キトラの冒険
作:ごんぱち
その26『さがしものはなんですか?』

「あ……」
 ようちえんのトイレから出て、手をふこうとしたキトラは、かたまりました。
「ハンカチ、ない」
「……わすれたの?」
 ラグヤがたずねます。
「ううん、さっきの休みじかんのとき、つかったから」
「……じゃあ、おとしたんだ」
「そうかな、やっぱり?」
 ふたりはトイレにもどります。
 みずいろのタイルばりのトイレは、よくそうじされていて、ゆかにはなにもおちていません。
「こっちは、どうかなぁ?」
 こしつのドアをあけますが、そこにもハンカチはおちていません。
「そもそも、ぼくはここはいってないし……」
「……そうじどうぐ入れにもない」
「水道の下にもないなぁ」
 キトラはくびをかしげます。
「じゃあ、トイレに来るまえから、おとしてたのかなぁ」
「……らしいね。うん、ゴミばこにもない」

「おちてないなぁ……」
 キトラとラグヤは、ろうかをすみずみまで見ながらあるきます。
「ラグヤ、そっちはどう?」
「……こっちもないよ」
 オレンジ色の、ツルツルしたろうかです。
「ないなぁ」
「……ないね」
「うーむ」
 と、そのとき。
「あっ」
 おちていました。
「それ!」
 キトラは、かけよります。
「ガビョウだ!」
 おちていたのは、あかいプラスチックのあたまがついたガビョウでした。
「……そこからぬけたらしい」
 けいじばんのポスターから、ガビョウが1本はずれてバタバタはためいています。
「えい」
 プスッ。
 キトラはガビョウで、ポスターをとめます。
「よし、これで……」
 ところが。
 コロン。
 カラカラカラ……。
「……あ」
 すこし風がふいただけで、ガビョウがまたぬけてしまいました。
「……もっとつよくささないとダメだ」
「わかってるよ」
 キトラはガビョウをひろいます。
「えいっ、とっ!」
 グサッ。
 ハリがはんぶんぐらい、つきささりました。
「これならだいじょうぶだよ」
「……そうかな」
 すこし風がふきました。
 ポスターはバタバタはためくけれど、ぬけません。
「ほら。行こう」
 と。
 もうすこしつよい風がふきました。
 コロン。
 カンカンカラカラカン……。
「……やっぱりぬけた」
「やっぱりって、なんだよぉ」
 キトラは、ガビョウをぎゅぅっとつきさして、ついでにクギみたいにたたきます。
「これでどうだっ」
 トン、トン、トントン。
「どうだどうだっ!」
 トントントントントントン。
「さあさあっ!」
 とうとう、ガビョウのハリは、ねっこまでけいじばんにつきささりました。
「ははは、これでどうだ。これならあんしんだ!」
「……これでもぬけるなら、もうボクたちのチカラではどうしようもないとおもう」
 すこし風がふきました。
 ガビョウはぬけません。
 すこしつよい風がふきました。
 それでもガビョウはぬけません。
 もっとつよい風がふきました。
 やっぱりガビョウはぬけません。
「よーし、かった!」
「……かちまけでいうなら、たしかにかちだね」
「さ、もどろう」
 キトラはへやにもどろうとします。
「……ハンカチはいいの?」
「あっ、わすれてた!」

 キトラとラグヤは、またろうかを見ながらあるきます。
「虫メガネとかがあれば、たんていっぽいんだけど」
「……あるよ」
 ラグヤがポケットから、虫メガネをだします。
「あっ、すごい! かしてかして!」
「……いいけど」
 キトラはラグヤの虫メガネで、ろうかをしらべます。
「おおっ!」
「……なにかあった?」
「ほらっ、こんなとこに葉っぱが」
「……ふーん」
 くまなくしらべます。
「あっ!」
「……なに?」
「ビーズがおちてる」
 ちいさなビーズがひとつ。
「だれかのアクセサリーからはずれたのかな?」
「……たぶん、こんなにちいさいと、おとしたひとも困ってないとおもう」
 しらべます。
「なんと!」
「……ん?」
「アリがいるよ、ほら」
 ちいさなちいさなアリが1ぴき。
「……いるね」
 しらべ……。
「うーん」
 しら……。
「とー」
 し……。
「だあああっ! ちっちゃいものしか見えないよ!」
「……見えないね」
「そもそもハンカチはおっきいから、つかうイミぜんっぜんないんじゃないか!」
「……虫メガネは、そういうものだから」
「気づいてたら言ってよ!」

