キトラの冒険
作:ごんぱち
その33『雪国』

 トンネルをぬけると、雪国でした。
「うわー、すごい!」
 キトラはこえをあげます。
「こっちは、もうすっかり雪げしきですねぇ」
 むかいのせきで、カソはえきで買ったおちゃをのんでいます。
「ぼく、こんなにたくさん雪見るの、はじめてだよ」
「そうですか。わたしはたまに来ますよ」
 れっしゃは雪の町の中をはしります。
「やっぱり雪おろしで?」
「いえ、このまえは、雪のちょうこくをつくりに」
「ふーん」
 まどの外は、白い雪にすっぽりおおわれています。
 やねにぶあつい白い雪が、ぼったりとのっているようすは――。
「なんだか、ケーキにクリームをぬったみたいだなぁ」
「ははは、キトラはくいしんぼうですねぇ」
「だって、本当ににてるよ?」
「おなかでも空いてるんじゃないですか?」
「まあたしかに」
「安くしときますよ?」
 カソはスーツケースの中から、白いクリームのたっぷりのったショートケーキをとりだしました。
「……って、そんなものいつ買ったの?」
「こんな時のために、いつも入れてあるんです」
「ムリあるでしょ、それ!」

 えきのそとの道は、雪がふみかためられてまっ白です。
「うわぁ、白い雪だ!」
「雪が白いのはあたりまえですよ」
「ふつう、道の雪は、茶色でしょ」
 キトラの町で雪がふったら、道は土がまじってドロドロになるのです。でも、ここの雪はまっ白のまま。土の上のそのまた上のそのまた上ぐらいに雪がのっているのです。
「すごい、キレイだなぁ」
 キトラが雪の上にいっぽふみだすと――。
 ずるり。
「うひゃああっ!」
 足が雪の上でおもいっっっっっきりすべって、キトラはあおむけにころんでしまいました。
「い、いたたたた……」
「だいじょうぶですか、キトラ?」
「おしりうった」
 キトラはたちあがります。ふんばった足も、すこしすべります。
「雪はすべるから気をつけてって言ったでしょう」
「うー、こんなにすべるとは思わなかったよ」
 今までキトラがふんだことがある雪は、ドロドロ。ふみかためられたまっ白な雪なんてはじめてです。
「すべりどめのあるクツをそのへんで買いましょう」
「えっ!?」
「なにをおどろいてるんです?」
「カソ、もってないの?」
「じぶんのぶんは、もってますけど」
「だって、ぼくからお金をまきあげるために、買っておくのがカソってもんでしょう?」
「……キトラ、キミはわたしのことをなんだと思ってるんですか」
「金にとってもきたない火ネズミ」
「お金はだいじですよ。なんでも買えるんですから」
「買えないものだってあるんじゃない?」
「それはまだお金がたりないか、つかいかたがわるいだけです」
「言いたいことはわかる気がするけど、マネはしたくないなぁ」
「マネーのことだけに、マネはしない、ですか、あははは。これはうまい、あはははは」
「……そんなことは言ってない」

 えきビルのクツやですべりどめつきのクツを買ってから、キトラとカソは、あらためてそとにでます。
 キトラはジャンパーにけいとのぼうしとすべりどめつきのクツ、カソはいつもの火ネズミのせびろにすべりどめつきのクツです。
「あー、すこしはすべらないや」
 キトラのあたらしいクツは、雪のうえでもぎゅっととまります。もちろん、力をいれすぎたらとまりませんが。
「あんしんしちゃいけませんよ。すべるとか、すべらないとかじゃなくて――」
「うひゃあっ!」
「すべるばしょと、すべらないばしょがごちゃまぜになっているときに、いちばんころぶんですから」
「……そういうのをはやく言って」
 うつぶせにたおれたキトラは、おきあがります。
「でもすごいなぁ、こんなに雪がいっぱいなんて、なんだかウソみたいだ」
 キトラは雪をつかみます。サラサラで、すなみたいです。なげると、ぱぁっとひろがりました。
「キトラの家は、あったかいところですか?」
「ここよりはあったかいけど、ゆめの国のなかのほとんどのところよりはさむいよ。カソのとこは――って、カソはホームレスだっけ」
「ちゃんとありますよ。かえってないだけで」
「やっぱり、しっかりもののいもうととか、こうるさいお父さんとかお母さんとか、きんじょのしゃちょうとかがいて、けっこう子どもあつかいされたりするの?」
「……ちょっとあたってるだけにシャクですね」
 キトラとカソは、とある家のまえまできました。入口の戸のまえに、もう1まいガラスの戸があります。雪にうまらないくふうです。
「ごめんください、雪おろしに来たカソですが」
 カソがうちがわの戸をノックすると――。
 戸がしずかにひらき、とてもせのひくい人が出て来ました。
「――カソさん……ですね」
 せはひくいですが、からだはガッチリしていて、きものみたいなふくをきています。
「じぶん、コロポックルの、コロクルと……申します」
 コロクルは、きっちりとあたまをさげます。雪でこおりついたような、むずかしいかおをしています。
「このたびは、じぶんたちの……雪おろしを、ひきうけていただき、ありがとう……ございます」
「いえいえ、こちらこそあれだけのお給料を出していただけるなら、大かんげいですよ」
「だよねー。でも、あんなにお給料出してへいきなの? コロクルさんたちで、できないの?」
「……じぶんたちは、ぶきよう……ですから」

