ごんの株日記……その4
by ごんぱち
●十二月某日『口座開設冬景色』
毒物カレー事件の死刑判決が出たとの事。
この件というよりも、被告が保険金詐欺の常習らしい、という話が気になる。保険金の支払いは、それほど厳格な査定で支払われていない、という意味合いで。
抜け穴があれば悪い虫がたかるは道理。だとして、そのしわ寄せが来るのは、正直者の方。人間の品位を嘆いても仕方はない。システム面で詐欺が不可能にならなければまずい。ブラックボックスではいかんのだ。
もっとも、そこを突き詰めると、証券会社というブラックボックスを通す株取引も今一つ釈然としないものもあるのだが。
何はともあれ、千里の道も一歩から。批判も知らねば出来ますまい。
<蛇足>
「千里の道を歩くために、まず何をする?」
小学校の時、先生の問いに対し、クラス一致で出た答え。
「準備」
大発見!
実質株主報告名義届出書、源泉分離課税の選択申告書・源泉分離課税の廃止申告書・申告分離課税等の申請書は、送られて来た封筒にフツーに入ってる書類だった!
ウツミ屋証券から、封筒がやってきた。
こうして紙が手元に来ると、ヴァーチャルの世界がリアルと繋がっているのだと実感を――しないんだけど。別に。元々、ネットはリアルだし。それに気付く程度の想像力と感受性はあるし。
中身の書類チェック。なんとまあ、印鑑を捺す箇所の多い書類だ。
一、六、四、一、全部合わせて十二ヶ所か。
自分の印鑑は、高校卒業記念に、学校からだかPTAからだかから生徒全員に配られた代物。材質が安いせいか、長期使用に耐えられず今や端っこが丸くなっている。普通に捺すと、「不鮮明な捺印」ってヤツになってしまうのだ。嗚呼、さっさと新しい印鑑を買いたい。材質はチタンがいいなぁ。
仕方がないので、かなり柔らかいマウスパッドの上で捺印し、一応の形にした。やはり、少し角は欠けたが、許容範囲、許容範囲。
書類には概ね名前と住所程度しか書く部分はなく、特に難しい事はない。最初にネットでフォームを使って入力した分の方が面倒だった。世帯主の職業とかも訊かれたし。
着払い封筒なので、切手を貼る必要もなく、ポストに投函。
数日後、ウツミ屋証券から返信の封筒が来た。
今か今かと待っていた訳ではないせいか、到着が早かった気がする。
大体において、待っている時ほど時間はゆっくり進むものだ。時計の針やカレンダーというのは、見つめられると動けなくなる、相当シャイなヤツに違いない。
封筒の中には、書類四枚と口座番号等の書かれたカードとなんか分からないもの。
ひとまず、その中のご挨拶っぽい一枚「インターネット取引口座開設準備のお知らせ」なるものを読む。
――暗証番号システムの登録に、三、四日が必要?
メールが来るまでは、どうしようもないらしい。
しっかし、特にそれと狙った訳ではないが、いつの間にかインターネット株取引になっているというのが、何やら趣深い。
暗証番号と言われて、特にしっかり覚えていない事を思い出す。が、封筒の中に控えの書類が入っており、セーフ。こういうのがなかったら、絶対忘れてる。
しかし一体、この手の暗証番号を全部覚え切っている人間というのは、どれほどいるのだろうか。メールのログインパスワード、通帳の暗証番号、クレジットカードの暗証番号。網膜や指紋で片付く日はいつの事か。
全部統一している人が多いのだろうか。相当頻繁に使うものでない限り、忘れるに決まっている筈。かといって、少しだけ替えたのでは、かえって混乱するし。
封筒に入っていたよく分からないものは、どうやら付け剥がし可能なシールらしい。表のデザインは、ウツミ屋のマスコット(別に可愛くも美しくもない)とURL。
いらない。
翌々日ぐらいに、ウツミ屋証券からメールが届いた。これで本格的に口座使用可能になった、という事。
さてログイン。ユーザー名(口座番号)と、パスワードを入力して。
――アクセス不能。
パスワード入れ間違えたかな?
再入力。
――アクセス不能。
れれれ?
送られて来た書類に載っているユーザー名とパスワードを入力している筈なのだけど?
あれれ?
