ごんぱち作

さかさまむら
「ゲンさぁぁぁぁぁん!」
ゆめのせかいのもりのなかに、ピトラのこえだけがひびきます。
(――もう、またゲンさんまいごになっちゃった)
ほんとうは、ピトラがまいごになったのかもしれませんが、とにかくピトラはそうおもいました。
「まあいいか。こんどのゆめであえば」
ピトラはあるきだしました。
きのはっぱは、たいようのひかりをすかして、まるでステンドグラスのよう。
あしもとのくさは、とりのはねのようにやわらかで、ふわふわしています。
とおりすぎるかぜは、ピトラのからだにしみこんで、つかれも、イライラも、あせりも、すっかりあらいながしてくれそうでした。
あしどりもかるくあるくうちに、もりがきれ、とおくにいえがみえてきました。
ピトラは、はしりだしました。
しらないひととあうのは、ちょっぴりこわいですが、ゆめのくににかぎっていえば、わるいひとはそんなにいないのです。
ピトラは、ふとみちばたにたてふだがあるのにきづきましたが、そのままはしって――。
はしって――。
おっこちました。
「え?」
あたまから、おっこちました。
「え? え?」
まっさかさまに、おちたのです。
「えぇぇぇぇ!?」
そらに。
「と、とんでる?」
――というよりも、おちています。まるで、うえとしたが、さかさまになったよう。
「うわわわあぁぁあぁぁ!」
そのときです。
「あぶないっ!」
ピトラのあしに、なげなわがひっかかりました。
「あ、わ、わ?」
した――じめんのほうをみると、なんにんかのひとたちが、ピトラのあしにからんだなげなわを、ひっぱりよせていました。
「みんな、いくよ!」
いちばんせんとうの、おんなのひとがさけびました。
「おう!」
「よっしゃっ!」
「いくぞを!」
ピトラはぐいぐいとひっぱられていきます。
「よいせっ!」
「よいっしょ!」
「よいやさ、よいやさ!」
じめんはどんどんちかづいてきて、ようやくピトラはつちにさわることができました。
ピトラは、おんなのひとのいえにあんないされました。
「あぶないとこだったね、キミ」
「えーと……」
ピトラはおんなのひとをみます。ピトラのおかあさんよりもずっとわかい、おおきなひとです。うでがふとくてこえもおおきくて、ちょっとおとこのひとみたいでした。
「あたしはロカだよ」
「えっと、ぼくはピトラ」
ロカのいえのなかは――さかさまでした。
てんじょうにゆかがあって、テーブルやタンスや、うえきばちなんかがおいてあります。
てんじょうのゆかにたっていると、なんだかそっちのほうが、したみたいです。まどがなかったら、ぜったいそうおもうはずです。
「へんでしょ?」
「いや、そんな」
「ははは、きをつかわなくていいよ」
ロカはひきだしをあけて、ビンをとりだしました。ビンのなかには、プルーンみたいなドライフルーツがはいっています。
「はい。2、3こもっていきな」
「なに、これ?」
「『ふうせんプラム』だよ。もしもまた、そらにおっこちそうになったら、たべるといいよ。からだがうきあがって、じめんにもどれるから」
「ありが……とう」
「それから、このクツ。ふるいけど、これだと、おっこちないから」
ロカはげたばこから、ふるいクツをだします。
「いいの?」
(あんまりしんせつにされるのも、おかしなきぶんだなぁ)
「あたしのおふるだから、えんりょしなくていいよ」
ピトラのきもちにきづいたのか、ロカはわらいました。
「でも」
「そとからのおきゃくさんなんて、だれもこないし」
「だれも?」
びっくりしてピトラはききかえします。
「そらにおっこちたら、どこにいくかわからないむらだよ? わざわざくるのは、そうとうなマヌケだよ。あはは」
ロカはわらいました。
(あれ?)
でも、そのわらいは、ほんのちょっぴりさびしそうでした。いえ、それにきづいたいまは、なんだかロカのわらいがぜんぶさびしそうにみえてきます。
「ねえ、ロカ?」
「なんだい、ピトラ?」
「おっこちたらどうなっちゃうの?」
「そらのかなたにいっちゃうのさ」
「そらのかたなって?」
「あたしもいったことはないからわかんないけど、マグマにやかれるか、ブリザードでこおりづけになるか、ハリでくしざしにされるか、とにかくとんでもないことになるのだけは、たしかだね」
「そっか――それじゃ、なんかおっこちないほうほうないの? なんにもしらないひともあぶなくないように」
ピトラはかんがえながらいいます。
「みちにてんじょうをつけて、そっちをあるくとか、てすりをつけるとかしたら、みんなもくるんじゃないかなぁ?」
「みちをぜんぶ?」
「あ……そうか」
それでもピトラはかんがえます。
「そうだ、ひっこしたら? べつのとこに」
「うまれてそだったむらを、はなれられないよ。むらのみんなが、おなじところにひっこせるともかぎらないしね」
「それじゃあ、それじゃあ……」
「やさしいね、ピトラ」
「そ、そんなんじゃないけど」
「あたしたちはこれでいいんだよ」
ロカは、ピトラのあたまをぽんとなでました。
「きをつけてかえりな。もう、このむらにちかよっちゃだめだよ」
クツからとびだしたキバが、じめんにくいつき、ピトラのからだをささえます。
(ものすごいクツだなぁ)
ロカのいえが、とおくなっていきます。
(……なんにも、できないのかなぁ)
とてもクツがおもいのです。
(ロカ、さびしそうだったな)
だれも、このむらにちかよらない。それは、どんなきぶんなのでしょう。
(このせかいには、もっともっとずっとずっとひとがいるのに)
なぜだか、ピトラまでさびしいのです。きゅっと、むねがいたむのです。
(だれもちかよらない、むら……)
ピトラのめから、ポロリとなみだがこぼれました。
なみだはしずくになって、そらへすいこまれていきました。
「ロカ……」
ピトラがおもわずふりかえった、そのとき。
スポッ!
