株日記外伝
『知識ゼロからの確定申告』……その24
by ごんぱち
○七月某日『税は大騒ぎ』
日本の金持ちが、海外に居住拠点を移し、日本の高い税金を逃れる例が相次いでいるとか。
日本の金持ちが今現在の儲けを得までには、税金の恩恵を受けていたであろうに、いざ払う段になって逃れようとするなんて、とてもけしからん行為だ、仮に法的に許されるとしても倫理的に許す事は出来ない、そうだ非国民だ排斥しよう、新聞に投書して文句言ってやる!
――という風な論調もあるようだが。
いーじゃねえか。
そりゃあ、税金を外国に支払いながら、行政サービスを受けていたなら問題だろう、文句の一つも言いたくなる。
でも、日本で行政サービスの恩恵を受けていた時は、日本に税金を支払っていた訳だし、日本に税金を支払っていない今は、日本の行政サービスは受けていない道理だ。
「でも過去の貧乏な時にはサービスして貰っておいて――」
それは例えばドミニカ移民の人たちに、ドミニカに行っている間の何十年分も日本に税金を払えと言っているのと一緒だ。
問題とすべきは、高額納税者を「情」やら「愛国心」以外の理由で繋ぎ止めておけない日本政府の無能加減と、そんな政府に投票をした有権者の了見の狭さであって、金持ち自体を非難するのはそれこそ議論のすり替えだろう。
そもそも、だ。
例えばあなたがひょんなことで、100億円の収入を得たとして、50億円税金取られる国と、40億円取られる国、どっちに行こうと思う? そして、その10億円の余分を支払って尚、市役所で住民票を発行する時には、行列で待たされたりするのだ。
こういう事を言うと「最近の若者の価値観はお金一色だから。昔はもっと、人間味のある部分に価値を見出したものだ」とか言い出す年寄りがいるが。
Q.一番価値のある筈の命削って働いた時のスローガンは何だったかね
A.所得倍増
Q.それよりもっと昔、戦争とかやってた時の国民全員が従っていた方針は何だったかね
A.富国強兵
金に価値があるのは、古今東西大して変わりはしない。
Q.お金目当ての殺人と、怨恨の殺人、どっちが偉いですか?
A.お金目当ての殺人
金以外の部分に価値がある事だって当然知っている。金で買えないものがあると知っているから「金で何でも買える」とわざわざ口に出して言ってみる。
昔は良かった、と言うが、それはあなたが若い身体を持っていたに過ぎない。目なくば見えず、耳なくば聞こえず、身体が老いれば老いた世界しか感じられず。
年寄りが意識して「若者が知らない」と思っている事は、概ね若者は知っている。若者が知らないのは、年寄りが「えっ、こんな事常識でしょう?」という部分なのだからして。
<株の話>
さて、底が抜けたかただの押し目か、株価の値下がりが激しい。
ゲオが181000円
チムニーが2585円
松屋フーズが1822円
含み損が50万円を超えている。
まあ、このまま下がり続ける事はあり得ないと、何となく信じて放置する予定。
一応100万円分ぐらい現金で残しているので、リスクヘッジが出来ているようないないような。ともかく遊び心を忘れずにいきたい。
しかし、自分の精神を分析するに、株価は上がり調子よりも下がり調子の方が気分的な不安感が少ない錯覚が生じる気がする。
これがつまり「ろくでなし父ちゃん、ちっとも危機感なく今日も息子の給食費でパチンコ」状態を引き起こす精神的誘因であるのだろう。
値上がりの時は、上限が分からない。つまり、未来が全く読めない。その割に、大いに得をしたいと思うから、下がるのが恐ろしくなるし、更に上がる前に売ってしまうのは惜しくなる。その為に、常に宙ぶらりんの不安な状態が続く。完全に高値で売らない限り、「ああしまった、もっと待っていれば」「もっと早く売れば」という後悔が後に立つ(意図的誤用)。
逆に値下がりの時は、最悪の状況は予測出来ている。つまり、ゼロだ。その為、予想が常に当たっているような気分になってしまう。だから損切りしても、何だか上手くやったような気になってしまう。
ここらを逆に見られると、良いのかも知れない。
さて次回はどうなる事やら。
といっても、そんなに短期で売買する予定はないんだが。
予定は。
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