません。
(せっかく、キップをもってのったのに、これじゃゼンゼンかわらないや)
 まどの外を、けしきがながれていきます。
(なにかよめないかなぁ)
 キトラはまたこうこくを見ます。
(うーむ、ひらがなだけだと、なんだかわからないし……うーんと、えーと)
 いっしょうけんめいこうこくを見ていると――。
(う……)
 おなかの中が、なんだかムカムカしてきました。
(なんか、きもちわるく、なってきた)
 ゆれる中づりこうこくを、いっしょうけんめいながめていたのです。よってもムリありません。
(せっかく大きくなったのに、きもちわるくなるなんてもう……)

 ぷしゅーーー。
 電車がようやく駅にとまりました。
 キトラとおとうさんは電車からおります。
(あー、うごかないじめんだー)
 きもちがわるくて、でもそれをずっとガマンしていたせいで、キトラはフラフラです。
「どうかしたかい、キトラ?」
「なんでもないよ、あは、ははは」
 キトラはむりやりわらいました。
 ふたりは、かいだんをのぼって、かいさつぐちに来ます。
「さあて、アスタさんとタウラはもう来てるかな」
 お父さんはかいさつきをとおります。
 それにつづいてキトラも――。
「あっ、そうだ」
(キップがあるんだった。えへへ)
 キトラはポケットにつっこんでおいたキップをとりだします。
(これだけでも、大きくなったしょうこってもんだよ。そうだよ、うん)
 キトラはキップをかいさつきに入れました。
 と。
 バタン!!
 とびらがしまってしまいました。
「ええっ!?」
(で、出られない!?)
『かかりいんまで、おもうしでください』
「な、な、ど、どうして?」
 キトラはもどされたキップを見ます。
(キップじゃないものを入れちゃったのかな?)
 いえ、たしかにキップです。
 ただし。
「ああキトラ、クシャクシャになってるからだよ」
 お父さんがかいさつきのむこうがわから、キトラのキップを見ます。
「えっ、ダメなの?」
 キトラのキップは、ポケットにぎゅっとつっこまれていたせいで、おれてクシャクシャ。かいさつきで、うまくしらべられなかったのです。
「そっちの駅員さんのいる方をとおりなさい」
「……はい」
(あああーーーーもう、かっこわるいったら!!)

「キトラ、ナラキさん!」
 まちあわせばしょのデパートのおくじょうには、お母さんのアスタさんと妹のタウラがまっていました。
「おまたせ、アスタさん、タウラ」
「とうちゃん、おそい!」
 タウラがぎゅっとお父さんの足にしがみつきます。
「それじゃ、お昼食べに行こうか。よさそうな店、見つけたのよ」
「そうだね。行くよ、キトラ、タウラ」
「はい」
「ごはーーーん」
 タウラはお父さんに手をひかれて、キトラはそのあとについて歩きます。
「そうだキトラ」
 お母さんがキトラを見ます。
「今日、はじめてキップつかって電車のったんでしょ? どうだった?」
「えと、その」
 キトラは口ごもります。
 しっぱいばっかりだったとは、言えません。
 ところが。
「すっかりお兄ちゃんらしくなってたよ」
 お父さんが言いました。
「えっ?」
 キトラはおもわずお父さんを見つめます。
(お父さん、ウソいってる?)
「キップをちゃんとかいさつきに入れられたし、どこかに行っちゃうこともなかったし、電車のせきにもしずかにすわってたし、かいさつきがうまくうごかなくてもないたりしなかったし」
「そっか、えらかったわね、キトラ」
 お母さんは、キトラのあたまをやさしくなでました。
(そっか、そうおもってくれたんだ)
 キトラはホッとしてわらいましたが。
(……でも、それって、むかしはものすごくダメな子だったってイミじゃ?)

 さあ、どうでしたっけね?

【おしまい】