ピトラの冒険56

千足とQの絵本ワールド
Q書房■■■■
 2001グラム、マツタケの旅
 

ごんぱち

「すごい……マツタケがいっぱいだ」
 ピトラのおじいちゃんから送られてきた小づつみには、マツタケがいっぱい入っていました。
「――もしもし? お、お、お父さん、これって、いったい、どういう!」
 ピトラのお父さんのポポトさんは、電話にどなっています。
 ピトラはダンボール箱の中のマツタケを見ました。
 マツタケは太くて、あたまのところがふくらんでいます。鼻を近づけると、木のけずりカスににたような、やっぱりちがうような、不思議な、でもとっても良いかおりがします。
「マツタケってキノコのことだったんだ」
「あらあらあら、今までなんだと思ってたの、ピトラ?」
 お母さんのピピラさんの声も、やっぱりちょっと高くて、いつもよりもこうふんしています。
「なにって言われると困るけど、なんか、松とか竹とかいうから、タケノコとかそういうかんじのものかなって」
「まあ、あたりさわりのないボケね」
「……いや、べつにボケたわけじゃないんだけど」
 ピピラさんは、マツタケを少しづつビニールぶくろに入れはじめました。
「ん? どうするの?」
「ご近所におすそわけよ」
「えっ? だって、マツタケってとっても高いんでしょ? そんなのを人にあげちゃうなんて」
 大事なものを人にあげるなんて、ピトラにはちょっとかんがえられません。
「ピトラ、おいしいものはね、みんなで食べた方がおいしいのよ」
「ちょっと分かる気がするんだけど、でもさ」
「でも……なに?」
「お母さんの顔、ものすごくつらそうだよ?」
 ピピラさんは、マツタケを一本ビニールぶくろに入れるごとに、この世の終わりのような顔をしていました。

「終わった……何もかもが」
 マツタケの入ったビニールが、十もならび、ピピラさんの顔はすっかりやつれていました。
(そんなにつらいなら、うちだけで食べればいいのに)
 そう言おうとして、ピトラはぐっと言葉をのみこみました。
(なんか、それを言ったら、お母さんがもっと苦しみそうな気がするしね)
「ピトラ、ご近所に、くばってきて」
 ピトラは「え、ぼくが?」と、言いかけましたが。
 ピピラさんは、台所で料理をはじめました……ふくろに入れられた、くばる分のマツタケを見ないように、見ないように、しながら。
「えーと、じゃあ、行って来ます」

 マツタケを入れたふくろをリュックに入れたピトラは、まずはおとなりの家の前に来ました。
「さて、と」
 ピトラはリュックからひとふくろ、マツタケをとりだします。
(こういう時はなんて言えばいいんだろ?)
 頭の中で、言うことをかんがえます。
 なにしろ、おとなりさんのことも、おむかいさんのことも、ピトラはあんまり知らないのです。同じぐらいの年の子もいませんし、ホームパーティをどんどんやるようなお国がらでもありません。
(まずは、チャイムをならして、家の人が出て来たらマツタケを見せて『これあげる』って……いやいや、それはなんかおかしいぞ)
 いきなりさしだされてもらっていいのは、ポケットティッシュぐらいのものです。
(だったら『本日は、いいお天気ですね、こうお日さまばかり見ていると、こんどは雨がまちどおしくなりますね。ああ、そうそう、まつと言えばマツタケなんですがね、あなたマツタケはいかがですか、そうですかお好きですか、それは良かった、ここにマツタケがあるんですがね、ほしければどうぞさしあげますよ』……って、そんなに言えないよね、フツウ)
 まあ、頭の中でかんがえたことの、半分もしゃべれたらその人はおしゃべりすぎますからね。
(えーと、えーと、だったら……)
 ピトラがウロウロしていると。
「おや、ピトラちゃん、どうしたの?」
「うわっ!」
 いきなり後ろから声をかけられて、ピトラはびくっととびあがります。
 ふりむくと、そこにいたのはおとなりのおばさんでした。年は50才ぐらいで、ちょっと太っています。ちなみに40才ぐらいまでは、おねえさんです。
 出かけていて帰って来たところだったようです。
「わ、わっ、そ、その、これは、その」
 なにを言うかも忘れて、ピトラはマツタケの入ったふくろをさしだします。
「あらおすそわけ? ありがとう、なにかしら――」
 ふくろの中を見たおばさんは。
「まあまあまあまあまあ!」
 目と口と鼻の穴を丸くします。
「本当にいいの? いいのね、ありがとうピトラちゃん」
 おばさんはピトラの両手をにぎって、ぶんぶんふります。とっても、とってもうれしそうです。
「何年ぶりかしら、ああうれしい、ありがと、本当にありがとうね!」
「その、ぼくはもって来ただけだから、おじいちゃんがくれたんです」
「そうなの? よくお礼言っておいて、どうもありがとうね」
「ど、どういたしまして」
 おどるような動きで、おばさんは家の中へ帰っていきました。

