2001グラム、マツタケの旅
ごんぱち
「すごい……マツタケがいっぱいだ」
ピトラのおじいちゃんから送られてきた小づつみには、マツタケがいっぱい入っていました。
「――もしもし? お、お、お父さん、これって、いったい、どういう!」
ピトラのお父さんのポポトさんは、電話にどなっています。
ピトラはダンボール箱の中のマツタケを見ました。
マツタケは太くて、あたまのところがふくらんでいます。鼻を近づけると、木のけずりカスににたような、やっぱりちがうような、不思議な、でもとっても良いかおりがします。
「マツタケってキノコのことだったんだ」
「あらあらあら、今までなんだと思ってたの、ピトラ?」
お母さんのピピラさんの声も、やっぱりちょっと高くて、いつもよりもこうふんしています。
「なにって言われると困るけど、なんか、松とか竹とかいうから、タケノコとかそういうかんじのものかなって」
「まあ、あたりさわりのないボケね」
「……いや、べつにボケたわけじゃないんだけど」
ピピラさんは、マツタケを少しづつビニールぶくろに入れはじめました。
「ん? どうするの?」
「ご近所におすそわけよ」
「えっ? だって、マツタケってとっても高いんでしょ? そんなのを人にあげちゃうなんて」
大事なものを人にあげるなんて、ピトラにはちょっとかんがえられません。
「ピトラ、おいしいものはね、みんなで食べた方がおいしいのよ」
「ちょっと分かる気がするんだけど、でもさ」
「でも……なに?」
「お母さんの顔、ものすごくつらそうだよ?」
ピピラさんは、マツタケを一本ビニールぶくろに入れるごとに、この世の終わりのような顔をしていました。
「終わった……何もかもが」
マツタケの入ったビニールが、十もならび、ピピラさんの顔はすっかりやつれていました。
(そんなにつらいなら、うちだけで食べればいいのに)
そう言おうとして、ピトラはぐっと言葉をのみこみました。
(なんか、それを言ったら、お母さんがもっと苦しみそうな気がするしね)
「ピトラ、ご近所に、くばってきて」
ピトラは「え、ぼくが?」と、言いかけましたが。
ピピラさんは、台所で料理をはじめました……ふくろに入れられた、くばる分のマツタケを見ないように、見ないように、しながら。
「えーと、じゃあ、行って来ます」
マツタケを入れたふくろをリュックに入れたピトラは、まずはおとなりの家の前に来ました。
「さて、と」
ピトラはリュックからひとふくろ、マツタケをとりだします。
(こういう時はなんて言えばいいんだろ?)
頭の中で、言うことをかんがえます。
なにしろ、おとなりさんのことも、おむかいさんのことも、ピトラはあんまり知らないのです。同じぐらいの年の子もいませんし、ホームパーティをどんどんやるようなお国がらでもありません。
(まずは、チャイムをならして、家の人が出て来たらマツタケを見せて『これあげる』って……いやいや、それはなんかおかしいぞ)
いきなりさしだされてもらっていいのは、ポケットティッシュぐらいのものです。
(だったら『本日は、いいお天気ですね、こうお日さまばかり見ていると、こんどは雨がまちどおしくなりますね。ああ、そうそう、まつと言えばマツタケなんですがね、あなたマツタケはいかがですか、そうですかお好きですか、それは良かった、ここにマツタケがあるんですがね、ほしければどうぞさしあげますよ』……って、そんなに言えないよね、フツウ)
まあ、頭の中でかんがえたことの、半分もしゃべれたらその人はおしゃべりすぎますからね。
(えーと、えーと、だったら……)
ピトラがウロウロしていると。
「おや、ピトラちゃん、どうしたの?」
「うわっ!」
いきなり後ろから声をかけられて、ピトラはびくっととびあがります。
ふりむくと、そこにいたのはおとなりのおばさんでした。年は50才ぐらいで、ちょっと太っています。ちなみに40才ぐらいまでは、おねえさんです。
出かけていて帰って来たところだったようです。
「わ、わっ、そ、その、これは、その」
なにを言うかも忘れて、ピトラはマツタケの入ったふくろをさしだします。
「あらおすそわけ? ありがとう、なにかしら――」
ふくろの中を見たおばさんは。
「まあまあまあまあまあ!」
目と口と鼻の穴を丸くします。
「本当にいいの? いいのね、ありがとうピトラちゃん」
おばさんはピトラの両手をにぎって、ぶんぶんふります。とっても、とってもうれしそうです。
「何年ぶりかしら、ああうれしい、ありがと、本当にありがとうね!」
「その、ぼくはもって来ただけだから、おじいちゃんがくれたんです」
「そうなの? よくお礼言っておいて、どうもありがとうね」
「ど、どういたしまして」
おどるような動きで、おばさんは家の中へ帰っていきました。
「い、いくらなんでも、あのリアクションはどうかなぁ」
ピトラはおとなりのおとなりへ歩きます。
「そんなにうれしいものなのかなぁ」
ちょっと首をひねります。
「……高いってことは知ってるけどさ」
おとなりのおとなりの門のインターホンをおします。
ピンポーン。
『はい』
インターホンごしに、若い女の人の声がしました。
