とべ! イダテン
ごんぱち
宇宙港から出た宇宙船が、ずらりと横いちれつにならびます。
『第1のコース、宇宙船スペランカー。パイロットは、サワイとクワムラ!』
宇宙船イダテンのスピーカーから、アナウンサーのカソの声が聞こえます。
『第2のコース、バステト号。パイロットは、クロネコ運送のネコハチとロクロウ!』
ピトラは、イダテンの動力室のまどから宇宙船をながめます。
宇宙船は、みんなピカピカにみがかれ、ものによってはランプやかざりまでついています。
『……第8のコース、宇宙船ガルーダ、パイロットはケーム!』
「うあー、すごいな、速そう」
「ピトラ社長、いつまでもぼんやりしてないで、オールの手入れでもするであります」
左のシートで、カモメのジョースターが、宇宙船用のオールにマツヤニをぬります。
「ジョースター、まだ時間があるから良いでヤスよ」
ピトラのうしろのシートのカモメのガースが言います。
『第11のコース、カゲキヨ丸、パイロットはヘイ!』
「そうそう、始まったらガーーーーッととばせばいいんでい! がはははは!」
ピトラの左ななめうしろのシートのカメのゲンさんがおおごえで笑います。
『第14のコース、ファフニール号、パイロットはラグヤとセイリュウのリュウさん!』
「おおっ、リュウさんも出てんのか、めずらしいな!」
「……あのさ」
「なんでありますか社長、けいきのわるい顔をして」
「みんな、エンジンがついてるんだけど」
『第24のコース、バイアクヘー、パイロットはフィリップ!』
『よそはよそ、うちはうち、ですぞ』
操舵室の親方が、スピーカーから口をはさみます。
「あるていど、よそを気にしないと世界がせまくなるじゃないか」
『第34のコース、宇宙艦えいゆう、パイロットはイタミ!』
「社長はおうじょうぎわが悪いであります」
「エンジンなんてかざりでヤスよ」
「……わかってるよ、でも言わずにはいられないんだよ!」
ピトラはシートベルトをしめます。
『第42のコース、宇宙船イダテン!』
放送のカソの声に、思わずピトラたちはだまります。
『パイロットは、親方!』
「えええええーーーー!」
「舵をとるのが親方であります。われわれは、ただのエンジンがわりであります。みじめたらしく、オールを動かすだけの、ろうどうしゃであります」
「いやさ、それもなんだけど」
「どうしたでヤス、社長?」
「どうした、ピトラ?」
「親方って、『親方』が、名前なの?」
『……スタート!』
どんどん宇宙港がとおくなって行きます。
『テンテイカップ、チャリティーレース大会、宇宙船はいっせいにスタートしました!』
宇宙港の実況席で、カソが実況をします。
『トップは、ケームさんです! すばらしい速さです!』
ロケットエンジンの炎が長くのびています。
『――ケームさんは、あの鍛冶屋のフツヌシさんのお弟子さんで、この宇宙船も自分でかいぞうしたそうです。そのトップスピードは、光の97パーセント。ワープ禁止のこのレースでは、まちがいなく最高のスピードです!』
ケームの宇宙船はとても速く、つぎにつづくクロネコ運送をぐんとひきはなしています。
そのあとは、あまりかわらず、ダンゴのようにみんなかたまっています。
「速っ、エンジンついてる船速っ!」
ピトラたちは、オールをいっしょうけんめいこいでいますが、まるでおいつけません。
オールの船としては、イダテンは宇宙で1番ぐらい速いのですが、エンジンのついた船とくらべると、どうしようもありません。
もう、見えなくなってしまっています。
「だいじょうぶだ、ピトラ。ウサギとカメの話を思い出せ!」
ゲンさんがオールをこぎながら笑います。
「カメとウサギがのった船のばあい、どっちになるんだろうねぇ……」
ピトラはぼやきながらも、オールをこぎます。
