キトラの冒険
作:ごんぱち
その2『カメのゲンさん』

「えへへ」
 キトラはふとんから手をのばして、またぬいぐるみをぎゅっとだきしめました。
「うふふ」
 わらいがしぜんにこみあげてきます。
「やったぁ!」
 十四回目のばんざいです。
 キトラはごろりところがってうつぶせになると、ぬいぐるみを目のまえにおきます。
 それはカメのぬいぐるみでした。
「やっと買えた!」
 お店でみかけてから半年、ずっとほしくてほしくてほしくてたまらなかったカメのぬいぐるみでした。
 キトラは今まで、こんなにきれいなこうらのカメをみたことはありません。こんなにたくましくちからづよい手と足と首のカメを、みたことがありません。こんなにこわそうで、どうじにたのもしそうなかおのカメを、みたことはありません。
「なまえ、なににしようかなぁ」
 ぬいぐるみはなまえをつけた日がたんじょう日です。なまえのついていないぬいぐるみはたまごといっしょ、まだ家族のなかまいりができていないのです。
「カメだからやっぱりカメきち、カメたろう、カメダス、カーメン、こうらのすけ、えーとがいこくごだとなんだっけ、おとうさんにもきいてみな……きゃ……」

「――うーんと、どんななまえがいいかなぁ」
 キトラはうでをくんで首をかしげ、まだかんがえていました。
 パジャマのまま、みずうみのほとりにすわり、とおくをみつめます。
「なまえなまえ……」
 みずうみはお日さまのひかりをうけて、水面がキラキラかがやいています。まわりにはえている樹や草も、あざやかなみどりいろをしています。
「ううん……」
 そのときです。
「おう、うじうじまようねぇ!」
 とつぜん、おおきな声がしました。
「わっ!」
 キトラはびくっとして、かおをあげました。
「ヘタのかんがえやすむににたりってんだ、ぽんぽーんときめっちまえ!」
「だれ!?」
「おおっと、こいつぁすまねえ」
 とつぜん、みずうみの水がうごきました。
 ごぼごぼごぼごぼごぼ……。
「えっ? えっ!?」
 ――さばああああっ!!
 水のなかからでてきたのは、おおきなカメでした。
「ああああっ!」
 しかも。
 きれいなこうら、がっしりした手足、ちょっとこわそうだけどたのもしそうなかお。「ぬいぐるみのカメ!?」
「おうよ」
 まちがいなく、あのぬいぐるみのカメです。
「これは――ゆめ?」
「おう、そんなとこだ! ちょいと用事があって、よばせてもらった」
 はやくちで、とてもおおきなこえです。
「おいらのなまえはゲンブってんだ。ともだちのあいだじゃぁ、ゲンさんでとおってらぁ」
「ゲンさん?」
(もっときれいななまえがいいなぁ……)
「がははは、気にするねぇ、どうせゆめだ。目がさめりゃおぼえちゃいねえんだ、好きななまえでよびゃあいいさ」
「う、うん、ゲン……さん」
「お、今だけでもそうよんでもらえると、うれしいねぇ」
 ゲンさんはまた、にかっとわらいました。
「それで、だ」
 のっそりゲンさんはキトラにちかづきます。
「キトラ、おまえさんにひとつたのみがある」
「さっき言ってた用事?」
「おうさ。おいらのともだちをさがすのを手つだってほしいんだ」
「え、でも……」
 まわりはみたことのないけしき。ともだちをさがすどころか、キトラがまいごみたいなものです。
「タダとは言わねえ。手つだってくれりゃ、おまえさんが手にいれたもののうち、なんでもひとつ、みやげにもってかえっていいぜ」
「え? だって、これってゆめだよね?」
 ゆめからおみやげがもってかえられるなんて、きいたこともありません。
「このゆめはただのゆめじゃねえ。おいらがちょいとちからをかせば、きちんともってかえられるのさ」
 ゲンさんがずいと首をのばします。
「さあ、どうでぃ、どうでい、どうでぃ?」
 ゲンさんはウソは言っていない。
 キトラにはなんとなくそれがわかりました。
「……うん、やるよ。やくにたつかどうかはわかんないけど」
「おう、ありがてぇ!」
「でもさ」
「なんでい?」
「なんでぼくにたのむの? ほかにいっしょにさがしてくれるともだちっていないの?」
「いねえわけじゃ、ねえんだが」
「だが?」
「あうのに、じかんがかかるんでぃ」
「ああ……なるほど」
 のっそりのっそり歩くゲンさんをみながら、キトラはおおきくうなずきました。