 キトラとラグヤは、トゲナシサボテン組のへやにもどります。
「ゆかにおちては――いないなぁ」
「……ないね」
 しゃがんでゆかを見ますが、ゴミぐらいしかおちていません。
「どうしたんだい、キトラくん」
 ジニアスせんせいがこえをかけます。
「い、いや、なんでもないです」
「ホントウかい?」
「ホントウです」
「ホントのホントにホントウかい?」
「ホントのホントにホントウです」
「ホントにホントにホントにホントにライオンかい?」
「ウサギですけど」
「……せんせい、ムリにボケなくていいです」
「ワタシはムリなんてしてないさ。ハ、ハ、ハハハ!」
 ジニアスせんせいは、いたいたしい顔でわらいます。
「困ったことがあったら、なんでもせんせいにそうだんするんだよ。せかいじゅうがてきにまわっても、せんせいはキミたちのみかただからね!」
「いや、そんな大げさなこといわれても」
「……あんしんしてください。たとえそういうことになっても、せんせいにおせわになる気はさらさらないです」
「あ……え、そう……うん、たのもしいね、かんしんだね……」
 ジニアスはさっていきました。うしろすがたが、なんだかさびしそうでした。
「……キトラ、せんせいにいわなくてよかったの?」
「だって、すぐにどこかで見つかるかもしれないし、ねぇ?」
「……つまり、じぶんのしっぱいを、みとめたくないんだね」
「ラグヤ……えんりょがないね」
「……ありがと」
「ほめてないよ……」

 かえりのじかんになりましたが、ハンカチはみつかりませんでした。
「ない……やっぱりない」
 ろうかはさがしました。
 ゆかはさがしました。
 トイレもさがしました。
 カバンの中も、つくえの中もさがしました。
「……まださがす気?」
 はんぶんぐらいの友だちが、かえりました。
「いや」
 キトラは大きくためいきをつきます。
「しかたない、あきらめよう」
「……まあ、さがすのをやめたとき、見つかることもよくあるからね」
「あきらめて」
 キトラはラグヤに小さなこえで言います。
「ハンカチがきえちゃったことにしよう」
「……なるほど」
 ラグヤはうなずきます。
「……つまり、キトラがマヌケにもハンカチをおとしてなくしたんじゃなくて、なにかどうしようもないりゆうがあって、『ああ、これなら、たしかになくなってもしかたがないなぁ』とおもわせるウソをでっち上げて、みんなをだますってこと?」
「そ、それじゃ、まるでぼくがわるい子みたいじゃないか」
「……ウソをつくのはわるい子だよ」
「むぐっ!」
「……でも、おもしろそうだから、つきあうよ。キトラひとりじゃ、どうせバレバレのウソしかつけないだろうし。ウソがバレてもバレなくても、ボクがおこられるわけじゃないし」
「ラグヤ……いいせいかくしてるよ」
「ありがとう」
「ほめてないよ!」

 キトラとラグヤは、おむかえをまってあそんでいる友だちから、すこしはなれたばしょでさくせんかいぎをします。
「どういうことにすればいいのかな?」
「……大きなウソは、小さなウソをかくすって」
「大きなウソ……」
「やあ、どうしたんだい、ふたりだけで!」
 ジニアスせんせいがやってきます。
「みんなであそんだほうがたのしいよ。さあ、みんないっしょに!」
「えっ、あっ」
「……せんせい、ボクたちは、友だちをかずではかるような、うすっぺらいオトナにはなりたくないんです。ひろくあさいつきあいよりも、せまくふかいつきあいをだいじにしたいんです」
「うすっぺらい……そんな、うすっぺらい、なんて。いや、そんなワケが……まいにち、メールで『親友だよね』ってかくにんしてるし、そうだ……うすっぺらいなんて、うすっぺらくなんて、じょうだんじゃ、じょうだんじゃないそうだよ……」
 ジニアスせんせいは、へやのすみでくらくなってしまいました。
「ラグヤ……むかしからおもってたけど、キミはけっこうこわいひとだね」
「……ありがとう」
「ほめて……ないんですけど」

