いちばん強い、雨の日に
ごんぱち
ざあああああああああああああ……。
夢の世界は雨でした。
たたきつけるみたいに、雨がふっています。
空は暗く、町はぼんやりとしています。
「よくふるなぁ」
ピトラ運送の、きゅうけい室で、ピトラたちは外をながめます。
雨はぜんぜん止みそうにありません。
「こんな時は、どこかべつの星におとどけに行きたくなりヤスね」
カモメのガースが、お茶を飲みます。
「なんなら、社長たちだけで出かけてみてはどうでありますか?」
同じくカモメのジョースターが言います。
「きっと、さかさま星あたりに行けば、からりと晴れて良いお天気であります」
「軌道エレベーターまで行くのが大変じゃないか」
くもったガラス窓に、ピトラは指でらくがきをします。
「それに、ぼくたちがいないあいだに、ジョースターは社長室にいりびたって、社長気分を味わいたいだけなんだろうしさ」
「そ、そそそ、そんなことは、ないであります、よほ?」
「ふうむ、やはり、これは今年のいちばん強い雨の日ですな」
カモメの親方が、パソコンを見ながら言います。
「いや、わざわざ調べなくてもわかるよ」
ピトラは外を見ます。
ものすごい雨で、滝の中にいるみたいです。
「だから、昨日のうちにみんな仕事かたづけたんじゃないか」
「いえ、かたづいていません」
「えー?」
「いちばん強い雨の日に届けてほしい、と、にもつを頼まれていたのを、お忘れですか?」
パソコンのおとどけものリストには、たしかに1つ、名前がありました。
「そんな伏線あったっけ?」
「社長、なんでもかんでも伏線でしこんであると思うのは、わるいクセであります」
「そうでヤス、てきとうにながせば、回想シーンでどうにかする手もあったのに、もうそれも使えないであります」
「社長は、何年やってもシロウト芸ですな。天然にたよっていては、いつかレギュラー落ちしますぞ?」
「う、うるさいな! 分かったよ、ぼくが悪かったよ!」
ざあぁああああああああああ……。
レインコートを着たピトラは、リュックに小包を入れて、ひとり自転車で走ります。
雨がとても強くて、上からひっぱたかれているみたいです。
「……よく考えたら、どうしてツッコミをまちがえただけで、ぼくがとどけることになってんの?」
それが世界の法則なのです。
「ぼく、社長じゃん! 社長っていうのは、えらいはずじゃん! こういうのは、ジョースターがやって、ぼくは『フハハハ、よくやったな、ボーナスは考えておくぞ』とかいって、けっきょくうやむやにする、それが社長ってもんじゃん?」
ピトラの社長というものにたいするイメージは、とてもゆがんでいます。
雨の音はとてもはげしくて、ピトラのひとりごとは、ピトラの耳にもほとんど聞こえませんでした。
レインコートをしっかり着ているのに、なんだか中まで水がじくじくしみこんできます。
「まさかのおねしょオチじゃないだろうなぁ、あれでネタ貧乏なとこあるから、定番とかをあえてひらきなおって使ったりするしなぁ」
ピトラは失礼です。
自転車で町の外まで出ると、草原の中の土の道になります。
ちょっとやそっとの雨では水たまりもあまりできない、水はけの良い道なのですが。
ばしゃずじゃじゃばばばば!
「うひゃお!」
この雨です、道には自転車のタイヤがめりこみ、ハンドルをとられてしまいます。
「うわっ、わわっ!」
ピトラはひっしにハンドルを押さえて、なんとか止まりました。
ざああああざあざざざざかざかざかざか……。
「むぅ、これは、いけないなぁ」
自転車のタイヤは、2センチぐらい土にめりこんでいました。
「ムリして乗っても、大して速くなさそうだね」
ピトラは道のすみに自転車をとめて、歩きはじめます。
「うん、この方がマシだ」
草原をピトラはあわてずのんびり歩きます。
小包はしっかり水が入らないようにつつんでありますし、ピトラはもうパンツの中までぐしょぬれなのです。
草原の草や花は、雨にばしばしとうたれているのに、ぜんぜんへこたれていません。
むしろ、うれしそうに、ピンとのびています。
空は暗い灰色ですが、それがかえって、草のかがやくようなヒスイ色と、虹みたいにたくさんの色の花たちを、いっそうあざやかに見せます。それが、ずっとむこう、地平線までつづいているのです。
「キレイだなぁ……」
とおくは、雨のせいでぼんやりしていますが、なんだかはっきり見えるよりも、やわらかくおちついて見えます。
「ええと、おとどけは――」
ピトラは地図を見ます。
「黒の森の、シュバルツさんか」
長い長い草原の道を、ピトラは歩いていきました。
ざあぁああああぁぁぁぁぁぁああああ……。
草原を歩いていると、道が二つに分かれました。
左の道は「あらしが原」、右の道は「黒の森」。
「ってことは、右だね」
ピトラは右の道を進みます。
行く先に、森が見えてきました。
見えて来ましたが。
「……なに、あれ」
黒の森は、なまえのとおり、真っ黒でした。
生えている木がみんな真っ黒、草も真っ黒、土も真っ黒。
「いや、おかしいでしょ、黒の森って、木がいっぱいしげってるから暗く見えるんで、黒の森じゃないの? ねえ?」
ピトラときたら、かえらずの森で学んでいません。
「きもちわるいなぁ、これ……」
ピトラはおそるおそる森に入ります。
真っ黒な木は、まるでスミですっかりぬってしまったみたい。土も黒くて、ピトラの足しか見えません。
まわりがみんな真っ黒ですから、ほかの色はピトラしかありません。
「……なんだか、うかびあがってるみたいだなぁ」
ピトラは森の中を歩きます。
森はどんどん深くなってきて、暗く、黒くなっていきます。
いつの間にか、ピトラのほかにはなにも見えないぐらいに暗くなって、それから。
ふと。
ピトラは目をこすります。
「え?」
まわりに、白い点がいっせいにあらわれました。
真っ黒な森の中にあらわれた、白い点たち。まるで夜空の星みたいです。
「わあああ」
ピトラが思わず声をあげると、それはいちどにとびあがります。それはワタのような、雪のような白い虫でした。
さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
それからもうしばらく歩いていくと。
ピトラは足のうらが、なんだかでこぼこしはじめたのに気づきました。
「――ん?」
気づいたのとほとんど同時に、ピトラのつまさきはなにかにつまづいて……。
「うひゃああっ!」
ばっしゃああああんん!