 きれいな石がしきつめられたいっぽんみちを、キトラとゲンさんは歩きます。
「ともだちは、スザクのスーさんてんだ」
「スーさん?」
「はねのながいトリだ。キラキラ赤くかがやいてるから、すぐわかる」
「やっぱりぬいぐるみなの?」
「おう! あっちこっち売られていくうちに、はなればなれになっちまってなぁ。こりゃいけねえ、ってんでこの世界でさがしたんだが、さっぱりみつかりゃしねえ」
 ゲンさんははなしながら、どんどんおくれていきます。
「ゲンさん、おそいよ」
 キトラは立ち止まって、ゲンさんをまちます。
「わりぃわりぃ。で、スーさんってのは……」
 はなしをつづけるうちに、またゲンさんはおくれます。
「ゲンさん!」
「いやあ、またせた。で、スーさんがどこにいるんだかさっぱり……」
 キトラはまた立ち止まりました。
「ゲンさあああん!!」
 キトラよりずっとずっとずっとうしろで、ゲンさんがのそりのそりと歩いています。
「今ぴゃーーーっと超特急で走る、ちょいとまちねえ!」
「おそいよ!」
「もうすこしのしんぼうでぃ!」
 のそのそのそのそ。
「ぜんぜん走ってないじゃないかぁ! もう! おいていくよ!」
 とうとうキトラは走りだしてしまいました。

 ふりかえっても、草原にいっぽんみちがあるばかり。もうゲンさんはみえません。
(カメと歩くのがこんなにイライラするものだなんて、しらなかったよ)
 キトラは草原に足をふみいれました。
(おみやげかぁ)
 ここにはえている草たちも、あざやかで宝石のようなみどりいろをしています。
(こんなにきれいな草なら、ようちえんのともだちにも自慢できるかもしれないなぁ)
 キトラはおへそぐらいのたかさの草をいっぽんつまみ、ぐっと力をいれます。
 すると。
 ちりん。
 草はすんだおとをたて、ひかるしずくをちらしてちぎれたのです。
「わあ……」
(それじゃあこれをおみやげに――あ!)
 みどりいろの草原のなかに、ひとつだけオレンジいろがみえました。
「花かな?」
 キトラはオレンジ色へと歩きだしました。
 草原のなかを歩くと、ふまれた草が「ちりん」とすんだきもちのいいおとをたてます。それに、いちどやにどふまれたぐらいなら、草はすぐにたちあがってもとにもどります。
(おもしろいなぁ)
 ちりん、ちりん、ちりん……。
 リズムをとりながら歩きます。
 ちりん、ちりりん、ちりちり、ちりん。
 まるでおんがくみたいです。
 ちりんちりんちりん。
 オレンジ色は、おもっていたよりもずっととおかったですが、ぜんぜんきになりませんでした。
「あった!」
 それは、オレンジいろの花でした。
 どんなミカンよりもつやつやして、しゃぼん玉よりも、うすくはかなげな花びらが、ほんのすこしのかぜでもそよそよとうごきます。
「これがいいや」
 キトラは草をすてて、花をつみました。
 しゃらん。
 ちぎれるおとは、いっぱいのすずやベルをいちどにならしたようです。そしてちったしずくは、まるでたくさんの星のようにかがやきました。
「うわぁ……」
 キトラは花をだいじにだいじに、パジャマのむねポケットにいれました。
 それからキトラが、みちにもどろうとしたとき。
「あ……れ?」
 みちがみえません。
 とおくをみても、ちかくをみても、みちがどこにあるのか、ぜんぜんわかりません。草にみちがかくれてしまったのです。
 ふんだ草もすっかりもとどおりになってしまって、足あとひとつのこっていません。
 いちめんのみどりいろ。
(だれか……?)
 キトラのほかにはだれもいません。
 しずかです。
 かぜが、とおりぬけていきました。ひろいひろい草原が、さわさわとなみうちます。
 ただひろく、しずかでした。
「ひくっ!」
 なみだが、どっとあふれます。
「――わあぁああああああああ、おかあさぁぁん、ゲンさあぁぁぁぁん!」
 キトラはとうとうなきだしてしまいました。
 ――そのときです。
「キトラアアアアアア!!」
 ものすごい声がしました。
「ゲ、ゲンさん!?」
「おおお、そっちか!」
 声はゲンさんでした。
「まってろ、今すぐそっちにいく!」
「――いや、ぼくがいったほうがはやいよ」
 キトラは声のするほうに走りました。
 しばらく走ると、みちとゲンさんがみえました。
「またせてすまなかったなぁ、がははは」
 ゲンさんはわらっています。
「ね、ねえ、ゲンさん」
「なんでい?」
「えと、その……ど、どうしてぼくがこのへんにいるってわかったの?」
「それさ」
 ゲンさんが草をゆびさしました。よくみると、草原の草のうちいっぽんだけがちぎれていました。キトラがちぎった草でした。

