「はー、今日もよく働いた」
夢の世界のピトラ運送で、ピトラはきゅうけいしつに来ます。
そして、冷蔵庫からラムネを出します。
「ふふん、もうぬすまれることなんてないぞ」
センのビー玉をおしこんで、ぐっと飲みます。
「ドロボウのカピタンは、つかまえてしまったのでありますからね」
カモメのジョースターは、ぎゅうにゅうをとって、こしに手をあてて一気のみします。
「ジョースター、手とかあったっけ?」
「そのへんは、てきとうにながすのであります。羽が手みたいなものであります」
ピトラはラムネのビンをじっと見つめます。
「どうしたでありますか? ドロボウもいなくなればさびしいとか、そういうぬるいことを考えているのでありますか? なれあいでありますか?」
「今どんな目にあってるかな、とは思うけど、さびしいとかはないよ。ぼくにはけっこう知り合い多いしさ」
「おうっ、ピトラ、いるかい」
「ほら、こんな風にゲンさんがたずねて来てくれたりするんだから」
カメのゲンさんがやって来ました。
「やあ、ゲンさん、よく来たね。ラムネ飲む? カレーラムネも、チゲラムネも、モツナベラムネもあるよ?」
「そんなカソが売りつけたような、あやしげなものはいらねえよ。それより、カピタンてドロボウをおぼえてるか?」
「……なに、またなんか話にからむの?」
ピトラはものすごくイヤそうな顔をします。
「もうレギュラー落ちでいいでしょ? ほら、何とか言ったイセキドロボウとか、カニのしたてやさんとか、そういう一話かぎりの使いすてでさ」
「ペンギンの機械技師とか、さかさまの星にすむおんなのひともいたでありますな」
「……いや、そのへんは、まあ、また出てくれても、ぼくはこまらないんだけど、その」
「おなじチョイやくなのに、あつかいがロコツでありますな」
「がっはっは! ピトラも男の子だな!」
「かっ、からかわないでよ、もう!」
「と、そんな話じゃねえんだ」
ゲンさんはあぐらをかきます。
「ヤッコさんから聞かされたんだが、あのカピタンな、起きねえんだ」
「刑務所なんだから、たたき起こして働かせればいいんじゃない?」
「いや、たたき起こそうとしても、ぜんぜん起きねえんだ」
「ねたフリだよ、ねたフリ。あいつは、そういうズルい手を使って、逃げ出そうとしてるんだよ」
「そうかも知れないってな、フツヌシに『ねたフリ測定器』をかりたんだが、たしかに寝てるんだとさ」
「……なにその機械」
「なんでも、『こんなこともあるかと思って』とか言って、すぐに出してくれたぞ」
「ふーん、まあどうでもいいよ」
ピトラはイスにだらりとこしかけます。
「どうせお腹が空くか、トイレにでも行きたくなったら目をさますにきまってるから」
「一ヶ月も寝っぱなしなのに、か?」
「一ヶ月?」
ピトラはイスから立ち上がって、ゲンさんをまじまじと見ます。
「ってことは、ぼくがつかまえた時からずっと?」
「そうだ」
ゲンさんはうなずきます。
「ピトラ、おまえ、なにかしなかったか?」
足ののろいゲンさんと、仕事のあるジョースターをのこして、ピトラは刑務所にやって来ました。所長室で、ピトラは所長の白いトラのヤッコさんとあいます。
「すると、呪いのほうちょうのリンガを使って、カピタンの『にげる力』を切ったんだね?」
机に両手をおいて、ヤッコさんがたずねます。
「はい。でも、ずっと眠らせるつもりはなかったんですけど」
「なるほどね……カピタンは盗みはヘタだけど、にげ足は一流だったってことか」
「起きてたら、かならずにげてたってことですか?」
「そういうことだろうね。カタチのないものを切るっていうのは、なかなかむずかしいんだよ」
ヤッコさんは困ったように笑います。
「うん、分かった、あとはこっちで薬なり術なりあつめて、何とかなおしてみるよ。わざわざすまなかったね。それにカピタンをつかまえてくれて、ありがとう」
「あの……カピタンがなおらなかったら……ぼく、逮捕とかされますか?」
「はっはっは! それを気にしてたのかい? だいじょうぶだよ、ピトラはなんにも悪い事はしてないじゃないか」
ピトラは刑務所を後にします。
リンガに送ってもらうこともせず、カピタンの顔も見ませんでした。
「んー、まあ、ヤッコさんにまかせればだいじょうぶなんだろうけど」
刑務所の近くにある町を通ります。