「ええと、ぼくピトラです、ポポトのところの――」
『あー、ふぁいはい』
ドアが開いて、若い女の人があくびをしながら出て来ました。
「あーと、ピトラ君、ひさしぶり」
「あれ? おねえさん? たしか、仕事で家を出たって……」
「ひとには色々あるもんなのよ、いずれ分かるわ」
「その、用事なんですけど」
「おや? なにがあったのー、とかきいてこないなんて、ちょっと見ないうちに大きくなったもんだねー」
ピトラはリュックからマツタケのふくろをとりだします。
「これ、お母さんからみんなにって」
「あ、さんきゅ」
おねえさんはふくろの中をのぞきます。
「……うわっ、マジ?」
「もちろん」
「そか、ありがと、ありがとね」
ピトラの頭をなでて、おねえさんは顔いっぱいに笑いました。
「なんか、おねえさん、キレイになってたなぁ」
ぶつぶつ言いながら、ピトラはつぎの家へ。
「えーと」
ピトラはキョロキョロとあたりをみまわします。
ところが。
「と?」
ないのです。
チャイムもインターホンも。
「うあーー、どうしよう、どうするよ、これ?」
ピトラは門の前をウロウロ歩きます。
歩きますが、どんなに歩いてたって、なんにもなりません。せめてボケてくれないと、ツッコミだってできません。
(門にひっかけておこうか……いやいや)
首を横にふります。
(マツタケは高いんだから、こんなところにほっといたらドロボウにとられちゃう)
ピトラは大きく深呼吸して、門に手をかけます。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ)
門をあけると、とび石を通って、ドアの前に立ち――。
とつぜん、ドアが開きました。
「だれだっ!」
「うひゃああっ!」
中から竹刀をかまえたおじいさんが出て来ました。
「年よりだと思って甘く見るなドロボウめ!」
「ちがうちがう、ありえないでしょ、小学生のドロボウなんて!」
あわててピトラがどなります。
「――ん、なんだ、ポポトのところのボウズか」
おじいさんは、竹刀をおさめます。
「あの……おじいさん」
「お前のようなマゴをもったおぼえはない」
「おじいさんっていうのは、年よりの男の人をさす言葉で――」
「イヤミを言っておいはらおうとしているのが分からんか!」
「……いや、用をすませたらさっさと帰るからさ」
ピトラはマツタケをさしだします。
「はい、これ、おすそわけです」
「なに?」
マツタケを見たおじいさんの顔がかわります。
「おお、こ、これは」
なつかしいものを見るような顔です。
「昔、死んだばあさんがまだ娘だったころ、山でとったマツタケをいっしょによく食ったもんだ。昔はマツタケなんてどこにでもあって、むしろこんなものしか食べられないとモンクを言っていたものだ。でもそんな時に、いつもばあさんは言っていたな、どんなにつらくても、いつもにこにこしていれば、きっといいことはむこうからやって来ますよって。私はばあさんが死んでから、世界の全てに見すてられたような気がしていたが、そうかこんなにも気づかってくれるひとがまだいたのか、なるほど世の中すてたものでは――」
話が終わる前に、ピトラはつぎの家にむかいました。
ピトラにはガマンが足りません。
「……ガマンもなにも、食べものひとつでガンコじいさんがすなおになるなんて、いったいいつのネタだよ。それでなおるぐらいなら、ガンコなふりもしてられないもんだよ」
つぎの家。
「おっ、こいつはすごい、ありがとう!」
そのつぎの家。
「やぁありがてぇ、こいつぁ、いっぱいのめる」
そのまたつぎの家。
「ありがとうピトラ、ポポトさんはなにかやる人だと思ってたんだよ!」
「やったねパパ、あしたはホームランだ!」
そのまたまたつぎの家。
「ありがとうね、ピトラ!」
マツタケをすっかりくばり終わって、ピトラは家に帰って来ました。
「ただいまー」
ドアをあけると。
ふわり。
マツタケの香りがただよって来ました。
「おかえりピトラ、さあごはんにしましょ」
おかまのマツタケごはんをまぜながら、ピピラさんが言います。
「にいちゃん、おそい!」
妹のポテトがダイニングのテーブルについています。
「はい、やきマツタケもできたよ」
ポポトさんが、お皿にやきマツタケを持って来ます。
「うわ、タイミングいいね」
「すごいだろう、ピトラの歩くはやさを計算してね」
「ふふ、ちがうのよ」
ピピラさんは笑います。
「お礼の電話がどんどんかかって来たから、ピトラが今どのへんだかカンタンに分かったのよ」
「あはは、そうなんだ」
「にいちゃん、はやく!」
「分かった分かった」
みんなテーブルについて――。
「「「「いただきます」」」」
「んー、おいしい!」
マツタケは歯ざわりがよくて、とてもいい香りです。
(でもこんなにおいしいなら、やっぱりみんなにマツタケあげちゃったの、ちょっともったいなかったなぁ)
ピトラはそんなことを考えましたが。
よろこんでいるみんなを思い出しただけで、ピトラは笑ってしまって、ちっともざんねんな顔にはなりませんでした。
【おしまい】
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