キトラの冒険
作:ごんぱち
その30『虫とキトラ 前編』

 ミーンミーンミーンミーンミーン……。
 あちこちの木から、セミのこえがたたきつけるみたいに、きこえています。
「よくにげなかったな、キトラ」
 サリスがニヤリとわらいます。
 手には、ながいものをもっています。
「サリスなんかからにげたら、町中のわらいものだよ」
 キトラも、ながいものをもっています。
「はじめるぞ!」
「のぞむところだよ!」
 キトラとサリスは、そのながいもの――虫とりアミ――をかまえ、ぞうき林のおくへとはしっていきました。

 キトラはサリスとわかれて、林の中をあるきます。
(ぼくのほうが、虫とりがうまいって、おもいしらせてやるんだから)
 キトラの家のちかくにある林ですが、なかなかふかくてちょっとした森か、山みたいです。
 いろんなしゅるいの木がはえていて、足もとには木のねっこがはしっていて、うっかりするとつまづきそうになります。
 木のえだからこぼれるお日さまのひかりは、木のはっぱをキラキラとひからせて、とてもきれいです。
 でもキトラに、そんなけしきをたのしむよゆうなんてありません。
(虫、虫、虫……)
 サリスよりもたくさん、すごい虫をつかまえなければ、まけです。
(虫、虫、虫、虫、虫、虫!)
 すごくなければいけません。
 たくさんなければいけません。
 あるしゅるいの虫がすごいのか、もようがすごいのか、大きいのがたくさんなのか、かずがおおいのがたくさんなのか、きめてはいません。
 キトラとサリスのバトルに、ルールは、いりません。まけたとおもっているのに、ルールにかちまけをまかせるなんて、かっこうのわるいことです。
 キトラはふと足をとめます。
 太い木に、アブラゼミがとまっているのが見えました。
 ジーーージーーー……。
(セミかぁ……)
 アブラセミなんて、めずらしくもなんともありません。
(でも、さいしょは、これでいいや)
 キトラは足おとをたてずに、そっとセミにちかよります。
(お父さんは手でつかまえてたけど、それはムリだなぁ)
 林の中の木といっしょになったきもちで、いきをとめて。
 ジーーーージーーーージーーーージーーー……。
 そうっとアミをのばして……。
 ジーーーージーーージーーーージーーー……。
 しずかにアブラゼミにちかづけて……。
 ジーーージーーーージーーーー……。
「やっ!!」
 ジ、ジジ、ジジジジ、ジジジジ!!
 おみごと!
 キトラはアミで、しっかりとアブラゼミをつかまえていました。
 アブラゼミはにげようとアミのなかであばれますが、もうにげられません。
 キトラはアミをひきずってじめんにもってきてから、手でつかまえて虫かごにいれます。
 虫かごのなかで、アブラゼミはジージーいっていました。
「まずは1ぴき」
 キトラはアミをかまえ、またあるきだしました。

「ふー、あつい……」
 キトラは家からもってきたすいとうの水を、ゴクゴクのみます。
 セミのこえは、ひっきりなしにきこえていますが、もう耳がなれてしまって、うるさい気はしません。
(どんなのが1ばんだろう)
 木のあいだをとおりぬける風は、とてもすずしくていい気もちです。
(やっぱり、りっぱなのがいいなぁ)
 キトラは虫かごを見ます。
 中では、さっきとったアブラゼミが、ときどき思いだしたみたいに「ジジ……」とないています。
(りっぱな、きれいで、おっきくて……)
 キトラはあるきだします。
 木には、やっぱりアブラゼミがいっぱい。
(アブラゼミを100ぴきもとったら、それなりだけど)
 そのときです。
 キトラの目のまえを、なにかがとおりすぎました。
 ひら、ひら、ひらと。
(チョウ?)
 大きなアゲハチョウでした。
 ふつうのアゲハチョウの2ばいもあります。ハネのもようもとってもキレイで、ほうせきをちりばめたみたいです。
「これだっ!」
 キトラはたたきつけるみたいに、アミをふりました。
 ひら……ひら。
 でも、ふわりとアゲハチョウはよけます。
「えいっ、やっ、それっ!」
 なんどもなんども、キトラはアミをふりまわします。
 それでもアゲハチョウは、ひらひらふわふわ。
「まてーーー!」
 くふうのカケラもないさけびをあげながら、キトラはアゲハチョウをおいかけていきました。