「おーい、まってくれキトラ!」
 あいかわらずゲンさんはのそのそ歩きます。
 キトラはなんどもなんどもとまります。
(さきにいっちゃおうかなぁ……でも、またまよいたくないし。ああああ、もう!)
 だんだんお日さまもしずんできました。
「はやくしないと、よるになっちゃうよ! そんなにながくゆめのなかにいたら、ようちえんにおくれちゃうよ!」
「ああ、そこはでえじょうぶだ、ゆめのなかのじかんてなぁ、おきているときよりもみじかいし――」
 やっとゲンさんがおいつきました。
「もうまちについたからな」
 そこには、まちのあかりがありました。

「いらっしゃいませ――おや、ゲンさんではありませんか」
 まちのホテルのロビーでは、まっしろい背広を着たネズミが、うけつけをしていました。
「おう、火ネズミのカソ、こんどはここで、はたらいてんのか」
「ええ、ゲンさんはりょこうですか?」
「それなんだがな、ちょいと――」
「――おや?」
 カソはキトラにぐっとちかづきました。
「ええと、ぼくはキトラで……」
「おお、おお、これはステキな暖炉色だ。わたしのへやにふさわしい」
 カソがみているのは、キトラのむねポケットにいれた花でした。
「キミ、わたしにこの花をゆずってくれませんか?」
「えっ、イヤだよ」
「タダとは言いません。わたしの着ているこの背広をさしあげましょう」
「いらないよそんな服」
「いやいや、これはただの背広ではありません、ぜったい燃えない布でできているのです」
「それはすごいかもしれないけど、服が燃えるからってこまったことなんてないもん」
「いや、しかしこれはマグマの熱もとおさないすぐれもので!」
「よさねえか、カソ!」
 ゲンさんがどなりました。
「イヤがってるもんをムリヤリとりかえて、それでどうなる。そんなもんをかざっておまえ、たのしいか!」
「あ、いや……もうしわけありません」
 カソはやっとキトラからはなれました。
「わかってもらえりゃいい」
 ゲンさんは、おおきくうなずきます。
「ところでカソ、おまえスーさんをみなかったか?」
「え? スーさんなら天王山――」
「なに! みた!? 天王山のどこだ、どのへんだ、さあおしえろすぐおしえろささっとおしえろ!」
「スーさんがみつからなくてこまってるんですか?」
「おうよ!」
「うん」
 キトラとゲンさんは、そのときカソがにまっとわらったことに、きづきませんでした。
「それはおこまりでしょう」
「ああ、二〇ねんばかしひとりでさがしてたんだが、どうもなぁ。で、どこだ?」
「ええとスーさんをみたのは天王山か……」
「ちがうのか?」
「いやあ、どうでしたか」
「みてねえのか!?」
「たぶん……」
「みたのか?」
「あるいは」
「みてねえのか?」
「ひょっとして」
「どっちなんだ!!」
「さてさて? わたしもはっきりおもいだせなくて」
 カソはにやにやとわらいながら、キトラをみました。
(……まさか、おしえるかわりに花をくれっていうのかな? じょうだんじゃないよ!)
 キトラはぷいとそっぽをむきました。
「あああああ、じれってぇ! わかった、わかった、どうせほかにいくとこぁねえんだ、天王山へいってやらぁ!」
「ゲ、ゲンさん、そんなむちゃくちゃにさがしたって――」
 カソがあわててひきとめようとしましたが、ゲンさんはふりかえりもしません。
 歩くはやさは、やっぱりのそのそでしたが。