「じゃあ、ハンカチをもってこなかった、っていうのはどうかな?」
 ヒソヒソとキトラとラグヤははなします。
「……それはダメだね。お父さんかお母さんに、『ハンカチがひとつへってるなぁ?』っておもわれたらおしまいだよ」
「そっか。じゃあ、やぶれたからすてちゃった、ってのは?」
「……どうしてやぶれたの?」
「え? あ、いや、本当はやぶれてないけどさ」
「……そうじゃなくて、そういうウソのばあい、どうしてやぶれたかを、かんがえないと」
「ラグヤ、ウソつきなれてるね?」
「……ボクはウソはつかないよ。ウソをつく子だっておもわれるより、本当のことを言っておこられておいたほうが、いろいろトクだからね」
「そうかなぁ。おこられるほうがイヤだけど……」
「……フフ。そっちがふつうさ」
「とと、そんなこと言ってるばあいじゃない。はやくしないと、お父さんがむかえに来ちゃう」
 あわてながらキトラはかんがえます。
「えーとえーと、ぬすまれたっていうのはどうだろう?」
「……だれに?」
「あっえっ、ええと、友だちに」
「……どうしてとりかえさないの?」
「あ」
「……こんなのはどう?」
 ラグヤは、にんまりわらいます。
「……ひる休み、そとであそんでいたら、まよいネコがやって来たんだ」
「え? そんなの来てないよ?」
「……ウソのはなしだよ」
「あっ、そうか」
「……ネコは右のうしろ足をケガしている。みつけたキトラは、ハンカチでてあてをしてあげた」
「なるほど」
「……てあてがおわったら、ネコはにげてしまった、と。どう?」
「えっ、そんな、だいじなハンカチをつかっちゃって……」
「……ケガがいたそうだったから、ほうっておけなかった」
「そのネコはどこへ?」
「……ネコは気まぐれだから、どこから来てどこへ行くかなんてわからないよ」
「ほかの友だちとかジニアスせんせいは、きづかなかったの?」
「……ひるやすみ、せんせいはドッジボールについてたからね。それにこれは、ほんの2、3分のあいだのことだから」
「なーるほど。ネコ、だいじょうぶかなぁ?」
「……ウソのはなしだから」
「とと、そっか」
「……これが、大きなウソ」
「うんうん、いいね、それ」
 キトラは、なんどもうなずきます。
「よしっ、じゃあ、そういうことにしよう」
「……ちゃんとおぼえてる?」
「もちろん。まよいネコがきたから、ハンカチをまいてあげたんだよね」
「……どうしてまいたの?」
「え? ええと」
 キトラはクビをかしげて、おもい出します。
「その――ケガ! そう、ケガしてたから」
「……どこを?」
「あ、え、その、あれれ? カオだっけ? それとも目……」
「……目にまいたら、見えなくなっちゃうよ」
「そ、そっか。足だ。右のうしろ足」
「……どうしてジニアスせんせいはそれをしらないの?」
「えええっ!? いや、その、あれは、えーと、ジニアスせんせいがねむってて」
「……せんせいがしごと中にねむるわけないでしょ」
「あ、と、えーと、えーと……」
「……ドッジボールについてたんだよ」
「ああっ、そうだった!」
 アタマに手をあてて、キトラはつぶやきます。
「ええと、ネコがきて、足をケガしてて、ハンカチをまいたらにげて行っちゃって。でも、みんなドッジボールとかやってたから見てない、っと」
「……うん」
「よーし、これでカンペキだ!」
 ちょうどその時。
「キトラ、またせたね」
 お父さんのナラキさんが、むかえにきました。会社のかえりで、せびろをきていました。
「あっ、お父さん」
「……じゃあね、キトラ」
「うん、またねラグヤ」

 かえり道を、キトラとお父さんはあるきます。
「え、えとね、お父さん」
「なんだい?」
「ハンカチを……」
 ところが、そのさきにキトラのことばはつづきませんでした。
 こえが出ません。
 しんぞうがバクバクいって、アタマの中があつくなります。
「どうしたんだい?」
「ハン……」
「ん?」
「ハンカチ、なくしちゃった」
(し、しまったーー!)
 ラグヤとつくったウソは、ぜんぶアタマの中からきえていました。
「おとしたの?」
「うん……たぶん」
「つぎからおとさないほうほうを、かんがえなさい」
 お父さんは、ほんのちょっぴりこわいカオをしていました。
「……はい」

 いえにかえったキトラは、お母さんにもしかられました。
(あーあ、せっかくれんしゅうしたのになぁ)
 キトラは、カメのゲンさんのぬいぐるみをまくらにして、ベッドにねころがります。
(まあいっか。ウソかんがえるの、ちょっとおもしろかったし。たとえば、あのあと……)
 トントン。
「キトラ」
「うわっ!!」
「なにおどろいてるの? デンワよ」
 お母さんのアスタさんが、キトラにデンワをわたします。
「ありがと――もしもし?」
『……キトラ、どうだった?』
 デンワは、ラグヤからでした。
「うん、うっかり本当のこと言って、しかられちゃった」
『……フフ。キトラらしいね』
「なんだよー」
『……ほめてるんだよ』
 ふたりはわらいました。
「あのさあのさ、ネコのはなし、にげちゃったあとにどこに行ったとおもう?」
『……ネコのしゅうかいかな』
「それじゃおもしろくないから、ネコの国にしない?」
『……なるほど、それはどんな国?』
「えっとね、ゆめの国ににたようなとこがあったんだけど……」

 それからキトラとラグヤは、ウソのネコのはなしを、ずいぶん長いことはなしました。

【おしまい】