朝顔につるべとられて
ごんぱち
「朝顔を育てて種をとるって?」
社長イスにすわったままのピトラは、火ネズミのカソをまじまじと見ます。
「なんですピトラ、そんなにおどろいた顔をして」
「カソ、小学生だったの?」
「そんなワケないでしょう」
「……だよねぇ、三〇才ぐらいに見えるもんね。言うこととか、考え方とか」
「その言葉、そっくりお返ししますよ」
「カソがなにかを返してくれるなんて、めずらしいね」
「それで仕事、やってくれますか?」
「うーん、まだ仕事ものこってるし」
ピトラは机の上を見ます。ハンコをおさなければいけない書類だらけです。
「やらないんですか?」
「そうだなぁ……」
「もうかりますよ、ごはんもついてます」
「うーん、まあやろうか。そんなにいそぎの仕事でもないし」
ピトラはイスから立ち上がります。
「やっぱりお金がからむと、フットワークがかるいですね、ピトラ」
「リボンにカードそえて返すよ、その言葉」
ピトラとカソは、汽車で半日ほどすすんだ、南のモモゾノ村へ来ました。
「なんかあついね」
駅から出たピトラは、歩きながら汗をぬぐいます。
山や畑は、エメラルドグリーンにかがやいていて、秋だというのに夏みたいです。
「そうですか?」
カソは涼しい顔をしています。
「カソ」
「なんです?」
「たしかに君が火ネズミの背広のせいで、温度はぜんぜん気にならないのは知ってるよ」
「だったらいいじゃないですか」
道は土で、ほそうされていませんが、とても歩きやすいです。
「よくないよ、こういう時は、ちょっとぐらい話を合わせるとかないの?」
「ピトラ」
カソはふっと笑います。
「本当のことを言うのは大事ですよ」
「ウソってほどでもないじゃない、おあいそだよおあいそ」
「いつもは本当のことを言うからこそ、たまにつくウソが力をもつんですよ」
「……言われてみると、カソってここ一番でだますよね」
「なんです、人聞きの悪い。近ごろはだましてないじゃないですか」
「10秒ばかし前に言った君の言葉と合わせると、かぎりなく信用できないんだけどね、ぼくは」
「ははは、大丈夫ですよ。ピトラは、だますより仲よくした方がいいタイプですからね」
カソは足をとめます。
「さあ、つきましたよ」
「えーと」
ピトラは畑を見ます。あんまり大きくない畑で、近くに井戸があります。
「その」
朝顔は100本ぐらい生えていました。
「これって」
朝顔のツルは、ほそい柱にまきついていました。
「気持ち悪っ!」
目に見える早さで。
朝顔のツルがうにょうにょと動いて、柱にまきつきます。
ゆっくりした動きですが、目に見える動きです。植物としては、むちゃくちゃな早さです。
「なにこれ」
ピトラは足もとに落ちていた木のぼうで、朝顔をつつきます。
すると、ツルがにゅるにゅるとピトラのぼうにまきつきはじめます。
「うわっ」
ピトラはぼうをなげすてます。
ぼうからはなれたツルは、また柱にまきつきはじめました。
「このムクゲ朝顔は、育ちが早いんですよ」
「早いったって早すぎるよ……」
「でもおかげで、すぐに花がさいて観察日記もカンタンですし、薬になるタネもいっぱいとれるんです」
「朝顔のタネって薬になるの?」
「ええ」
「どんな?」
「おしっこの出がよくなったりします」
「それって……なんの役に立つの?」
「ふっ、それが分からないのは、とてもとても幸せなことですよ」
「イヤな話だなぁ、なんかそれ……」
話しているうちに、朝顔の動きが少しづつにぶくなってきました。
「あれ? どうしたのかな? あんまり気持ち悪くなくなってきた」
「しおれてるんですよ! 早く水を!」
強い日ざしで畑の土がかわきはじめていました。
ピトラとカソは井戸にかけよります。
「どうやってくむの、これ?」
井戸には、ポンプもなにもなくて、ずっと下の底の方にたまった水に、空とピトラの顔がうつっているだけです。
「つるべを使って下さい」
「落語家の?」
「……なまくらなボケをやってるヒマはありませんよ!」
カソはロープをくっつけたバケツをさしだします。ロープはクイにむすびつけられていて、手をはなしても落ちないようになっています。
「なまくらなボケ……なまくらなボケって」
ガックリしたまま、ピトラはバケツを井戸に投げ入れました。
ひゅーーーーーーーーーーーーぼしゃっ。
「うわ、あぶないなぁ」
と。
井戸の底から、はんなりした声がきこえてきました。
「お、おばけ?」
