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キトラの冒険
作:ごんぱち
その8『さかさまむら』
「ゲンさぁぁぁぁぁん!」
ゆめのせかいのもりのなかに、キトラのこえだけがひびきます。
(――もう、またゲンさんまいごになっちゃった)
ほんとうは、キトラがまいごになったのかもしれませんが、とにかくキトラはそうおもいました。
「まあいいか。こんどのゆめであえば」
キトラはあるきだしました。
きのはっぱは、たいようのひかりをすかして、まるでステンドグラスのよう。
あしもとのくさは、とりのはねのようにやわらかで、ふわふわしています。
とおりすぎるかぜは、キトラのからだにしみこんで、つかれも、イライラも、あせりも、すっかりあらいながしてくれそうでした。
あしどりもかるくあるくうちに、もりがきれ、とおくにいえがみえてきました。
キトラは、はしりだしました。
しらないひととあうのは、ちょっぴりこわいですが、ゆめのくににかぎっていえば、わるいひとはそんなにいないのです。
キトラは、ふとみちばたにたてふだがあるのにきづきましたが、そのままはしって――。
はしって――。
おっこちました。
「え?」
あたまから、おっこちました。
「え? え?」
まっさかさまに、おちたのです。
「えぇぇぇぇ!?」
そらに。
「と、とんでる?」
――というよりも、おちています。まるで、うえとしたが、さかさまになったよう。
「うわわわあぁぁあぁぁ!」
そのときです。
「あぶないっ!」
キトラのあしに、なげなわがひっかかりました。
「あ、わ、わ?」
した――じめんのほうをみると、なんにんかのひとたちが、キトラのあしにからんだなげなわを、ひっぱりよせていました。
「みんな、いくよ!」
いちばんせんとうの、おんなのひとがさけびました。
「おう!」
「よっしゃっ!」
「いくぞを!」
キトラはぐいぐいとひっぱられていきます。
「よいせっ!」
「よいっしょ!」
「よいやさ、よいやさ!」
じめんはどんどんちかづいてきて、ようやくキトラはつちにさわることができました。
キトラは、おんなのひとのいえにあんないされました。
「あぶないとこだったね、キミ」
「えーと……」
キトラはおんなのひとをみます。キトラのおかあさんよりもずっとわかい、おおきなひとです。うでがふとくてこえもおおきくて、ちょっとおとこのひとみたいでした。
「あたしはロカだよ」
「えっと、ぼくはキトラ」
ロカのいえのなかは――さかさまでした。
てんじょうにゆかがあって、テーブルやタンスや、うえきばちなんかがおいてあります。
てんじょうのゆかにたっていると、なんだかそっちのほうが、したみたいです。まどがなかったら、ぜったいそうおもうはずです。
「へんでしょ?」
「いや、そんな」
「ははは、きをつかわなくていいよ」
ロカはひきだしをあけて、ビンをとりだしました。ビンのなかには、プルーンみたいなドライフルーツがはいっています。
「はい。2、3こもっていきな」
「なに、これ?」
「『ふうせんプラム』だよ。もしもまた、そらにおっこちそうになったら、たべるといいよ。からだがうきあがって、じめんにもどれるから」
「ありが……とう」
「それから、このクツ。ふるいけど、これだと、おっこちないから」
ロカはげたばこから、ふるいクツをだします。
「いいの?」
(あんまりしんせつにされるのも、おかしなきぶんだなぁ)
「あたしのおふるだから、えんりょしなくていいよ」
キトラのきもちにきづいたのか、ロカはわらいました。
「でも」
「そとからのおきゃくさんなんて、だれもこないし」
「だれも?」
びっくりしてキトラはききかえします。
「そらにおっこちたら、どこにいくかわからないむらだよ? わざわざくるのは、そうとうなマヌケだよ。あはは」
ロカはわらいました。
(あれ?)
でも、そのわらいは、ほんのちょっぴりさびしそうでした。いえ、それにきづいたいまは、なんだかロカのわらいがぜんぶさびしそうにみえてきます。
「ねえ、ロカ?」
「なんだい、キトラ?」
「おっこちたらどうなっちゃうの?」
「そらのかなたにいっちゃうのさ」
「そらのかたなって?」
「あたしもいったことはないからわかんないけど、マグマにやかれるか、ブリザードでこおりづけになるか、ハリでくしざしにされるか、とにかくとんでもないことになるのだけは、たしかだね」
「そっか――それじゃ、なんかおっこちないほうほうないの? なんにもしらないひともあぶなくないように」
キトラはかんがえながらいいます。
「みちにてんじょうをつけて、そっちをあるくとか、てすりをつけるとかしたら、みんなもくるんじゃないかなぁ?」
「みちをぜんぶ?」
「あ……そうか」
それでもキトラはかんがえます。
「そうだ、ひっこしたら? べつのとこに」
「うまれてそだったむらを、はなれられないよ。むらのみんなが、おなじところにひっこせるともかぎらないしね」
「それじゃあ、それじゃあ……」
「やさしいね、キトラ」
「そ、そんなんじゃないけど」
「あたしたちはこれでいいんだよ」
ロカは、キトラのあたまをぽんとなでました。
「きをつけてかえりな。もう、このむらにちかよっちゃだめだよ」
クツからとびだしたキバが、じめんにくいつき、キトラのからだをささえます。
(ものすごいクツだなぁ)
ロカのいえが、とおくなっていきます。
(……なんにも、できないのかなぁ)
とてもクツがおもいのです。
(ロカ、さびしそうだったな)
だれも、このむらにちかよらない。それは、どんなきぶんなのでしょう。
(このせかいには、もっともっとずっとずっとひとがいるのに)
なぜだか、キトラまでさびしいのです。きゅっと、むねがいたむのです。
(だれもちかよらない、むら……)
キトラのめから、ポロリとなみだがこぼれました。
なみだはしずくになって、そらへすいこまれていきました。
「ロカ……」
キトラがおもわずふりかえった、そのとき。
スポッ!