石だたみの町には、市ができています。
「刑務所で働かされて、ヒーヒー言ってるカピタンを見たいと思ってたのに、カピタンは気持ちよくねむって、ぼくがなんか悪いことしたみたいな流れになってるってのが、気にくわないなぁ」
「いらっしゃい!」
「安いよ!」
「今だけ、今だけだよっ!」
色んな露店がならび、店の人が声をかけています。
「……ぼくも、なんか、探そう。カピタンをたたき起こす方法」
薬屋さんの前で、足を止めました。
「いらっしゃい、なんになさいますか?」
「薬を見せてほしいんだけどね」
「ピトラ、病気でもしたんですか?」
薬屋さんの店番をしている、火ネズミのカソがたずねます。
「ぼくじゃないよ。病気かどうかもよくわかんないし」
「なんですか、病気でもないのに薬を使うんですか?」
「いや、薬にネタからめるのやめようよ、どうしても黒くなるし」
「じゃ、イモリの黒焼きでもどうですか?」
カソはイモリの黒焼きを出します。さすが夢の国だけあって、現実の世界のイモリの黒焼きよりも大きくてずっしりしています。しっぽはすらりと長く、歯はずらりとならび、小さなドラゴンみたいです。
「って、そんなものに夢の国ステキフィルタかけられてもなぁ」
「じゃあ、サザエのつぼ焼きはどうですか?」
「黒焼きにつぼやきって、大して上手くもないよ」
「いやぁ、おいしいですよ」
「もういいっていうのに……カピタンの目をさまさせるのがほしいんだ」
「目をさまさせる薬ですね、ありますよ」
カソはこうやくを出します。
「タイガーバームを目の下にぬると、スースーして目がさえます」
「それあやしいでしょ、たぶん、意味ないでしょ!」
「でしたらカフェインのタブレットはどうですか?」
こんどは錠剤です。
「夢の世界のくせに、なんかふつうすぎるよ! たぶんきかないよ! まあ、もらっとくけど!」
「でもピトラ、眠い時のいちばんの薬はですね」
「ん?」
「やっぱり、三〇分でもいいから、眠ることなんですよ」
「もう一ヶ月も眠ってるんだよ!」
「なんだ、眠り病ですか? それなら、ベルゼブブ印の虫下しでいっぱつですよ」
「いや、病気じゃないんだ。リンガでカピタンの『にげる力』を切ったら眠ることしかできなくなっちゃったんだ」
「リンガで?」
カソは出そうとしていた薬をひっこめます。
「なるほど……とすると、カピタンの夢の中に入って、夢の中のカピタンをたたきおこすしかありませんね」
「えっ! そんなことできるの?」
「できません。じょうだんです。ピトラ、かんたんに引っかかっちゃいけませんよ。夢というのは、脳が記憶をせいりしている時に見える幻覚ですよ? 『夢の中の世界』なんてありません」
「……そんな自分の世界を否定するよーなことを」
「まあリンガが切ったというのなら、新しく、『起きて動ける力』をあげないかぎりは目をさまさないでしょうね」
「力をあげるとか、できるの? 10万パワーづつあげよう、とか、そういうの?」
「どんだけ古いマンガ読んでるんですか。ナルシスでいいですよ、力が問答無用で回復しますからね」
「ナルシスって……なに?」
「忘れたんですか?」
仕事のあるカソはほうっておいて、ピトラはひとりで千年山のてっぺんの千年ガケに来ていました。
「思い出したよ、忘れてたよ、ああ、忘れてたよ」
そして、ピトラのこしにはゴムヒモがくくりつけてあります。
バンジージャンプのよういです。
「ナルシスは千年ガケの下にある白い花で、なんにでもきく薬草、だっけ。やれやれ」
ピトラはひょいと飛びおります。
「うぉおおおおおおおおおあああああああ!」
おり切ってから、ゴムがもどって……。
「ひいいいいいいいいい!」
ゴムがのびて。
「ぬおおおおおおおおお!」
もどって。
「あひゃひゃひゃひゃ!」
びよんびよんとのぼったりおりたりをくりかえして、ようやくピトラはガケの下につきました。
「ううっ、やっぱりなれないなぁ、これ」
ためらいなく飛びおりてるんですから、そうとうなれてると思いますが。
「ええと、ナルシス、ナルシス……」
その時です。
「あった!」
うれしそうなさけび声がしました。
見れば、むこうの方で、小さな男の子が白い花を、今まさにつんだところでした。
「ああっ、ちょっ、ちょっとキミ!」