 キトラとカソは、はしごでコロクルたちの家のやねにのぼります。
 雪おろしをする家には、めじるしに黄色いハンカチがつけてあるので、すぐにわかります。
「うわー、やねにのぼるなんて、はじめてだよ」
 やねのまんなかに来たキトラはキョロキョロとあたりをみまわします。
 まっ白い雪につつまれた町が、とってもキレイです。たまに、風で雪がまいあがって、それがお日さまの光をはんしゃして、ダイヤモンドをくうきにとかしているみたいです。
「キトラはさんざ高いところに行ってるでしょう?」
「……やねの上は、またべつものだよ。まあリュウさんととんだときが、いちばんちかいかなぁ」
 キトラは雪おろしようの、うすくてかるいものでできたスコップをかまえます。
「それじゃあっ!」
 ざくり!
 キトラはスコップいっぱいに雪をすくいます。
 雪はふわふわで、思ったよりずっとかるいです。
「……と」
 かるい、ですが。
「どうしよう」
 キトラが雪をもちあげたのは、やねのまんなか。雪をどこにすてればいいのか、わかりません。
「キトラ、雪おろしは、はしっこからやるんですよ」
「……今、気づいたよ」
 キトラはやねのはしっこへあるこうとしますが。
 ずるり。
「ひゃあああっ!」
 足がすべりました。
 いきおいで雪がどさどさとおちて――。
「うわっ、うわっ、わわわっ!」
 キトラはあわててやねにしがみつきます。雪はズルズルとおちましたが、キトラはどうにかこうにかとまりました。
「気をつけてくださいよ。雪おろしのときのジコはすごくおおいんですから」
「まさか、いのちがけとは、思わなかったよ」
「おおかれすくなかれ、いのちをオロシガネでけずってお金にするのが、シゴトってものですよ」
「ゆめもきぼうもないなぁ」
「はい、キトラ」
 カソがロープをわたします。
「はいはい」
 キトラはロープをじぶんのおなかにまきます。カソもロープのはんたいがわを、おなかにまいています。
 これで、ふたりがやねのむこうがわとこっちがわにいれば、どっちがおちかけても、やねのてっぺんにひっかかってとまります。
「わたしは北のやねをやるので、キトラは南をおねがいします」
「うん」

 さくっ!
 さくっ!
 キトラはやねのはしっこから、雪をおとしていきます。
 ときどき足がすべってころびそうになりますが、ロープがあるのであんしんです。
 やねのうえに、どっしりのっかったゆきは、大きなスコップですくうと、なんだかぎゅうにゅうプリンみたいで、パッとなげすてるとサラサラと風にまぎれてとんでいきます。
 夢のせかいの雪は、キトラたちのせかいの雪よりもかるいみたいです。
「キレイだなぁ」
 さくっ。
 パッ。
 さくっ。
 ぱっ!
 しばらくつづけていると、体があったかくなってきました。あせがながれます。
「……でも耳はつめたいなぁ」
 ぼうしの中の耳を手でぎゅっとおさえたとき。
 ガクリ!!
 きゅうに、キトラの体がうしろにひっぱられました。
「うわっ、わわわっ!」
 キトラはあおむけにたおれます。
 でも、やねの上のほうに、ぐんぐんひっぱられていきます。
「うわっ、うわっ、わわわっ!!」
 ひっぱられて、そのままやねのむこうに――。
「なんのっ!」
 キトラは雪にしっかりうでをくいこませて、ふんばります。やわらかい雪を、ずいぶんとけずってから、やっとうごきはとまりました。
「なんだ、いったい?」
「キトラーー、ひきあげてくださーーい!」
「……カソがおちてたのか」
 そのあと、キトラはいちどもおちそうになりませんでした。
「おいしいとこどりされた……」