「え?」
クツが、ぬげました。もともとおおきかったクツが、すっぽりとぬげました。りょうあしとも。
「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
キトラはまっさかさまに、そらにおちていきました。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」
キトラはまだおちています。
「あぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああ!」
どんどんおちています。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
しつこくおちています。
あんまりながくおちているので、なんだかキトラはどうでもよくなってきました。
(……あ、そうだ)
どうでもよくなったせいで、やっときがおちつきました。
(ふうせんプラムがあったんだ)
キトラはポケットからふうせんプラムを、とりだそうとしました。
(まてよ)
からだをくるりとかいてんさせ、そらをむきます。すごいかぜが、キトラのかおをたたきました。
(いったい、どこまでおちるのかなぁ)
ふうせんプラムがあれば、いつでももどることはできるはずです。
(でも、もしもとんでもないところにいっちゃったら……)
いったさきに、マグマがあったり、ブリザードがふきあれていたり、ハリがいっぱいはえていたりしたら。
(でも)
ポケットのなかの、ロカからもらったふうせんプラムを、ぎゅっとにぎりしめました。
(わからないから、こわいんだ)
ロカのさびしそうなかおがうかびます。
(このそらのむこう、そらのかたなに、なにがあるのかつきとめれば!)
「なにがおきたって」
もうまよいません。
「どんなことがあったって」
キトラはおちていきます。
「だいじょうぶ。ぼくは」
(どんな、ことが)
どんどんどんどんスピードがあがって。
(ことが……)
どんどんどんどん。
「わ、わわわわ、わあああっ! ほんとうにはやい!」
……こわいものは、やっぱりこわいのでした。
「きゃぁぁあああああああ、おちるぅぅぅぅぅぅぅ……!」
キトラがずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとおちて、さけびごえもあげつかれたころ。
(やっぱり、そらにはてなんかないのかなぁ)
キトラはポケットのふうせんプラムをとろうとして、くびをよこにふります。
(ううん、ぜったいつきとめるんだ)
こころにうかぶまよいをふりはらって、キトラはさきをみます。
そのとき。
(あれ?)
キトラはふと、おちるさきにみえるほしのひとつが、うごかないことにきづきました。
(あれって)
ほしは、どんどんおおきくなってきます。
たいようみたいなまぶしいほしではなく、つきみたいになんにもないほしでもありません。くもやうみやりくがみえる、あおいほし。
みどりいろのじめんが、どんどんどんどんどんどんどんどんせまって――。
「ぶ、ぶつかるぅぅぅ!」
キトラはおおあわてで、ふうせんプラムをくちにいれます。
でも、あわててカラカラにかわいたくちは、すなおにふうせんプラムをのみこませてくれません。
そのあいだも、じめんはどんどんちかづいてきます。
(んーーーー! んーーー!)
ちじょうにはえているきのかたちが、はっきりわかります。
はきだしてしまいそうになるくちをおさえ、ゆびでぐいっとつっこみました。
ご、く、り。
そのとたん、キトラのおなかがぷぅぅぅうううっとふくれました。おちるはやさが、みるみるおそくなっていきます。
(たすかった、けど。かっこわるい……)
ふうせんみたいにまんまるになったキトラは、じめんにフワリとおりたちました。
――そう、おりたのです。
「もう、おちない?」
ぷしゅーーーーー。
キトラはじめんをふみしめます。
キトラをささえる、かたいじめん。
「やった! おちない! おちないぞ!!」
「ほんとうだよ! ちゃんとみたんだ!」
むらにもどってきたキトラのはなしを、しかしだれもしんじませんでした。
「ばかいっちゃいけませんねぇ」
「そうだそうだ!」
「そらはどこまでいってもそら、そういうもんだろう?」
「ほんとうだってば! このむらのまうえの、おっこちないところにすめるし、おっこちたってこわくないんだよ!」
キトラはいっしょうけんめいはなします。
「ばかばかしい、かえりましょう」
「ああ、そうだな」
「たびびとが、いいかげんなことをいわないでくれ」
キトラのまわりから、みんながかえりかけたとき。
「あんたたち!」
どなったのは、ロカでした。
「あたまンなかまで、さかさまになってんのかい!」
みんなは、おどろいてたちどまりました。
「おちるのがこわくて、ずっとじめんにくっついてたあたしたちが、そのこわさをふっきってどこまでもおちてみたキトラをわらうなんて、まったくさかさまじゃないか!」
「ロカ……」
キトラはロカをみます。
「あたしはいくよ」
ロカは、ポケットにいれたふうせんプラムのビンをみせて、わらいました。
「ありがとう、キトラ」
すぽっ。
「また、あそびにきなよ」
クツをぬぎすてたロカは、まっすぐそらへすいこまれていきました。
「ロカにああいわれちゃ、かないませんね」
「しょうがないな」
「すまなかったな」
みんなもクツをぬぎ、つぎつぎにそらへおちていきます。まるで、とんでいくようでした。
「ロカ、わらってた……」
キトラは、ちょっとブカブカのクツをはいたまま、そらをみあげていました。
もう、ロカのすがたはみえませんでした。
【おしまい】