と、よーく調べてみると、口座管理パスワードと他のサービス利用パスワードが別である事が判明。
じゃあ、自分で決めた暗証番号を入力。
接続完了。
口座の残高ゼロ円なのは仕方ないとして、株取引を選んで見るだけ見てみよう。
いきなり銘柄コードを入れろとか言われても。ひょっとして、これは普通の人なら誰でも知ってるもの? 日本の中で自分一人仲間外れ?
――と、よく端っこを見たら会社検索が付いていた。
さてさて検索。うちの父親の会社の株なんぞをのぞいてみる。
ふむふむ、これで数を入力して送信すれば、買った事になるのか。あっさりしたものだ。掲示板の書き込みと大して変わらなさそう。
口座があると言っても、中身が入ってなければ意味がない。
銃だって弾がなければ投げてぶつけるぐらいしか使い道がない。カンヅメだって中身がなければゴミ。シシャモだって卵がなければ雑魚。おっとっとは中身があったらパックンチョ(それは違う)。
そんなわけで、口座に金を入れるべく、指定金融機関で振込を行う事にする。
先に貰ったカードに、指定金融機関の口座一覧が載っているので、口座番号が分からないとかはない。しかし、全部広島支店なのが、この会社の規模を物語っている。今度暇が出来たら、本社見物&カキ鍋でも食べに行こう。
さて、振込となると、最も気になるのが手数料。
自分の持っている貯金口座は三つ。その中で、あちらの口座と一致するのは郵便口座だけ。どうやら郵便局から振り込むのが理想の様子。しかし、給与が振り込まれる、今一番金のある口座は別の銀行だった。
手数料を節約するなら、現金を郵便局に持って行き、自分の郵便口座に入れてから振り込むのがベスト。
だが、しかし。
振込予定額は百万円である。
百万円である。
ひゃくまんえんである。
百万長者である。
盗むために殺人も行われる額である。
キャッシュディスペンサーのある市役所から郵便局まではたかだか三百メートル前後の距離だが、そういう距離で強盗に遭った例はある。
考えの決まらぬまま、市役所内のキャッシュディスペンサーへ到着。
で、手数料をチェック。
他行への振込手数料、六百三十円なり。提携銀行とかないのね。
……まあ、いいか。数年分の利息が一瞬で飛ぶ額だけど。百万円の保証金と思えば――はっ! もしや、金融機関は犯罪の増加を喜んでいる?
あり得ない、とは、言い切れないなぁ。
金融機関に対する不信を募らせつつ、百万円振込っと。
ええと、暗証番号を入れて、振込先口座番号を入れて、自分の名前――の後ろに株取引用の口座番号を追加記入しろ、か。最終確認画面まで行って、名前を訂正を選んで番号を書き加える、と。
それじゃ確認、OK、取引終了。
……ううむ、これまでの人生で、最大の金額を動かしてしまった。現金に触れる事もなく。しかも、この先取引で赤字を出したら、文字通り一度も触れる事もなくなるかも知れない。
それにしても、株取引というヤツは、株式取引手数料&振込手数料&引出手数料という三段攻撃、ジェットストリームアタック(アニメネタ)、という感じに予め多少の損を含んで始まるのだなぁ。
これは旧約聖書で描かれた人間の原罪を表しており、知恵の実によって始まった経済活動が自然に反する事を忘れぬ様に定められた、と言われている(嘘)。
その日の晩、再びログインして口座をチェックしたところ、きちんと入金されていた。
これにて、口座開設編は終了。
めでたしめでたし。
次回から、阿鼻叫喚の株式取引編に突入!
<口座開設を振り返って>
良く考えると、口座開設して株が買える状態になるまで、人間と一言も会話をしていなかった。
クレジットカード作る時だって、生年月日確認の電話が来たのに。
自動販売機化する社会。
病理だ、病理だ、えらい事だ。コミュニケーションブレイクだ。引きこもりだ。対人恐怖症だ。パラサイトシングルだ。ピーターパンシンドロームだ。
わーい。
やっほー。
とか騒ぐヤツはバカである。
人間が付き合える人間数は、限られている。村に一軒の雑貨屋の店主と取引するのとは訳が違うのだ。
余所者を排除する風習がなくなりつつあるだけでも、今の人間は社交的であり、対人スキルも向上していると言えるのだ。
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