キトラの冒険
作:ごんぱち
その5『おとうさんがないている』

「あっ、それ、かんじゃダメ!」
 キトラはあわてて、ゲンさんのぬいぐるみをひったくりました。
 おもしろそうなものをとりあげられたせいで、いもうとのタウラがキトラをにらみます。
「これは、おにいちゃんのだいじなぬいぐるみなの!」
 なっとくいかないかおをしたタウラは、ゆかにころがっていたおもちゃのハンマーをひろいます。
 ピコ! ピコ! ピコ!
 それからタウラは、ハンマーでキトラをなんどもたたきはじめました。
「ふん、そんなのでたたいてもいたくないよーっ、だ!」
 キトラは、タウラをほうっておいて、ゲンさんのぬいぐるみをたなのうえのだんにおきます。
 ピコ! ピコ!
「うるさいなぁ、なんどやっても……」
 ポカッ!
「いたっ!」
 ポカッ、ポカッ、ポカッ!
「いた、いたた、いったいなにを!」
 キトラがふりむくと、タウラはやっぱりハンマーをもっていました。ただし、うえしたさかさまで。
「もつとこでぶった!」
 キトラはタウラからハンマーをとりあげると、おなじようにもつところでひっぱたきました。
 バシッ!
「うわああああああああん!」
「ふふん、すっとした」
 おおごえでなきさけぶタウラをみて、キトラはわらおうとしました、が。
「キトラ、タウラいじめちゃだめでしょ!」
 いつのまにか、おかあさんのアスタさんが、ドアのまえでこわーいかおをしていました。

 タウラにごめんなさいをいわされてから、キトラはばんごはんをたべました。
「ねえ、おかあさん、おかわり」
 キトラがからのおちゃわんをだします。
「ごめんねキトラ、てがはなせないからじぶんでついで」
 おかあさんはタウラに、ごはんをたべさせています。
「……じゃあいいよ」
 キトラはおさらとおちゃわんを、そのままながしだいにおきました。
「ただいま……」
 キトラがじぶんのへやにはいろうと、げんかんのまえをよこぎったとき、おとうさんのナラキさんがかえってきました。
「あ、おとうさ……ん?」
 キトラはめをみひらきました。
 いつもとちがう、くろいふくをきたおとうさんは、まっかなめをしていました。
「ど、どうしたの、おとうさん?」
「いや……なんでもないんだ」
 おとうさんは、おかあさんたちのいるダイニングへいってしまいました。
 バタン。
 ダイニングのドアが、おとをたててしまりました。
 キトラはしばらくそのばにたちつくしていました。
(……おとうさんって、なくんだ)
 そりゃそうです。
 でも、それぐらいキトラはびっくりしました。
 おとうさんがないたところなんて、みたことがなかったのです。
(いったいなにがあったんだろう?)
 キトラはダイニングのドアごしに、ききみみをたてました。
(なんでもないっていってたけど……)
『……さぁ……が、タウラが……』
 こえがあんまりよくきこえません。
『……ぶちょうのむすめさんみたいに……』
 おかあさんのこえもしますが、よくきこえません。
『ううっ、うぅ、えくっ……』
 あとはなきごえだけでした。
(な、なにがあったんだろう? たいへんだ!)

 つぎのひのようちえん。
「……くろいふくっていったね?」
 ようちえんのともだちのラグヤがききかえします。
「うん」
「おとうさんが、ないてたんだな」
 からだのおおきなサリスが、むずかしいかおをします。
「そうだそうだ、ないてたんだな?」
 ちいさなノクタもしんぱいそうです。
「うん。すごくかなしそうだった。なんどもタウラのなまえをよんでた」
 キトラはうつむきます。
「……くろいふく、ぶちょうのむすめさんみたいに、タウラちゃん……」
 そのばであるきまわりながら、ラグヤがくびをかしげます。
「どう? ラグヤ?」
「わかるのか? ラグヤ?」
「そうだそうだ、わかるのか?」
 ラグヤはあしをとめました。
「……キトラ、タウラちゃんは、びょうきとかしたことある?」
「ええと――」
 キトラはすこしかんがえていましたが、すぐにおもいだしました。
「そうだ、すごいねつをだすことがあったよ。さいきんはあんまりないけど、ミルクをはいちゃうことも」
「……そう、か」
 ラグヤのかおがくらくなります。
「……いいにくいけど」
「なに、なんなの!」
「……タウラちゃんは……」