こいで、こいで、こいで、こいで、こいで、こいで、こいで、こいで……。
「くぅ、ワープ用オールがあれば!」
「このレースはワープ禁止であります。つかったらはんそく負けであります。社長はものわすれがはげしいでありますな」
「わかってるよ、わかってて言ってるんだよ!」
「社長、おちついてほしいでヤス。このレースはチャリティーで、勝っても賞金はなにもないのでヤス」
「そうだった」
ピトラは、しんこきゅうをします。
「めだってせんでんにするんだったね」
ピトラたちのたくらみときたら、そんなものでした。ですから、宇宙船「イダテン」には、ランプや絵がいっぱいで「おとどけものはピトラ運送」だの「はやい、やすい、おおきい、ピトラ運送」だの「ゾウさんがすきです、でもウサギさんのほうがもっとすきです」だの、せんでんがかいてあるのです。
『さあ、イズモ星ですぞ!』
スピーカーから、親方の声がします。
「イズモ星って、どんなんだっけ?」
オールをこぐ手に力をこめながら、ピトラがゲンさんにききます。
「ああ、神れんちゅうのあつまるばしょだな。体を大きくしてのんびりできるように、何からなにまででかい」
「大きい方がラクなの?」
「パソコンだって、大きい方が安いだろ?」
『イズモ星を通りすぎましたぞ』
「え? 親方?」
『なんですか?』
「エピソードは? ハプニングは? ネタは?」
『宇宙レースで、惑星にひとつひとつおりるワケがないでしょう』
「がははは、ピトラもぞんがいマヌケだな」
「そうでヤスね」
「ええ、ピトラ社長はマヌケであります」
ピトラはギロリと左のシートのジョースターをにらみます。
「……ジョースター、ボーナスおぼえてなよ」
「あああ、おおお、おああああ、いや、ピトラ社長はぜんぜんマヌケではありません。むしろ、マがいっぱいはいっています。ピマトマラマ社長あります! ちなみにタヌキでないばあいは、ピタトタラタ社長であります!」
「これっぽっちもフォローしてない! そもそも、フォローする気がこれっぽっちもないでしょう!」
宇宙船イダテンは、もはやレースなんてどうでもいいぐらい後ろを、それなりの速さですすんでいます。
「……たしかに、せんでんだけできれば、レースはどうでもいいって言ったけどさ」
オールをこぐ手をやすめずに、ピトラはぼやきます。
「こんなにおそくなったら、ちゅうけいのカメラもないじゃないか!」
「カメラはないが、カメならいるぞ、がはははは!」
「ゲンさん」
笑うゲンさんを、ピトラはじっと見つめて、しみじみと言います。
「ぼくがこの世界に来ていられるのはゲンさんのおかげだし、いろいろな世話もやいてもらって、とってもカンシャしてるけど、それでもあえて言わせてもらうけどね」
「おう?」
「カメとカメラをかけるダジャレは、いくらなんでもひどすぎじゃない? せめてキャメラでキャメルぐらいのひねりをしてよ! 何年やってるんだよ!」
「す、すまねえ、ピトラ。うっかりしてやった、今はハンセイしている。おわびに、ふっきん500回やらせてもらう」
ゲンさんは、ふっきんをはじめました。
「カ、カメがふっきんをしてヤス」
「すごいであります!」
「フフッ、いいものを見せてもらったよ、ゲンさん、それでこそだ」
『む、惑星マグナスにちかづいてますぞ』
スピーカーから、親方の声がします。
「マグナス?」
「ジシャクの星であります」
「あー、ハナシカの?」
――500回のふっきんをおえて、ピトラとゲンさんはまたオールをにぎりました。
「あー、ふっきんいたい」
「マグナスに引っかかってる宇宙船があるな」
惑星マグナスは、茶色い星です。
じりょくと重力に引っぱられてにげられず、まわりをぐるぐる回っていきおいをつけている宇宙船が4キあります。
「エンジンふかしてとんでいけばいいのに」