「ピトラ、そんな非科学的なものがいるワケないでしょう」
「……夏に、ヘツィーとかいう幽霊を見た気がするんだけど」
「おばけやないえ」
井戸の底でぴちゃん、と魚のはねる音がします。ピトラがのぞきこむと、炎色のウロコのコイが一匹いました。
「コイさん?」
「イドノカミのストュクスやよ」
「ご、ごめんなさい、つるべぶつけそうになっちゃって」
「ええよええよ、ちょっとびっくりしただけやから」
「ぶつかってなくてよかった」
「こんどは、一声かけてな。かくれとおから」
「はいー」
のんびりした声に、なんだかピトラものんびりしてしまいます。
「ピトラ、早くしないと朝顔かれちゃいますよ!」
「ああっ、そうだ、忘れてた!」
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
つるべのついたロープを、ピトラはたぐり上げます。
「いしょっ、よいっしょっ!」
井戸は10メートルもある深さなので、引っぱり上げるだけでも大変です。
「よしっ」
つるべから、バケツに水をうつして、朝顔畑へ走ります。
「それっ!」
畑にバケツをおいて、ひしゃくで水をかけていきます。
ぱしゃっ。
ばしゃっ。
水が土にしみこむと、朝顔はビクビクッと動き、またうねうねと動きはじめました。
ピトラは次の朝顔に水をやります。
その次、そしてそのまた次の朝顔にやったぐらいで、バケツは空っぽになりました。
「次!」
バケツを持って、ピトラはまた井戸へと走りました。
反対がわからはじめたカソは、バケツを一度に二つも持ってどんどん水をやっています。
(こういう時のカソってすごいなぁ)
ちょっとくやしそうな顔をしながら、ピトラはまたつるべを井戸におろしました。
「くみます、ストュクスさん」
「ええよー、ちゃんとじぶんも水飲むんやよ? この水飲んでも平気やからなー」
「ありがとうございますー」
ひゅーーーーーーーーーーーーぼしゃっ。
つるべをおとして。
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
ざばああああっ。
水をバケツにくんで。
「わっせ、わっせ、わっせ、わっせ!」
ぱしゃっ。ばしゃっ。
朝顔にかけます。
ひゅーーーーーーーーーーーーぼしゃっ。
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
ざばああああっ。
「わっせ、わっせ、わっせ、わっせ!」
ぱしゃっ。ばしゃっ。
ひゅーーーーーーーーーーーーぼしゃっ。
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
ざばああああっ。
「わっせ、わっせ、わっせ、わっせ!」
ぱしゃっ。ばしゃっ。
どんどん水をやって、畑の半分ぐらいの朝顔は元気になってきました。
ツルがうねうねと動きます。
「はぁ、ひぃ、もう」
カラになったバケツをもって、ピトラは井戸へ走ります。
すると。
カソが困ったような顔で井戸の前に立っています。
「ちょっとカソ、サボらないで――って、あ」
ピトラも立ちつくしてしまいました。
朝顔のつるが、つるべにまきついているのです。
「困りましたね」
「こんなのひきはがせばいいじゃない?」
「そりゃあピトラのように血も涙もないひとにはできるでしょうが、わたしにはとてもとてもかわいそうで」
「……ちがうでしょ、なんか、朝顔をキズつけたら給料がへるとかそんなのでしょ」
「分かってるならきかないでください」
「でも……困ったね」
ピトラはまだ水をかけていない畑を見ます。
ジリジリてりつける南のお日さまが、朝顔と畑の土をカラカラにしていきます。モタモタしていると、朝顔がかれてしまいます。
「うーん」
「うーーーん」
「せやったら、もらい水したらええよ」
「モラ・イーミズ?」
ピトラはくびをかしげます。
「……そのボケはうさぎだからですか、うさぎだからですか!」
カソはなにかツボに入ったようですが、ピトラにはちっともわかりませんでした。
「ああ、水をもらいに行くってだけのことね」
ピトラはてんびんぼうにバケツをひっかけて、ほかの井戸へと急ぎます。
「あ、あったあった」
となりのそのまたとなりの畑のそばに、井戸がありました。
つるべも朝顔にまきつかれてはいないようです。
ピトラは井戸のフタをとって――。
「すみませーん、水をくませてくださーい」
と。