 ようちえんがおわったあと、キトラ、ラグヤ、サリス、ノクタの4にんは、キトラのいえにやってきました。
『……くろいふくは、おそうしきのふくだ』
 ラグヤのことばが、キトラのあたまのなかでぐるぐるまわります。
『……キトラのおとうさんは、ぶちょうのむすめさんのおそうしきにいった』
 タウラを、キトラのへやにつれてきます。
『……そのむすめさんのびょうきは、タウラちゃんのとおなじだったんだ』
(タウラが?)
 ラグヤたちが、タウラとあそんでいます。にぎやかなことがすきなタウラは、うれしそうです。
(べつに、いなくなったってこまらないけど)
 キトラはタウラをみます。
 いつもどおりのいたずらっこ。キトラのぬいぐるみをかんだり、たたいたり、ひっぱったり。
「……これがクロコダイル、アリゲーターとのみわけかたは――」
「ほら、たかいたかい」
「サリス、すごいちからだぞ!」
 えをかいていれば、よってきてメチャクチャなせんをかきます。
 ねんどできょうりゅうをつくっていたときは、はんぶんかじってしまいました。
(……なんだか、ほんとうにいらなくなってきた)
「……きょうそうだ」
「おう! ハイハイなんてひさしぶりだ」
「そうだそうだ、でもまけないぞ!」
 ラグヤたちがタウラと、ハイハイきょうそうをしています。
(あれはタウラにかなわないよ。タウラはやいもん……)
 タウラは、はしっています。
 すごくはやく。
 そしてたのしそうに。
「……タウラちゃんのかちだ」
「うおっ、はやいな、タウラ!」
「はやいぞ!」
(いなくなる――か)
 ずっと。
 これからさきずっと。
(ひっこしたおともだちみたいに、ずっとあえない? ううん、もっとずっと、にどとあえない……)
 キトラには、ちょっとかんがえられませんでした。タウラはいて、あたりまえなのです。
(べつにこまらないけど。ジャマされなくなるんだし)
 くいっ。
 でも……。
 くぃくぃっ!
 タウラが、キトラのそでをひっぱっていました。かおをじぃっとみていました。
 いっしょにあそぼう?
 そういっているみたいでした。
「タウラ……」

「ただいまー」
 おとうさんがかえってきたのは、よるおそくでした。
「おかえりなさい、ナラキさん――あら、おさけのんでるの?」
 おかあさんが、ちょっとおどろいたかおをします。
「えへへ、ぶちょうと、ね」
 ダイニングのいすに、おとうさんはだらりとこしかけます。
「おなじむすめをもつものどうし、はなしがはずんじゃったんだ」
「からだだいじょうぶなの? ぶちょうさんもあなたも」
 おかあさんはコップにみずをいれて、おとうさんのまえにおきます。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、だよ、アスタさん――タウラは?」
「ぐっすりねむってるわ。どうしてだかわからないけど、キトラたちがいっぱいあそんでくれたのよ」
「そっかタウラは……ぐすっ」
 おとうさんはひとつしゃくりあげると、みずをのみほしました。
「ほら、なかないの」
「だって、タウラもぶちょうのむすめさんみたいに」
 ティッシュをとって、はなをかみました。
「いつかはおよめにいっちゃうかとおもうと、ぼくは、かなしくってさびしくって……」

【おしまい】