「キトラ、おまえさんにはせわになったな」
 カソのホテルからでたあと、ゲンさんがキトラにいいました。
「え?」
 もうすっかりお日さまはおち、かがやくほしがそらをうめつくしています。
「スーさんがいるとわかりゃあ、もうだいじょうぶだ。つかれたろ?」
 たしかにキトラはつかれていました。
「でも」
(でも)
「えんりょしねえでかえっていいんだぜ? みやげだってやるし」
 花よりもいいおみやげが手にはいるとは、おもっていませんでした。
(でも……)
 キトラはいいました。
「……ぼくもいっしょにいくよ」
 それをきいて、ゲンさんはにかっとわらいました。
「はは、そうか。きてくれるか。キトラ、おまえはいいヤツだなぁ」
「そ、そんなこといいから、天王山ってところにいこうよ」
「おう! めざすは天王山だ!」
 ゲンさんは、ぼんやりとひかる山をゆびさしました。
(うわ、なんか、とおい……)

 のそのそのそのそのそのそのそのそ……。
 ゲンさんは山へのみちを歩きます。
(なんかゲンさんの足がはやくなってるなぁ)
 キトラもねむいめをこすりながら、歩きます。ずっと歩きどおしだったキトラの足は、もうほとんどもちあがりません。
 ゲンさんは、しかし、ずうっとおなじはやさでキトラのうしろを歩いています。
(つかれ、た)
 とうとう、キトラのとなりをゲンさんが歩きだしました。
(おいぬかれる……)
 そうおもったとたん、足のちからがぬけ、キトラはぺたんとすわりこんでしまいました。
 もうつかれてねむくてしかたありませんでした。
 なにをかんがえるまもなく、キトラはねむってしまいました。