『よぶんな燃料をつんでいないのでしょうな』
「それに、ふりきれたヤツらは、もうこんなとこにはいねえんだろう」
「言われてみればそうか」
ピトラはオールをこぐ手に力をこめます。
「親方、ただでさえおそいんだから、あれに引っかかったりしないでよ?」
『あれ? 知りませんでしたかな?』
「なにを?」
『イダテンは、ヒヒイロカネがあちこちに使われているので、ジシャクにはほとんどくっつかないんですぞ』
「じぶんの船のことを知らないなんて、さすがは金にしか目がない社長であります」
「う、うるさいな! ぼくそんなにお金に汚いキャラじゃないでしょ?」
イダテンは、マグナスに引かれることもなく、しずかに通りすぎていきました。
「ちょっと! ねえ! どーしてだれも返事しないのさ!」
とおくに、トリイが見えてきました。
『イツクシマ星ですな』
「タコの惑星に行ったときに、30分だけおりたことがあったっけ」
トリイはゆっくりちかづいてきます。
宇宙にうかぶ、赤い大きなトリイ。神社の入り口にあるアレです。トリイそのものが星なのです。
「あれの中をくぐるんだよね」
『そういうコースですな』
「かじとりはだいじょうぶ?」
『このスピードでぶつけるようでは、めんきょがもらえませんぞ』
「……宇宙船って、めんきょとかいるんだ?」
『ボートより大きい船のかじとりにはひつようです』
宇宙船「イダテン」は、トリイのなかをすぅっととおりぬけていきます。
「ん?」
「ハシラのところで、ケムリが上がっているであります」
「ぶつかった宇宙船が2キばかりあるみたいでヤスね」
ガースの言うとおり、ケムリは2すじ上がっています。
『光に近いスピードを出していると、なかなかむずかしいでしょうな』
「ってことは、ケームとかクロネコとかは……」
「いや、れんちゅうは先に行ってるな」
ゲンさんがイツクシマ星をながめながら言います。
「おちているのは、ゼッケンで1番、17番、それから……14番が着陸してるな」
「14って、ラグヤとリュウさん?」
ピトラは目をこらしてみますが、そんなところまで見えません。
「ゲンさんって、目がいいんだね」
「おい、何やってんだ、リュウさん?」
「話もできるんだ……」
「宇宙の広さをものともしていないありますな」
「みんながゲンさんみたいになったら、しあわせになれそうでヤスね」
「ひとがそんなにベンリになれるわけないよ」
「――なに? 事故ったヤツらをたすけてたら、シカセンベイ売りを見かけて、シカにセンベイをやるのがおもしろくなった? レースはどうすんだ? リタイヤ? お前らしいったららしいが……」
「……ねえ、ジョースター」
「なんでありますか?」
「ひょっとしてさ」
「はい」
「ぼくたち、ビリじゃない、よね。もうすでに」
「そうでありますな」
ピトラたちは、顔を見あわせます。
「ナイショにしてたけど」
にやりとピトラは笑います。
「ぼく、負けるのってけっこうキライなんだ」
「どうかんであります」
「おなじくでヤス」
「だ、な」
『いきますかな』
ピトラたちは、オールをぎゅっとにぎり、かまえました。
丸いつつみたいな形をした宇宙コンビニの横を、イダテンは通りすぎていきます。
宇宙コンビニのカベには、「サイトウ商店3号店」の文字が入っています。
『ほきゅうポイント、コンビニ宇宙ステーション、サイトウ3ですな。エンジンつきは、ここで燃料を入れるばあいが多いですな』
「わはははは! オールだから必要なあああああああい!」
「いくでありまああああああす!」
「つっぱしるでヤアアアアアス!」
「ぶちぬくぜええええええええ!」
ピトラたちは、どんどんどんどんオールをこぎます。
宇宙はこげばこいだ分だけ、スピードが上がっていきます。オールでも、ブレーキをかけなければ、エンジンつきと同じスピードになれるのです。