ピトラは男の子にかけよります。
「な、なに?」
男の子はびくり、として、花をかくそうとします。
「そのナルシス、ゆずってくれない?」
「い、いやだよ、病気のお母さんにあげるんだ」
「び?」
ピトラはかたまります。
お母さんのために千年谷のそこまでおりてきた男の子から、ナルシスをうばった日には、ピトラはまちがいなく悪ものです。
男の子はおびえた顔をしています。
その顔を見ていて、ピトラはふと気づきました。
(あれ? この子、どっかで会ったことある――そうだ、注射の時にいっしょにいた子だ。何年かあと、小学校にいるのを見たことあるぞ)
「あれ? お兄ちゃん……ピトラ?」
男の子の方が、先に気づいたみたいです。
「前に、注射をかわってくれようとして、すごいおこられた?」
「あ、ああ、まあね」
「すごい!」
ぱぁっと男の子は笑顔になりました。
「ここって、やっぱりピトラ兄ちゃんの言ってた世界なんだ!」
「お、おうよ、こっちの世界じゃ、ぼくはちょっとしたカオだからね」
「へー! すごい……でも」
「あー、いや、まあ、なんだ」
ピトラは言葉をにごします。知り合いの小さい子、そしてそれが、お母さんのために見つけた花をとりあげては、もうなんだかなにひとつフォローしきれないぐらいの悪ものになってしまいます。
「お……お母さんを、大事にしてあげな、はは、ははは」
「え……いいの?」
「先にとったのはキミなんだから、キミのものさァハ? あは、あはは」
「ありがとう、ありがとう、ピトラ兄ちゃん」
男の子のすがたは、少しづつうすくなっていきます。どうやら、目がさめてきているみたいです。
「こんなキレイな花をおみまいにできたら、ぜったいお母さんのカゼもすぐよくなるよ!」
「……は?」
ピトラは目を見ひらきます。
「カゼ?」
「うん。今日のお母さん、ちょっと鼻声なんだ。だから、おみまいにキレイな花をとりにきたん……だ……」
男の子のすがたはすっかり、きえました。
「っっっっっっって、オイ! ただのカゼぎみかい! しかも、薬にするつもりゼロかい!」
なにもいなくなった空間に、ピトラははげしくツッコミをしました。いわゆるエアツッコミでした。
「そんな解説は、いらん!」
目を覚まして現実の世界にもどって来たピトラは、自分の部屋で電話をかけていました。
「もしもし? ラグヤ? ちょっと教えてほしいんだけど」
『……なに?』
電話のむこうで、ラグヤが答えます。
「ほら、前に言ったことがあるでしょ、あの注射の子。あれって、クラスとか名前とか分かる?」
『……知ってるけど、ストーカーでもやりはじめたの?』
「ちがうよ! ちょっとゆずってほしいものがあるの!」
『……どういう話? 悪いことには手をかしたくはないんだけど』
「じつは、かくかくしかじか――」
ピトラは、今までの事を話します。
「――と、こういう事なんだ」
『……だいたい分かったけど』
「けど、なに?」
『……さいしょのかくかくしかじかっていうのだけが分からない』
「その手のネタは、すでにくさるほどやられてるから良いでしょ!」
『……でも、ふうん、夢の世界からナルシスを、ね。小さい子っていうのは、もののありがたみがまるで分かってないね。夢の世界にいるうちに、カキのタネかなんかととりかえちゃえば良かったのに』
「そんなイヤなフラグの立ちそうなことしたくないよ」
きちんとカキをわけてあげればいいのです。まあ、ピトラはがめついので、やはりサルカニ合戦のサルのようになってしまうのでしょう。自分を知ることは大事ではあります。そのイミで、ピトラはかしこいと言えます。
「それに、お母さんのためにがんばってる子からとったらかわいそうだと思ってさ。ただのカゼだって知ったのも、消えるギリギリのとこでさ」
『……先にしっかりたしかめるべきだったね。ひとにゆずるばかりが、思いやりってワケじゃないよ』
「そりゃ……そうなんだけど」
『……いそごう、ボクも行くよ』
ピトラとラグヤが電話をしていた少し前。
昼寝をしていた男の子は目をさましました。
まくらもとには白い花が一つ。
「……これ、なんだろ?」
夢の世界のおやくそくです。おみやげは一つだけ。男の子は、ナルシスをもちかえったけれど、その記憶をおいてきてしまっています。