「え?」
クツが、ぬげました。もともとおおきかったクツが、すっぽりとぬげました。りょうあしとも。
「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ピトラはまっさかさまに、そらにおちていきました。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」
ピトラはまだおちています。
「あぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああ!」
どんどんおちています。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
しつこくおちています。
あんまりながくおちているので、なんだかピトラはどうでもよくなってきました。
(……あ、そうだ)
どうでもよくなったせいで、やっときがおちつきました。
(ふうせんプラムがあったんだ)
ピトラはポケットからふうせんプラムを、とりだそうとしました。
(まてよ)
からだをくるりとかいてんさせ、そらをむきます。すごいかぜが、ピトラのかおをたたきました。
(いったい、どこまでおちるのかなぁ)
ふうせんプラムがあれば、いつでももどることはできるはずです。
(でも、もしもとんでもないところにいっちゃったら……)
いったさきに、マグマがあったり、ブリザードがふきあれていたり、ハリがいっぱいはえていたりしたら。
(でも)
ポケットのなかの、ロカからもらったふうせんプラムを、ぎゅっとにぎりしめました。
(わからないから、こわいんだ)
ロカのさびしそうなかおがうかびます。
(このそらのむこう、そらのかたなに、なにがあるのかつきとめれば!)
「なにがおきたって」
もうまよいません。
「どんなことがあったって」
ピトラはおちていきます。
「だいじょうぶ。ぼくは」
(どんな、ことが)
どんどんどんどんスピードがあがって。
(ことが……)
どんどんどんどん。
「わ、わわわわ、わあああっ! ほんとうにはやい!」
……こわいものは、やっぱりこわいのでした。
「きゃぁぁあああああああ、おちるぅぅぅぅぅぅぅ……!」
ピトラがずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとおちて、さけびごえもあげつかれたころ。
(やっぱり、そらにはてなんかないのかなぁ)
ピトラはポケットのふうせんプラムをとろうとして、くびをよこにふります。
(ううん、ぜったいつきとめるんだ)
こころにうかぶまよいをふりはらって、ピトラはさきをみます。
そのとき。
(あれ?)
ピトラはふと、おちるさきにみえるほしのひとつが、うごかないことにきづきました。
(あれって)
ほしは、どんどんおおきくなってきます。
たいようみたいなまぶしいほしではなく、つきみたいになんにもないほしでもありません。くもやうみやりくがみえる、あおいほし。
みどりいろのじめんが、どんどんどんどんどんどんどんどんせまって――。
「ぶ、ぶつかるぅぅぅ!」
ピトラはおおあわてで、ふうせんプラムをくちにいれます。
でも、あわててカラカラにかわいたくちは、すなおにふうせんプラムをのみこませてくれません。
そのあいだも、じめんはどんどんちかづいてきます。
(んーーーー! んーーー!)
ちじょうにはえているきのかたちが、はっきりわかります。
はきだしてしまいそうになるくちをおさえ、ゆびでぐいっとつっこみました。
ご、く、り。
そのとたん、ピトラのおなかがぷぅぅぅうううっとふくれました。おちるはやさが、みるみるおそくなっていきます。
(たすかった、けど。かっこわるい……)
ふうせんみたいにまんまるになったピトラは、じめんにフワリとおりたちました。
――そう、おりたのです。
「もう、おちない?」
ぷしゅーーーーー。
ピトラはじめんをふみしめます。
ピトラをささえる、かたいじめん。
「やった! おちない! おちないぞ!!」
「ほんとうだよ! ちゃんとみたんだ!」
むらにもどってきたピトラのはなしを、しかしだれもしんじませんでした。
「ばかいっちゃいけませんねぇ」
「そうだそうだ!」
「そらはどこまでいってもそら、そういうもんだろう?」
「ほんとうだってば! このむらのまうえの、おっこちないところにすめるし、おっこちたってこわくないんだよ!」
ピトラはいっしょうけんめいはなします。
「ばかばかしい、かえりましょう」
「ああ、そうだな」
「たびびとが、いいかげんなことをいわないでくれ」
ピトラのまわりから、みんながかえりかけたとき。
「あんたたち!」
どなったのは、ロカでした。
「あたまンなかまで、さかさまになってんのかい!」
みんなは、おどろいてたちどまりました。
「おちるのがこわくて、ずっとじめんにくっついてたあたしたちが、そのこわさをふっきってどこまでもおちてみたピトラをわらうなんて、まったくさかさまじゃないか!」
「ロカ……」
ピトラはロカをみます。
「あたしはいくよ」
ロカは、ポケットにいれたふうせんプラムのビンをみせて、わらいました。
「ありがとう、ピトラ」
すぽっ。
「また、あそびにきなよ」
クツをぬぎすてたロカは、まっすぐそらへすいこまれていきました。
「ロカにああいわれちゃ、かないませんね」
「しょうがないな」
「すまなかったな」
みんなもクツをぬぎ、つぎつぎにそらへおちていきます。まるで、とんでいくようでした。
「ロカ、わらってた……」
ピトラは、ちょっとブカブカのクツをはいたまま、そらをみあげていました。
もう、ロカのすがたはみえませんでした。
<おしまい>
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