「ううっ、さむかった!」
 キトラははしごをおります。
「じゃあ、つぎの家ですね」
「うん」
 キトラとカソは、べつの黄色いハンカチがついている家を見つけ、やねにのぼります。
「ううっ、ゆびさきとかつめたい」
「そうですか?」
 カソはへいきなカオです。いつもとおんなじふくなのに。
「……カソ」
「なんです?」
「ひょっとして、火ネズミのせびろって、あついものだけじゃなくて……」
「ええ、さむいのもだいじょうぶですよ。あついのは、2000どぐらいまで、つめたいのはマイナス273どまでだいじょうぶです」
「マイナス300どぐらいだったら?」
 キトラとカソは、またやねのこっちがわとあっちがわにわかれて、雪おろしをはじめました。
「おんどっていうのは、そんなにつめたくはならないですよ」
「えー? そうなの?」
「ねつのエネルギーがゼロになるのが、マイナス273どなんですよ」
「じゃあ、そこをゼロどにすればいいじゃない? なんでそんなへんなすうじなのさ?」
「ふつうのゼロどは、水がこおるおんどなんですよ」
「そんなすうじ、つかわなきゃいいのに」
「つかいなれたものは、そうかんたんにはすてられないものなんですよ」

 キトラとカソは、そのあともどんどん雪おろしをつづけて、もう黄色いハンカチのある家のやねは、みんな雪がなくなっています。
「これで、さいごっ!」
 キトラは雪をやねからすてました。
「おつかれ……さまでした、こちらで、あったまって、ください」
 コロクルが、ハシゴの下からこえをかけます。
「はあい」
「やあ、シゴトはおわったときがいちばんきもちいいですねぇ」
 キトラとカソはハシゴをおります。
「さ……どうぞ」
 コロクルの家の中に、キトラとカソはあんないされます。
「うわ、あったかい……っていうか、あつい」
 そう。
 家の中は、しんじられないぐらいあったかくなっています。大きなヒーターが、家中をあたためているのです。
「さむい、ですから」
「それにしたって、やりすぎだと思うんだけど」
 キトラはジャンパーとセーターをぬいで、シャツだけになります。それでもまだあついです。夏といっしょです。
「ほどほどにしないと、もったいないじゃない?」
「じぶんたちは、ぶきよう、ですから」
 コロクルはだいどころから、ナベとおわんをもってきます。
 ナベの中には――。
「あっ、ぜんざいだ」
「おしるこですね」
「ええっ、ぜんざいだよ」
「おしるこでしょう?」
「……いえ、ゆでアズキの、サトウにに、モチを、いれたもの、です」
「いやまあ……」
「まちがってはいませんけど」
 コロクルは、おわんに「ぜんざい」、もしくは「おしるこ」、もしくは「ゆでアズキのサトウににモチをいれたもの」をつぎます。
 手もとがあぶなっかしくて、ちょっとおわんのふちにアズキがついてしまいました。
「どうぞ」
「いただきまーす」
「いただきます」
 あったかくてあまいアズキと、やわらかいおもちがからんで、とってもおいしいです。いえ、それだけではありません。
(ん? なんか、いいかおりがして、あまさもちがって)
「おや、オオオニグリではありませんか」
 カソがおわんから、ちいさくきられたオオオニグリのかけらをハシでひろいます。
「そうだ、オオオニグリだ。どっかでたべたことあると思った」
 まえにキトラが山の中でカソとたべたことがある、大きくておいしいクリのことです。
「いえ、これは……エゾオオオニグリです」
「ああ、このへんだとそうですね。カラがあったら見せてください。ぜひ」
「はい」
 コロクルはだいどころに行きます。
「カソ、オオオニグリならまえも見たじゃない? なんでわざわざカラなんか?」
「エゾオオオニグリはですね――」
「おまたせ、しました」
「うわっ!!」
 キトラはぜんざいをふきだしそうになりました。
 コロクルがかかえていたのは、大きな大きな――そう、うんどうかいの大玉ころがしにつかう玉みたいな、おっきなクリだったのです。
「すごいでしょう、キトラ?」
「……たしかにすごいんだけどさ」
「なんですか」
「大きさでゴリおしするのはどうかとおもうよ」
「いえ、大きいだけじゃ……ないんです」
 コロクルはクリをひっくりかえします。中をぬいたクリのカラでした。
「あの……中がつまってるんだけど」
「はい」
 クリのカラは、とってもぶあついのです。ぶあつすぎて、みのぶぶんは、ただのクリよりすこし大きいぐらい。つまり、99パーセントがカラ。
「そのしょくぶつ、ムリあるでしょ。めがでないでしょそんなにカラあつかったら!」
「めがでるまで、1000年かかります」
「だから、オオオニグリよりも高いんですよ。さあ、これでもめずらしさをうたがいますか?」
 じまんげにカソがむねをはります。
「めずらしいことはわかったけど、おいしさはフツウだなぁ」
「かーっ、キトラはあいかわらずもののかちがわかってない! クリをあじでしかかんがえられないなんて」
「たべもののかちは、あじできまるもんだよ……」
 キトラはぜんざいをたべます。たべます、が。
「ふー、なんか、あつくなってきた」
「あったまり、ましたか」
「それどころか、あついよ」
 いつのまにかキトラはあせだくです。
「つめたいもの、ない?」
「ありません。いつも、おきゃくさんに、いわれるんですが……もうしわけ、ございません」
「いや、そんな、このよのおわりみたいなカオであやまられてもこまるんだけど」
「これは、もともと、そういうカオです」
「と、つめたいもの、つめたいもの――そうだ!」
 キトラはポンと手をたたきました。
「雪があるじゃない! あれにアズキをかければ、こおりアズキだ」