イダテンは、ぐんとじゅんいを上げました。
「あー、ハイになってこぎまくったせいで、つかれてきたーー」
ピトラは汗をぬぐいながら、水をのみます。
「親方、今何番目だ?」
ゲンさんがたずねます。
『20番ですぞ。リタイヤが8キ出ていますから、まんなかより少しうしろですな』
「トップは、やっぱりケーム?」
『そのようで――あ、今、レースの実行委員会から通信がはいりましたぞ』
「なんだ?」
「え?」
「どうしたであります?」
「どうしヤシた?」
『ケームが、サイトウ3にとりのこされているそうです。なんでも、トイレにいっている間に宇宙船をぬすまれたとか』
うしろをうつすモニタにうつっていたサイトウ3は、もうずっととおくなって見えません。
「ケームにケガは?」
『それはないみたいですぞ』
「そっか、なら、まあ、よかったね。レースは、リタイヤになるだろうから、ざんねんだけど」
「ピトラ、ざんねんそうな顔をしてないぞ」
「トップがいなくなってうれしいって顔でヤス」
「ウサギだけに、まったくひとでなしでヤスね」
『こういうときに、うつわの大きさが出ますな』
「そんなこと言うけど、君たちも顔、ニッコニコじゃないか」
ピトラの言うとおり、みんなうれしげです。
『……思いやりのないひとたちばかりですなぁ』
「勝負事だからいーの!」
「フフフ」
ケームの宇宙船『ガルーダ』のコックピットには、太ったカピバラがすわっていました。
「この宇宙船は、宇宙海賊カピタンがいただいた!」
そう、宇宙船をぬすんだのは、カピタンだったのです。
「しっぱいすること、70回、こんどこそ、自分の宇宙船を手に入れられたぞ!」
どうやら、ずっとこんなことをしているようです。その時間にはたらいていれば、もう少しマシなくらしができているにちがいありません。
「うるさい! オレサマはほこりたかき宇宙海賊だぞ」
ドロボウにほこりもなにもないものです。ぬすっとたけだけしいとは、このことでした。
その時、通信機のよびだし音がしました。
「はい、もしもし? 宇宙海賊カピタンです」
『こんにちは、ネゴシエイターのカソですが』
「あれ? カソって実況してたんじゃ?」
『いえね、バイトをダブルブッキングしていたんですよ。で、どうです、今なら罪もかるいですから、宇宙船をかえしちゃ?』
こうして、カソとカピタンのいきづまるこうしょうがつづいたのですが、それはまた、べつのお話です。
「べつって! おい! まて! このまませっとくされちゃうの、オレサマ!?」
『たった一つでも、ちゃんと登場できるシーンがある、こんなうれしいことはないじゃないですか?』
ピトラたちは、小惑星をさけるとおまわりのコースをすすみます。
『ドロボウは、宇宙船をすててにげたそうですな』
「けっきょく、ドロボウってだれだったのかな?」
ピトラはオールをこぎながら首をかしげます。
つかれはありますが、ひとやまとおりこえて、いきおいにのっていますから、オールをこぐ手にも力があります。
「うわさでは、このへんの宇宙港でコソドロが出ていたそうであります」
カソも元気にこいでいます。
「へー、どんなものがぬすまれたんだろ?」
「宇宙船とか、見つけたばかりの宝物なんかであります」
「ぬすむほうが悪いのはたしかだけど、ぬすまれるほうもマヌケだよね。きちんととじまりとかしてなかったのかな」
「そうでヤスね」
「でも、ケームがっかりしてるだろうな」
『とてもあわてていたようですぞ。悪いことにつかわれるなら、と、自爆させようと思っていたぐらいだそうで』
「自爆装置ついてたのでありますか」
「ケームらしいなぁ、あはは」
みんな、さわやかにわらいました。
『では、鏡星をつうかしますぞ』
「あの、方向まちがえないでね?」
『レーダーにたよりますから、そういうベタなまちがいはしませんぞ』