「い、いくらなんでも、あのリアクションはどうかなぁ」
 ピトラはおとなりのおとなりへ歩きます。
「そんなにうれしいものなのかなぁ」
 ちょっと首をひねります。
「……高いってことは知ってるけどさ」
 おとなりのおとなりの門のインターホンをおします。
 ピンポーン。
『はい』
 インターホンごしに、若い女の人の声がしました。
「ええと、ぼくピトラです、ポポトのところの――」
『あー、ふぁいはい』
 ドアが開いて、若い女の人があくびをしながら出て来ました。
「あーと、ピトラ君、ひさしぶり」
「あれ? おねえさん? たしか、仕事で家を出たって……」
「ひとには色々あるもんなのよ、いずれ分かるわ」
「その、用事なんですけど」
「おや? なにがあったのー、とかきいてこないなんて、ちょっと見ないうちに大きくなったもんだねー」
 ピトラはリュックからマツタケのふくろをとりだします。
「これ、お母さんからみんなにって」
「あ、さんきゅ」
 おねえさんはふくろの中をのぞきます。
「……うわっ、マジ?」
「もちろん」
「そか、ありがと、ありがとね」
 ピトラの頭をなでて、おねえさんは顔いっぱいに笑いました。

「なんか、おねえさん、キレイになってたなぁ」
 ぶつぶつ言いながら、ピトラはつぎの家へ。
「えーと」
 ピトラはキョロキョロとあたりをみまわします。
 ところが。
「と?」
 ないのです。
 チャイムもインターホンも。
「うあーー、どうしよう、どうするよ、これ?」
 ピトラは門の前をウロウロ歩きます。
 歩きますが、どんなに歩いてたって、なんにもなりません。せめてボケてくれないと、ツッコミだってできません。
(門にひっかけておこうか……いやいや)
 首を横にふります。
(マツタケは高いんだから、こんなところにほっといたらドロボウにとられちゃう)
 ピトラは大きく深呼吸して、門に手をかけます。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ)
 門をあけると、とび石を通って、ドアの前に立ち――。
 とつぜん、ドアが開きました。
「だれだっ!」
「うひゃああっ!」
 中から竹刀をかまえたおじいさんが出て来ました。
「年よりだと思って甘く見るなドロボウめ!」
「ちがうちがう、ありえないでしょ、小学生のドロボウなんて!」
 あわててピトラがどなります。
「――ん、なんだ、ポポトのところのボウズか」
 おじいさんは、竹刀をおさめます。
「あの……おじいさん」
「お前のようなマゴをもったおぼえはない」
「おじいさんっていうのは、年よりの男の人をさす言葉で――」
「イヤミを言っておいはらおうとしているのが分からんか!」
「……いや、用をすませたらさっさと帰るからさ」
 ピトラはマツタケをさしだします。
「はい、これ、おすそわけです」
「なに?」
 マツタケを見たおじいさんの顔がかわります。
「おお、こ、これは」
 なつかしいものを見るような顔です。
「昔、死んだばあさんがまだ娘だったころ、山でとったマツタケをいっしょによく食ったもんだ。昔はマツタケなんてどこにでもあって、むしろこんなものしか食べられないとモンクを言っていたものだ。でもそんな時に、いつもばあさんは言っていたな、どんなにつらくても、いつもにこにこしていれば、きっといいことはむこうからやって来ますよって。私はばあさんが死んでから、世界の全てに見すてられたような気がしていたが、そうかこんなにも気づかってくれるひとがまだいたのか、なるほど世の中すてたものでは――」
 話が終わる前に、ピトラはつぎの家にむかいました。
 ピトラにはガマンが足りません。
「……ガマンもなにも、食べものひとつでガンコじいさんがすなおになるなんて、いったいいつのネタだよ。それでなおるぐらいなら、ガンコなふりもしてられないもんだよ」

 つぎの家。
「おっ、こいつはすごい、ありがとう!」

 そのつぎの家。
「やぁありがてぇ、こいつぁ、いっぱいのめる」

 そのまたつぎの家。
「ありがとうピトラ、ポポトさんはなにかやる人だと思ってたんだよ!」
「やったねパパ、あしたはホームランだ!」

 そのまたまたつぎの家。
「ありがとうね、ピトラ!」

 マツタケをすっかりくばり終わって、ピトラは家に帰って来ました。
「ただいまー」
 ドアをあけると。
 ふわり。
 マツタケの香りがただよって来ました。
「おかえりピトラ、さあごはんにしましょ」
 おかまのマツタケごはんをまぜながら、ピピラさんが言います。
「にいちゃん、おそい!」
 妹のポテトがダイニングのテーブルについています。
「はい、やきマツタケもできたよ」
 ポポトさんが、お皿にやきマツタケを持って来ます。
「うわ、タイミングいいね」
「すごいだろう、ピトラの歩くはやさを計算してね」
「ふふ、ちがうのよ」
 ピピラさんは笑います。
「お礼の電話がどんどんかかって来たから、ピトラが今どのへんだかカンタンに分かったのよ」
「あはは、そうなんだ」
「にいちゃん、はやく!」
「分かった分かった」
 みんなテーブルについて――。

「「「「いただきます」」」」

「んー、おいしい!」
 マツタケは歯ざわりがよくて、とてもいい香りです。
(でもこんなにおいしいなら、やっぱりみんなにマツタケあげちゃったの、ちょっともったいなかったなぁ)
 ピトラはそんなことを考えましたが。
 よろこんでいるみんなを思い出しただけで、ピトラは笑ってしまって、ちっともざんねんな顔にはなりませんでした。

【おしまい】

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