 キトラたちはそとに出ました。
 出ましたが。
「……ない」
 雪がありません。
 すっかりありません。
 雪を山ほどつんだトラックがとおくになっていきました。
「ちょっとぐらい、のこしとけばいいのに」
 カラのおわんを、キトラはざんねんそうにみつめます。
「じぶんたちは、ぶきよう、ですから」
 もうしわけなさそうに、コロクルがアタマをさげます。
「あやまることでもないけど……雪、どっかにないかなぁ、いいかんがえだとおもったんだけど」
「ああ、でも、雪なら」
 つぎのしゅんかん。
 どさあああああああああっ!
 雪が、ふってきました。
 おちてくるみたいに、おもいきり。
「すぐに、ふります」
 キトラのおわんには、雪が山もり。
 キトラにも、雪が山もり。
「さむいっ、つめたいっ、うひゃあっ!」
 キトラはおおあわてで、家の中にもどりました。
「うわっ、あつい!」
 家の中はとってもあつくて――。
「よーし、こおりアズキだ」
 キトラはアズキをかけましたが……そのときには、もう雪は水になっていました。
「むぅ、もういちど!」
 それからキトラは7回ためしましたが、こおりアズキにはできませんでした。
「どうして、どうしてこんなにはやくとけるんだ!」
「あの……キトラさん」
 えんりょがちにコロクルが言います。
「アズキを、さまさないと、こおりは、とけます」
「それを、はやく、言ってよ!」
「もうしわけありません、ぶきよう、ですから」
「言うぐらい、ぶきようでもできるでしょ?」
「わたしはただ、おもしろかったので」
「カソはそーだろうねぇ」

 かえりのれっしゃが、雪のふる町の中をはしりぬけていきます。
 家のやねにどんどん雪がつもっていきます。
「……なんか、来たときより、雪がふえてる気がするんだけど」
「雪のおおい町ですからね」
「コロクルさんの家も、やっぱり雪にうまってるのかなぁ。ムダになっちゃったかなぁ?」
「雪が2ばいつもったら、家がつぶれてしまうんですから、ムダじゃないですよ」
「そっか……ふぁふぁ、つかれた」
 クリームをとおりこして、スフレみたいにふりつもる雪を見ながら、キトラは目をとじました。
「ふふ、おつかれさま」

「……キトラ、ちょっとキトラ、みてごらん」
「ふにゃ?」
 目をさますと、お父さんのナラキさんがキトラをゆさぶっていました。
「ほら、そとそと!」
 お父さんにおいたてられるようにして、キトラはカーテンをあけます。
 すると。
「わぁ……」
 雪が、ふっていました。
「はつ雪だよ。こんなにはやいのはめずらしいね」
「うん。つもるかなぁ?」
「それはどうだろう?」
「つもったら、やねの雪おろしやるよね? ぼく、とくいだからまかせてね」
「そのときはたのむよ。あははは」
 雪はしずかにふりつづきます。
 冬が、やってきました。

【おしまい】