「じゃ、ツナマヨと、からしたかなと、わかめごはん、ぜんぶあっためて」
『かしこまりましたー』
宇宙コンビニのフライトスルーで、ピトラたちはちゅうもんを出します。
「こんどは、サイトウ7か。すごいんだね、サイトウ商店って」
『ばいしゅうをくりかえし、わずか1ヶ月で、宇宙コンビニのはんぶんを手に入れたそうですぞ。サイトウ社長も、自分で自分がこわいぐらいだ、と言ったとか』
「いーなぁ、宇宙コンビニかぁ……」
『はいたつ宇宙船が来ましたぞ、うけとってください』
「わかった」
「わかったであります」
ピトラとジョースターは、宇宙服をきると、ハッチをあけます。
同じスピードで、はいたつ宇宙船がとなりをすすんでいました。
『まいどどうも!』
はいたつ宇宙船のハッチがひらいて、宇宙服を着たおじいさんの店員さんがピトラたちの方へやってきます。なれているのか、としのわりにすばやいです。
『おまたせしました』
店員さんは、ふくろに入れたおにぎりとおべんとうをさしだしました。
『あ、エコバックつかうんで、ふくろいりません』
『ごくろうさまであります』
『まいどどうもー』
「おりかえしだね」
ピトラはツナマヨおにぎりをつかみます。ずっとオールをこぎどおしだったせいで、手はプルプルふるえていました。
『あとは、ナリタ星と――むぐもぐ――さかさま星をとおって――もぐもぐ――宇宙港でゴールですぞ』
スピーカーから、親方の声と、宇宙食のラーメンを食べる音がします。
「このへんにくると、じゅんばんがかわらないでありますな」
ジョースターはニシンのフライを食べます。ジョースターがカモメだからです。
「大きなミスもありやせんからね」
ガースは、サンドイッチを食べます。
「ヘンな事故もおこらねえからなぁ」
ゲンさんは、おにぎりを5個食べおえたところです。歩くのはのろいですが、食べるのはとても早いのです。
「大きな事故でもあれば……い、いや、ごほん、ごほんっ! いかん、ダメだ、そんなことをかんがえちゃいけない」
ピトラはぶんぶんと首を横にふりました。
「なんだ、ナリタ星って、怪獣の星のことだったのか。きたことあるよ」
ちかづいてくる星を見て、ピトラは思いだしたように言います。
「いつだかに来たときは、怪獣においかけられてタイヘンだったなぁ」
『わははは、そんなこともありましたな』
「でもこんどはへいきだよね。宇宙をとおるだけだし」
「いえ、社長」
「そうでもないでヤス」
「さいきん、宇宙怪獣も出るようになったんだぞ」
ピトラの顔がこおりついたようにかたまります。
「宇宙、来れるの? 怪獣」
「怪獣でありますから」
『おこしになりましたぞ!」
すすむさきには、とてもとても大きくてへんてこなドロのかたまりのようなものが見えてきました。
「よけてつっきりますから、スピードアップおねがいします!』
手とも足ともつかないものがあちこちからニョキニョキとはえていて、見ているだけでぞぅっとします。
「ひょっとして、ほかの宇宙船はあれに……」
『いや、ほかの宇宙船が見つけたという通信は入っていませんな』
「だああああっ、うちの船だけが事故にあってるよ! わりにあわないよ!」
イダテンはスピードを少しづつあげながら、宇宙怪獣にちかづいていきます。
「このままだとぶつかっちゃうよ!」
『あいずをしたら、左のジョースターとゲンさんは休んで、右がわの社長とガースだけオールをこいでください! 大きくまがれます!』
「わかった!」
「りょうかいであります」
「わかったでヤス」
「おうよ!」
宇宙をつっぱしるイダテンは、彗星のようです。
宇宙怪獣は、イダテンをつかまえようと、手とも足ともつかないものをのばします。
イダテンと宇宙怪獣が――。
『今です!』
「のおおおおおおお!」