 よくあさ。
 キトラはまぶしいひかりに目をさましました。
「あれ?」
「おう、おきたか!」
 ゲンさんの声が、したのほうからします。
「歩けるかい?」
 キトラがねむっていたのは、ゲンさんのこうらのうえでした。
「うん、だいじょうぶ」
 キトラはゲンさんのこうらからおりました。
「え、えと、ごめん」
「がははは、きにするねぇ! おいらは足はのろいが力はある。おまえさんの十人や二十人のせたってでぇじょうぶでぃ!」
 ゲンさんはにかっとわらいます。
(ぼくはおくれたゲンさんをほうってさきにいっちゃったのに、ゲンさんは……)
 なにか言おうとしたキトラですが、ことばになりませんでした。
「そうか。もうすぐてっぺんだからな」
「えっ、もう!?」
 きがつけば、とおくのしかもしたのほうに、くもがみえました。
「うわぁ、たかい」
(くものうえ……ほんとうに山のうえだ。こんなところまでのぼってたんだ)
 ゲンさんは歩きながらあくびをしています。
「さむがりのスーさんはだいたい、噴火口のなかにいるから、てっぺんまでのぼらないとわからねえんだよ」
 のそのそのそのそのそのそのそのそ……。
 ゆっくりゆっくり、でもしっかりとキトラとゲンさんは山をのぼっていきました。
 そして。
「ついた!」
「よっしゃっ!」
 山のてっぺんには、ひろくおおきな噴火口があいていました。
「スーさん!」
 キトラは噴火口のふちまで走りました。
「おい、キトラ気をつけろ!」
 ――と。
「うわああ、あつい!」
 噴火口からはものすごくあついかぜと、けむりがのぼっていました。そこのほうで、マグマがおとをたててにえたぎっています。
「おうおう、景気よく燃えてやがんな!」
 ずっとおくれてゲンさんがやってきました。
「こいつぁ、スーさん好みだぜ」
「こんなにあついのに?」
「おう! ヤツはさむがりだからな!」
「なんか、そういうのとちがう気がするんだけど……」
「どこかにスーさんがいるはずだ、よくさがしてみよう」
 ゲンさんは、ぐうううっと首をのばしおおきな噴火口をのぞきます。
 キトラもあつさをなんとかがまんしながら、噴火口をのぞきます。
 すると。
 燃えてまぶしくひかっているマグマのなかに、ひときわはげしくひかっているぶぶんがありました。
 よーくよーーーくみると、それはトリのすがたをしています。
「「あっ! あれだ!!」」
 ふたりは声をあわせてさけびました。
「「スーさん!!」」
 ところが、スーさんはキトラたちのほうをみもしません。
「あれ?」
「あいつ、ねむってやがんな?」
 ゲンさんはいきをおおきくすいこんで、どなりました。
「こら、スーさん! おきろ! おい、こら、ねえ、ちょいと!」
「スーさぁぁああん! おきてよぉ!」
 ですが、やっぱりスーさんはおきません。
「あの、ねぼすけ!」
 どなりつづけるゲンさんをみていたキトラは、ふと気がつきました。
(とおすぎてきこえないんだ……)
 ちかよって声をかければ。
(でもあんなところ熱すぎて――そうだ!)
「ゲンさん!」
「あ?」
「そこでまってて!」
 キトラは走りだしました。
「すぐもどるから!」

(カソの背広、カソの背広だ!)
 きゅうなくだりざかを走ります。
 つまづいても、ころんでも、キトラはかまわず走りました。
 そして、キトラはまちへ。
 まちのなかのホテルへ。
「いらっしゃいませ――おや、キミは?」
「この花あげるから、その背広ちょうだい!」
 キトラは大声で言いました。
 とつぜんのことにすこし首をかしげかけたカソは、すぐににんまりとわらいました。
「そうですねぇ、どうしましょうかねぇ?」
「え?」
「けさ、花を買っちゃったんですよ。たしかにその花はきれいですけど、あっちもきれいですしねぇ」
 カソは背広のえりをすっとなでました。
「この背広もわたしのたからものですし、あげるわけにはいきませんね」
「そんな、きのうはくれるって!」
「きのうときょうはべつです」
「そんな!」
 キトラはなきそうになりました。
「よのなかには、どうしてもできないことってものがあるんですよ。なかれたって、あげられないものはあげられません」
(そうだ、ないたって、カソはきいてくれない。だれも、たすけてくれない)
 キトラはぐっとなみだをこらえます。
(かんがえなきゃ、かんがえなきゃ!)
「だ、だったら――」
 キトラは花をぐっとさしだしました。
「かしてくれるだけでもいいから!」
「ほほう。それでは、きょういちにちだけかしてあげましょう」
 にやっとわらって、カソは花をうけとりました。
「この花とひきかえにね」