ころんでしまいました。
体についた黒い土を、雨がすぐにあらいながしていきます。
「あぶないなぁ」
ピトラはもう10歩ほど歩いて。
びしゃあああああん!
ころびました。
いっぱいの雨で、地面がやわらかくなっているせいか、あんまりいたくはありませんでした。
「足が、ぜんぜん」
ぶっしゃああああん!
「見えないからっ」
べっっしゃあああんん!
「ええい、ころぶならころべ!」
ぼっしゃあああああああん!
さいごにころんだのといっしょに、ピトラは水たまりへおっこちたみたいです。
「うわっ、わっ!」
水たまりには黒い水がたまっています。
「いや、ちがう、そう見えるだけだ」
ピトラがすくってみると、水はきちんととうめいで、黒くはありません。水のまわりが黒いから、黒く見えるだけです。
水たまりはけっこうふかく、おふろぐらいありました。
ピトラはもうびしょぬれですから、そのままあおむけになります。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ」
そして、いきをむねいっぱいにすいこみました。空気の入ったむねと、にもつの入ったバッグがうきわになって、プカプカ水にうかびます。
それから、足をばしゃばしゃうごかせば、らっこおよぎのできあがり。
「ウサギなのに、らっこ! ウサギなのに、らっこ! らっこのうわぎがくるよ! ぶわはははは!」
ヘンなツボに入ったらしく、ピトラはわらいながら水をすすみました。
夏が近いせいか、水はつめたすぎることもありません。強い雨も、森の木々がつぶをちらしてくれて弱まるおかげで、きもちよくピトラはおよいでいきます。
真っ黒い木の間から見える空からおちてくる雨のつぶは、きらきらと光っていました。
葉っぱの上ではじける雨の音は、いちども同じ音がくりかえさない、不思議な音楽みたいでした。
ざあああぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
水たまりをこえると、平らで歩きやすい地面になりました。
つまづくものもすくなくなって、ふみかためられた土みたいです。
そして。
とおくに、光が見えました。
ピトラは。
早足になって。
どんどん早足になって。
ついには走り出していました。
ぬれたクツがぐぽぐぽ音を立てて、レインコートのそでから、すそから、フードから、ぼたぼたぼたぼた水をちらして、ピトラは走ります。
走って、走って、走って。
森が、切れました。
黒い森が終わって、緑の草原にたどりつきました。
「うわ、まぶしい!」
前とおんなじ雨ふりの、暗い空。
でも、ピトラにはものすごく明るくかんじられました。
それから、目の前には。
古びた大きな屋敷がありました。
ざああああああああああああああ……。
「ごめんください、ピトラ運送です!」
ピトラは呼び鈴をならして、どなります。
でも返事がきこえません。
「ごめんくださああああああい!」
声をかぎりにどなります。
でもやっぱり返事はきこえません。
「ごめんくださ――」
「なんですかな、こんな日に」
ドアがひらきました。
出て来たのは、まっ白いカエルのおじいさんでした。真っ黒い木のキセルをくわえています。
「ええと、シュバルツ、さんですか?」
「いかにも」
白ガエルのシュバルツは、プカリとタバコのケムリでわっかをつくります。
「運送屋さんということは、おとどけものがあるんですな?」
「はい、これです」
ピトラはバッグから、小包を出して、シュバルツに差し出します。
「うけとりにサインをお願いします」
「うむ」
シュバルツはサインをして、小包をうけとります。それから、送り主の名前をちらりと見ました。
「あいつのやりそうなことだ。わたしはこのくらしを、好きでやっているというのに」
シュバルツは包みをバリバリとやぶります。
中から出て来たのは、紅茶の缶と、パティシエクロヤマのマークが入ったビン。
「あっ、こんぺいとう」
「あのまずいおかし屋で、たった一つだけマシなのがこれですからな」
シュバルツは開いた小包を持って、屋敷の中に入って行きます。
「じゃあまいど――」
「お茶を飲んで行きなさい、運送屋さん」
「え? でも」
「わたしがさびしがっていると思っているのですよ、送り主は」
おかしげにシュバルツは笑います。
「せっかくの気づかいに、甘えないのもヤボというもの」
すばらしいてぎわで、シュバルツはお茶のよういをします。
「年にいちどのひまつぶし、つきあってもらいますかな」
シュバルツはこんぺいとうのビンをあけて、ピトラにさしだしました。
「そういうことだったら、えんりょなく」
ピトラはこんぺいとうを一つ、口にいれました。
口の中でさらりととけて、甘さがすっと広がって、きえていきます。
(おいしいと言えばおいしいけど、まあ、砂糖の味だなぁ)
ピトラはそんなことを思いながら、シュバルツの長い長い話と、いつまでもやまない雨の音を聞きながら、また、こんぺいとうを食べました。
ざああああああああああああああああ……。
【おしまい】
|