ゲンさんとジョースターが休んで、ピトラとガースが、いっきにオールをこぎます。
ぎゅんっ。
イダテンが、いっきに右にまがります。でも、まがるいきおいが強すぎて……。
「うわあああああっ、まわる、まわる、まわるううううう!」
「うひょひょひょひょであります!」
「うわたっ、ひあっ! うわっ、たすけてほしいでヤス!」
「がはははは! おもしれえ!」
イダテンは、ぐるんぐるんまわりながらも、宇宙怪獣のすぐそこをするりとぬけて、とんでいきます。
ちょうど、フリスビーみたいでした。
ぐるぐるまわっていたイダテンは、ようやくまっすぐにむいて、すすみはじめました。
『しせい、ととのいましたぞ』
親方の声は、つかれているみたいです。
「あー、びっくりした」
シートベルトでおさえられっぱなしだったおなかを、ピトラはさすります。
「社長のばかぢからのせいで、ひどいめにあったであります」
「そんなことを言っているヒマはないでヤス!」
モニタには、おいかけてくる宇宙怪獣のすがたがありました。
「うわあっ、しつこい!」
手とも足ともつかない、ねとねとしたものを、のばしてきます。
「つかまる!」
ピトラたちはいっしょうけんめいオールをこぎます。
でも、スピードはどうしてもゆっくりしか上がっていきません。
「フツヌシぃぃ! こういう時のために、ロケットエンジンとかないの!?」
「世の中そんなにあまくないであります」
「そうでヤスねっ」
「そういうことをかるがるしく言うひとの方が、けっこう世の中あまく見てたりするもんだよっ!」
そのときです。
「みんな、30秒くれ!」
ゲンさんがどなりました。
「30秒?」
「それだけつかまらずにいればいい」
言うなり、ゲンさんはシートベルトを外してます。
「うわわっ、こぎてがへったらバランスがとれないであります!」
「ちょっとゲンさん、いったいなにを?」
ゲンさんは、ハッチへおおいそぎでかけよります……まあ、ゲンさんのなかで、の話なので、その歩みはずいぶんとのそのそでしたが。
「な、なんかわかんないけど、30秒だね!」
『なんとかかわしますぞ。社長、右へターン!』
「わかった!」
「りょうかいでヤス!」
ピトラとガースが大きくこぎます。
怪獣の手がギリギリをかすめていきます。
『つぎは左!』
「わかったであります!」
『と、見せかけて右!』
フェイントです。
「よいしょおあおおっ!」
『こんどは左!』
「ぬあっ!」
『左左で、ちょい右!』
「のおおおお、でヤス!」
なかなかつかまらないイダテンにしびれをきらしたのか、怪獣はぐんと体をちぢめると――。
どん、と、いっきにのばして、つっこんできました。小惑星が丸ごととんでくるようなものです。よけるばしょがありません。
『よ、よけきれませんぞ!」
親方がどなったすぐあと。
ものすごいゆれが、イダテンをおそいました。
ピトラたちははげしくゆさぶられ、シートベルトが体にくいこみます。
「ひぃぃぃぃ! こわれる!」
「おたすけ、であります!」
「いやだでヤス、いやだでヤス!」
大きなゆれが、なんども、なんどもつづきます。
「うわぁっ!」
「うひゃあっ!」
「おわあっ!」
つづきますが。
「あ、れ?」
イダテンはビクともしていません。
ゆれてはいるのですが、なんとなくやわらかいゆれです。
「どういうこと?」
ピトラがふと、モニタを見ると。
『この怪獣め! おととい来やがれ!』
「ゲンさん!」
体を100メートルぐらいに大きくしたゲンさんが、イダテンを足場にして、つっこんでくる怪獣をなぐりかえしているのです。
ゆれは、怪獣のこうげきではなく、ゲンさんがなぐりかえしているときの反動でした。
ゲンさんよりも怪獣の方がかなり大きいですが、力はいい勝負です。
「そっか、ゲンさんは巨大化もできる、怪獣みたいななにかだった!」