ぽしゃん。
小さな水音がしました。
「なんだと、ワガハイの水をくむだと?」
井戸の底から声がします。
「イドノカミ……さん?」
「いかにも。イドノカミのケロリンである。ワガハイはこの井戸のつまりは世界の王である! 王から水をとるとはなにごとだ!」
「王って、こんなちっぽけな井戸で?」
「ちっぽけとはなんだ、ここはワガハイが手足を思い切りのばしてもとどかないぐらい大きいだろう」
「世界には海というものがあって、こんな井戸よりずっと大きいんだよ」
「ふふん、まさか。井戸よりも大きかったら、水が足りなくなってしまうではないか」
「あー、はいはい、分かったから水ちょうだい」
「ふふふ、やっとワガハイのえらさを思い知ったか! ならば、水を少しだけくれてやろう、ありがたく思え」
「はいはい、ありがとうございます」
ピトラはとてもとてもいいかげんな返事をしました。
「……仕方ないじゃない、朝顔かれちゃいそうなんだし」
ひゅーーーーーーーーーーーーぼしゃっ。
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
ざばああああっ。
水の入ったバケツをてんびんぼうに引っかけて、ピトラは朝顔畑にもどっていきました。
ぱしゃっ。
ばしゃっ。
「ふひー、これでおしまいだぁ」
とうとうピトラは、水をまきおえました。
水にぬれてキラキラと光る朝顔は、とてもきれいです――じっとしているなら、言うことなしに。
「やれやれ、これで――」
「ピトラ、なにを休んでるんです」
「へ?」
見れば、さいしょに水をかけたあたりが、もうかわきはじめていました。
「まだやるの!?」
「きまってるでしょう、かれたらパァですよ、給料が」
「ひぃぃぃぃぃ!」
ひゅーーーーーーーーーーーーぼしゃっ。
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
ざばああああっ。
「わっせ、わっせ、わっせ、わっせ!」
ぱしゃっ。ばしゃっ。
ひゅーーーーーーーーーーーーぼしゃっ。
「よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ、よいしょっ!」
ざばああああっ。
「わっせ、わっせ、わっせ、わっせ!」
ぱしゃっ。ばしゃっ……。
ピトラの水やりは、夜までつづきました。
「うー、つかれた」
お日さまがしずんで、やっと水がかわかなくなりました。
「まったく、つかれましたね」
ピトラとカソは、井戸によりかかってぐったりです。
「スプリンクラー……つけようよ、こんどは」
「水道が、とおってないんですよ、ここ――ふひー」
「ふー」
そのまま、ピトラとカソはねむりこんでしまいました。
ピトラの顔を朝日がてらします。
「――ん、あ?」
どうやら朝までねむってしまっていたみたいです。
「あー、そうか、畑でねちゃってたんだ」
ピトラが目をこすって顔をあげると。
目の前に、サファイアのようにあざやかな青紫色がありました。
「わぁ、きれい!」
すっかり開いた朝顔の花です。
くすみ一つない花びらの上で、朝つゆがキラキラと光っていてとてもキレイ。
ですが。
「え?」
ピトラがおきあがると、朝顔の花が動きます。
「え??」
花のついているつるが。
「え、あああ!」
ピトラにまきついているのです。
「目をさましましたか、ピトラ」
となりでは、同じようにつるにまきつかれたカソがすわっています。
「……カソ。これって」
「しかたありませんね、うっかりねてしまったわたしたちがマヌケだったんですし」
カソはバッグから田舎パンをとりだして切ります。
「まあ、お昼まえにはかれてタネになっちゃいますから――はい、ピトラの分」
「お昼、ねぇ」
パンをうけとりながら、ピトラはためいきをつきました。
「まあつるをちぎっちゃうよりはいいけどさ――ん。カソ、このパンなんかおいしいね」
「でしょう。わたしが作った、パン・ド・カンパーニュですよ」
「へー、めずらしい、お金にならないところでカソががんばるなんて」
「なに言ってるんです、わたしは元々グルメなんですよ」
「グルメってなんか古い言い方だなぁ……」
ピトラとカソは、朝顔にまきつかれたまま、パンを食べます。
朝顔は、風にそよそよとゆれました。
【おしまい】
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