「うーん……よく分かんないけど、こんなにキレイな花だもん、お母さんのおみまいにしようと思ったんだよね」
大したさっしの良さでした。
男の子は台所に行きます。
「あら、カムラニ、どうしたの?」
せんたくをしていたお母さんがたずねます。カゼぎみなのか、ちょっと鼻声です。
「お母さん、これ、おみまい」
「あら、ありがとう。よくカゼっぽいって分かったね?」
「うん。えへへ」
「キレイな花ね、どこでつんだの?」
「うーん……よく分かんない。たぶん、夢の世界だよ」
「ああ、そうなの」
お母さんはあいまいに笑います。
「でも、いい? お花はお花でいっしょうけんめい生きてるの。つんじゃったらかわいそうだし、よそのお家のお花はよそのお家のもの、公園は公園のもの、勝手に持って来たらいけないのよ」
「ぼ、ぼく、ぬすんでなんかないよ!」
「そんな事は言ってないわ。ただ、こんどお花をつむときの事を言ってるだけよ?」
これだけキレイな花です。そこらへんに生えているわけはない、お母さんはそう思いこんでしまったみたいです。
「ちがうの、本当に夢の世界で……たぶん」
男の子の目になみだがうかびます。
その時。
げんかんのチャイムがなりました。
「はい、どなた?」
お母さんが電話でインターホンと話します。
「あら、ラグヤ君? ええ、いるわよ」
お母さんはげんかんのドアを開けます。
そこには、ラグヤとピトラがいました。
「あっ、ラグヤ君……と」
男の子は首をかしげます。
「あれ? ひょっとして、ずっと前の注射の……ピトラ!?」
「ちょっと前に会ったんだけどね、夢の世界で」
「わあ、やっぱりピトラだ! あのね、すごいんだよ、夢の世界に行けたんだ! 何回も!」
ピトラとラグヤは、男の子の部屋に通されます。
「――お母さんたらひどいんだよ? ぼくがお花をぬすんだと思ってるんだ」
男の子は涙目でセンベイをかじります。
「その花のことなんだけどね」
ピトラは切り出そうとしますが。
「ぼく、お母さんの事、本当に心配で、心配で、だから少しでもすぐに元気になってほしくて、ずっと考えてて。だからたぶん、夢の世界でがんばって見つけた花だと思うんだ」
「あ、う、その……」
「……カムラニ君」
ラグヤがしずかに言います。
「なに?」
「……キミの考えてる通り、あの花は夢の世界の花だよ」
「え? ラグヤ君も夢の世界の事知ってるの?」
「……うん。そして、あの花がどれだけあぶないかもね」
ラグヤはくらい顔をしています。
「え……あぶない、って? あの花に、どくでもあるの?」
男の子が聞き返します。
「……いいや、そういう事じゃないよ。でも、それよりもっとあぶない事だ」
「ええっ、ほうしゃのうでも出てるの!?」
「いやいやいや、そんなネタはつかわないでしょ」
ピトラがあわててつっこみます。小さい子は、ゆだんしているとなにを言い出すかわかりません。
「……生態系って、知ってるかい?」
ラグヤはセンベイを手でわります。
「セイタイケイ?」
「……チョウをカマキリが食べて、カマキリをカエルが食べて、カエルをトリが食べて、トリが死んで土になると植物が育って、チョウの幼虫のイモムシがその葉っぱを食べる。生き物はそういうつながりでバランスがとれているものなんだ」
「あー、なんか、本で読んだ事あるね」
ピトラはお茶を飲みます。
「……このバランスは、べつの国から生き物が一種類入るだけでもくずれる。わかるね?」
男の子はうなずきます。
「……ナルシスは夢の世界の花だ。もしもあの花粉が、こっちの植物とくっついたら、どんな植物が生まれるか分からない。それがいっぱい生えてしまったら、今までの植物はへってしまう。生態系はくずれて、虫がいなくなるかも知れないし、それをエサにしていた動物が死んでしまうかもしれない」
「じ、じゃあ……」
「……あの花は、とっても危険なんだ」
「タイヘンだ……どうしよう」
男の子はガタガタ震えはじめます。
「大丈夫だよ、ぼくたちにまかせて」
ピトラはどんと胸をたたきました。
ピトラとラグヤは、男の子のお母さんに話をします。
「そう……ラグヤ君が育ててた花だったの」
お母さんは、なっとくしたようにうなずきます。
「……はい。北海道だけに生えている、ナルシスっていうユリの一種です」
ラグヤはいかにも本当っぽくウソを言います。