「はぁ、はぁまて、まて、まてまて!」
 あつい日です。
 そんなにながく走っていませんでしたが、キトラはもうあせだくです。
 でも、アゲハチョウはひらひらひらひら。
 キトラがアミをふりまわしても、ぜんぜんつかまりません。
「むきーーーーー!」
 アミをめちゃくちゃにふりまわしますが、やっぱりアゲハチョウはつかまりません。
 つかまらないと、なおさらりっぱに、キレイにみえてくるものです。
「なんとしても、つかまえる!」
 木のねっこにつまづいて、なんどもころびながら、キトラははしります。
「だあああああっ!」
 いつのまにかキトラは、小さなキズやドロだらけ。
 それでもアゲハチョウはひらひらひらひら。
 木のあいだからこぼれる、お日さまのひかりをあびて、キラキラしています。
「はぁ、はぁ、はぁふぅ、ふぅ、へぇ……」
 とうとう、アゲハチョウはガケのむこうにとんで行ってしまいました。
「あーあ……」
 キトラはガケを見おろします。
 キトラのせのたかさの、5ばいぐらい。
 キトラはガケのふちを、足さきでつつきます。土がゆるくて、ボロボロとくずれました。
「これは……」
 ふつうの子なら、おもわずおりてしまうところですが、いろんなところでぼうけんをしてきたキトラには、これがあぶないたかさだとわかってしまいました。
「むぅ、ざんねん」
 あきらめてキトラがひきかえすと――。
「あっ!?」
 そこには、1本の大きな木がありました。
 木には、ふかいキズがついていて、じゅえきがあふれています。そして、そこにはいろんな虫が、あつまっていました。

「おそかったな、キトラ」
 林の出口ちかくに、サリスがいました。
「おそかっただけのものは、見せてあげるよ」
 キトラは虫かごをあけて、中の虫をみせます。
 キラキラ光るアオカナブンに、ものすごいアゴをしたシロスジカミキリ、このじきには少ないモンシロチョウに、とおりすがりのシオカラトンボ、それにアブラゼミ。
 キトラの虫かごは、いっぱいです。
「たくさんとったな」
 サリスはおどろいたカオをします。
「いいじゅえきを見つけてね。フフフ、どんなもんだい」
「フフフ、じゃあオレのだ」
 サリスは虫かごをあけて、1ぴきの虫を出しました。
「ああっ!」
 それは――キトラがおいかけてつかまらなかった、あの大きなアゲハチョウでした。
「な、な、どうして!?」
「花がいっぱい生えてるとこで、ずっと虫をとってたら、どっかからやって来てな。がはははは!」
 サリスの虫かごにはチョウやバッタやテントウムシ、草むらや花のちかくにいる虫でした。
 キトラのとったじゅえきにあつまる虫よりは、つよそうではありませんが、アゲハチョウ1ぴきでぎゃくてんです。
(そうか、アゲハチョウをおうんだったら、エサのあるとこ……)
 キトラはがっくりかたをおとします。
 もうどっちがかったかは、あきらかでした。
「サリス、こんどはまけないぞ」
「おう、のぞむところだ!」
 お日さまはほんの少し、かたむいていました。
 風が、すずしくなっています。