 カソの背広を着たキトラは、ゆっくりと噴火口をおりていきました。
(うわぁ、ほんとうにあつくないよ)
 目のまえには燃えるマグマがあるというのに、まったくあつくありません。
「キトラ! 足もとに気をつけるんだぞ!」
 うえのほうからゲンさんの声がします。
(しんぱいしなくてもだいじょうぶなのに)
「ゲンさんこそ、あんまりのぞいておっこちないでよ?」
 キトラはできるだけゆっくりとおりていきました。
(あんまりしんぱいかけちゃ、わるいもんね)
「ゆっくりな! ゆっくりだぞ!! ああああ、これならおいらがいけばよかった!」
 クスッとキトラは笑います。
(背広が着られないんでしょ、ゲンさんは)
 ガラッ!
「キトラアァァァァァあぁぁぁぁぁ!」
「いや、だからだいじょうぶだってば」
 足もとのちいさな石が、ほんのすこしころがっただけです。
(へえ、ここの石ってへんなかたちだなぁ)
「キトラ、ちゃんと足もとをみろ!!」
「はいはい」
(しんぱいしょうだなぁ……)
 噴火口のそこにおりるまでに、キトラは汗だくになっていました。あつかったのではありません、ゲンさんをしんぱいさせないように気をつけておりていたからです。
 ようやくたどりついた噴火口のそこには、うえからみえたとおりスーさんがねむっていました。
 キトラはどなろうとして――やめました。
 だれだって、どなられておきたくはありません。
「スーさん、おきて」
 キトラはスーさんのおおきなからだをゆさぶりました。
「うーん」
「おきてよ、スーさん。ゲンさんがきてるよ」
「えー? ゲンさん……」
 スーさんがようやく目をあけました。
「あら、あなたはゲンさんじゃないし、カソさん――でもないわね」
「ぼくはキトラ、ゲンさんの……ともだちさ」
「あら気があうわね、ワタシもよ。ゲンさんは?」
「ほら、あっち」
 キトラはうえのほうをゆびさします。
「まあほんとう! ひさしぶりだわ、もうあえないかとおもってた! キミがつれてきてくれたのね、ありがとう」
「ううん、ぼくはたすけられてばっかりだったんだ」
「うふふ」
 スーさんが、はねをひろげます。
 マグマがくらくみえるほどまぶしくかがやく、きれいなきれいなはねでした。
「さあ、のって」
 キトラがせなかにのると、スーさんは、はねをばさりとふりました。それだけで、ものすごいかぜがおこりました。
 かぜがやんだときには、キトラは噴火口のふちにいました。
「おおおおっ、スーさん!」
「おひさっ、ゲンさんっ!」
 よろこぶふたりをみながら、キトラはつられてわらっていました。
 なんだかねむくなってきました。ものすごくおもたい今までよりずっとふかい、ゆめのせかいからかえってしまう、そんなねむさ。
(ぜんぶわすれちゃうんだっけ)
 もう声がでませんでした。
(おみやげなしかぁ。ざんねんだけど、ゲンさんうれしそうだし……ま……いい、か……)

 ……ラ…………キトラ……。
「うーん?」
「キトラ、そろそろおきなさい、ようちえんにおくれちゃうわよ」
 キトラは目をあけました。
 お母さんのアスタさんが、キトラをやさしくゆさぶっていました。
「ふぁあい」
 キトラはふとんからでました。
「あら、カメさんといっしょだったのね」
「うん」
「おなまえきめたの?」
「うん!」
 キトラはカメのぬいぐるみをそっとなでました。
 キトラのもらったおみやげ、それは。
「ゲンさんだよ!」
 それは、ゲンさんといっしょにした、ぼうけんのおもいででした。
「さ、あさごはんだから、着がえておりてらっしゃい」
「はーい!!」

【おしまい】