「……カムラニ君が、おみまいに良い花はないかって言っていたので、ついあげてしまったんですが、こっちにない花だったので、外に出すのはまずいと気づいたんです」
「ラグヤは、お礼とか言われるのもくすぐったいから、カムラニ君に口止めしてたんです」
「そうだったの……」
お母さんはすまなそうな顔で、男の子を見ます。
「でも、これからは、誰かにものをもらったら、ちゃんと言わないとダメよ? 口止めされてても、そう言えば、お母さん誰にもしゃべらないから」
「うん」
男の子は小さくうなずきました。
「じゃ、どうぞ、ラグヤ君」
お母さんはナルシスをさしだします。
ラグヤはお母さんからナルシスをうけとって、ビニール袋に入れて、ぎゅっと口をしばります。
「あはっ、でも、なんだか、もったいないわね。カムラニがはじめてくれたお花をなんだから」
「え、えっとね」
男の子はポケットからティッシュで作った花を出します。
「ラグヤ君と、ピトラ兄ちゃんに教わって、作ったの」
「まあ……」
「はやく、よくなってね、お母さん」
「ありがとう……カムラニ」
お母さんはぎゅっと男の子をだきしめました。
ピトラとラグヤは男の子の家から帰ります。
「なんか、すごい悪い事した気分なんだけど……」
ピトラはポケットの中の、ビニール袋に入ったナルシスをさすります。
「……カムラニのお母さんが喜んでたじゃないか」
ラグヤはのんびりと歩きながら、空を見上げます。
「でも、あんなウソついちゃって」
「……まあバレてしかられるかもね」
つい、と、ラグヤは前に出まて、ふりむきます。
「……でも、カピタンはたすかるし、ピトラがカピタンを気にやむ事もなくなる、それで良いじゃない?」
「ラグヤ……」
「……貸しにしとくよ。こんど、夢の世界でおいしいものでもおごってよ」
「うん」
ピトラは夢の世界の刑務所にもどって来ました。
台所で、薬づくりです。
ヤッコさんが、まないたの上のナルシスを、ちょん、とつつくと、こなのようにバラバラになります。
『ほれ、みじんぎりできただ』
ヤッコさんの持っていたリンガがじまんげに言います。
ヤッコさんは、リンガを置いて、みじんぎりのナルシスと水をてつびんに入れます。
これをトロ火にかけ、一時間。
すっかりにつまって、ドロリとした薬が湯のみにいっぱい。
「なんか良い香りだね」
ピトラは鼻をひくつかせます。ナルシスの花から香っていたのとおなじような、胸のすっとする良い香りがします。
「味はわりと苦いけどね」
ヤッコさんは、薬の入った湯のみをおぼんにのせて、カピタンの部屋へ持って行きます。
「苦いの?」
「ベイリの汁ほどじゃないけどね」
ヤッコさんは笑います。
「まあ、あんなの生き物が飲むものじゃないし」
「……飲んだことあるんですけど」
「またまた、ピトラはじょうだんがうまいね、あっはっは」
(カソ、なんてものを飲ませたんだ……)
ヤッコさんはカピタンの部屋の戸をあけます。
「カピタン! 薬の時間だよ」
カピタンは返事をしません。
ヤッコさんは手なれたようすで、カピタンをだきかかえると、自分で薬を口にふくんでから、口うつしでカピタンに飲ませます。
「な、なんのためらいもなく……」
「なんか言ったかい?」
「いえ、べつに」
「んぁ?」
カピタンは目を開きます。
「ん? なんだ?」
目をこすりながらあたりを見回します。
「きいたみたいだね」
「なんか、じょうだんみたいなすごいきき目だね」
「なんだ、ここは……見知らぬてんじょうだ……」
「ようこそ、刑務所へ」
ヤッコさんはカピタンの顔をのぞきこみ、にまあああっと笑います。
「な、なな、なっ! 刑務所!? なんでオレサマが、いつの間に! じょうだんじゃない!」
「脱走したけりゃたくらんでもいいよ。うちのコマイヌ軍団『ティンダロス』から、にげきれるならね」
「うっ、ち、ちくしょう! ああっ、そっちのお前はピトラ! わかったぞ、おまえがオレサマを! おぼえてろ! おぼえてろ!」
(やれやれ、こんなんじゃ)
ピトラはさわぐカピタンを見て、苦笑いをします。
(眠らせといた方が良かったかな、なんてね)
とてもとてもホッとしたような、苦笑いでした。
【おしまい】
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