「いい怪獣でありますな」
「たすかったでヤス!」
『……四神という神の一柱なんですが』
『うおおおおお、ゲンさんトリプルクロスカウンター!』
ゲンさんのさいごのいっぱつが、怪獣をとらえました。怪獣もこれにはたまりません。ふきとび、宇宙のかなたへきえていきました。
『うわ、わわわ! はやい、はやいですぞ!』
親方のあわてたような声がします。
「どうしたの?」
『ゲンさんが怪獣をふきとばした反動で、スピードがぐっとあがっています!』
「えっ?」
ピトラはまどの外に目をむけますが、よくわかりません。宇宙だと、星しか見えないので、スピードはわかりづらいのです。
「そんなにつごうよくいくものなの?」
「おかしい話ではないでヤス、プールで、カベをけっていきおいをつけるようなものでヤス」
「いやー、ヒーローのおかえりだぜ、がははは!」
ゲンさんがハッチからイダテンの中へもどってきます。
「ゲンさん」
「なんだ?」
「ってことはさ、スタートの時とかに、ゲンさんがどっかをけっとばしてさいしょのスピードを出したら、もっと速くいけたんじゃない?」
間があきました。
「さいごはさかさま星でありますな」
「トップにおいついてるよね、すごい!」
レーダーにうつるさかさま星前には、宇宙船がかたまっています。
『――ブレーキです、早く!』
親方がどなりました。
「え?」
ピトラたちはびくり、としながらも、オールをぎゃくにこぎはじめます。
「せっかく加速したのに?」
『コースは、われわれの星であるシュミセンとさかさま星の間、つまり空気があるんですぞ』
「空気が……ってことは、まさかっ」
オールをこぎながら、ピトラははっと気づきます。
『あんまりスピードが出すぎていると、空気とのまさつでもえつきてしまうのです!』
「あー、でもさ、イダテンはそういうのつよくないの? フツヌシが作ってるんだし」
『いちおう、ぼうごフィルムと、れいきゃくガスがありますが』
「じゃあ、それ使えば」
『それでもスピードの出しすぎです! 1秒でもえつきるところが、2秒になるぐらいの差ですな』
「なんだってそんな危ないコースをつかうのさ!」
『スピードダウンのしじは出ていましたが、その時は怪獣におわれていましたからな。まにあわなければ、コースアウトするしかありません。そうしたら、もどるまでどれだけかかるか』
「とにかくブレーキなワケね?」
ピトラたちは、もうめちゃくちゃにオールをこぎます。
こいで、こいで、こいで、こいで、こぎまくります。
「だあああっ、ちっともおそくならない!」
「ひょっとして、加速したのと同じだけこがないとおそくならないのではありませんか?」
「やっぱり? やっぱりそうなの?」
さかさま星はどんどんちかづいてきます。シュミセンとの間につながる空気のそうがぼんやり光っていて、チューブみたいです。
『ブレーキを、とにかくブレーキを!』
「まにあうもんかああああ!」
どなりながらも、ピトラがオールをこいでいると、ふと。
「……カーブだ!」
ピトラは顔をあげます。
「親方! カーブだ! さかさま星のまわりをまわって、スピードダウンしよう!」
『ん、え? あっ、そうでした、そうですな! 右休め、左全力!』
「わかったであります!」
「まかせろ!」
イダテンは急カーブをして、さかさま星をまわります。重力に引っぱられ、どうにかふきとんで行きません。
スピードがおちていないので、1秒に1周ぐらいのものすごいスピードで、星のまわりをぐるんぐるんまわります。
『少しづつ空気のこいところに入って、ブレーキをかけます』
イダテンはなんどもなんどもなんどもなんどもさかさま星のまわりを回りながら、スピードをおとしていきます。そのたびに、イダテンは空気とのまさつで炎につつまれます。
「うえーー、きぼぢわどぅい……」