(……と、さわやかにおわるのもシャクだしなぁ)
 サリスとわかれたキトラは、ひとりでまだあかるい林の中をあるきます。
「すごい虫を見つけて、おどろかせてやるぞ」
 キトラはいつのまにか、さっきのじゅえきが出ている木まで来ていました。
「やっぱり、カブトムシとかクワガタがいればいいんだけど……」
 じゅえきには、カナブンやカミキリムシはいますが、カブトムシやクワガタはいません。
(やっぱり、買わないとダメなのかなぁ)
 でも、お父さんのいなかでは、とったことがあります。あのときは、たしかにじゅえきにあつまっていました。
(シゼンが少ないって、こういうことなのかなぁ。シゼンってなんだかわからないけど)
 キトラは木をじっくりとながめます。
 シロスジカミキリ、アオカナブン、モンシロチョウ、アシナガバチ、アリもなんびきか。
「1ぴきぐらいまぎれてたっていいのに、ケチだなぁ」
 アシダカグモ、カナブン、ミヤマカミキリ、デカイムシ、モンキチョウ。
「いないなぁ」
 アゲハチョウ、ミンミンゼミ、スゴクデカイムシ、トノサマバッタ。
「なんか――」
 ショウリョウバッタ、ニンゲングライアルデカイムシ。
「え?」
 キトラは、じゅえきをペロペロなめている虫を見ます。
 カナブンともカブトムシともちょっとちがうカタチをしていて、ちゃ色っぽい色をしています。
 それはいいんですけど。
 アタマが、キトラとおなじたかさにあります。
 足が、キトラの足とおなじじめんについています。
「ん? なんじゃ?」
「おおおおきいいいいいいい!」
 そうです。
 その虫は、キトラとおんなじぐらいの大きさだったのです。
「えっ、ちょっと、なんで、まさか?」
 キトラは、アタマの中がぐちゃぐちゃにこんらんしています。
「ええと、とりあえず!」
 ぱさっ。
 虫のアタマにアミをかぶせます。
「ふー、やれやれ」
「……やれやれじゃないじゃろ」
 虫は、上の足でアタマからアミをとります。
「ええ……と」
 キトラはアタマの中が少しづつおちついてきます。
「あの、その、いまおきてるよね……」
「いま、メシのさいちゅうじゃけん、ちょっとまっとき」
 ペロペロベロベロベロベロ、ちゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅずずずずず。
「ぷはっ、ふーー」
 虫は、木から口をはなして、キトラを見ます。
「あんた――」
「ひょっとして、ゆめのせかいの人?」
 キトラがさきにたずねていました。
「あんた!」
 虫はキトラにつめよります。
「あんた、もどるほうほうしってるんか?」
「もどる?」
「そうじゃ、うちは2年ぐらいまえ、とつぜんこのせかいに来たんじゃ。なにがなんやら、さっぱりわからん」
「2年……」
「よーくおもいだしてみると、ほうちょうのさきみたいなもんがあったような気もするんじゃが、いっしゅんのことじゃったし」
 ほうちょう。
 ゆめのせかいとキトラのせかいをつなぐ。
 2年ぐらいまえ。
(……リンガだ)
 リンガがなんでもきれるようになったとき、めちゃくちゃにせかいのさかいめをきったひがいしゃのようです。
(いまさらながら、リンガがけいむしょに入ったワケ、わかった気がする)
「でもキミ、ゆめのせかいのどのあたりのひと? 虫っていうと、パティシエのクロヤマさんぐらいしかみかけなかったけど」
「ああ、テンリョウからはずっとはなれているんじゃ。でも、まずはむこうにもどらんと話にならんけぇ」
「……ぼくに心あたりがあるから、まかせてよ」
(やれやれ、わるいことしちゃったなぁ。ぼくのせいでもないけど――って、フウインといたのぼくだっけ)
「ぼくはキトラ、キミは?」
「おおっと、言っちょらんかったな、ウチはグレートビートルのイースや、よろしゅう」
 イースはかるくおじぎをして、ハネをひろげます。くろっぽいカラのうちがわのハネは、青、金、緑色にかがやいていました。
(ああ、やっぱり、こっちのせかいのひとじゃないや)
「じゃ、そこでまっててよ、じゅんびしてくるから」
「ありがとな」
(サリスにはじまんできないなぁ……)
 キトラが林から出たときには、もうまわりはゆうやけにつつまれていました。

【おしまい】