「うぶっ、目が回る、で、あります」
「ぐらぐらしヤス」
「なんだなんだ、わかいのにだらしねえ」
スピードはかなり落ちてきました。
『よし、はふぅ……マッハ20までおとしました、ぞ、ふぅ。これなら行けます。14秒後に右へ』
「りょー……かい」
「わかったであります」
「はいでヤス」
「おうっ」
イダテンは、さかさま星とシュミセンの間の空気につっこみました。
怪獣になぐられたようなものすごいしょうげきがあって、ものすごいいきおいでスピードがおちていきます。
あっという間に、イダテンは炎につつまれます。
「うわ……まどの外、まっ赤だよ」
「イダテンはだいじょうぶでありますか?」
『イダテンは動力のほかは、宇宙でもゆびおりの高級宇宙船ですぞ』
「……動力のほかは、ね」
ほかの宇宙船がノロノロすすむところを、イダテンはいっきにおいぬいていきます。
「これがあのボロ船だったかと思うと、不思議な気分になりヤスね」
ついに、イダテンは空気をぬけました。
前には――ほかの宇宙船は、なにもいません。
「やった、トップだ! 今、トップだ!」
ピトラはさけびます。
『ゴールは、スタートと同じ、宇宙港。もうひといきですぞ!』
「このままゴールまでにげきろう!」
「ラストスパートであります!」
「やりヤス!」
「おうよ!」
ピトラたちは一気にオールをこぎはじめます。
スピードが少しづつですが、かくじつに上がっていきます。
「いけえええええええ!」
その時です。
うしろから、宇宙船が1キ、せまってきました。
『む! 空気をぬけた船がありますな』
宇宙船には「おとどけものは、クロネコ運送」の文字と「どこでもあんしん郵便局」の文字が入っています。
「クロネコ運送のバステトだ!」
ロケット噴射を全開にして、とんでもない加速でイダテンにおいついてきます。
「おいつかれヤス!」
「やっぱり、オールじゃムリであります!」
「動力のちがいがっ」
ピトラは体ぜんぶをつかって、オールをこぎます。
「宇宙船の決定的な差ではないことを、おしえてあげるよ!」
少しづつ少しづつ加速していきます。あきれるほど少しづつ。かなしいぐらい少しづつ。エンジンとくらべることがバカらしいぐらい少しづつ。
こいで、こいで、こいで、こいで、こいで、こいで、こいで、こいで……。
シュミセンがどんどん大きくなり、宇宙港と、ゴールラインが見えてきました。
でももうバステトはすぐそこ。ぐんぐん追いついて、よこをぬけ――。
「まけるなあああああ」
「あとひとがんばりであります!」
「がんばれでぇぇぇぇヤス!」
「うおおおおらああああ」
『ぶちかませええええ』
『「「「「イダテェェェェェン!」」」」』
ゴールラインを。
つうかしました。
バステト、
の、まえに、イダテンが。
表彰式がおわり、ピトラたちはピトラ運送のせんでんをさんざんやりすぎて、みんなにひかれていました。
その後、さんかしゃをあつめた、おいわいのパーティーがひらかれました。
みんなが、にぎやかにパーティーで楽しんでいるころ。
ピトラは、ドックにとめられた、イダテンのところに来ていました。
こわれているところはぜんぜんありませんが、空気につっこんだせいか、せんでんのための絵やランプはすっかりなくなり、ところどころこげています。怪獣にやられたのか、それともこまかいチリやゴミにぶつかったのか、キズがいくつもついています。
ピトラはハッチをあけて、動力室にはいると、シートにすわって、せもたれをたおしました。
それから大きくあくびをして。
目をとじます。
それからほんの5秒もしないうちに、ピトラのすがたは、いつものように夢の世界からふっときえました。
【おしまい】
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